桜の奇跡 作:海苔弁
地図を広げ、東の街と南の街を幸人は鉛筆で丸を書いた。
「この地域一帯を封鎖して、北と西の街に結界を張る。
市長の話だと、住民はお怒りのご様子です」
「やっぱりな。
まぁ、家を捨てろって言ってるようなもんだもんな」
「その件で市長からのお願いで……
そこに住んでいた人達を連れて、物を取らせるという条件で、成立したって言ってましたけど」
「俺等がついて回ることにする。
俺は東の区域を。火那瑪は南東の区域。秋羅と紫苑は南の区域を頼む」
「分かった」
「了解」
「迦楼羅は俺等が帰ってくるまでの、見張り役で頼む」
「応よ!この迦楼羅様に、任せなさい!」
「心配なのは、俺だけか?」
「自分もです」
「俺も」
「この人に任せたら、全部水に流れそう」
「紫苑!それは言い過ぎ!!」
各々の場所を歩く幸人達。
南の街へ来た秋羅達は、噴水付近で足を止め辺りを見回した。
「……異常は無いな。
それじゃあ、こっから二手に分かれます。男性方は紫苑に、女性方は俺に付いてきて下さい」
「ちょっと待て!俺達男は、このチビに護られろって言うのか!?」
「ま、まぁ……そうなります」
「おかしいだろう!!」
「こんなチビに、俺等が護れるのか?」
「チビだから、どうせ妖怪出た瞬間逃げるに決まってる」
「そうそう!」
笑う男達にムッとした紫苑は、傍に転がっていた妖怪の遺体を華麗に切り裂いた。
「……」
「腕の方は、保証します」
「は、はい……」
街路を歩く紫苑達……男達は各々の家へ入ると、必要最低限の物を取り、家から出てきた時だった。
“ガァァアアア”
聞こえてきた咆哮……その声に、男達は辺りをキョロキョロと見た。
「な、何だ……」
「この辺に、い、いるのか?!」
「おいチビ!何かいるか?!」
「この辺りににおいは無い。
多分、南東の……!!
逃げて!!」
紫苑が叫んだと同時に、彼女の後ろに妖怪が降り立った。
「よ、妖怪!!」
「紅蓮、誘導!!」
『全員、こっちだ!』
紅蓮の掛け声に、男達は皆彼について行った。全員がいなくなったのを確認すると、紫苑は地面に陣を描きその中心に立った。
「悲しき雷の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !」
描いた陣が黄色く光り、バチバチと雷を放ち紫苑の手に集まった。
「天より神の裁きを、汝の体に貫け!!」
槍の形へと変わった雷を、紫苑は妖怪に向かって投げ飛ばし、妖怪の胸を貫いた。
倒れ動かなくなった妖怪を見ると、紫苑は紅蓮達の後を追った。
その頃、先程の妖怪の鳴き声に気付いた秋羅は、辺りを警戒しながら外にいた。
目の前にあった家から、数枚の写真立てを手に紅葉が出ながら、秋羅に話し掛けた。
「さっきの鳴き声は……」
「多分妖怪」
「大丈夫なんですか!?助けに行かなくて!」
「平気だよ。何かあれば、紅蓮が知らせに来るし」
「紅蓮?」
「紫苑の傍にいた黒狼。
あいつは紫苑のボディーガードみたいなもんだからな」
「……」
「?お前の持っていきたい物って、それか?」
「あ、はい」
紅葉が手にする写真には、父親に抱かれた自分と母親に抱かれたまだ赤ん坊の彼女が、幸せそうに写っていた。
「父がまだ、生きていた頃に撮ったんです。
この一年後に、父は亡くなりました」
「……」
「あの頃、私何が何だか分からなくて……
気付いたら、お兄ちゃんがいなくなってて……でも、外に出れば会えたんです。
だけど、町で雇った祓い屋と一緒に、どこかへ行ってしまった。お母さんに何度質問しても、返ってくる答えはいつも……」
話していた紅葉の口を、秋羅は手で塞ぎ静かにするよう人差し指を立てた。彼が見ている方向を、紅葉は目を向けた。
建物の影から姿を現す妖怪……紅葉は恐怖で震えながら、秋羅の腕にしがみついた。
「……(まだ気付かれてないみたいだな……)
エル、奴をこっから別の場所に移動させろ」
傍にいたエルの手綱を取りながら、秋羅は言った。エルは頭を軽く振り、彼に嘴を擦り寄せると翼を羽ばたかせ妖怪の気を引き付けながら飛んでいった。
妖怪はエルに気を取られ、その場からエルを追い駆けていった。妖怪がいなくなったのを確認すると、紅葉を連れて秋羅は、その場から走った。
角を曲がった時だった……別の妖怪と鉢合わせてしまったのは。目の前にいた妖怪に、秋羅は槍を組み立て構え、紅葉を自身の後ろへ隠した。
「さっきの噴水のところに逃げろ!!」
「え……」
「早く行け!!」
「……嫌だ!!
