桜の奇跡 作:海苔弁
『……一つ聞いていいか?妖狐』
傍で聞いていた瞬火は、猫の姿のまま地狐の座るソファーの肘掛けに跳び乗り質問した。
『ん?何だい?
猫又さん』
『紫苑が罪を犯したと言っていたが……
どんな罪を犯したんだ?』
「瞬火……」
「お前、ストレートに聞くなよ……」
『記憶を封じるほどの罪なら、どういうものなのか知りたいだけだ』
『そうだね……
先程話したように、紫苑は数多くの人を殺した』
「人を殺したって……どれくらいの人を」
『……大きな町と小さな村を滅ぼした』
「町と村を……」
『そして、そこに住んでいた者を一人残らず殺した』
「な、何でそんな事を……」
『それは君等人間が、一番知っている事じゃないかな?』
「……」
『彼女は普通に、“人”として兄と一緒に暮らしていた。
しかし、それを壊したのは君等人間。
人など、殺すような子じゃ無かった……ましてや、当時住んでいた者達と友好な関係だった。
遠くから見守っていた僕等も、彼女の楽しそうな顔を見て幸せだった……
けど、それを壊したのは君等だよ』
腕を組み話す地狐の後ろから、禍々しい妖気と8本の尾が揺らいでいた。
「……」
『今から紫苑を、連れて帰ってもいいんだよ?
君等のことを全て忘れさせて、また森で紅蓮と僕等と共に暮らせばいいんだから』
「それは無理だ。
妖討伐隊本部から、彼女を保護しろとのご命令が下っている」
『討伐隊?
まだ、そんなくだらない組織があったのか……
あれだけのことをしといて』
「え?」
「……」
『君も被害者だよね?
君だけじゃない……今の祓い屋は皆、あの事件の』
“バン”
テーブルの上に、幸人は足を勢い良く置き地狐を睨んだ。
「……」
『……ゆ、幸人?』
「それ以上、傷(過去)に触れるな。
俺等の間でも、その話は禁句だ」
『そう……愚問だったね』
「……」
「何かあったの?」
ドアを開けながら、帰ってきた紫苑は睨み合う二人を見ながら、質問した。地狐はお茶を啜ると、笑みを浮かべて言った。
『何でも無いよ』
「でも、凄い妖気感じた」
『ちょっと、妖力を見せつけただけだよ。ね?』
「あ、あぁ」
『さて、僕はもう帰るとするよ……
あ、そうだ……紫苑』
「?」
『これを。
姉君から君にって』
そう言って、ポケットから桜色の紐に通った黒曜石の首飾りだった。
『御守りに持っていろって』
「これ、黒曜石?」
『そうだよ』
「そういえば、紫苑の小太刀も黒曜石で作られてたよな?」
『あれは、知り合いの者が紫苑にってくれた物だよ』
「そうなのか?」
「何か、眠ってる間に用があるって、小太刀置いてどっか行っちゃったみたい」
「マジかよ……」
『じゃあ紫苑。
また様子見に来るね』
「今度は天狐も」
『一応、声は掛けてみるよ。
じゃあ、また』
玄関から外へ出ると、地狐は白い霧を放ちながら道を歩きながら姿を消した。
「不思議な奴だったなぁ」
「……仕事部屋に籠もる」
「え?飯は?」
「あとで食う」
適当に返事をしながら、幸人は仕事部屋へ入ってしまった。
「何だよ、あいつ」
『余程、先程の答えが気に食わなかったんだろう』
「……」
「さっきの答えって?」
「いや、こっちの話。
なぁ、地狐はずっとお前と一緒にいたのか?」
「ううん。
時々来て、字の読み書きを教えてくれた。それ以外は仕事があるからって、どっか行ってた」
「そうなんだ……
さ、飯食べようぜ」
「うん」
森の中を歩く地狐……耳に何かを当てながら、彼は話していた。
『そう、紫苑って呼ばれているみたいだよ。
うん……
見た感じ、ちゃんと大切にされていたよ。とてもいい笑顔だったしね。いつ以来かな……あの子のあんな笑顔見たの。
あぁ、その話か……やっぱり、封印が少し緩んできてるみたいだね。
今の人達からの話だと、三回は解けてるみたい。
そろそろ、いいんじゃないかな?記憶を蘇らせても……
そうだね。ごめん……
あぁ、そうだ……首飾り、あげといたよ。あれ、何なの?一応、御守りと言っておいたけど……
え?
