桜の奇跡   作:海苔弁

43 / 228
寝返りを打つ紫苑……ずり落ちた布団を、傍にいた秋羅は拾い掛けた。


「紫苑の奴、どうだ?」


入ってきた幸人は、軽い食事を手に秋羅に話し掛けた。


「まだ眠ってる」

「そうか……


普段なら、もう起きてもいいはずなのになぁ」

「どうする?

このまま起きないとなると、ここに結構滞在することになるけど……」

「いや、明日中には帰る。

迦楼羅達が、別の依頼を受けたから、明日には帰るって」

「……」

「……良いのか。

このままで」

「別にいい。

俺は、この町に未練も何も無い」

「……妹さんだけには、ちゃんと別れの挨拶しろよ」

「……」

「幸人!ちょっといいか?」

「今行く」


チェストに食事が乗ったプレーンを置くと、幸人は部屋の外で待っていた迦楼羅の元へ歩み寄り、話しながらその場を去った。秋羅は、しばらくして軽く息を吐くと紫苑の頭を撫で、部屋から出て行った。


帰るべき場所

何も覚えていないのが、いいのかもな……

 

 

名前は、誰かから貰え。僕等は付けられない。

 

 

あの名前を呼ぶと、嫌でも思い出してしまうから……

 

 

忌まわしい記憶が……

 

 

 

 

 

「……」

 

 

差し込む月の光で、紫苑は目を覚ました。起き上がり、部屋を見回した。

 

 

「……紅蓮?」

 

 

彼の名を呼ぶが、そこにはいなかった……ベッドから降りた紫苑は、部屋を出て行き外へ出た。

 

 

暗い街路を歩く紫苑……辿り着いたのは、柵が建てられた森だった。そこを跳び越え、中へと入り奥へ歩いて行った。

 

 

湖の畔で寝ていたエルは、紫苑の足音に気付いたのか目を覚まし、傍で眠っていた紅蓮を起こした。

 

湖の畔へ着いた紫苑は、エル達の元へ歩み寄った。エルは寄ってきた、彼女の頬に嘴を擦り寄せた。寄ってきたエルの嘴を、紫苑は撫で紅蓮の頭を撫で傍に座った。

 

 

『体大丈夫なのか?』

 

「うん……

 

 

紅蓮」

 

『?』

 

「私、何かやったかな……」

 

『やったって?』

 

「覚えてないの……

 

妖怪に押さえ付けられたところまでは覚えてる。

 

でも、そっから何も……

 

 

気が付いたら、またベッドの上に……」

 

『……傍にいなかったから、何があったかは分からない。

 

 

ただ、ブレスレットが取れてた』

 

「……これ、何なんだろう。

 

 

目が覚めた時には、もう着けてあったし」

 

『さぁな。

 

もう少し寝てろ。まだ体力戻ってないんだから』

 

「うん……」

 

 

エルの胴に頭を乗せ、紫苑は目を瞑り眠りに付いた。エルは彼女の頬を嘴で撫でると、翼を下ろした。紅蓮は紫苑の傍へ寄り添い、目を閉じ眠った。

 

 

 

 

翌朝……

 

 

門前に立つ幸人達。

 

 

「あ~、またあの入り組んだ森を進まなきゃいけないのか~」

 

「先生はもう、道案内しなくていいです」

 

「相変わらず、弟子は冷たい……」

 

「そういえば、秋羅さんは?」

 

「ちょいと、家族さんと別れの挨拶してる」

 

「家族……

 

 

それじゃあ、ここが」

 

「あぁ」

 

 

 

父親の墓の前で、花を供える秋羅。彼の後ろには、紅葉と母親が立っていた。

 

 

「ほ、本当にもう帰ってこないの?」

 

「……」

 

「お兄ちゃん……ねぇ」

 

「俺はもう、帰るべき場所がある。

 

ここじゃない場所に」

 

「……」

 

「だからもう、依頼がない限りここへは来ない」

 

「……」

 

「じゃあな。

 

元気でな」

 

 

紅葉の頭を撫でると、秋羅は母親を通り過ぎ去って行った。

 

 

「……

 

 

体に気を付けてね……

 

 

 

 

颯人」

 

 

涙声で、母親はそう言った……その言葉を聞いた秋羅は、溢れ出てきた涙を腕で拭うと、二人に振り返り笑顔を見せた。

 

その笑顔は、紅葉が持っていた昔の写真……父親がまだ生きていた頃に撮った写真に写った、かつての秋羅……いや、颯人と同じだった。

 

 

 

去って行く秋羅の背中を見ながら、紅葉は話した。

 

 

「お兄ちゃんね。

 

あのペンダント、持ってたんだよ」

 

「え?ペンダント?」

 

「ほら、近くの町に旅行行った時に、買ったじゃん!

