桜の奇跡 作:海苔弁
「紫苑の奴、どうだ?」
入ってきた幸人は、軽い食事を手に秋羅に話し掛けた。
「まだ眠ってる」
「そうか……
普段なら、もう起きてもいいはずなのになぁ」
「どうする?
このまま起きないとなると、ここに結構滞在することになるけど……」
「いや、明日中には帰る。
迦楼羅達が、別の依頼を受けたから、明日には帰るって」
「……」
「……良いのか。
このままで」
「別にいい。
俺は、この町に未練も何も無い」
「……妹さんだけには、ちゃんと別れの挨拶しろよ」
「……」
「幸人!ちょっといいか?」
「今行く」
チェストに食事が乗ったプレーンを置くと、幸人は部屋の外で待っていた迦楼羅の元へ歩み寄り、話しながらその場を去った。秋羅は、しばらくして軽く息を吐くと紫苑の頭を撫で、部屋から出て行った。
何も覚えていないのが、いいのかもな……
名前は、誰かから貰え。僕等は付けられない。
あの名前を呼ぶと、嫌でも思い出してしまうから……
忌まわしい記憶が……
「……」
差し込む月の光で、紫苑は目を覚ました。起き上がり、部屋を見回した。
「……紅蓮?」
彼の名を呼ぶが、そこにはいなかった……ベッドから降りた紫苑は、部屋を出て行き外へ出た。
暗い街路を歩く紫苑……辿り着いたのは、柵が建てられた森だった。そこを跳び越え、中へと入り奥へ歩いて行った。
湖の畔で寝ていたエルは、紫苑の足音に気付いたのか目を覚まし、傍で眠っていた紅蓮を起こした。
湖の畔へ着いた紫苑は、エル達の元へ歩み寄った。エルは寄ってきた、彼女の頬に嘴を擦り寄せた。寄ってきたエルの嘴を、紫苑は撫で紅蓮の頭を撫で傍に座った。
『体大丈夫なのか?』
「うん……
紅蓮」
『?』
「私、何かやったかな……」
『やったって?』
「覚えてないの……
妖怪に押さえ付けられたところまでは覚えてる。
でも、そっから何も……
気が付いたら、またベッドの上に……」
『……傍にいなかったから、何があったかは分からない。
ただ、ブレスレットが取れてた』
「……これ、何なんだろう。
目が覚めた時には、もう着けてあったし」
『さぁな。
もう少し寝てろ。まだ体力戻ってないんだから』
「うん……」
エルの胴に頭を乗せ、紫苑は目を瞑り眠りに付いた。エルは彼女の頬を嘴で撫でると、翼を下ろした。紅蓮は紫苑の傍へ寄り添い、目を閉じ眠った。
翌朝……
門前に立つ幸人達。
「あ~、またあの入り組んだ森を進まなきゃいけないのか~」
「先生はもう、道案内しなくていいです」
「相変わらず、弟子は冷たい……」
「そういえば、秋羅さんは?」
「ちょいと、家族さんと別れの挨拶してる」
「家族……
それじゃあ、ここが」
「あぁ」
父親の墓の前で、花を供える秋羅。彼の後ろには、紅葉と母親が立っていた。
「ほ、本当にもう帰ってこないの?」
「……」
「お兄ちゃん……ねぇ」
「俺はもう、帰るべき場所がある。
ここじゃない場所に」
「……」
「だからもう、依頼がない限りここへは来ない」
「……」
「じゃあな。
元気でな」
紅葉の頭を撫でると、秋羅は母親を通り過ぎ去って行った。
「……
体に気を付けてね……
颯人」
涙声で、母親はそう言った……その言葉を聞いた秋羅は、溢れ出てきた涙を腕で拭うと、二人に振り返り笑顔を見せた。
その笑顔は、紅葉が持っていた昔の写真……父親がまだ生きていた頃に撮った写真に写った、かつての秋羅……いや、颯人と同じだった。
去って行く秋羅の背中を見ながら、紅葉は話した。
「お兄ちゃんね。
あのペンダント、持ってたんだよ」
「え?ペンダント?」
「ほら、近くの町に旅行行った時に、買ったじゃん!
