桜の奇跡 作:海苔弁
「エル!!どこ行く!?」
「紅蓮!!待て!!」
「どうしたのよ!あいつ等(お尻痛い)」
「……何かおかしい……」
「え?」
「さっきから、静かすぎる」
「……!
まさか!幸人!」
「行くぞ!」
先に駆け出した幸人の後を秋羅はついて行き、二人の後を葵と時雨は追い駆けていった。
血塗れになり、雪の上に倒れる紫苑……動かなくなった彼女を、手で押さえ込んだ妖怪は唸り声を上げながら、食らおうと口を近付けさせた。
次の瞬間、妖怪の口と手に激痛が走った……鳴き声を上げながら、妖怪は手を離し紫苑から離れた。動けるようになった紫苑は、勢いを付けて起き上がると、妖怪の指を切り落とした。地面に着地した際、紫苑は足をふらつかせその場に座り込んだ。そこを妖怪は今だと攻撃しようと、尾を勢い良く振ってきた。
当たる寸前、駆け付けたエルが彼女を掴みその場から離れさせ、それに続いて紅蓮は、妖怪の尻尾を食いちぎった。
丁度そこへ秋羅達も駆け付け、妖怪を目の辺りにした。
「こいつか!!」
「幸人!すぐに封印準備を!」
「分かった!」
「秋羅君と時雨は、矢を構えて待機して!」
「はい!」
弓に張った弦に、矢筈を嵌め二人は構えた。
紫苑を掴んだエルは、地面へ降りるとソッと彼女を下ろした。紅蓮は人の姿となり、地面に落ちていたブレスレットを拾うと、人の姿となり彼女の手首に着けた。
するとブレスレットが光り出し、紫苑の体に広がっていた模様が収まった。
薄らと目を開けた紫苑に、紅蓮は狼姿となり彼女の頬を舐めた。
「……紅蓮」
『大丈夫か?』
「平気……!
水葉!」
『あいつは平気だ。
もう安全な場所に行って……来たようだ』
後ろから姿を現した水葉に、紫苑は駆け寄った。無事だと言う事を知らせるかのようにして、彼女に頭を擦り寄せ、頬を舐めた。
『心配を掛けた』
「良かった……無事で」
『敵が暴れ出した!
紫苑!』
『さぁ、行きなさい』
水葉を一撫ですると、紫苑は紅蓮達と共に結界の方へ行った。
矢を放つ秋羅と時雨を前に、妖怪は二人を攻撃した。秋羅は跳び、時雨は身を低くして攻撃を避けた。お経を唱え封印準備をしている幸人と葵に向かって、妖怪は角を向けて、突進していった。
「ヤバい!!」
「師匠!!」
角が当たる寸前、突如として妖怪が足を止め、咆哮を上げながら暴れ出した。何事かと思い、妖怪を見上げると、背中を小太刀で刺す紫苑がいた。
「紫苑!」
すると茂みから、次々と黒狼達が姿を現し、妖怪に向かって攻撃していった。
「な、何?!こいつ等」
「秋羅!!紫苑達を結界の外に!」
「分かった!