 

私は橙色のペンダント、お母さんは黄色のペンダント、お父さんは緑色のペンダント、お兄ちゃんは赤いペンダント」

 

 

そう言って、紅葉は首に掛けていた橙色の菱形のペンダントを出した。それを見た母親も、首に掛けていた黄色の菱形のペンダントを出した。

 

そして、その時の記憶がフラッシュバックで蘇ると、母親はその場に膝を付き泣いた。彼女に釣られて、紅葉も泣き母親に抱き着いた。

 

 

 

 

 

夕方……汽車に乗る秋羅と幸人。途中駅で、迦楼羅と火那瑪は降り、次の依頼場所へ行った。

 

 

「そういや、前々から気になってたんだが……

 

その左腕の火傷、何なんだ?」

 

「あぁ、これ?

 

 

父さんが死んでしばらくの間、家のことを俺がやってた時期があって……

 

紅葉の奴が、目を離した隙にマッチで遊んでて、そのまま点火。慌ててあいつからマッチを奪ったんだけど、そこから火が移って」

 

「お前の左腕を焼いたと」

 

「そういう事」

 

「てっきり、母親にでもやられたかと思った」

 

「それはなかったな………あれが最後だったな。

 

あいつが、俺のこと心配したの」

 

「……」

 

「何で今頃、聞くんだ?そんな事」

 

「そろそろ聞いてもいいかなぁって」

 

「何だよそれ……

 

あ、そうだ……なぁ、幸人」

 

「ん?」

 

「ひかるって名前、知ってるか?」

 

「ひかる?

 

知らねぇな……その名前がどうかしたのか?」

 

「紫苑の奴、暴走した時に言ってたんだ……

 

 

『私は道具じゃない!!

 

 

帰して!!帰して!!今すぐ!!ひかるがいる所に!!』って……

 

 

あいつ、もしかしたら家族と引き離されたんじゃないかな?ひかるは誰だか分からないけど……」

 

「可能性は高いな……

 

半妖は、このご時世希少価値のある者……都市伝説で、半妖だけが住む村があると、聞いたことがあるくらいだ」

 

「……」

 

「お前のその頬の傷は、暴走した時の紫苑にやられたって事でいいのか?」

 

「あ、あぁ……

 

攻撃……された」

 

「……」

 

「しっかし、紅蓮の奴紫苑を連れてどこ行ったんだ?」

 

「仲間の所に行くって言ってたな?」

 

「……このまま帰って来なかったりして」

 

「それはねぇだろう……」




深い森へ来た紅蓮……エルから降りると、眠っている紫苑を下ろし茂みを歩き、とある池へ着いた。

エルを畔で待たせ、紅蓮は彼女を池へ入れた。浸かった池は、青く光り出し紫苑を包み込んだ。


そこへ、白い毛並みに覆われた大白狼が、茂みから数頭の仲間を連れて出てきた。紅蓮は黒狼へなり、白狼を見た。


『珍しい……黒狼がここへ来るとは』

『近い所が、ここしか無かった。

無断で入ったことを、許して貰いたい』

『別に怒ってはいない……


その子か……お前達が、主として仕えている子は』

『……』


白狼の子供が、群れから飛び出し紫苑に擦り寄った。すると、紫苑はスッと目を開け擦り寄る白狼の子供を撫でた。


『紫苑』


池から上がった紫苑は、スカートの裾を絞り傍に置いてあった靴を履いた。


『平気か?』

「大丈夫。

ごめんね。私達が縄張りに入っちゃって」

『別に良い。

リルに、宜しく伝えといてくれ』

「それは出来ない。

私は今、リル達とはいない」

『やはりな……

人のにおいがついている』

「……嫌い?」

『いや……

我等白狼は、人と共に生きている獣。今更においなど、気にはしない』

「良かった……」


白狼に笑みを見せると、紫苑はエルに跳び乗り紅蓮と共にそこを去った。

白狼は彼等を見送ると、仲間と共に森の奥へと姿を消した。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。