桜の奇跡 作:海苔弁
そこに建つ要塞の北の塔の一室。大きな窓辺の台座に、地面から伸びた鎖で足を繋がれた少女が、座りながら恨めしそうに外を眺めていた。
部屋には、絵が描かれた紙やスケッチブック、鉛筆、クレヨン等が床に転がっていた。机の上には、冷めた昼食が手付かずそのまま置かれていた。
「ヤッホー!ぬらちゃん!」
白衣を着た男が、笑顔を浮かべながら部屋へ入ってきた。少女はチラッと男を見ると、また外を眺め無視した。
「……?
ぬらちゃん、またご飯食べてないの?」
「……」
「食べなきゃ駄目でしょ?
君、一週間も食べてないじゃん」
「……」
(本当、手の掛かる子供。
元帥に言って、天花と蘭丸を長期任務に行かせないようにしよう)
ある一室……備え付けられたシャワー室で、女性はシャワーを浴びていた。浴び終えると、水を止めタオルで頭を拭きながら、下着を身に付け部屋着を着た。丁度そこへ、白衣を着た男がノックして入ってきた。
「天花ぁ!待ってたよぉ!」
「近寄るな!変態」
飛び掛かってきた男を、天花は足で受け止めた。顔面にもろに食らった男は、鼻を押さえながら立ち上がった。
「相変わらず……ひ、酷い」
「用件は何だ。
私は長期任務で疲れているんだ」
「とか言って、本当はその紙袋持ってぬらちゃんの所に行くつもりなんでしょう?」
「……」
「ハハ~ン……その顔は、図星だね」
「今ここで脳天をぶち抜かれたいか?」
「え、遠慮します……」
制服に着替え、廊下を歩く天花に男は少女のことを話した。
「一週間!?
一週間も食べてないのか?!」
「そう!一週間!
水は、自分で作った氷で摂取してたみたいだけど……食事は手付かず。
無理矢理食わそうとすれば、噛み付くからもうお手上げ状態」
「……まさかと思うが、食事に睡眠薬とか入れていないだろうな?」
「入れたよ。
ぬらちゃん、何か寝てなかったみたいだから」
彼がそう答えた瞬間、天花は頭に踵落としを食らわせた。
「食べるわけ無いだろう!!
お前、それで一回失敗してるよな!?」
「……あぁ、忘れてた」
「一度病院へ行け」
外を眺める少女……扉の鍵を開ける音に、彼女は振り向いた。
「……!」
暗かった顔がパァっと明るくなり、台座から飛び降りると入ってきた天花に、飛び付き抱き着いた。
「本当、天花と蘭丸には懐くね」
「何でお前まで入ってくる」
「だって、実験できてないんだもん。
一週間、頑固拒否してて」
「今はやめとけ」
「えー。いつならいいの?」
「落ち着いたら、すぐに連絡する。
それと、とっとと出てけ」
「ヘイヘイ。
じゃあね、ぬらちゃん」
そう言って、男は部屋を出て行った。いなくなると、天花は隠し持っていた鍵を出し、少女の足に着けていた枷を外し、口に着けていた枷を外した。
「全く、噛み付くからって口枷をするかってんだ」
「嫌なことするから、噛み付いただけだもん」
「良い反抗だな」
笑いながら、天花は紙袋から林檎を取り出すとそれを少女に渡した。受け取った少女は、彼女の服の裾を掴んだ。
「大将!言われた食事、持ってきましたよぉ!」
トレインを持った男が、器用に扉を開けながら中へ入ってきた。
「悪いな蘭丸!
彼が作ったご飯だ。食べなさい」
机に置かれたご飯を、少女は勢い良く食べ始めた。その様子に、見とれながら蘭丸は林檎の皮を剥いた。
「凄い食べっぷりですね」
「一週間、水だけで過ごしてたそうだ」
「水だけ?!何で?!」
「翔一郎が作った食事だ」
「あぁ、納得です」
ご飯を食べ終え、食後に林檎を食べながら、少女は眠そうにしながら、天花に凭り掛かった。彼女は少女を、自身の膝に寝かせ頭を撫でた。気持ち良さそうな顔をしながら、食後には半分残っている林檎を、床に落として眠りに付いた。
「眠っちゃいましたね……」
「一週間、真面に寝ていなかったみたいだからな」
眠る少女に、天花は毛布を掛けた。その時、机に置かれていた無線が鳴った。男は無線に出て、少し話すと天花に渡した。受け取った彼女は、少女の頭を枕に乗せると、立ち上がり話をした。
「……分かった。
今そっち行く」
「何かあったんですか?」
「緊急集会だ。
お前はここで、美麗を見ていてくれ」
「分かりました」
制服の上着を手にして、天花は部屋を出ていった。
夕方……目を開ける美麗。誰もいないのに気付くと飛び起きた。
「……天花?
蘭丸?」
起き上がった美麗は、鍵が外れたドアを開け廊下を歩くと、部屋を飛び出した。
誰もいない廊下を歩く美麗……ふと通り掛かった兵士が、彼女の肩を掴み呼び止めた。
「何やってるの?こんな所で」
「……」
「ほら、早く部屋に」
「嫌だ!!」
引き戻そうとする彼の手に、美麗は噛み付き痛みで力が緩んだ隙を狙い、振り払うと逃げ出した。
「ま、待て!!
緊急事態発生!ぬらりひょんの子供が脱走!