私は橙色のペンダント、お母さんは黄色のペンダント、お父さんは緑色のペンダント、お兄ちゃんは赤いペンダント」
そう言って、紅葉は首に掛けていた橙色の菱形のペンダントを出した。それを見た母親も、首に掛けていた黄色の菱形のペンダントを出した。
そして、その時の記憶がフラッシュバックで蘇ると、母親はその場に膝を付き泣いた。彼女に釣られて、紅葉も泣き母親に抱き着いた。
夕方……汽車に乗る秋羅と幸人。途中駅で、迦楼羅と火那瑪は降り、次の依頼場所へ行った。
「そういや、前々から気になってたんだが……
その左腕の火傷、何なんだ?」
「あぁ、これ?
父さんが死んでしばらくの間、家のことを俺がやってた時期があって……
紅葉の奴が、目を離した隙にマッチで遊んでて、そのまま点火。慌ててあいつからマッチを奪ったんだけど、そこから火が移って」
「お前の左腕を焼いたと」
「そういう事」
「てっきり、母親にでもやられたかと思った」
「それはなかったな………あれが最後だったな。
あいつが、俺のこと心配したの」
「……」
「何で今頃、聞くんだ?そんな事」
「そろそろ聞いてもいいかなぁって」
「何だよそれ……
あ、そうだ……なぁ、幸人」
「ん?」
「ひかるって名前、知ってるか?」
「ひかる?
知らねぇな……その名前がどうかしたのか?」
「紫苑の奴、暴走した時に言ってたんだ……
『私は道具じゃない!!
帰して!!帰して!!今すぐ!!ひかるがいる所に!!』って……
あいつ、もしかしたら家族と引き離されたんじゃないかな?ひかるは誰だか分からないけど……」
「可能性は高いな……
半妖は、このご時世希少価値のある者……都市伝説で、半妖だけが住む村があると、聞いたことがあるくらいだ」
「……」
「お前のその頬の傷は、暴走した時の紫苑にやられたって事でいいのか?」
「あ、あぁ……
攻撃……された」
「……」
「しっかし、紅蓮の奴紫苑を連れてどこ行ったんだ?」
「仲間の所に行くって言ってたな?」
「……このまま帰って来なかったりして」
「それはねぇだろう……」
深い森へ来た紅蓮……エルから降りると、眠っている紫苑を下ろし茂みを歩き、とある池へ着いた。
エルを畔で待たせ、紅蓮は彼女を池へ入れた。浸かった池は、青く光り出し紫苑を包み込んだ。
そこへ、白い毛並みに覆われた大白狼が、茂みから数頭の仲間を連れて出てきた。紅蓮は黒狼へなり、白狼を見た。
『珍しい……黒狼がここへ来るとは』
『近い所が、ここしか無かった。
無断で入ったことを、許して貰いたい』
『別に怒ってはいない……
その子か……お前達が、主として仕えている子は』
『……』
白狼の子供が、群れから飛び出し紫苑に擦り寄った。すると、紫苑はスッと目を開け擦り寄る白狼の子供を撫でた。
『紫苑』
池から上がった紫苑は、スカートの裾を絞り傍に置いてあった靴を履いた。
『平気か?』
「大丈夫。
ごめんね。私達が縄張りに入っちゃって」
『別に良い。
リルに、宜しく伝えといてくれ』
「それは出来ない。
私は今、リル達とはいない」
『やはりな……
人のにおいがついている』
「……嫌い?」
『いや……
我等白狼は、人と共に生きている獣。今更においなど、気にはしない』
「良かった……」
白狼に笑みを見せると、紫苑はエルに跳び乗り紅蓮と共にそこを去った。
白狼は彼等を見送ると、仲間と共に森の奥へと姿を消した。