桜の奇跡 作:海苔弁
その様子を紫苑は遠くから、紅蓮達と食事をしながら眺めていた。そこへ彼女の元に、あの少女が歩み寄ってきた。
「……何?」
「隣、良い?」
「ママは良いの?」
「平気。さっき薬飲んで寝てるから」
「……」
座っていた紫苑は、スープが注がれていた器を横へずらし、自身も横へずれ彼女が座るスペースを作った。狼となっていた紅蓮は、あくびをすると目を瞑った。
「……ねぇ、さっきの人名前何て言うの?」
「秋羅のこと?」
「秋羅……じゃあ、違うか」
「……颯人って、誰?」
「私のお兄ちゃん。
って言っても、12年も会ってないんだけどね」
「……」
「もう12年になるのか……」
「何で会ってないの?
何かあったの?」
「……
町の人が、お兄ちゃんを追い出したの」
「……」
「紅葉ちゃーん!
お母さんが呼んでるよぉ!!」
「はぁーい!
呼ばれたから、行かなきゃ。じゃあね!」
笑顔を見せて、紅葉は呼んできた人の元へ駆けていった。彼女の後ろ姿を見送りながら、紫苑は手に持っていたパンを食べた。
夜……教会が用意された大部屋で眠る住民達。外には、泣き出した子供をあやす母親で、溢れかえっていた。
教会の屋根に登り、上から町を見渡す紫苑。彼女の元へ、秋羅が寄り肩を叩いた。
「交代だ。寝ろ」
「眠くないからいい」
「寝ないと明日に響くぞ」
「……」
「……好きにしろ」
隣に座り、秋羅は町を眺めた……不意に吹いた微風が、二人の髪を靡かせた。
「ねぇ」
「ん?」
「……颯人なの?
秋羅の名前」
「……
随分前に、捨てた名前だよ」
「捨てた?何で?」
「嫌なことを思い出すから」
「……妹、心配してたよ」
「覚えてねぇもんだと思ってたよ……
この町出たのは、12年前。あいつはまだ、3歳だったのに」
「……秋羅は、ここに帰るの?」
「帰らねぇよ。
ここはもう、俺の故郷じゃない」
「……?」
何かの気配を感じたのか、紫苑は立ち上がり東の方向を見た。
「どうした?紫苑」
「……
ねぇ、この辺りって昔妖怪の住み家とかだった?」
「いや……あ!
死んだ父さんから一度聞いたことがある。
俺や父さんが生まれるずっと昔、この町は妖怪と一緒に暮らしてたって」
「……」
『妖怪は、自分が住んでいた故郷に帰る習性があるんだよ』
どこからか聞こえてくる、優しい男の声……紫苑は声の方を向いた。
『少し昔まで、この世界は妖怪と人が仲良く暮らしていたんだよ』
『何で今は、暮らさないの?』
『妖怪の偉い人が、いなくなって秩序が乱れたからだよ』
『また一緒に暮らせないの?』
『妖怪の偉い人が見つかれば、また暮らせるようになるよ』
「……紫苑?大丈夫か?」
「……秋羅」
「?」
「もしかしたら、戻ってきたのかもしれない」
「戻ってきた?」
「幸人の所に行ってくる!」
「あ、おい!紫苑!」
屋根から軽々と飛び降りると、紫苑は町長の家へ入った。家の広間では、ソファーで寝る幸人と机下で横になった迦楼羅が寝そべり、机に広がった書類を片付ける火那瑪がいた。
「あれ?紫苑ちゃん」
「幸人、寝てるの?」
「さっきまで言い合ってかと思ったら、この通り」
「……」
ソファーで寝る幸人の元へ、紫苑は寄り彼の上に飛び乗った。飛び乗った衝撃で、幸人は苦しみ声を上げながら、紫苑の頭に手を置き上半身を起こした。
「だ、誰から……教わった……飛び乗って…起こせって」
「暗輝」
(あの野郎!!)
