桜の奇跡 作:海苔弁
ネクタイを締めながら、幸人はあくびをしていた。
「ったく、会議に何でスーツ着なきゃいけないんだか……
着流しにしろってんだ」
「お前みたいなだらしない奴等がいるからだろうが!」
『朝から機嫌が悪いな?幸人』
「当たり前だ。
祓い屋の会議なんざ、行きたくねぇっつーの」
「会議?
祓い屋に会議なんてあるの?」
「不定期にな」
椅子に座った幸人は、溜息を吐きながら焼かれたパンを口にした。
そして紫苑が、瞬火の毛の手入れを終えた時だった。突然玄関ドアが開き、外から軍服姿の陽介が入ってきた。
「よ、陽介…さん」
「ん?何だ?」
「まだ食ってたのか……
おら、とっとと行くぞ」
「遅れたっていいじゃねぇか……」
「貴様の不始末を、一体誰が片付けると思っているんだ?」
「……分かりやした。
すぐに支度しますから、少々お待ち下さい」
そう言って、ダラダラと歩く幸人に陽介は、一発蹴りを入れた。痛みにもがきながら、瞬火と共に彼は自身の部屋へ行った。
「す、すみません……何か、うちの師が」
「別にいい。慣れっこだ……?」
ふと目に入った紫苑を、陽介は見つめた。彼女の前で横になっていた紅蓮は、彼をチラッと見ると興味なさそうにあくびをして、紫苑の膝に頭を乗せた。
「今回は、襲う気がないみたいだな」
「はぁ……」
「秋羅ぁ!
上着が見つからない!」
「え?!
いつものところに入ってないか?」
「入ってねぇから聞いてんだろうが!」
「怒鳴るな!」
怒りながら、秋羅は幸人の部屋へと行った。
彼がいなくなると、陽介は紫苑に歩み寄りしゃがんだ。そしてスッと手を伸ばし、彼女の頬を撫でた。
「不思議だな……
お前に会うのは初めてのはずなのに……初めてじゃない気がする」
「……」
「お前はどこかで、俺と会っているのか?」
「……」
目に映る陽介の姿が、一瞬女性の姿と重なって紫苑には見えた。
そして、ある名前を口にした。
「……てんか?」
「?!
お前……どこでその名を」
「陽介さん!幸人の準備、出来ました!」
秋羅の声に、陽介はすぐに立ち上がり玄関へ向かった。
去って行った彼の背中を眺めながら、紫苑は紅蓮の頭を撫でた。
討伐隊本部……
その建物の中にある会議室へと向かう、陽介と幸人。
「本当、相変わらず見た目だけデケぇ本部に、何でわざわざ来なきゃいけないんだか」
「文句言い過ぎだ」
「汽車で何時間掛かったか」
「いつものことだろう」
会議室へと着き、幸人は戸を開けた。中には、10人の男女が席に座っていた。
「遅ぇぞ、月影」
「朝早いのは苦手なんだよ!」
「竜の里以来だね、幸人」
「お前、スーツ着るとその辺のナンパ男と変わらねぇぞ」
「そういう君は、相変わらずだらしのない格好ですね」
「ほっとけ」
「あれ?
ユッキー、紫苑は?連れて来なかったの?」
「連れてくるわけねぇだろう。馬鹿か?」
「馬鹿じゃないし!!」
「な~んだ……紫苑ちゃん、来てないのか。少しガッカリ」
「紫苑って、誰?」
「本部名義で買った、半妖だ」
「あ~、そんな話あったな」
「地下で半妖が売られてるから、引き取れって」
「そうそう」
「無駄話はそこまでにして、とっとと報告しろ」
「ヘイヘイ。分かりましたよ」
席へ着いた幸人は、用意されていた資料を淡々と読んでいった。
「……報告は以上だ」
「こんなにも、被害が続出するなんて……
幸人の地域だけ、何かあるんじゃないの?」
「知るか、んな事」
「ねぇ、幸人」
「?」
「このケレフトの件なんだけど……
あなたが預かってる紫苑が、妖力を発揮して妖怪を全滅させたって書いてあるけど、本当なの?」
「本当だ。
弟子の秋羅が、その目撃者だから」
「フーン……」
「ケレフトに現れた妖怪は、今」
「それは」
「僕チンのところで、預かってまーす!」
そう言いながら、大地が幸人の椅子の背もたれに手を掛けながら現れた。
「出た、変人研究者」
「何で来たの?」
「失せろ。
茶が不味くなる」
「皆して酷い!!
キーー!!」
「お姉系は止めろ。
吐くぞ」
「え?男なの?」
「嘘……」
「名前見て!!僕チンの名前!
大地だから!!大地!
けど、心は女よ」
「あぁ、言われてみれば」
「そんなに僕チンの事いじめるなら、こないだ見つけた資料、見せてやんない!」
頬を膨らませ、いじけた大地に一同は深い溜息を吐いた。それを見かねた陽介は、懐から銃を出し銃口を、いじける彼に向けた。
「今すぐ、見つけた資料を俺達に見せるか。
このままあの世に逝くか……今すぐ、決めろ」
「見せます!見せます!
