桜の奇跡 作:海苔弁
海から現れ出たのは、黒い鱗に覆われた坊主姿の妖怪だった。
「ありゃぁ、海坊主だな」
「あら、こんな妖怪まで凶暴化したんですか?」
「疑問系に言ってる場合じゃないだろう。
さっさと金の技出せ。俺が近付いて脳天にこの弾撃ち込む」
「相変わらず、やり方が酷いこと」
「手を抜く気はない。
紅蓮!炎を奴に浴びさせろ!」
人の姿から狼の姿へと変わった紅蓮は、口から炎を吹き出し海坊主に攻撃した。
海坊主は、炎を水で消し去った。すると頭上から、氷の矢が海坊主に突き刺さった。
「氷の矢?!どこから!?」
「紫苑だ!
って、上にも妖怪がいる!?」
「さっき放った攻撃は、たまたまあの妖怪達が避けたんでしょうね」
「何でこうも妖怪が集まるんだ?」
「知るか……」
空を飛ぶ妖怪達の攻撃から、紫苑達は逃げていた。
「(どうしよう……空じゃ、何も出来ない)
エル!後ろに回って!」
放ってきた妖怪の攻撃を、エルは避けそして妖怪達の背後へ回った。一瞬妖怪達の動きが止まった隙を狙い、紫苑は氷の礫を放った。
一匹の妖怪の翼に当たり、妖怪はそのまま海へ墜落した。残った二匹は、咆哮を上げると紫苑達を挟むようにして囲い、同時に攻撃を放った。
“ドーン”
爆発音と共に、黒い煙が空中に上がった。
「何だ?!今の」
「余所見すんな!!
来るぞ!!」
またしても大きく船が揺れた……その時、船が大きく上がりそして、海へ叩き付けられた。
叩き付けられた船は、粉々に砕け乗っていた幸人達は、一斉に海へ放り出された。
海面から顔を出す幸人達……支え泳いでいた保奈美を、幸人は流れていた船の破片に乗せた。
「あ、ありがとう幸人……
奈々達は?」
保奈美の言葉に応えるようにして、秋羅が奈々と漁師を支えて、海面に顔を出した。彼の元へ幸人は泳ぎ漁師を受け取り、流れていた船の破片に乗せ、秋羅も奈々を破片へと乗せた。
「敵が強過ぎるわ。
幸人、ここは一旦引きましょう!」
「賛成だ!」
その時、空から足に傷を負ったエルが、舞い降りてきた。
「幸人!秋羅!大丈夫?」
「平気だ!
紫苑、もう少しエルを下へ降ろしてくれ」
「分かっ……?」
「?
どうかしたか?」
「……紅蓮は?」
紫苑の言葉に、秋羅と幸人はハッと辺りを見回した。だが、どこにも紅蓮の姿は無かった。
「……まさか、あいつまだ」
「紅蓮!!」
「秋羅は紫苑と一緒に、エルに乗って助けを呼んでこい!!
紅蓮は俺が何とかする!」
「分かった!
エル!飛べ!」
飛んでいたエルの足にぶら下がった秋羅は、器用に登り降りようとした紫苑を抑えながら、向こうへ飛んでいった。
その間に、幸人は再度海の中へ潜った。見回すと向こうの方に下へと沈んでいく、紅蓮の姿があった。泳ぎ彼の手を掴むと、そのまま泳ぎ海面から顔を出した。
「おい、紅蓮!しっかりしろ!」
「……」
「紅蓮!!」
「……」
何の反応も示さない紅蓮……幸人は流れてきた船の破片に手を乗せ、保奈美達の元へ泳いでいった。
数分後、近くを通っていた別の漁船が彼等を救い上げた。
その間に、海坊主は海中へと姿を消していた。
「紅蓮!!紅蓮!!」
エルから船へ飛び降りた紫苑は、目を覚まさない紅蓮の元へ駆け寄った。エルは、鳴き声を上げながら船の周りを飛び回った。
「紫苑、下がれ」
「で、でも」
「大丈夫よ。すぐに目を覚ますわ」
紅蓮から離した紫苑を、幸人は保奈美に預け人工呼吸をした。
暗い世界に横になる紅蓮……どこからか、誰かの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
(……誰だ……
違う……
違う……
違う!!)
