桜の奇跡   作:海苔弁

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紫苑の両脇腹を掠る、二つの角……角はすぐに引くと、風を起こして、姿を消した。脇腹から血を出した紫苑は、その場に膝を付き息を乱した。


『紫苑!!』

「辺りを警戒しろ!!

まだ近くにいる!!」

「紅蓮、紫苑を頼む!」

『分かっ……!!

秋羅!!幸人!!地面に伏せろ!!』


紅蓮に言われ、二人は地面に伏せた。その瞬間、彼等の頭上に尻尾らしきものが通過した。


「な、何だ?!一体」

『次は右から来る!!』

「うわっ!!」

「何で見えないのに、攻撃が来るの!?」

「……まさか。

紅蓮、灯火!」


脇腹を抑えながら、紫苑は立ち上がり紅蓮に言った。紅蓮は口から炎の球を出すと、それを空へと放った。


灯りに照らされた場所には、巨大な体と鋭い牙、そして長い尾が見えた。


「……そうか……白い毛で覆われてるから、姿が見えないんだ」

「嘘だろ……」

「攻撃来る!!

葵!!伏せて」


紫苑に言われ、葵はすぐに身を低くし、頭上に尻尾が通過させた。


「どうにかして、ここから離れた方が」
「時雨!そこから離れて!!」


すぐに動けなかった時雨を、秋羅は抱えてそこから離れさせた。次の瞬間、積もっていた雪が剔られるようにして欠けた。


「すぐに避けろ!!死にたいのか!」

「だ、だって」


その時、何かがぶつかる音が聞こえ、一同は辺りを見回した。しばらくすると、どこからか咆哮が聞こえてきた。


「何だ!?」


幸人の前に、何かに飛ばされた紫苑が、転がってきた。頭に付いた雪を振り払いながら、彼女は辺りを見回した。


「ちょっと、次はどっから来るのよ!」

「……」

「ちょっと紫苑!!」

「黙ってて!!」

「っ!」

「……いなくなった」

「え?」

「逃げるなら今!!」

「竜也!!」


首から下げていた笛を、竜也は吹き音を響かせた。すると姿を消していた竜が、地面へ降り立ち鳴き声を放った。

時雨が竜に乗ろうとしたその時だった……目の前に、鋭い爪が彼女に襲い掛かった。その爪を、エルに乗っていた紫苑は飛び降り、小太刀で防いだ。

爪はすぐに引っ込み、唸り声が聞こえた……紫苑は地面へ降り、目の前にいる妖怪を睨んだ。


「紅蓮、炎」

『分かった』

「悲しき水の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ!」


浮き出た陣が青く光り出し、紫苑は手に水を溜めた。それと共に、紅蓮は炎の玉を手に作り出した。
二人は同時に、技を地面へ叩き付けた。その瞬間蒸気が発し、それに妖怪は怯んだ。

その隙を狙い竜也は竜を飛ばした。紫苑と紅蓮は走りながら、飛んでいたエルの背中に飛び乗り竜也達の後をついて行った。


無能と才能

渓谷に降り立つ竜……息を切らしながら、幸人達は地面に座り込んだ。

 

 

「な、何なのよ!?あの妖怪!」

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「こりゃ、手こずりそうだね」

 

「手こずるどころか、対処できるかどうかが分かんねぇぞ」

 

「だよね~」

 

「テメェ、少しは困れ」

 

「いやいや、もう困りまくってるよー」

 

「目が困ってねぇんだよ!!」

 

 

遅れて降り立ったエルの傍へ、秋羅は駆け寄った。エルから降りた紫苑は、力が抜けたかのように地面へ座り込んだ。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……眠い」

 

「だろうな……

 

脇腹、診せろ」

 

「うん……」

 

 

着ていたコートを脱ぎ、紫苑は両腕を上げて秋羅に診せた。破れた服の下には、痛々しい傷跡が残っていたが、血は止まっていた。

 

 

「里に帰ったら、治療だな」

 

『傷、大丈夫なのか?』

 

「そこまで深くない。大丈夫だ」

 

『……』

 

「この渓谷を下った先に、里の裏口があるけど、そこまで歩けるか?」

 

「平気だよ」

 

「もう帰りたい……」

 

「お嬢様が帰りたがってるから、とっとと帰ろうぜ」

 

「何よ!お嬢様って!!

 

紫苑ちゃんの方がよっぽどお嬢様じゃない!!」

 

「あのなぁ!!」

 

「ハイハイ!

 

喧嘩は後で。時雨、言い過ぎだよ」

 

「でも!!」

 

「でもは無し!