紫苑!紅蓮!撤退だ!」
時雨を連れて、秋羅は結界の外へと出た。紅蓮は黒狼達に向かって遠吠えし、彼等を離すと己も出て行き、紫苑は妖怪から飛び降りエルの背中へ乗ると、外へ出た。
全員が出たのを確認すると、幸人と葵はそれぞれの封印字を書き、お経を唱えた。すると二人の周りに浮いていた札が一斉に光り出し、妖怪を用意されていた壺の中へと押し込もうとした。
だが妖怪は、入られまいと木を掴み拒んだ。それを見た時雨は、持っていた矢を妖怪の手の甲に向かって放った。痛みで一瞬緩んだ隙を狙い、二人はさらに強くお経を唱え、妖怪を壺の中へと封じた。
「ふ、封印……」
「完了」
座り込む幸人達……その時、茂みから彼等を囲うようにして黒狼達が姿を現した。
「な、何!?」
「俺達を食おうってか?」
「……そうでもないみたいですよ」
エルに凭り掛かりながら座っていた紫苑の元へ、水葉が歩み寄り疲れ切っている彼女の頬を舐めると、黒狼達を連れて茂みの中へと姿を消した。
「……行っちゃった」
「さぁ、戻って報告しましょう」
「だな。
紫苑!帰るぞ!」
秋羅の声に紫苑は立ち上がろうと足に力を入れるが、思うように力が入らず、立つ寸前に尻を着いた。
「紫苑!」
彼女の元へ、秋羅と幸人は慌てて駆け寄った。駆け寄ると、紫苑は浅く息をしながら目だけを二人に向けた。
「大丈夫か?」
「……体に、力入らない」
「多分、力の使い過ぎだろう。
二三日休めば、元に戻るさ」
「……」
半開きになっていた目を、紫苑は閉じた。眠った彼女を人の姿となった紅蓮は、持ち上げエルの背中へ乗せた。
「紅蓮、頼んだぞ」
『あぁ』
紅蓮が飛び乗ると、エルは鳴き声を発して翼を羽ばたかせ空へと飛んだ。
それからしばらくして、安全な場所で待機していた竜也が竜を連れて、幸人達を迎えに来て、共に里へ戻った。
夜……ふと目を覚ました時雨は、外へ出た。だがそこには、既に先客(秋羅)がいた。
「……何で、アンタがいんの?」
「そりゃこっちの台詞だ」
「目が覚めたから、外を見に来たの。
そっちは?」
「寝付けなかったから、外を見に」
「寝付けないって……赤ん坊じゃあるまいし」
「テメェみてぇに、お気楽じゃないんだよ」
「何よ!!その言い」
怒鳴る前に、秋羅は慌てて手で時雨の口を抑え、静かにするよう人差し指を立てた。
「大声出すな!竜達が起きるだろう!」
「……ごめん」
「……」
雲一つ無い星空を見上げる二人……
「綺麗……」
「あぁ……
悪かった」
「え?」
「昨日、死ねなんて酷いこと言って」
「……
私の方こそ、ごめん……」
「……」
「……ねぇ」
「?」
「紫苑ちゃんって、いつからアンタ達といるの?」
「去年の今頃からだったかな。
地下の闇市で貰ったんだ」
「闇市って……
売られてたの?」
「あぁ。
森にいた動物の身代わりにな」
「動物って……
親御さんは?お父さんとお母さんが、心配してるんじゃ」
「いないよ。あいつに両親は」
「え……」
「いるかどうかも分からない」
「分からないって……何で?」
「目が覚めた時、傍にいたのは紅蓮だけだったらしい」
「……」
「それにあいつには、目が覚める前の記憶が無い……
俺達より、もっと辛いことを経験したのかもな……それで、記憶を閉ざした」
「……」
「時々思うんだよな……
紫苑が記憶を取り戻したら、どうなるんだろうって。
あいつにもし、『両親が迎えに来たらついていくか?』って聞いたんだ……そしたら紫苑の奴、『行かない』つて答えて……
でも、今だけだと俺は思う……親が現れたら、真っ先に抱き着いて泣いて」
一瞬思い出すとある男の背中……秋羅は手をギュッと握ると、それを解すかのようにして、体を伸ばした。
「まぁ、そん時になんねぇと分かんねぇし」
「紫苑ちゃんの親御さんに会ったら、秋羅は何て言う?」
「そりゃもちろん、『何で森に置き去りしたんだ!』ってな」
「何か、アンタらしい」
「そうか?」
気持ち良さそうに眠る紫苑……ふと、彼女は目を開けた。頭だけ起こし辺りを見ると、枕代わりになっていた紅蓮の胴に頭を置き顔を埋めた。
『どうかしたか?』
「……変な夢見たから、少し怖くなって」
『変な夢?』
「……
誰かが、何かで胸を撃たれて死んだの……それが一瞬、紅蓮の姿と重なって」
『……
大丈夫だ……俺は絶対に傍から離れねぇよ』
そう言って安心させるようにして、紅蓮は紫苑の頬を舐め擦り寄った。それに安心したかのようにして、彼女は重くなっていた瞼を閉じ、再び眠りに入った。眠った紫苑の上に、自身の尾を乗せると紅蓮も目を閉じ眠りに付いた。