桜の奇跡 作:海苔弁
「紅蓮は大丈夫そうだな」
「今さっき、目が覚めたところだ」
紫苑を自身の後ろへやると、紅蓮は狼の姿となり唸りの声を上げながら、創一朗に攻撃態勢を取った。
「暴れようとするな!傷口開くぞ!」
「俺、この犬にまで嫌われたの?」
「先生、普通に蹴り入れたじゃありませんか」
「……」
その時、茂みがざわつき中からラルとその仲間が出て来た。
「あら、あの時の白狼……」
「ラル」
『紅蓮は、こちらで少し預かる』
「え?」
『んな事しなくても、俺は!
痛!』
「紅蓮!」
『さっさとついて来い』
『……』
「紅蓮、行って」
『けど……』
「いいから」
『……』
紫苑の頬を自身の頬で擦ると、紅蓮は先に歩き出したラル達の後をついて行った。
「どこ行ったんだ?紅蓮の奴は」
「あの池に行ったんだと思う」
「あの池って?」
「妖怪達がよく浸かってる池」
「そんな池があるんだ」
「東西南北に、1箇所必ず。
人が踏み入れられない所に」
「場所も特定できないのか?」
「うん」
「話はいいから、とっとと村行こうぜ」
「テメェも行くのかよ……」
「行っちゃ悪いか?」
「……」
大あくびする創一朗の頭を、エルは力強く二三回突っ突いた。痛みで頭を抱えている彼を背に、エルは紫苑の元へ駆け寄り彼女の周りを歩くと、嘴を擦り寄せた。
「こっっのぉ!!いくら何でも、やり過ぎだろう!!」
「ギャーギャー騒ぐな。発情期か?」
「んなわけねぇだろう!!
月影!テメェ、どういう躾してんだよ!?あの妖怪に!!」
「あいつの躾は、全部紫苑任せなんで」
言い合う二人を置いて、保奈美は秋羅達を連れて先に村へと向かった。
「あれ、ほっといていいんですか?」
「いいのよ。いつものことだから」
「……」
事件が起きたのは、翌朝のことだった。
「月影様!!金影様!!」
激しく叩くドアの音に、先に起きていた保奈美は戸を少し開け顔を出した。外には血相をかいた村長が、息を切らしてて手を膝に付けたいた。
「どうかされました?」
「た、大変なんです!!
海が!!海が!!」
只事じゃないことを察し、幸人達は外へ出て港へ向かった。
辿り着いた場所には、海の水が無かった……
「な、何じゃ……こりゃ」
「水が無い……いや、海水が無い」
「どっちも一緒だろう」
「……干涸らびてる」
「いや、見りゃ分かるよ!」
「今朝起きたら、この様なんです!
依頼料、追加しますから海を元に戻して下さい!お願いします!!」
「そう頼まずとも、調べますよ……」
「あ、ありがとうございます!」
「とりあえず、調べに行くか……
秋羅、紫苑と一緒にエルに乗って海の向こう側見てきてくれ」
「分かった」
「保奈美は奈々と、森の方を頼む」
「えぇ」
「はい!」
「テメェ等二人は、ここで大人しくしてろ」
「何で月影が仕切ってんだよ」
「うるせぇ。つべこべ言わずに従ってればいいんだよ」
「チッ……何だよ」
空を飛ぶエル……エルに乗っていた秋羅と紫苑は、干涸らびた海を見下ろしていた。
「本当に無い」
「何があったんだ……
とにかく、戻って幸人に報告だ」
「うん」
幸人達の元へ戻った秋羅は、見たままの光景を説明した。
「見渡す限り、水が無い……
何がどうなってんだか」
「保奈美さんの方は?」
「こちらも、川や池の水が一滴も……」
「動物達が、凄い困ってた」
「……
もしかしたら、昨日の奴が原因か?」
「可能性としては、高いな」
その時、大人しかったエルが顔を上げ耳を澄ませながら、辺りを見回しそして鳴き声を上げ、紫苑の周りを動き回った。
「な、何だ!?いきなり」
「分かんない。いきなり暴れ……!?
幸人、あれ!」
「?」
紫苑が指差す方向にいたのは、昨日の妖怪だった。妖怪は空から舞い降り地に足を着かせると、不敵な笑みを浮かべた。その笑みに、奈々は恐怖を感じ保奈美に抱き着いた。
「何なんだよ!あの妖怪は!」
「俺が聞きたいくらいだ!
なぁ、幸人あれって……?」
目の前にいる妖怪を見て、三人は固まっていた。
(……まさか)
(そんな事……)
(あり得ねぇ……)
「ママ!!避けて!!」
「先生!!伏せろ!!」
「幸人!!」
弟子達の声に、我に返った三人は放ってきた攻撃を素早く避けた。村人達が悲鳴を上げる中、紫苑はエルに乗り妖怪を引き付け村から離れた。
「紫苑!!
