桜の奇跡 作:海苔弁
家に着き、エルを小屋へと戻す紫苑を隣に、紅蓮は家の方をずっと気にしていた。
「……やっぱ、あいつ来てるの?」
『みたいだ』
「紫苑!中入るぞぉ!」
秋羅に呼ばれ、紫苑は彼等の元へと駆けていった。そして幸人が、玄関の戸を開けた時だった。
『久し振りー!!元気だったぁ!?』
そう言いながらそれは、秋羅達を払い避け後ろにいる紫苑に抱き着いた。眠いのか嫌なのか微妙な表情を浮かべた彼女に、それは頬摺りした。
『心配しちゃったよぉ!
姉君から、君が人にさらわれたって聞いて!
紅蓮はしっかり、この子を守ってるみたいだね。良かった』
「……誰だ?こいつ」
「紫苑の知り合いらしい。
お前達が帰ってくる数日前に来たんだよ」
そう説明ながら、キッチンにいた暗輝は幸人の前へ姿を現した。
「知り合い?
紫苑、本当に知り」
『紫苑?
それは、この子の名か?』
「一応な」
『なら、僕も。
紫苑って呼ばせて貰うよ!』
「……天狐は?」
『今日は僕だけ。
姉君は、忙しくて森から離れられないよ』
「……そろそろ離して。
苦しい」
離れようとする紫苑だが、彼は嫌がる彼女を離そうとはしなかった。それを見た紅蓮は、軽く溜息を吐きそして彼の頭に、空手チョップを食らわせた。
『離さねぇか!!いい加減!』
『紅蓮君、相変わらず容赦ない……』
淹れられたお茶を、彼は啜っていた。その間に、暗輝は用事があると言い、帰って行った。
『ハァ~、お茶が美味しい』
「で、誰なんだ?お前は」
『僕は北西の森に住んでいる、妖狐……
名を地狐(チコ)という』
「北西の森って、確か紫苑の」
『生まれ故郷と言ってもいいかもね。
僕は、そこから来たんだ』
「……まさか、迎えにとか?」
『それは無い。
姉君から、様子を見てくるようにと言われて、ここへ来ただけだ』
そう言いながら、隣に座る紫苑の頭を撫でた。
「皆は元気?」
『元気だよ。
と言うより、元気過ぎて最近腰が』
「爺か!!」
『爺で何が悪い。
僕はこう見えて、400歳は超えている』
「……嘘ぉ!?」
「秋羅、驚き過ぎだ」
「だって、どう見ても……どう見ても、俺と歳変わらねぇじゃん!!」
『妖怪だからね。
見た目は自由自在に操れるんだよ……?
紫苑、ちょっと顔見せて』
眠いのか目を擦っていた紫苑は、顔を地狐に向けた。彼は彼女の頬を手で抑えながら、目や目の周り口回りに額を見た。
『……今、眠い?』
「うん……少し」
『それじゃあ、これを飲みなさい』
そう言ってバックから、小さな瓶を紫苑に渡した。
「何だ?それ」
『森で作った、特別な薬』
紫苑は瓶の蓋を開けると、中に入っていた液体を飲んだ。苦いのか、彼女は嫌な顔をしながら咳き込んだ。
「苦い……」
『良薬口に苦しってね。
一晩寝れば、明日には元通りになるよ。
紅蓮も、あとでこの薬飲みなさい』
『ヘーイ』
その時、外からエルの鳴き声が聞こえ、紫苑は紅蓮と共に外へ出て行った。
『あの鳥は……』
「西洋妖怪のグリフォンです」
『グリフォン。
色んなものに、懐かれるねぇ』
「で?
