桜の奇跡 作:海苔弁
「……?」
何かの気配を感じた紫苑は、庭から玄関が見える方向を振り向いた。冬のコートを羽織った二つの影が、玄関に続く道を歩いて行くのが見えた。
(……誰?)
庭から帰ってきた紫苑は、被っていたフードを取り、冷たくなった手を息で温めながら、リビングへ入った。
「イヤー!!君があの地下で売られてた、子供だね!!」
突然、駆け寄ってきた女性に、紫苑は訳が分からないまま抱き締められ、そして手で顔を掴まれた。
「噂は聞いてたよ!幸人が、上からの命令で子供を買ったって!
その子供が、とても珍しいってのも!本当に珍しいねぇ!
白い髪に赤い目!それに、黒曜石の武器!
お!これは何だい!?綺麗な桜のブレスレットだね!」
今にも泣きそうになった紫苑を助けるかのようにして、後ろから男が女の頭を思いっ切り殴った。一時気を失った隙に、紫苑は怯えた様子で秋羅の元へ駆け寄り彼に抱き着いた。彼女を守るようにして紅蓮は、二人に威嚇するように声を上げた。
「初っ端からそんな風に寄ったら、怖がるだろうが!!この馬鹿!!」
「い、痛い……」
「こんな奴が、俺の同僚だって言うのが冗談であって欲しかった」
「それは言えてる」
お茶を飲む二人……紫苑は二階の柵から、リビングを覗いていた。
「そこにいないで、こっちにおいでよ!
もう何もしないから!」
その言葉に答えるようにして、紫苑は首を激しく横に振った。
「あらら、嫌われちゃった」
「あんなことされれば、誰だって嫌うさ」
「アーン、聞きたいことあったのに~!」
「お前がいきなり抱き上げたりするからだろ!」
「幸人、お願い!」
「……ったく。
秋羅」
「ハーイ」
二階へ上がった秋羅は、紫苑を抱き上げ一階へ降りてきた。女が彼女に近付こうとした瞬間、傍にいた紅蓮が吠えた。
「近付くなだって」
「言葉分かるの!?」
「そういう風に感じただけだ」
秋羅に下ろされた紫苑は、女を睨みながら彼の後ろに隠れた。
「何か、完璧に嫌われちゃった」
「初っ端が、あれだもん」
「うぅ……」
泣き崩れる女を無視して、男はしゃがみ込み紫苑に目線を合わせ、手を差し出しながら言った。
「俺は星野暗輝(ホシノクラキ)。宜しくな、紫苑」
「……」
差し出した手と暗輝の顔を交互に見ながら、紫苑は恐る恐る手を握り握手を交わした。
「あー、暗輝だけズルいぃ!私も私も!
星野水輝(ホシノミズキ)!宜しくね!シーちゃん!」
「変なあだ名を付けるな!!」
幸人と秋羅が座るソファーの後ろで、紫苑は本を読んでいた。その間に、四人は話をしていた。
「なるほどねぇ……
精霊を呼び出したり、氷を放ったりか……」
「祓い屋だったら、上も顔負けだぞ」
「祓い屋かどうかは分からん。
リストを調べようにも、名前がちゃんと分かんねぇからな」
「え?紫苑って名前じゃないの?」
「仮の名前だ。
前の主が、付けたらしい」
「じゃあ、私が別の名前で呼んでも!」
「来ねぇよ!!」
その言葉に落ち込み、水輝はシクシクと泣きながら床を指なぞった。
「いちいち落ち込むな!」
「相変わらず、大変だね。お前も」
「あれが双子の妹ってだけで、恥ずかしい」
「アハハ……」
「そういえば、その黒狼随分小さいね」
「え?小さい?