秋羅!!追い駆けるぞ!!」
「言われずとも!」
「奈々!行きますよ!」
「はい!」
「クソォ……面倒だなぁ」
「面倒なのはどっちですか!」
文句を言いつつも、彼等は紫苑の後を追い駆けていった。
海辺付近へ来た紫苑は、エルから飛び降りると妖怪を睨んだ。不敵な笑みを溢す妖怪は、上唇を一舐めすると地面を思いっ切り蹴り、紫苑を攻撃した。
攻撃を小太刀で防ぎ、紫苑は手から氷の礫を作り妖怪に放った。妖怪は迫ってきた氷の礫を、腕で弾き飛ばしそして、一瞬笑みを浮かべると紫苑を海があった方へ投げ飛ばした。
空を飛んでいたエルはすぐに彼女の元へ飛び、体で止めると紫苑を嘴で銜え勢いを付けて、自身の背中へ乗せた。
「エル、ありがとう……(どうしよう……
このままじゃ、紅蓮の所にも水が)」
「紫苑!!」
後ろから声がし、紫苑はすぐに振り返った。そこには走ってきたのか、息を乱した幸人達がいた。
エルの首を軽く叩き、紫苑は指差した方へ向かわせた。舞い降りてきたエルの背中から、紫苑は飛び降り幸人達の元へ駆け寄った。
「あいつ、強過ぎる」
「見りゃあ分かる……
大型の封印術を使う」
「大型?」
「丁度祓い屋は三人。
上手くいけば、奴を封印することが出来るはずだ」
「確かに……そうですけど」
「保奈美、すぐに陣を書け」
「えぇ」
「テメェ(創一朗)は俺と一緒に、陣を中心に結界張るぞ」
「ヘイヘイ」
「秋羅達は、こっちの準備は終わるまで、奴を頼む」
「了解」
「……?」
何かに気付いた紫苑は、海があった方を見た。ジッと見つめた先には、高波が迫ってきていた。
「秋羅!あれ!」
「え?
!!高波!?」
「どうやら、奴の仕業みたいだね」
空を見上げながら、敬は指差して言った。指が示す方向には、あの妖怪が水晶を手に海を操っているように見えた。
「封印させねぇつもりか!」
「幸人、すぐに村へ戻って村人達の避難を」
「だな。戻……紫苑!?」
妖怪目掛けて、紫苑は氷の矢を放った。矢は妖怪の手に当たり、手から水晶が落ちた。地面に落ちる寸前に、エルが口でキャッチし紫苑の元へ行くと、水晶を受け渡した。
水晶を受け取った紫苑は、素早くそこから離れ森の方へと駆けて行った。彼女の後を妖怪は咆哮を上げて追い駆けていった。
「紫苑!!」
「何考えてんだ!あのクソガキは!!」
「文句を言っている暇があるなら、早く結界を張るわよ!
幸人、あなたは早く紫苑を追い駆けなさい!!」
「そのつもりだ!!」
先に追い駆けていった秋羅の後を、幸人は駆けて行きその間に保奈美達は、結界を張る準備をした。
森の中を駆ける紫苑……慣れた足で、軽々と獣道を駆け、茂みから飛び出すと辺りを見ながら、再び茂みの中へ入ろうとした時だった。
突如目の前に、妖怪の攻撃が当たり道を塞がれた。空から舞い降りてきた妖怪は、紫苑を睨みながら手を差し出した。
『……返して』
「嫌だ……これが無きゃ、ここに住む動物達と村の人達が困る」
『そんなの、知らない。
それが手に入れば、私は人に戻れる……
さぁ、返して』
迫り来る妖怪に、紫苑は手に持っていた水晶を強く握った。その時、森がざわつき森林の奥からラルと仲間の背中に乗った秋羅達が、姿を現した。ラルは口から白い息を出すと、辺りを霧で包み込み相手の視界を奪った。
その隙に、紫苑はラルの背中へ跳び乗りそのまま秋羅達と森の中へと姿を消した。
「水の根源?それが?」
森を見渡せる高台へ身を隠していた秋羅は、紫苑が持っている水晶を見て驚いていた。
「これを、元の場所から離すと水が涸れちゃう」
「でも、何で海まで」
「分かんない……」
「考えてても仕方ない。
とにかく、そこまで行こう」
「ラル、紅蓮は?」
『まだ眠っている』
「……」
「秋羅」
「?」
「下に戻って、保奈美達の手伝いを頼む。
俺は紫苑と、この水源を元の場所に戻してくる」
「だったら、幸人の方が」
「お前の方が、俺より素早く動ける……だから戻れ」
「……分かった」
『下まで送ろう』
ラルの傍にいた白狼は、秋羅の横へ立ち身を屈めた。秋羅は、白狼の背に乗り下山して行った。
彼を見送った後、二人は白狼に乗ると崖を下り茂みの中へと入った。