桜の奇跡 作:海苔弁
(……何……この夥しい気配は)
エルもこの気配に気付いたのか、紫苑の周りを歩きながら鳴き声を上げた。落ち着かせるように、彼女はエルの頬を撫でた。
「エル、紅蓮と幸人を連れて来て」
彼女の命に答えるかのようにして、鳴き声を上げると翼を羽ばたかせそこから飛んでいった。
エルを見送ると、紫苑は小太刀を手に取り、柵を跳び越え奥へと入って行った。
湖の畔へ来た秋羅……近くにあった穴に、紅葉を隠れさせると、自身は羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
「ここにいろ!」
「お兄ちゃん!行っちゃ駄目!!」
追い駆けようとする紅葉だったが、彼女は足に怪我を負ってしまい、動けなかった。
林道を駆ける秋羅……木々を倒し、現れ出た妖怪は咆哮を上げると彼に攻撃を放った。秋羅は素早く避けると、槍で妖怪の腕を突いた。
悲痛な鳴き声を上げた妖怪は、秋羅を突き飛ばした。飛ばされた彼は、木に体をぶつけ蹲った。
『……貴様、あの時のガキか』
「?!」
突然喋った妖怪に、秋羅は驚きながら顔を上げた。
持っていた大剣の先を木の幹に突き刺した妖怪は、彼の動きを封じるようにして、手で抑えた。
『久し振りに帰ってきたら、また餌が撒かれていて嬉しいぜ』
「何が嬉しいだ……人の親を殺しておきながら!!」
『餌を食って、何が悪い?
俺等の縄張りに入ってきたのは、貴様等だろうが』
「っ……」
『さぁ、無駄話はもう無用だ。
ここで、死ねぇ!!』
大剣の剣先を、秋羅に向けて突いてきた。刺さる瞬間、茂みから紫苑が現れ自身達の前に、分厚い氷の壁を作り上げた。大剣は氷の壁に当たり、妖怪は驚きすぐに後ろへ下がった。
「し、紫苑……」
「秋羅、大丈夫?」
「平気だ……紫苑、後ろ!!」
振り向いたと同時に、紫苑は横へ吹き飛ばされた。木の幹に体をぶつけた彼女は、頭を振ると突進してきた妖怪を小太刀で突き刺し、距離を取った。
出来た傷口を抑えながら、妖怪は紫苑を睨んだ。
『……貴様、まさか』
「……」
『……?
フッ……ハッハッハッハ!!』
突然笑い出す妖怪……油断した紫苑に、妖怪は彼女を地面に押し付け、手首に着けていた桜のブレスレットの鎖を切り裂いた。
『さぁ!!蘇れ!!我等のボスよ!!』
その瞬間、彼女の額からあの雪の結晶の模様が光り出し、体全体に広がった。
そして、鋭く光らせた青い目を開眼すると、彼女は妖怪の手を蹴り腕をもぎ取った。妖怪は取れた自身の腕を見ると、素早く後ろへ下がった。
起き上がり立ち上がる紫苑……鋭く光らせた青い目で、彼女は妖怪を睨んだ。
『なるほど……まだ自我が芽生えてなかったのか。
道理で100年も、現れないわけだ』
「……」
一瞬の風が吹いた時、紫苑は地面を思いっ切り蹴って駆け出すと、勢いを付けたまま跳び上がり、妖怪の目を小太刀で突き刺した。悲痛な叫びを上げる妖怪に構わず、彼女は妖怪が持っていた大剣を、氷の刃で叩き折り粉々にした。
「?!」
「……帰せ……
私を……帰せ……」
『何だ?』
「し、紫苑?」
「帰せ……帰せ……
帰せぇ!!」
叫び声と共に、紫苑の周りから桜の吹雪が起こった。花弁は氷の刃と変化し、刃は妖怪に向かって飛んできた。
妖怪は咆哮を上げ、付近にいた仲間達を呼び寄せた。
その咆哮に、南と東区域にいた妖怪達が、一斉に湖の方へ向かった。
「何だ?(何故、妖怪達が……それに、今の鳴き声は)」
教会へ着いた火那瑪は、即座に幸人達の元へ駆け寄った。
「何なんだ……さっきの鳴き声は」
「少し心配だね……」
「ちょっと、祓い屋さん!!」
「?」
南区に行っていた女性が、火那瑪の腕を引っ張り話し掛けてきた。
「すぐに森の方へ行ってくれないかい?」
「え?」
「アンタの仲間、紅葉ちゃんと一緒に妖怪から逃げてるのよ!!」
「?!」
「あ!いたいた!