至急応援を頼む!」
無線から報せを受けた、放送部が直ちに緊急放送を流した。その放送を聞いた天花と蘭丸は、すぐに部屋へ向かった。
部屋の前には、慌てふためく翔一郎がいた。
「ちょっと!!何で!!何でぬらちゃんが、脱走したの!?」
「自分で考えろ!!」
「分かんないよ!!」
(いや、普通に考えて脱走するだろう……)
「全兵士に連絡しろ!
見付けても、決して刺激を与えないよう放置しろと!」
「はっ!」
知らせに行った兵士と入れ違いに、腕から血を流した兵士が敬礼しながら、部屋へ入ってきた。
「ご報告します!
ぬらりひょんの子供、現在地下にいます!」
「地下!?
ヤバい!あそこに入られたら、ヤバい!非常に!」
「あそこって、どこですか?」
「西洋妖怪を保管している檻!!
人が来ただけで暴れる始末で仕方なく口枷と足枷を着けてるのに、何でよりによって」
「何でそんな危険なものを、ほったらかしにしているんだ!!」
「だって!!まだ実験途中で!」
「言い訳はいいから、早く行くぞ!
蘭丸、ついて来い!」
「あ、はい!」
地下牢……
そこには、無数の西洋妖怪や獣妖怪が鎖で繋がれ牢の中にいた。鳴き声が響く中、美麗は一人歩いていた。
「……天花ぁ……蘭丸ぅ……
どこぉ……」
「見付けた!!あそこだ!!」
兵士の声に、美麗はビックリし慌てて近くの檻の中へ入ってしまった。彼女を見失った兵士達は、周りを見ながら奥へと行った。いなくなったのを確認すると、美麗は物陰から姿を現した。
その時、後ろから風が吹き美麗は振り返った。そこにいたのは、グリフォンだった。
「……えっと」
見つめるグリフォンは、口枷が着いた嘴で彼女を突き倒すと、そのまま顔を擦り寄せた。寄ってきたグリフォンを、美麗は嬉しそうに頭を撫でながら起き上がった。
グリフォンは美麗を自身に寄せると、嘴で彼女を撫でるようにして動かした。
地下へと来た天花達は、群がっている兵士達の元へ駆け寄った。一人の兵士が敬礼して、三人を案内した。
「ぬらりひょんの子供は、今現在この中にいます」
「何で出さないの?」
「それは……
藤風研究員が、知っているかと」
「翔一郎」
「人一人近付くと、大暴れ。
暴れたせいで、何人も怪我人を出してまーす」
「……即撃ち殺す」
「止めて止めて止めて!!」
「大将!ストップ!」
「牢の鍵を開けろ!
全員、下がれ!」
「し、しかし!」
「さっさと開けろ……貴様等の首が飛ぶ前にな!!」
「は、はい!」
一人の兵士が即座に鍵を開けた。天花は中へ入ると、戸を閉めゆっくりと近付いた。彼女の姿に、グリフォンは唸り声を上げながら立ち上がり、翼を広げ威嚇した。グリフォンの足下にいた美麗は、グリフォンを宥め落ち着かせると、天花に向けて手招きをした。
「ど、どうなっちゃってるの?
あの人嫌いのグリフォンが、ぬらりひょんの子供に懐いちゃってる」
歩み寄った天花の手を握った美麗は、触るグリフォンの首に彼女の手を置かせた。彼女に見習いながら、天花は首を撫でた。すると、グリフォンは気持ち良さそうにしながら、腰を下ろした。
(威嚇していた私を、もう……)
「天花、そろそろ」
「分かっている。
美麗、部屋へ戻ろう」
「また来ていい?」
「もちろんだ」
「……また来るね」
グリフォンにそう言うと、美麗は天花に抱かれそのまま檻の外へ出た。受け取ろうと手を伸ばした翔一郎に、彼女は嫌がり天花の胸に顔を埋め、彼と目を合わせないようにした。
「実験は後日だ」
「そんなぁ……」
「諦めて下さい」
「う~~……実験~」
夜……
蘭丸が剥いた林檎を、美麗は部屋で食べていた。そこへ、 仕事を終えた天花が入ってきた。
「美麗、渡し忘れた。これを」
紙袋から出したのは、赤い鈴の首輪を付けた黒猫のぬいぐるみだった。美麗は不思議そうにそのぬいぐるみを受け取り、それに顔を埋めにおいを嗅いだ。
「……!
晃のにおいだ!」
パァっと明るくなった美麗は、嬉しそうに猫を抱き締めた。
「どうしたんですか?このぬいぐるみ」
「長期任務の帰りに、晃の所に寄ったんだ。
そしたら、誕生日過ぎたけど買っといたプレゼントを渡して欲しいって、預かってな」
「なるほど……流石、幼馴染みですね」
「上司をからかうな」
嬉しそうに猫を抱き締める美麗の姿を、二人はしばらくの間ずっと眺めた。
その後、疲れが出た美麗はぬいぐるみを抱いたまま眠ってしまった。眠った彼女に布団を掛けると、蘭丸と天花は部屋を出ていった。
「足枷は外している。
出て来たら、構わず私の元まで連れて来い」
「はい!」
「じゃあ、夜の番頼んだぞ」
「はっ!お疲れ様です!大将!」
敬礼する兵士に敬礼を返した二人は、そのまま部屋を離れていった。
廊下を歩く中、蘭丸は口を開いた。
「そろそろですか?あれ」
「……
本当にいいのか?手を貸せば、貴様も職を失うかもしれないぞ」
「別にいいですよ。
俺、大将に憧れてこの討伐隊に入ったんです。
その大将がいなくなるくらいなら、辞めます」
「……全く、どこまでお人好しなんだか」
「それはお互い様です!」