だからお命だけはお助けを!!」
「とっとと見せろ」
「ヒュー!
相変わらず、大佐には逆らえないな?」
「う~……」
貰った資料には、ぬらりひょんの子供と書かれた紙が、数枚ファイリングされていた。
「ぬらりひょんの子供?
何これ?」
「こないだ研究室の資料庫整理してたら、出てきたんだ。
他にもないかなって探したけど、見つかんなかった」
「へ~……一度、保護してたんだ」
「……今はどうしてんだ?ぬらりひょんの子供は」
「知らない。
その当たりの資料、どっこにもないんだよねぇ。
先生に聞いたら、100年前に本部が襲われた時があったから、その時に逃げたんじゃないかって」
「襲われた?」
「初耳だな。その話」
「僕チンも初めて聞いたよ。
100年前、とある部外者が本部を攻撃。騒ぎに紛れて、ぬらりひょんの子供を連れ去ったらしいよ」
「あらら、そんな事が……」
「まぁ、詳しい話を聞きたいなら、監察官である雨宮さんに聞くといいよ」
「雨宮?誰だそいつ」
「雨宮蘭丸(アマミヤランマル)。
妖怪討伐隊大将であった人。40年前、80を迎えたことにより、戦場から足を引き監察官へとなり、現在は自宅で療養中とのことだ」
「80を迎えたって……」
「今……
120歳!?」
「正確には127歳だ」
「めっちゃ長生きするな。その雨宮」
「僕チン達の間じゃ、何でも昔妖怪の血を浴びて長寿になったとか」
「そういえばありましたね……妖怪の血を浴びると、200年は生きられると」
「100年じゃなかったっけ?」
「僕チンが聞いたのは、400年だけど」
「どっちでもいい。取りあえず、長生きするんだろ?」
「まぁ、そうだね」
「……一服していいか?」
「えぇ、どうぞ」
「そんじゃあ、俺も」
数人の男が、煙草を出し火を点け口に銜え煙を吐いた。資料を見ていた女性が、ある部分を眺めそして、疑問を感じた。
「ねぇ、大地」
「ん?」
「ぬらりひょんの子供……
保護した時の年齢、12歳って書かれてるけど……
保護されるまでは、どこに住んでいたの?」
「さぁね……
あ、でも……確か、討伐隊関係の人の家で暮らしてたって聞いたな」
「もう少し詳しい情報ないのか?」
「あのね!さっきも話したけど、その当たりの資料が無いの!
ぬらりひょんの子供の資料だって、残ってたのその二枚だけなんだから!」
「誰が育ててくれたか分かれば、その辺りの地域を調べられたのに」
「ホンマ」
「ところで幸君……以前会った半妖の子供の血、いつ頃採りに行っていいかな?」
幸人の隣に立った大地は、しゃがみながら彼を見上げるようにして質問した。
「テメェが死んだ時にでも来い」
「そんな酷い!
陽君!やっぱり、君一緒について来てよ!」
「無理だ。俺にも仕事がある」
「アーン!そんな事言わずに!」
「しつこいぞ」
「幸君、お願い……採らせてぇ!!」
「いちいち泣くな!!
第一、あいつは注射を嫌っていたの見ただろう」
「子供は皆、注射を怖がるものだよ」
「あいつの怖がり方は、尋常じゃなかっただろう!」
「じゃあ、髪の毛か口の粘膜を」
「丁重に断る」
返事を聞いた大地は、いじけ泣きながら部屋の隅で小さく丸くなり横になった。
その姿を見て、一同はまた深い溜息を吐き、幸人と陽介は目頭を抑えた。
「え?会議?」
幸人の家へ遊びに来ていた水輝は、秋羅の言葉を繰り返し話した。
「えぇ。本部から要請があったらしくて、今朝早く陽介さんと一緒に」
「うへー……となると、あの変人研究者も来るって事か」
「お前も変人だけどな?」
「いや~それほどでも」
「褒めてねぇよ!」
「そういえば、シーちゃんは?」
「紫苑でしたら、今昼寝してます」
「昼寝?遊び疲れたの?」
「いや、遊んでません。
何か、ケレフトから帰ってきてから妙に昼寝するようになって……」
「何でだ?」
「夜更かしでもしてるの?」
「いえ。いつも通りに寝て、いつも通りに起きてます」
「……紫苑の中で、何かが起きているのかもな」
「え?」
「どういう事?」
「前読んだ本に書いてあったんだ……
人って、何かが変わる時凄い睡魔に襲われるって……」
「変わる……
紅蓮も、同じなの?」
「いや。
あいつは別に……紫苑が寝てる間は、エルの世話をしてるって感じですね」
目を開ける紫苑……
ぼやける視界の中、誰かが自身が寝ているベッドに座り、自分の頭を撫でてくれた。撫でる感触が気持ちよく、紫苑は再び眠った。
ベッドに座っていた者は、笑みを浮かべるとスウッと姿を消した。