祓い屋!早く仲間の所に行け!!
仲間のチビが、森の方に行ったんだ!!」
その言葉を聞いたと共に、空からエルが舞い降りてきた。エルと共に、狼姿となった紅蓮が幸人達の元へ駆け寄ってきた。
『早く乗れ!胸騒ぎがする!!』
「迦楼羅!火那瑪!
エルの背中に乗れ!」
「あ、あぁ!
火那瑪、乗って!」
「はい!」
「紅蓮、乗るぞ」
『早くしろ』
二匹にそれぞれ乗ると、エルは翼を羽ばたかせ飛んでいきエルの後を、紅蓮は追い駆けるようにして駆け出した。
妖怪の死体が無数に転がる中、紫苑は自身に付いた血と傷口を舐めながら、目の前にいるボスを睨んだ。
『う、嘘だろ……
仲間を……一人で』
「……お前……
本当に、紫苑……なのか?」
振り返った紫苑は、秋羅を見つめた。彼を見つめていると、次第に息が乱れ頭を抱えながら、膝を付き悲痛な叫び声を上げた。
「し、紫苑!」
「来るな!!
私は道具じゃない!!
帰して!!帰して!!今すぐ!!ひかるがいる所に!!」
叫びながら、紫苑は秋羅の顔スレスレに小太刀を刺した。
息を切らす紫苑……秋羅の顔に出来た傷口から、ツーッと血が流れ出てきた。驚いた顔で、彼は彼女を見た。その時後ろから、いつの間にか再生した大剣の剣先を、二人目掛けて突いてきた。
咄嗟に、秋羅は紫苑を倒し彼女を守るようにして覆い被さり死を覚悟した。
宙に浮く体……秋羅は恐る恐る目を開けた。下には、大剣を地面に突き刺した妖怪がいた。
「何で……宙に?」
「ギリギリ間に合いましたね!」
「か、火那瑪!!」
「俺を忘れるな!」
「迦楼羅さん!?」
宙に浮いていたのは、二人が乗っていたエルが自分を前足で掴んでいた。
「面倒そうな妖怪だなぁ……」
「教会に結界張っといて、正解でしたね」
「だな。
えっと、散らばってる妖怪を倒したのは、秋羅かな?」
「いや……し、紫苑です」
「紫苑が?」
「信じられない……」
「……シテ」
「?」
秋羅に抱えられていた紫苑は、彼の腕に小太刀を突き刺した。痛みで思わず、彼女を抱えていた手を離してしまった。
「紫苑!!」
落ちていく紫苑……落ちていく彼女の傍に、空から白い花弁が集まった。花弁は、落下していく紫苑の下へと集まり、彼女を地へ下ろした。
地面に立つ紫苑……青き瞳で、彼女は再生した妖怪を睨んだ。
『やはり、噂は本当だったんだな……
ボスのガキは生きてるって』
森の中を駆ける紅蓮……その時、幸人は湖の畔にある穴を見つけ、その中にいた紅葉の姿が目に入った。
「あれは……
紅蓮、先に行け!」
走る紅蓮から飛び降りた幸人は、穴へ駆け寄った。
「オイ、大丈夫か?」
「祓い屋さん……
お兄ちゃんを助けて!!お兄ちゃん、さっき妖怪の所に!」
「仲間が先に向かってる。平気だ。
(彼女一人でここに置いとくのは危険だ……
かといって、あそこを迦楼羅達だけに任せるわけには)」
「お願いです!お兄ちゃんの所に、連れて行って下さい!!」
「?!」
「お兄ちゃんの力になりたいの!!
お願い!!もう、見捨てるのは……嫌なんです」
「……
死ぬかもしれないんだぞ……良いのか?」
「構いません……
お兄ちゃんが、命を賭けて私達を守ろうとしてるのに、私達は何も……」
しばらく考えた幸人は、深く息を吐くと紅葉を背負った。
「しっかり掴まってろ」
「は、はい!」
力が入った紅葉の手を見て、幸人はそこから駆け出した。