桜の奇跡 作:海苔弁
「……ここ」
『よく眠れた?美麗』
「……」
ようやく見えた景色……自身の前には、晃が微笑みを浮かべながら立っていた。彼の姿を見た美麗は、不意に一筋の涙を流した。
「……何で……涙が……
何で……」
『おいで』
流れ出てくる涙を、懸命に拭く美麗を晃は優しく抱き締めた。肌で感じる温もりが、どこか懐かしさを美麗は感じた……そして、安心したかのようにして再び眠りに付いた。
(……もう少し、お休み)
「単刀直入に言うわ。
紫苑事、夜山美麗を本部で保護させて貰うわよ」
「な、何でそんな唐突に!?」
「そんな話、聞いてないぞ!」
「僕チンですら、聞いてないわよ!」
「先程、彼女の髪の毛から採取したDNAと研究室に残っていた、ぬらりひょんの子供の血液のDNAを鑑定した結果……合致した」
「嘘!?
じゃあ、紫苑ちゃんは……」
「ぬらりひょんの子供……」
「そうだ。
そして、約100年前に脱走した少女、夜山美麗だということだ」
「衝撃的すぎて、頭がついていけない……」
「あの子が居れば、今怠っている実験が進むのよ。
だから、こちらとしては欲しいわけ。お分かり?」
「実験台になる紫苑が、可哀想よ!!」
「そうよ!」
「そんなの、私の知ったこっちゃない。
実験の成功には、犠牲が付き者」
『ここに置くというなら、美麗は我々妖狐が保護する』
今まで黙って話を聞いていた地狐と天狐は、前へ出て奏歌を睨み付けた。
「……」
『また、ここに置くというのなら……
美麗はこちらで保護する。そして未来永劫決して人の前に姿を現すことはない』
(また?)
「……」
「それって、どういう事だ?」
『僕等妖怪が住む世界に、送らせるんだよ。
人が決して踏み込めない、妖怪の世界にね』
『簡単に言えば、我等の桃源郷だ』
「そんな事されては困る」
『それじゃあ、ここに置くという事は無しに。
月影の所に戻すというのであれば、美麗はいつも通り君等の傍に置いとく』
「……
それは私が決めることではない。
時間だ……副所長、会議には一緒に出て貰うよ」
「ハーイ」
「もちろん、大佐もね」
「貴様に言われずとも、こちらに伝わっている」
「なら良いけど」
「会議って……」
「これだけの被害を受けたからね。
先輩達が、今回のことを議題に話し合いするんだ」
「その会議で、夜山美麗を今後どうするかを検討する」
「どうするって?」
「こちらで保護するか、研究員の一人を月影の家に住まわせるかって」
「テメェ等の部下なんざ、お断りだ」
「まだ決まってないから!」
その時、部屋の戸がノックされ外から兵士が、彼等に敬礼しながら口を開いた。
「報告します!
予定しておりました会議は、明日に持ち越すとのことです!」
「ありゃま」
「尚、会議は明日朝一〇〇〇(ヒトマルマルマル)からです!」
「了解した。
下がって良いぞ」
「はい!失礼します」
陽介と梗介に向けて、敬礼すると兵士は部屋を出ていった。奏歌は、ポケットから古びた懐中時計を手に取り時間を見た。
「現在午後10時30分……
今から会議をやれば、確実に徹夜だな」
「流石に徹夜はキツい」
「副所長、実験の続きに付き合ってちょうだい。室長、あなたも」
「夜更かしは美容の敵よ」
「12時前に寝ればいい話よ」
「アンタね……」
「それじゃあ、先に失礼するわ」
そう言って、奏歌は二人を連れて出て行った。3人が出て行くと、梗介は安堵するようにして、深く息を吐いた。
「き、緊張したぁ……」
「やはり、まだ諦めてなかったか」
「諦めてなかったって?」
「前々から出ていたんだよ。
夜山美麗事、紫苑を本部で保護するという事案は」
「?!」
「だが、貴様と幸人と共にいる彼女の様子を見て、しばらくの間保留にして貰っていたんだ。
そうしたら、今回だ」
「美麗を、本部へ連れて来い……
相変わらず、手の込んだやり方じゃ」
「まぁ、明日の会議に賭けるしかない。
貴様等の部屋は、この隣に要している。休みたければ、隣の部屋へ行くと良い。
では、俺はこれで」
軽く敬礼して、陽介は部屋を出て行き彼の後を梗介はついて行った。
「相変わらず、嘘が下手な野郎だ」
「え?」
「こっちの話だ。
悪いが寝る。あと、頼んだぞ」
枕に頭を乗せ、数秒も経たない内に幸人は眠りに付いた。彼の体に秋羅は足下に掛けてあった布団を、上半身に掛けた。
「すぐに眠ったか……まぁ、無理もない」
「ここにいる皆より、幸人が一番妖力高いからね。
体の負担も、皆より大きいはずだから」
「あの、暗輝さん。
俺、紫苑の所に行きたいんですけど」
「良いよ」
「儂も行こう。
怪我をしてから、まだ彼女に顔を見せてないからな」
『秋羅、僕等も行くよ。
今後のことを、彼と話したいからね』
頷くと秋羅は、部屋を出ていき彼に続いて地狐達も出て行った。
「……彼って誰?」
「さぁ」
「紅蓮のことじゃない?