私、秋羅さんと一緒にいる!!」
「何馬鹿な……!!伏せろ!!」
妖怪の攻撃を、秋羅は紅葉と共に倒れ避けると、彼女を連れて走り出した。路地裏へ回り、ゴミ箱の影に隠れた秋羅は息を切らしながら、辺りを警戒した。
「(……追い駆けてきてはねぇみてぇだな)
しばらくここにいろ」
「駄目!行っちゃ!」
立ち上がろうとした秋羅に、紅葉は抱き着き立ち上がるのを阻止した。
「駄目……行っちゃ……」
「……」
「……
お兄ちゃんでしょ?あなた」
「!」
「私、あの時小さかったけど……分かるよ。
昨日の早朝、来たよね?お父さんのお墓参りに」
「……」
「私、すぐに分かったよ……
お兄ちゃんだって……すぐに……」
「……」
「帰ってきてよ……
お父さんはもういないけど……三人で、暮らそうよ……」
「……無理だ」
「何でよ……お母さんだって、お兄ちゃんを手放したの凄い後悔」
「……シっ!」
人差し指を立てながら、秋羅は紅葉の口を手で塞いだ。目の前には、妖怪がゴミ箱付近のにおいを嗅ぎながら、自分達を探していた。
ゆっくりと立ち上がり、後ろへ下がる二人……だが、地面に置かれていた瓶が、下がった拍子に紅葉の足に当たり倒れた。その音に、妖怪は咆哮を上げると二人に向かって攻撃してきた。
妖怪が咆哮を上げる前、紫苑達は噴水付近に戻ってきていた。紅葉以外の女性達も、必要最低限の物を持って集まっていた。
『秋羅の奴、いないな?』
「どうしたんだろう……」
その時、あの妖怪の鳴き声が聞こえてきた。
「何だ!?」
「おい!あれ見ろ!」
「?!」
男が指差す方向には、空からエルが翼を羽ばたかせて地へ降り立つと、鳴き声を上げながら紫苑の元へ駆け寄り、彼女を銜え勢いを付けて投げ自身の背中へ乗せた。
「紅蓮!皆を避難所に!!」
『分かった!!』
それだけを伝えると、紫苑はエルの腹を軽く蹴った。エルは鳴き声を上げ、駆け出すと翼を羽ばたかせ飛んでいった。
林道を走る秋羅と紅葉……茂みの中へ隠れ、息を切らしながら地面に座り込んだ。ふと、紅葉は秋羅の腕を見た。痛々しい生傷から、血が水のように流れ出ていた。
「お兄ちゃん、腕の傷」
「平気だ」
髪を隠すように巻いていたバンダナを取ると、口でちぎり秋羅はそれを腕に巻き止血した。
「……やっぱり……
お兄ちゃんは、お父さん似だね」
「そういうお前は、母さん似だろ」
「……出て行ったのって、やっぱりあの事が原因なの?
お父さんがこの先の湖で、妖怪に殺された事が……」
「……父さんのことと俺が出て行ったのは、関係ない」
「じゃあ何で……」
「ここにいる奴等の目を、見たくなかったからだ」
「目?」
「……」
思い出す過去……冷たい眼差しが、まだ幼かった秋羅に鋭く突き刺さっていた。その眼差しは『人殺し』と、言ってるように見えた。
ハッと顔を上げ紅葉の顔を見た。彼女は恐怖に満ちた顔で、秋羅の後ろを見ていた。
彼は恐る恐る振り返った……そこにいたのは、14年前と同じ妖怪……大剣を手にした妖怪が、二人の後ろに立ち口から涎を垂らしていた。