桜の奇跡 作:海苔弁
すると、浮遊物に乗っていた仲間達が、一斉に落ちてきた。ハッとした男は、振り返り空を見上げた。
壊れ煙を上げる浮遊物に降り立ち、小太刀を握る紫苑……
「あ、あの小娘!!」
「こんな所にまで出て来んのかよ!!」
「全員、攻撃対象あいつに向けろ!!」
「させないよ!!」
呪文を唱える葵の声に反応するかのようにして、鏡が青く光り出しそこから大量の水が流れ出てきた。
「うわっ!水だ!」
「おい!上!」
「え?上……」
降りてきた紫苑に、見上げた男は顔を二回踏まれた。彼女は地面に降り立ったかと思うと、素早く崖から飛び降り、裏口からやって来た紅蓮の背中に飛び乗ると、別の所へと、移動してしまった。
「クソ!ちょこまか動きやがって!!」
「10秒やる……
こっから失せるか、この弾丸で脳天ぶち抜かれたいか選べ」
「一時退却!!
また来ますね……先輩」
笑みを溢しながら、男は仲間達と共に援軍が乗る浮遊物に跳び乗り、その場を去っていった。
去って行く敵を、紫苑は紅蓮と共に眺めていた。
『また来てやがったか……』
「森にはリル達がいるから、平気だと思う……」
『奴等が来てたから、ネロは場所を変えたのかもしれない』
壊れた浮遊物を、幸人と葵は手に取り調べていた。
「……チッ。
こんな物作りやがって」
「相変わらずの変人だね。
彼といい大地といい、僕等の周りは変人ばかりだね」
「……やっぱり、一発お見舞いしとけばよかったか」
「コラ。そういう事言わない。
とりあえず、里に被害は無さそうだね」
「……」
「……
地獄の祓い屋」
「っ……」
「懐かしいね。その名前……」
「……昔のことに、いちいち触れるな。
ただ、あの野郎に言われるのだけはごめんだ」
「そうかい……」
「戻ろう。
あいつ等のこと、話さなきゃならねぇし」
「だね」
手に持っていた部品を捨て、二人は中へと入った。
中へ入ると、広間に集まっていた秋羅と時雨、竜也と長は入ってきた二人は戸を閉めながら、口を開いた。
「あの密猟者は、俺等祓い屋と妖討伐隊が目を付けてる組織だ」
「組織?あれが」
「闇市では、名を知らない者はいないほどの知名度。
名は“闇”。討伐隊本部の研究所にいるある男を中心として、動いている組織」
「本部にいる人間が、何で?」
「秋羅には以前話したと思うが、生きた血と引き替えに、口寄せの術を使うと妖怪を呼び出せるも方法があっただろ?」
「あぁ。
でも、あれは禁術だって」
「その他にも、禁術になったものはある。
その中で、人を使った実験があってね」
「人を使った実験?」
「多種多様の妖怪の血を、実験台である人間に注入して、妖怪の力を己のものにする……そういう実験があったんだ。
だけど、実験は大失敗。多くの犠牲者を出した。その後、実験は危険と判断され禁術になった」
「その実験のチームに加わっていた一人が、さっきの男……
名は、藤風翔(フジカゼショウ)」
「研究者が何で、密漁を?」
「知らねぇよ。
大方、金集めだろうな」
「……
そういえば、その藤風……何か、紫苑ちゃんのこと知ってるみたいでしたよね?」
「……確かに。
紫苑を見るなり『あ、あの小娘!!』
『こんな所にまで出て来んのかよ!!』って……」
「北西の森で、あいつ等を知らない奴はいない」
そう言いながら、紫苑は紅蓮と共に部屋に入ってきた。
「紫苑……」
「知らない奴はいないって……」
「森に住んでた頃から、あいつ等はよく森に来ては、仲間を獲ろうとしてた……」
『その度に、俺等黒狼と住んでる奴等で追い返していたけどな』
「だから、紫苑のことを知ってたのか」
『捕獲リストの中に、多分紫苑も入っている』
「まぁ、物珍しい者がすぐに、目を付けるからね……あの変人」
「あいつ等、蛇みたいにしつこいよ。
竜の卵、回収するまでここから離れないよ」