『ガハッ!』
口から水を出した紅蓮は、息を乱しながら目を開けた。
「大丈夫か?」
『……るせぇ……
俺は……ひかるじゃねぇ』
「え?」
「紅蓮!」
起き上がった紅蓮は、抱き着いてきた紫苑を受け止め、笑みを見せながら彼女の頭を撫でた。
「ひとまず、安心ね」
「一旦、港へ戻ってくれ」
「は、はい!」
幸人に言われ、船を操縦していた漁師は船を動かした。
しばらくして、港へ戻ってきた幸人達は、船から下りた。宿へ行くと、秋羅は眠った紅蓮をベッドへ寝かせた。
外にいた紫苑は、降りてきたエルの足を手当てしていた。エルは鳴き声を上げるが、大人しく手当てを受け終えると、紫苑に甘えるようにして頭を擦り寄せてきた。
「そういや、空で爆発音があったが大丈夫なのか?」
「うん……当たる寸前に、エルが避けたから。
その後は、妖怪達の首筋を切って倒したから」
「……怖くないの?」
「別に。
怖いって思ったら、何も出来ないし生きられない」
「……」
「奈々も少しは、見習わないとね」
「……」
「お前等ここにいろ。
村長と今後のことを話してくる」
そう言って、幸人は保奈美と共に宿を離れていった。
そのすぐに、秋羅は宿から出て来てエルの手当てされた傷を見た。
「こっちは大丈夫か」
「紅蓮は?平気?」
「今寝てるから、平気だ。
その内覚める」
「……」
「奈々!先にシャワー浴びてこい!」
「う、うん!」
ボーッと立っていた奈々は、秋羅の声に驚きながらも返事をして、宿の中へ入った。
「……なぁ、紫苑」
「?」
「……
ひかるって、誰だか分かるか?」
「ひかる?誰?」
「いや、知らなきゃ……いいんだ……知らなきゃ」
「……秋羅?」
「お、俺もシャワー浴びてくるから」
「うん」
ぎこちない笑みを浮かべながら、秋羅は宿へ入った。紫苑は首を傾げながら、甘えてきたエルの頭を撫でた。
「ひかるって、誰だろう……
ひかる……
(……何だろう……凄い、懐かしい……でも、胸が締め付けられる)」
紫苑の表情が暗くなったのに気付いたエルは、小さく鳴きながら彼女の頬を舐めた。驚いた紫苑は、笑みを溢してエルの嘴を撫でた。
村長宅で、幸人は長と話していた。
「そんなに、強敵なんですか?」
「海に住む妖怪は、我々祓い屋にとって最大の強敵です」
「最大……」
「人は海を歩くことは出来ません。
ですが、妖怪は歩くことは愚か自由自在に海を操ることも出来ます。
中へ逃げ込まれては、私達も攻撃のしようがありません」
「……」
「この辺りに、入り江はありますか?」
「入り江?
はい。確か、4箇所あります」
「地図で場所を教えて下さい。
そこへ行き、海坊主がいるかどうか確認します」
「あ、はい」
地図を広げ、村長は入り江がある場所に印を付けた。
その帰り、保奈美は不思議そうに質問した。
「何故、入り江にいるって分かったの?」
「海坊主は俺等を襲わず、どこかへ行った。
居所さえ分かれば、そこで攻撃が出来る」
「……人を襲う理由は、何だと思う?」
「知らねぇよ。
どうせ、自分の陣地に入ったから攻撃したんだろう」
「……ぬらりひょんが生きていた頃は、陣地へ入ってきても攻撃はしなかったと、言われているわ」
「……」
「いつまで続くのかしらね。
この無駄な戦い」
「無駄だと?」
「そうじゃない?
私達人も妖怪も、この世界に生きる生き物。それなのに、何故争わなきゃいけないの?
争いなんて無ければ、あんな思いすることもなかったのに」
思い出す過去……保奈美は、己の肩を無意識に掴んだ。
「あなただってそうでしょ?幸人。
あなたが一番、辛い思いをしているんでしょ?」
「……」
「生きていれば、愛だって」
「それ以上、過去のことを話すな」
振り返った幸人は、今まで秋羅達に見せたことが無い怒りの形相で、保奈美を睨んだ。その顔を見て彼女は黙ると、先を歩き口を開いた。
「怖い顔。
そんな顔をしていたら、あの子達離れちゃうわよ?」
ふと目に映る紫苑と秋羅。幸人は、銜えていた煙草を取り煙を吐くと、保奈美の先を黙って歩いた。
海の上……双眼鏡で海を見回す一人の少年。
「う~ん……先生、やっぱり見つかりません!」
「もっと良く探せ。
この辺りで沈没したんだから」
カウボーイハットを深く被った男は、そう言いながら海を見回した。海には、粉々になった船の破片が、浮いていた。
「……死ぬはずねぇんだけどなぁ。
月影の奴が」
「その月影さんて、本当に死なないんですか?」
「まぁな。
脳天にぶち抜かれない限り、死なない。
何せ……地獄の底から蘇った男だからな」
「地獄の底?
鬼ですか?」
「まぁ、そうだな。
地獄の底から這い上がってきた、鬼だな。奴は……
月影幸人……
またの名を……
地獄の祓い屋」