「あれ?どうかし」
起き上がった迦楼羅は、自身が机の下で寝ていることを忘れていたのか、起き上がった瞬間頭を机にぶつけ、手で抑えながら蹲った。
そこへ駆け付けた秋羅は、苦しむ彼等を見て呆れながら指差した。
「何?どうしたの?こいつ等」
「事故が事故を呼んだんです」
「はぁ……」
「習性?」
氷袋を頭に乗せながら、迦楼羅は紫苑の言葉を繰り返した。
「前に本で読んだことあるの。
妖怪は、自分が住んでいた故郷に帰る習性があるって」
「聞いたことはあるが……」
「多分、昨日来たのは仲間の一部。
東の方から、鳴き声が聞こえた。その声に反応して、皆帰って行った」
「確かに……言われてみれば」
「けど、何で今頃?」
「……いや、今頃じゃない。
14年前にも、妖怪は来た。そして、12年前にも」
「なるほど……14年前の妖怪が何だかの理由で、故郷を思い出しケレフトに帰ってきた。
そして、一部の仲間を連れて12年前にもう一度帰ってきた……だが、一部が俺等の手によって退治され、それを生き残った奴が、ボスに知らせ今に至る……ってか?」
「可能性としては、考えられる」
「……じゃあ、今回ここへ来た妖怪達は、単なる故郷に帰ってきただけ。
自分達の縄張りに、人がいるからそいつ等を餌と認知して、襲い食ってるって事か」
「……どうする?
ボス、倒すか封印するか?」
「もちろん倒し……たいところだが、討伐隊が欲しがるだろう?」
「だろうね。
東と南に結界を張って、その中に妖怪達を追い込んで、封印!」
「それが簡単に出来れば、苦労はねぇよ」
「何でそう冷たいの!?」
「とりあえず、詳しい話を市長に話してくる。
行動はそれからだ」
一部の資料を持ち、幸人は迦楼羅の耳を引っ張りながら部屋を出て行った。
外へ出た紫苑は、エル達の元へ歩み寄った。彼女の足音に、エルは起き上がると伸ばしてきた紫苑の手に嘴を擦り寄せた。
甘えるエルの声に、木の上にいた紅蓮は飛び降り、狼の姿になると紫苑に擦り寄った。
『どうした?浮かない顔をして』
「……声」
『声?』
「懐かしい……声が聞こえた」
『……どんな、声だったんだ?』
「凄い優しい声だった……
安心できて……心地良く…て……」
紅蓮に説明しながら、紫苑はエルに凭り掛かるようにして眠ってしまった。紅蓮は彼女の頬を舐めると、傍に座り添い寝をした。
雲に隠れていた月が顔を出し、辺りを照らした。眠る紫苑の上に、人影が覆った。その者は紫苑の傍で座ると、彼女の頭を撫でた。撫でるその顔は、どこか悲しそうな目をしていた。
寝ていたエルは目を開け、首を傾げながら紫苑を撫でる者を見た。その者は、エルに静かにするよう人差し指を、口前に立て笑顔を見せるとそのままスッと姿を消した。
『嫌だ!!嫌だ!!
行きたくない!!離れたくない!!
晃!!晃!!』
「……」
目を覚ます紅蓮……
(……何だったんだ……今のは)
頭を起こし大きくあくびをすると、自身に寄り添い眠っている紫苑の頭を、鼻で撫でた。眠っていた紫苑は、気持ち良さそうに紅蓮の体に体を擦り寄せながら、寝息を立てた。
気になりながらも、紅蓮は頭を下ろし再び眠りに付いた。
人物紹介4
名前:火影迦楼羅(ヒカゲカルラ)
年齢:34歳
容姿:赤髪をオールバックにし、前髪を真ん中に垂らしている。目の色は深い緑色。腹部に一度穴が開いたような大きな傷痕がある。
名前:火影火那瑪(ヒカゲカナメ)
年齢:18歳
容姿:橙色の髪に青縁の眼鏡を掛けている。目の色は青。