「分かっているよ」
心配そうにする紫苑の頭に、葵は手を置き微笑んだ。
その時、どこから竜の鳴き声が外から響いてきた。それと共に、民の悲鳴も聞こえてきた。幸人達は顔を見合わせると、慌てて外へ出た。
外には、寝床にいたネロが翼を羽ばたかせながら現れ、目の前にいる民に向かって、口に妖気を集め妖気玉を作り出した。
「ネロ!!駄目!!」
紫苑の声にネロは、妖気玉を消した。そして誰もいなくなった広場に降り立つと、駆け寄ってきた彼女に頭を下げ擦り寄った。
「何なんだ?あの竜……」
「俺が聞いた話だと、伝説の竜は人に懐くことは無かったって聞いたぞ」
「でも、あの伝説の竜紫苑ちゃんに懐いてますよ?」
「……」
紫苑に甘えるネロだったが、歩み寄ってきた幸人に牙を向けながら身構えた。紫苑は慌てて口を抑えて、寄ってきた彼の方を向いた。
「まだ警戒してるから、近付かない方が……」
「どうしていきなり、暴れたんだ?分かるか?」
「多分奴等のにおいだと思う。
いつも、ネロは真っ先に襲われてたから……
あ!駄目!この人は、何もしない」
幸人を襲おうと、紫苑の手を振り払おうとするネロを彼女は、鼻先を撫でながら宥めた。
その光景を見て、葵は幸人の元に歩み寄り小声で話した。
「ネロの傍から、紫苑を離さない方がいいみたいだね」
「だな……
紫苑」
「?」
「しばらく、そいつの傍にいろ」
「え?でも……」
「こっちは僕等で何とかするから。
君は、この竜の傍にいてあげなさい」
「……」
人の姿になった紅蓮は、ネロの長い首に飛び乗ると頭を撫でた。ネロは紫苑の頬を舐めると、翼を羽ばたかせて寝床へと帰った。入れ違いに、エルが寝床から飛び出し、紫苑の元へ降り立つと身を屈めた。
紫苑はチラッと振り返ったが、また前を向きエルに乗り、ネロの元へと行った。
「ここにいる間は、紫苑抜きで仕事するぞ」
「ヘーイ」
「え?いいの?
あのままで」
「あの竜は多分、紫苑がいないと僕等を襲うよ。
傍にいさせた方がいい」
ネロの傍に座る紫苑……膝に二つの卵を置き、包んでいた毛布で優しく撫でた。撫で終わると、再び毛布に包み籠に入れネロの傍に置いた。
ネロは紫苑と紅蓮を包むように、尻尾を回し眠った。眠ったネロの頭を撫でながら、紫苑は小声で歌った。その歌は、他場所で落ち着かなかった竜達の耳に響き、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「何だ?この歌……」
「綺麗だけど……聞いたことない」
頭を撫でていた紫苑は、重くなっていた瞼を閉じネロの胴に体を預けて、眠ってしまった。眠った彼女の傍に、紅蓮は寄り垂れていた腕の間に頭を入れ、眠りに付いた。
とある洞窟……
「聞いてないよ!!あの小娘がいるなんて!」
浮遊物を整備しながら、仲間は翔に文句を言っていた。
「俺だって、知らねぇよ!
だいたい、何で先輩の元にあの小娘が……」
「そういや、闇市で噂になってたよね?
祓い屋が子供を買ったって」
「……それ、いつの話だよ」
「丁度一年前です。
結構話してましたよ。黒狼が一緒じゃなければ、売れた子供だったみたいですし」
「何で、祓い屋が子供を?」
「……そういえば……
直樹、確か本部からの情報あったよな?」
「……これ?」
棒付き飴を銜えながら、直樹は暗号化された資料を手渡した。翔は、字を読みながら数枚捲るとある部分を指差して、皆に見せた。
「『九月末、半妖の子供を祓い屋・月影が保護』
これだ!」
「半妖って……もう、絶滅したんじゃ」
「まだ生き残りがいたって事ね」
「……決まった!
竜の卵とこのガキ捕獲するぞ!」
「元からお前のリストに載ってるだろ?
あの小娘は」
「まぁな!(爺が残した資料が正しければ!)
整備が終わり次第、行くぞ!」
「了解」
「応」
「ハーイ」