何の用で来たんだ?」
『嫌だなぁ。
紫苑の様子を見に来ただけだって。連れて帰りはしないよ』
「そんじゃあ、聞きたいことがあるから質問に全部答えろ」
『いいよ。
但し、答えられる範囲が限られてるから、全部は無理だよ』
「それでもいい」
『じゃあ、どうぞ』
「紫苑の親はどこにいるんだ?」
『彼女の親は、もうこの世にはいないよ。
2歳の時に、父親が……事故死。
3歳の時に、母親が病死してね』
「そんな……
じ、じゃあ今まで誰が育てたんだ?」
『お兄さん……と言っても、血の繋がりは無いけど』
「その兄さん、今は?」
『……それは教えられない。
姉君から、口止めされているからね』
「そんじゃ次の質問。
なぜ、あいつに記憶が無いんだ?」
『記憶?』
「紫苑から聞くには、彼女は目が覚めた時にはもう、森の中にいたと言っていた。
目が覚める前の記憶が、何も無いと言っている……何故なんだ?」
『そうだねぇ……
罪を犯したから……とでも、言っておこうかな』
「罪?」
『紫苑は、数多くの人を殺した……
その罪によって、我等妖怪族から罰を与えた……
全ての記憶を消し、必要最低限の妖力を発揮できないよう、制御装置を着けた』
「制御装置?」
「何だ?それ?」
『……君等は、知っているかな?
妖魔石のことを』
「ようませき?
何だ?それ……幸人、何?」
「100年前にあったとされている魔石だ。
半妖の者が持つと、己の中に眠っている妖力を引き出すことが出来ると、言われていた」
「言われていた?
じゃあ、今は」
『今はもう、この世には無いもの……というより、人の前から姿を消したんだ』
「何で消したんだ?」
『総大将が亡くなったからだよ』
「……ぬらりひょんか」
『そう……君等、人が殺したせいで妖怪の秩序は、一気に崩れてしまった。
高貴の妖怪達は、自我を忘れることは無かったが、他の者は我を忘れ、人を襲うようになった……
まぁ、昔から妖怪は己の地を守るために、人を襲ったことはあった。だが、人を殺すところまで入ったことは無い』
「……」
『話が逸れたね。戻そう。
人の前からは消えたけど、妖怪達の前からまだ消えていないんだ』
そう言いながら、地狐は傍に置いていたバックから四角いケースを出し、蓋を開け中にある物を二人に見せた。
そこに入っていたのは、深海色の掌サイズの玉だった。
「凄え綺麗……」
『先程話した、妖魔石。
今は、我々妖狐が守っている』
「これって、確か紫苑が着けてるブレスレットに……」
『妖魔石には、二つの役割があるんだ。
一つは先程話したように、妖怪と半妖の妖力を最大限にまで引き出せる事が出来る。
もう一つは、封印術の鍵となり、封印しているその者の力を最低限までしか、妖力を発揮することが出来ない』
「封印術の鍵って……
まさか、紫苑は」
『額に雪の結晶の模様があったでしょ?
あれ、彼女の記憶を封じてるんだ。そして、彼女が着けてるブレスレットは、彼女の妖力を抑えているんだ。
けど、ブレスレットが外れたりした時は、一部の記憶だけが蘇り、それを糧に妖力を発揮して敵味方関係無しに殺していく』
「……」
『思い当たる節があるみたいだね』
「あるにある。
俺等はその光景を、三回見ている」
『だからか……
封印が解けて、力を解放した後って物凄く体力を消耗してるんだ。
眠くなるのは、その後遺症。眠り続けるのは、体力を戻すため』
「だから、ここ数日ずっと眠そうだったのか」
『そうだね。
でも、薬を飲んだからその内戻るよ』
「そっかぁ……
(あ、そうだ)なぁ、地狐」
『ん?』
「ひかるって誰だか分かるか?」
『ひかる?』
「紫苑が力を解放した時に、言ってたんだ……
ひかるの所に返せって」
『ひかる……
残念だけど、今は教えられない』
「え?教えられないって……」
『姉君から、口止めされているから。
そのひかるに関しては。
まぁ、教えられると言えば……ひかるは紫苑の知り合い。そこまでかな』
「……」
妖魔石……
100年前、半妖の妖力を抑えるまたは力を引き出す為の道具として、存在していた。
人が持っていても、意味は無いがアクセサリーとして扱っていた。
売れば、山三つは買えると言われている。
現在は、原石が無く唯一売られている物は、目が飛び出るほどの値段。