いいの?そんな事して』
『構わん……
あいつを倒すのは、あの子の役目だ』
暗い森の奥深くに生える、大木……そこに座っていた者は、水面に映っていたあのぬらりひょん(クローン)を見ながら、そう言った。
『けど、そんな事したらあの子だって辛いんじゃ』
『なら、記憶をとっとと蘇らせるか?
余りの辛さに、紫苑は自害するかもしれないぞ。
あの時だって、泣き疲れて寝てくれたから死なずに、記憶を封じることが出来て、今生きていられるんだ。
今突然、記憶を蘇らせたら錯乱するぞ』
『……確かに、そうだけど』
『それに、今はそこにいる者達と幸せに暮らしているのだろう?
なら、そのままにしておけ』
『……』
『今度、私も暇が出来たら紫苑の元へ行く。
奴の顔を、ちゃんと拝見したいしな』
そう言いながら、その者は水面に映っていた紫苑の姿を見て微笑んだ。
するとそこへ、白虎が姿を現しその者に顔を擦り寄せた。
『奴の名は、紫苑という名になったみたいだ。
ご覧。紫苑は楽しそうだ……
もうしばらくは、我慢だ』
その言葉に答えるかのようにして、白虎はその者の手を甘噛みした。
その夜……
窓から見える月に、紫苑は地狐から貰った黒曜石の首飾りを、照らし見ていた。
『寝ないのか?』
「……私のママって、桜色の髪の毛だったのかな」
『え?何で?』
「何か、そんな感じがしたから。
夢の中で、桜色の長い髪の毛の人が、まだ赤ちゃんだった私を抱いてたの」
そう話しながら、紫苑は黒曜石に通している紐を見ながら、紅蓮の胴に頭を乗せて横になった。紅蓮は彼女が持っていた毛布を掛け、話を聞いた。
「次に白髪の人が、黒髪の人と一緒に顔を出して私を見てた。
私が悪戯で、白髪の人の髪を引っ張ったらその人、凄い困った感じになって……でも、その人に頬を撫でて貰ったら、思わず手が緩んで……髪を後ろにやると、その人私を抱き上げてくれた……」
ふと紫苑は、ぬらりひょん(クローン)が、自分の頬を撫でてくれた事を思い出した。
黒曜石を握ったまま、紫苑は話しながら眠ってしまった。紅蓮は彼女の頬を舐めると、身を丸くして目を閉じ眠りに入った。
白い煙が漂う中……幸人は背中に痛みを感じながら、目を覚まし立ち上がった。
辺りを見回すと、見覚えのある顔がいくつも、唸り声を出しながら倒れていた。
(……何なんだ……一体)
『ユキ……ヒト』
(?!)
聞き覚えのある声……驚き思わず振り返った。
そこにいたのは、人の原状を保たない者が、深い緑色の目から、大粒の涙を流して彼等を見ていた。
『助……ケテ……
ユ…キ……ヒト』
(やめろ……)
『ユ…キ…ヒト』
(やめろ)
『ユキ……ヒト』
(やめてくれ!!)
「!!」
飛び起きる幸人……息を切らしながら、彼は流れ出ていた汗を、袖で拭き取りながら部屋を出た。
着ていた服を脱ぎ捨て、脱衣所で幸人は水を飲んだ。
(……15年か)
フラッシュバックで、頭に過ぎる一人の少女。
(……愛……)
涙を流しながら、幸人はその場に崩れ座った。