桜の奇跡 作:海苔弁
紫苑は、枯れ葉が盛られた木の根で出来た巣穴の中で、紅蓮と一緒に眠っていた。外から、二人の様子を地狐は覗き見た。
(……今んとこ、妖気は安定してるみたいだね。
後は、姉君の制御装置が完成するのを待つだけか)
「そっかぁ、まだ帰ってきてないのか」
秋羅達の家へ来た暗輝は、残念そうに綺麗な包装紙で包まれた物を見て、軽く溜息を吐いた。
「何ですか?それ」
「町で見付けたぬいぐるみ。
結構可愛かったから、シーちゃんにどうかなって」
「見付けるなり、すぐに買ったからな。迷い無く」
「女の子でぬいぐるみ嫌いな子は、あんまりいないよ~。
早く帰ってこないかなぁ」
その時、玄関を叩く音が聞こえてきた。秋羅は洗い物を中断して、手を拭きながら戸を開けた。そこにいたのは、帽子に被った雪を払う陽介だった。
「よ、陽介さん……」
「幸人はいるか?」
「今、仕事部屋に」
「上がらせて貰うぞ」
「あ、はい」
靴を脱ぐと、陽介は慣れた足取りで仕事部屋に入った。その様子を見た秋羅は、リビングにいた二人に質問した。
「何で、部屋分かるんですか?あの人」
「討伐隊に入りたての頃、陽介はここに住んでたから」
「そうなんですか!?」
「そうそう。
新入隊員は、規則で必ず家に帰らなきゃいけなくてね。施設を出た陽介には、帰る場所がなかったから地位が上がるまでここに住んでたんだ」
「全然知らなかった……」
「ま、あの事が起きてからは別々に暮らしてたみたいだけど……
すぐに陽介は昇格したし」
「あの事?」
「その話は、幸人から聞くといいよ。
俺等も、彼に合わせて話すから」
「……」
仕事部屋に置かれていた椅子に、腰を下ろした陽介に幸人は書きながら口を開いた。
「用件は何だ」
「……察しがいいな?」
「テメェがこの家に来るのは、用がある時くらいだ。
で、何だ?」
「……先日送ってくれた、ぬらりひょんクローンの写真と映像……そして、あの馬鹿研究員の件についてだ。
情報を提供してくれた礼と、上から下された命令がある」
「命令?」
淡々と話す陽介……話を聞く幸人は、動かしていた手を止め振り返り言った。
「……それ、本気か?」
「……だろうな。
正直に言っておく。俺は乗り気ではない」
巣穴のなかで、寝返りを打つ紫苑……
すると、微かに風が吹き彼女の前髪を撫でるようにして、揺らいだ。それはやがて、誰かの手となり手は紫苑の頭を優しく撫でた。
『〇〇は甘えん坊ね』
聞こえてくる優しい女性の声……膝枕して貰っていた紫苑は目を開けたが、既に彼女の姿は無かった。
(……夢?)
『大丈夫だ』
「?」
後ろから聞こえた男の声に、紫苑は振り返った。そこには、赤ん坊を抱いたあの白髪の男が女性といた。
『必ず、お前達を守る……
この命、尽きようとも』
そう言っていた……低く優しい声で。
スッと目を開ける紫苑……夕日が差し込む巣穴で、上半身だけを起こすと辺りを見回した。
「……まだ、眠い」
地面に倒れると、傍で眠っていた紅蓮の胴に顔を埋め再び眠った。
数日後……
巣穴を覗きに、地狐はやって来た。穴では紅蓮が既に起きており、大きくあくびをした。彼の胴に頭を乗せていた紫苑は、目を擦りながら起きた。
『やぁ、紫苑。おはよう』
「……」
『気分はどうだい?』
「普通……
ねぇ、帰れる?」
『制御装置が完成すればね』
「……地狐」
『?』
「ママって、どんな人だった?」
『……どうしたんだい?急に』
「何となく……
ねぇ」
『そうだねぇ……
とても綺麗な人だったよ。紫苑と同じ赤い目をしていていつも笑っていて……
君がお腹にいた頃は、いつもお腹を擦って話し掛けていたよ』
「……私はどっちに似てるの?」
『そうだねぇ……
やっぱり、お母さん似かな』
微笑む地狐に釣られ、紫苑は笑った。すると、巣穴に二匹の竜の子供が入ってきた。
『おや、ネロの子供だね』
子供は紫苑の膝に上ると、頭を擦り寄せてきた。寄せてきた二匹を、紫苑は同時に撫でてやった。
『もう大丈夫みたいだな』
そう言って、天狐は巣穴を覗いた。
「あ、天狐」
『できたぞ。
制御装置』
そう言って、天狐は手に持っていたブレスレットを、紫苑の手首に着けた。そして、額の模様を囲うようにして、広がっていた呪印を解いた。
『これで元通りだ。
地狐、紫苑達を送ってやれ』
『了解』
『紅蓮、紫苑を頼むぞ』
『分かっている』
「ねぇ、リルは?」
『別の所だ。
今日中には、帰れないらしい』
「……一目会ってから、帰りたかった」
『君等のことは、僕等が伝えとくよ』
「うん、お願い」
ネロの子供達と共に、紫苑は巣穴から外へ出た。外にいたネロは鳴き声を発しながら、紫苑に首を伸ばし擦り寄った。
伸ばしてきたネロの頭を撫でながら、紫苑は二匹を渡し手を軽く振ると、地狐の元へ駆け寄った。
『それじゃあ、行くよ』
「うん」
白い霧を放つと、地狐は紫苑の手を握ってその中へと入って行った。
しばらくして、霧は晴れ目の前には秋羅達の家があった。
『着いたよ』
「……」
ドアノブに手を掛けようとした紫苑だが、彼女は何かを思い出したのか、その手を止めた。
『……?
どうしたんだい?紫苑』
「……帰ってきて…良かったのかな」
『?』
「だって……勝手に…森に帰って……」
『紫苑……』
「記憶、曖昧なのに……
二人に、迷惑掛けてたら……」
そう言う紫苑に、地狐は軽く溜息を吐くと、軽く風を起こした。
風の音でガタガタと鳴った玄関へ、秋羅は駆けて行きドアを開けた。
目の前にいた紫苑に、彼は驚きながらも笑顔を見せると彼女を強く抱き締めた。
戸惑っていた紫苑は、次第に緊張の糸が解けてきたのか、目に涙を溜めて秋羅の体に顔を埋めた。
『約束通り、紫苑を送らせて貰ったよ』
「もう平気なのか?」
『あぁ。
それじゃあ紫苑、またね』
紫苑の頭を撫でると、地狐は白い霧を放ちながら、そこから消えた。
地狐がいなくなると、小屋にいたはずのエルが紫苑の気配に気付いたのか、駆け寄ってくると彼女に擦り寄った。
「こいつ、柵壊しやがったな」
「まぁ、いいじゃねぇか。
柵なんざ、また直せばいいし」
「暗輝さん、簡単に言わない」
「シーちゃん!お帰りー!!」
玄関から紫苑目掛けて飛んできた水輝だったが、傍にいた紅蓮は素早く紫苑を抱き上げた。彼女は、積もっていた雪にそのままダイブし、それをエルは不思議そうに嘴で軽く突っ突いた。
「相変わらずだな……」
「水輝さーん、早く出ないと風邪引きますよ!」
『引かないだろう?
アホは風邪引かないって』
「それを言うなら、『馬鹿は風邪を引かない』だ」