いやいや。普通に大きいぞ」
「そうそう。
幸人を乗せるくらいの大きさはあるぜ」
「そんなに大きいんだぁ……
まぁ、狼自身で大きさを調整できるって、聞いたことはあるけど」
「調整できるって……あ!」
「全てが、納得した……」
目頭を押さえる幸人と、壁に手を付け秋羅は少々落ち込んだ様子でいた。
その時、玄関をノックする音が聞こえてきた。本を読んでいた紫苑は、本を閉じ紅蓮と共に二階へ駆け上がった。
「あー、シーちゃん!?」
「変なあだ名で呼ぶな!」
「誰だろ?」
「今日は誰も来ないはずだが……秋羅」
「ハーイ」
玄関へ行き、戸を開けた。次の瞬間、何かが倒れる音と共に靴音が聞こえ、リビングへ制服を着た兵隊達が入ってきた。
「な、何だ?!」
「あれ?君は……」
「また面倒な奴が……」
兵隊達の間を歩き入ってきたのは、軍隊帽を被り目に大きな十字の傷痕を付けた男だった。
「久し振りだな、幸人」
「何だよ。人の家にズカズカと入って来やがって……
用件は何だ?」
「先日、君に頼んで買って貰った少女の確認と保護だ。
少女を渡して貰おう」
「その前に、何か説明ないのか?」
「説明?」
「あいつは何者だ?」
「説明する気はない……
と言えば、貴様が納得するわけが無い。
お前達は馬車で待ってろ」
「ハッ!」
敬礼した兵隊達は、外へ出て行った。全員が出て行くと、男は帽子を取り頭を掻いた。
「単刀直入に言う。
あの子は希少だ」
「どう言った希少なんだ?」
「今では珍しい、妖怪と人との間に産まれた子供……そう禁忌の子供」
「今は禁忌の子供と言われてるが、昔はそうでもなかったんだろ?
今だって、半妖のクォーターや子孫が、身を隠して生きてるじゃねぇか」
「その辺の半妖と一緒にするな。
あいつは、正真正銘純血の半妖だ」
「純血の半妖って……
50年前に、最後の一人が亡くなって以降、生存が確認されてないはずだよ!」
「それがまだ、生きてたって事か?
誰にも見られず、ひっそり生きてたって……」
「凄ぉい!!
そんな希少稀な子が、幸人の家にいたなんて!」
「お前さん方軍隊は、その希少稀な子を引き取って何をしたいんだ?」
「さぁな。
詳しい話は聞かされていない。おおよそ、実験したいんだろう」
「……」
「紅蓮!駄目!」
二階から声が聞こえ、男は上を見上げた。階段を駆け下りた紅蓮は、男に飛び掛かった。彼は上に乗った紅蓮を、投げ飛ばし懐から銃を取り出し、銃口を牙を向ける紅蓮に向けた。
「ちょ!!待て待て!」
暗輝は慌てて男に駆け寄り、銃口を下げさせた。二階から駆け下りてきた紫苑は、彼を気にしながら紅蓮の元へ駆け寄った。
「……誰だ、この子供は」
「お前さんが言ってた、例の子供だ」
「この子がか……」
怯えた目で、紫苑は男を見つめた。その間、紅蓮は今にも噛み付きそうな表情で、唸り声を上げた。
その様子を見た男は、銃をしまい玄関へ向かった。その後を、幸人はついて行った。
彼がいなくなると、紅蓮は大人しくなり紫苑の頬を舐めた。舐めてきた紅蓮を、彼女は撫でた。
「いきなりどうしたんだ?」
「分かんない。
二階から見てたら、紅蓮が突然唸りだして」
「多分、主人である紫苑をあいつから守ろうとしたんだろうな」
「なるほど。あいつが悪い奴だと分かっていたのか……
凄いぞ!紅蓮君!」
「あの……
さっきの人って……」
「あ、そっか。秋羅は初めてだもんな。
大空陽介(オオゾラヨウスケ)。妖討伐隊って、聞いたことあるだろ?」
「あ、はい。
確か、妖怪全てを抹殺を目標に結成された軍隊ですよね?」
「まぁ、簡単に言えばそうだな」
「あいつはそのトップの人。
確か、全部隊の指揮官に当たっていて、階級は大佐」
「ちなみに、幸人と同い年」
「……あの年齢で!?」
「あいつは実力で、登ったからな」
「そうそう」
玄関の壁に凭り掛かり立ち、煙草を吸う陽介。
「あの子供、貴様等には懐いてるみたいだな」
「まぁな」
「……上には、噛み付かれて連れては来られなかったと伝えておく」
「宜しく頼む。
陽介」
「?」
「あまり、無茶はするなよ」
「……心懸けておく。
貴様も、無茶はするな」
「ヘーイ」
鼻で笑うと、陽介は帽子を被り外へ出た。幸人は重い荷物を下ろしたかのようにして、深く息を吐きながら頭を掻いた。