 

幸人、行こう」

 

「あぁ。

 

秋羅、紫苑達頼む」

 

「分かった」

 

 

竜を渓谷に残すと、竜也は森の中を歩いて行き、彼の後に幸人達はついて行った。

 

 

秋羅は紫苑をエルに乗せると、エルの手綱を持ち歩き出し彼女の横を紅蓮が歩いて行った。

 

 

 

しばらくして、ようやく里の裏口へと一同は着いた。すると裏口から、まるで幸人達がここへ来ることを知っていたかのように、長と付き人が出迎えた。

 

 

「親父!?何で」

 

「お前の事だ……帰ってくるとしたら、正門からではなく、この裏口から来るに決まっておる」

 

「う……」

 

「怪我人が一人。治療お願いできますか」

 

「ご安心を」

 

 

付き人の一人であった女性が、エルから降りた紫苑を誘導し中へ入れた。エルの手綱を秋羅から受け取った紅蓮は、もう一人の男の付き人に案内されて、エルを小屋へ誘導した。

 

 

「さぁ、あなた方も中へ」

 

「はい……」

 

 

 

外が猛吹雪となった頃……広間にいた幸人達は、自分達が持っている道具を見せながら、話し合っていた。

 

 

「あの大型の妖怪を食い止めるには、まず初めに結界だ」

 

「結界も大事だけど、姿が見えるようにしなきゃ」

 

「見るようにしたくても、見えないんじゃ何も……」

 

「目印か何かを付けられれば、攻撃できるかもしれない」

 

「それが出来れば、とっくにここの人達はやってるわ!!」

 

「いちいち首突っ込むな!お嬢様が!」

 

「お嬢様って……私より、紫苑の方がよっぽどお嬢様じゃない!!

 

昨日いきなり来るなり、『帰る』何て言い出して!」

 

「その紫苑に助けて貰ったのは、誰だよ!」

 

「助けて何て、一言も言ってないわ」

 

「このぉ!!」

 

「やめろ!!お前等!!」

 

 

幸人に怒鳴られ、二人は肩を竦めた。葵は軽く溜息をしながら、口を開いた。

 

 

「僕と幸人を抜いて、この中での祓い屋の実力が上なのは、秋羅君だよ」

 

「え?!何でよ!!」

 

「君はまだまだだ。

 

あの紫苑ちゃんにも、負けてるんだよ?」

 

「……」

 

「……そういえば、紫苑の奴何であの妖怪の居場所が、手に取るように分かったんだ?」

 

「確かに……

 

全員、見えてないはずだったのに」

 

 

「においと気配」

 

 

広間のドアを開けながら、紫苑はそう言った。

 

 

「紫苑、大丈夫なのか?傷」

 

「平気だった。

 

今日寝れば、もう大丈夫だって」

 

「凄い回復力」

 

「紫苑、話の続き」

 

「うん。

 

 

あいつがどこにいるかは、あいつのにおいと気配で感じられた。

 

どこにいるか、誰に攻撃するかも分かった」

 

「何で分かんの、そんな事が」

 

「お前と違って、私は森に住んでいたから」

 

「!」

 

「私が住んでた所には、吹雪や大雪がいつもあった……だから、そこに住んでる人達は皆、音とにおい、それに気配には敏感なんだ。

 

 

だから、雪山にいても敵がどこにいるかはすぐ分かる」

 

「なるほどな」

 

「野生の勘って事ですね」

 

「フーン、森に住んでたんだ」

 

「だから?」

 

「別に。どうりで人間らしくない機敏な動きが出来る訳よね?」

 

「いい加減にしろよ!!お前!!」

 

「事実を言っただけでしょ!!」

 

「大型妖怪を前にして、何も出来なかったくせして偉そうなこと言うんだじゃねぇ!!」

 

「っ!!何よ!!」

 

「挙げ句の果てに、お前が言った人間らしくない奴に助けられたのは、どこの誰だ!?」

 

「っ……」

 

 

『……お前、祓い屋の弟子だよな?』

 

 

紫苑の傍にいた紅蓮は、静かに口を開きそう言った。時雨は少々驚きながらも、軽く頷いた。その返事を見た紅蓮は、鼻で笑いながら小馬鹿にするような目付きで、時雨を見た。

 

 

『テメェみたいな祓い屋、初めて見た』

 

「初めて?」

 

『水男、お前よく無能な奴を弟子に取ったな?』

 

「無能って……何よ!!何にも知らないくせして!!

 

 

どうせアンタ達は、良い親の元に生まれてるから分からないでしょうね!!」

 

「良い親って……本気で言ってんのか?」

 

「何よ?どうせ、才能認められたから、親の元から離れて祓い屋の元で修行してんでしょ?」

 

「……話したくも無い、お前なんかと」

 

「それはこっちの台詞よ」

 

「あの大型の妖怪に食われて、とっととあの世へ逝け!!」

 

 

そう言われた瞬間、時雨は歯を食い縛って泣くのを堪えながら、広間を飛び出した。

 

彼女の後を幸人と紫苑は追い駆けていった。言い放った秋羅は、椅子に乱暴に座ると深く溜息を吐いた。

 

 

「……ごめんね。

 

うちの弟子が、酷いこと言って」

 

「……」

 

「……少し話をしようか」

 

「え?」

 

「時雨はね、元々財閥のお嬢様だったんだよ」




動物小屋で、蹲る時雨……扉が開く音が聞こえ、ふと顔を上げた。


「あ……

幸人!いた!」


外にいた幸人は、小屋の中へと入るなり頭を下げて言った。


「悪いな……うちの弟子が酷いことを」

「……いえ。

私も言い過ぎました」

「……少し話をしようか」

「……」

「秋羅は……ある町の町長の息子だったんだよ」
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