桜の奇跡 作:海苔弁
「いやぁ、驚いたよ……
まさか、自分から帰ってくるなんて思ってもみなかった」
そう言いながら、木の影からウェーブの掛かった赤茶色の髪を結い、水色と黄色のオッドアイを光らせ、白衣を着た者が現れ出た。
その者の姿を見た途端、紫苑は身の毛も弥立つ恐怖が襲い、そして力無くそこに座り込んだ。傍にいた蘭丸は、彼女を守るようにして前へ立った。
『貴様……』
「半年ぶりだね?
ぬらりひょん……
いや、伊吹麗桜(イブキリオ)」
『……いぶき……りお……』
「あなたの名前だよ」
不敵な笑みを浮かべながら、女は紫苑の元へ歩み寄った。彼女の前に立っていた蘭丸は、打刀を構え女を睨み言った。
「これ以上は、近付くでない」
「何故?
あなたに命令される覚えはない。そこを退いて頂戴」
「……怯えておる。怪我するぞ」
忠告する蘭丸を無視し、女は紫苑の前に立ち地面に膝を付いた。
目の前に見える、脚に紫苑は恐る恐る顔を上げた。
「……
あなたが、報告書に書いてあった子ね。
半妖の子供……」
「……誰?」
震える声で、紫苑は女に質問した。
「霧岬奏歌……
妖怪研究所の所長よ」
「……」
奏歌の不敵な笑みが、一瞬男の笑みと重なって見えた……
それと共に、紫苑の額に描かれていた雪の結晶の柱が一つ消えた。あの時と同様に、彼女の頭からまるで封じられていた蓋が開いたかのように、次々と記憶が蘇っていった。
『怯えることはない。
君は刺そうが怪我しようが、死にはしない……まぁ、痛みは感じるがな』
『機嫌が悪い?
そんなもの、枷を着ければ大人しくなるだろう』
『抑えておけ。今から血液採るんだから』
『あれは道具だ……実験して、何が悪い?』
『帰りたいなら、結果を出してからにしろ。
まぁ、帰ることなど一生叶わぬ夢だがな』
思い出す過去……その時、何かに反応するかのようにして、紫苑の手首に着けていたブレスレットが、強く光った。
「……ル」
「?」
「こんな所に……いたくない……」
「紫苑?」
「帰る……
帰る……帰る!!」
叫ぶようにして言った途端、紫苑を中心に無数の氷の刃が生え並んだ。
「だぁー!!もう!!
数が多過ぎだ!!」
既に息絶えた妖怪の亡骸に、座った敬は文句を言った。
「妖怪の群れが、まさか中に入ってくるとは……」
「ちょっとアンタ、討伐隊の人でしょ!
何か連絡来てないの?」
「そう言われましても、無線に何も……」
「……それ、壊れてんじゃねぇの?」
「そ、そんなはずは……
あ!!電源切ってた!!」
「馬鹿!!」
「阿呆!!」
電源を入れた途端、すぐに通知が入り梗介は出た。
「はい!こちら、雨宮」
《この馬鹿たれ!!
何電源切ってんだ!!》
「す、すいません!!」
(あの怒鳴り声、陽介さんだな)
《状況報告をしろ!!》
「あ、はい!
祓い屋の弟子8人は全員無事です!
現在、中に侵入している妖怪達を倒しながら、先輩達の元へ進行中であります!」
《今どこだ?
貴様の場所によって、集合場所を確定する》
「南側、三階です!」
《四階にある渡り廊下を合流点とする!
いいな?》
「りょ、了解であります!」
連絡をしている間、奈々はふと窓の外を見た。
「……?」
硝子張りの屋根が、氷の刃で内側から割られていた。
「……秋羅さん!あれ!」
「?」
奈々が見ていた窓へ行き、外を見て秋羅はその光景を目にした。
「あの氷……
紫苑!!」
「秋羅さん!!」
「ちょっと、どこ行くの!!」
「ば、バラバラにならないで下さい!!」
「我々が追い駆ける」
「あなた方は早く、合流点へ」
「わ、分かりました……って、追い駆ける!?