ほら、一応人になれるじゃない」
「なるほど」
「もう遅いし、皆休みな」
「あとは俺等が診てるから」
「……でも」
「傍にいたい気持ちは分かるけど、いざという時君等が動けなければ、誰が師匠達を守るんだ?」
「……」
互いを見合いながら、弟子達は重い足を動かしながら、部屋を出ていった。最後までいた奈々は、保奈美を気にしつつも、時雨に呼ばれ出て行った。
「全く……師匠と同じく、頑固だな」
「だね」
廊下を歩く秋羅達……他の兵士にバレぬよう、地狐と天狐は子狐に化け、秋羅の肩に乗っていた。
「そういや……何で美麗だけ、あの塔の部屋に置いたんです?
他にも部屋あるのに」
「あの部屋には、妖力を抑える装置が設置してあるんじゃ。
部屋にいれば、多少美麗の妖力が安定するじゃろうと思って、儂が進めたんじゃ」
「そうだったんですか」
「まぁ、本当は進めたくはなかったんだがなぁ」
「え?」
「あ、秋羅」
戸を開けると中では床でパズルをする美麗と、パズルを挟んで美麗の前でピースを分ける晃が座っていた。
「もう起きて平気なのか?」
「うん。平気」
『随分長い、話し合いだったね』
「ま、まぁな……」
『……秋羅だっけ?
君、美麗の傍にいて』
「え?」
『蘭丸、話がある』
「紅蓮、どっか行くの?」
『少しね。
すぐ戻るよ』
見上げた美麗の頭を撫でると、晃は秋羅から天狐と地狐を受け取り、蘭丸を連れて外へ出た。
「……?
なぁ紫苑、このパズルどうしたんだ?」
「その机の引き出しの中に入ってた」
彼女が指差す方向には、ぬいぐるみが置かれた机があり、秋羅は引き出しを順々に開けた。中には画用紙や折り紙、クレヨン、パズルが山のようにあった。
「……何でこんな物が……
この部屋って……」
「私……この部屋嫌い」
ピースを嵌めながら、紫苑は静かに言った。
「さっき、紅蓮が用で外に出て一人になった時……
凄い、胸が締め付けられた……ここにいたくないって。
怖くなって、何故かは分からないけど思いっ切りドアノブを捻った……普通に開いて、飛び出したら目の前に居た紅蓮が、受け止めてくれて……」
「……紫苑?」
ピースを動かす、紫苑の手に一滴、また一滴と涙が落ちた。
「……帰りたい……
家に……
ここに……いたくない」
「……
幸人が良くなったら、すぐに帰ろう。
それまで」
「違う……
あの家に、帰りたい」
「え?」
「……あれ?
どこの家?私……」
「お、落ち着け紫苑」
「家……あの家に」
フラッシュバックで、紫苑の頭に過ぎる映像……
蔦が絡まる、木の柵で囲まれた二階建ての家。庭に咲き誇る草木に水を撒く晃がいた。そして、何かに気付くようにして水を撒きながら、彼は後ろを振り返った。振り返った晃に、幼い自分が飛び付き押し倒した。
二人して、泥だらけになった……互いの汚れた顔に、思わず笑い合った。
「紫苑?
オイ、紫苑!」
「……ひかる」
「?!」
「ひかる……
桜の木……約束」
「紫苑?」
「違う……
紫苑じゃない……
美麗……
私の名前……夜山美麗」
「?!」