ちょっと!!」
鉄棍棒とレイピアを手に、梨白とアリサは秋羅の後を追い駆けていった。
園庭……
冷気が漂う中、紫苑はスッと目を開けた。
「……蘭丸?」
立ち上がり、紫苑は辺りを見回した。生え並ぶ氷の刃と、辺りに漂う霧に視界が奪われ、彼女は刃に触れながら歩いた。
前を歩いていると、何かにぶつかった……歩みを止め、紫苑は上を見た。
そこにいたのは、ぬらりひょん(クローン)だった……
『貴様は……
誰だ……』
「……し……紫苑」
『……違う……
その名は、貴様の名では無い』
「……」
『……
赤い瞳……』
「え……」
『アイツも……
同じ目をしていた』
「……アイツって」
“バーン”
肩を撃たれるぬらりひょん(クローン)……彼の肩から飛び出した血が、転々と紫苑の顔に当たった。
「これで動けまい。
さぁ、大人しく研究所に……!」
再生する傷口……ぬらりひょん(クローン)は、顔を上げ紫苑に微笑みを浮かべると、振り返り彼女を睨んだ。
「……マジか……再生能力、ついちゃったか」
『……』
高まるぬらりひょん(クローン)の妖力……黒いオーラを纏う彼の姿が、次第に変わっていった。
長く伸びた白髪が、逆上がった……そして、後頭部が異様に伸び、それを覆い隠すようにして髪が移動した。
深く息を吸うと、ぬらりひょん(クローン)は雄叫びを上げた。
「!!」
場内を駆けていた幸人を含む祓い屋達は、突如頭を抑えてその場に転がり倒れた。
「幸人!!創一郞!」
共にいた陽介は、倒れた二人の元へ駆け付け襲おうとする妖怪達を、銃で倒していった。
「しっかりしろ!!
どうしたんだ!?いきなり」
声を掛ける陽介だが、二人の耳には彼の声が届いていないのか、頭を抑えながら床を激しく殴った。
幸人の肩に触れようとした時だった……
「……!?」
服を破り、背中から生えた不気味な翼……禍々しい妖気を漂わせながら、翼は動いた。
(な、何だ……これは)
幸人と同様、創一郞の左肩から黒い炎が燃え上がっていた。
それは他のメンバーも同じだった……
葵は、右腕にあった傷痕から、鋭い鎌のような物が生え伸びた。
保奈美は、変色が体中に広がり痛みに耐えながら、その場に蹲った。
迦楼羅は、穴が開いたような傷痕から鋭く尖った角のような物が生えた。
翠は、目に遭った火傷の痕が獣のような目付きへと変わり、顔半分が妖怪の顔へと変化していた。
マリウスは、腕の傷痕から硬い皮膚が腕を覆っていた。
花琳は、脚の傷痕から鋭い皮膚が脚の全てを覆っていた。
8人全員が、カッと目を開くと荒く息をしながら立ち上がり雄叫びを上げた。
その雄叫びは、合流点に向かっていた梗介達と、園庭に向かっていた秋羅達の耳に響いた。
「な、何?」
「す、凄い妖気ですね……」
「何か、今までの奴よりデカくないか?」
「な、なな、何が起きてるんですか?!」
「慌ててないで、早く案内しなさいよ!」
「そんな事言ったって!!」
(これで良く、討伐隊に入れたな……この人)
「な、何だ……」
「凄まじい妖気……どうなってるの?」
「……月影、早く行こう」
「あ、あぁ……(何だ……この胸騒ぎは……)」
梨白の掛け声に、足を止めていた秋羅は再び走り出し、園庭へ向かった。
ぬらりひょん(クローン)の雄叫びの迫力に、紫苑は腰が抜けその場に座り込んだ。
その時、割れた天井窓からエルが飛び込み紫苑の前に、エルが舞い降り背中に乗っていた紅蓮が降り立った。
「……紅蓮……エル」
『……あなたは、ここの人ではない』
『?』
「紅蓮?」
雰囲気に違和感を感じた紫苑は、彼の名を呼んだ。紅蓮は一瞬振り返ると、微笑を浮かべ再び前を向いた。
『貴様は……
俺が誰か、分かるのか?』
『あなたはもう、100年以上前に亡くなっている。
亡くなっている今、この子との接触は避けて下さい』
『死んでいるなら、何故俺は今……』
『人の悪しき心が、あなたを作ったからです』
『作った?』
言葉を繰り返したぬらりひょん(クローン)は、ブツブツと何かを言い始めた。その隙に、紅蓮は紫苑の前にしゃがむと、頬を撫で微笑んだ。
『大丈夫……必ず、守るから』
「守る?」
“バーン”
「……え?」
紅蓮の体を貫き、紫苑の肩に銃弾が掠った……
その光景に、紫苑の脳裏にフラッシュバックで記憶が蘇った。
一筋の涙が、頬を伝い手首に着けていたブレスレットに落ちた。ブレスレットは強い光を放つと、粉々に砕けた。
「?!」
遠くの北西の森……
凄まじい二つの妖気を感じた地狐と天狐は、ある方向に顔を向けた。不意に吹いた風が、2人の髪を靡かせた。
『……姉君』
『方向からして、人間共が作ったあそこからだな。
行くぞ。まだ、あの記憶に辿り着くのは早い』
『だね。
ゴルド、プラタ行くよ!』
2人がいる木の下で、二匹でじゃれ合っていた金と銀の鱗を覆った竜が、彼の声に反応し鳴き声を発し降りてきた二人を乗せ、稲妻の如く飛んでいった。