桜の奇跡 作:海苔弁
入る前に、幸人は女性から預かっていた杏奈のバレッタを取り出すと、それを傍にいた紫苑に渡した。彼女は受け取ると、それを紅蓮に嗅がせた。
紅蓮は匂いを嗅ぐと、辺りの匂いを嗅ぎながら森の中へ入って行った。
「この中にいるのは確かみたい」
「あの人が言った通り、ここに入って行くのを最後に、行方が分からなくなったって」
「外へ出た痕跡は無い……
とりあえず、入るだけ入ってみよう。
紫苑、誘導頼む」
「うん……
紅蓮、案内!」
彼女の命令に、紅蓮は後ろを気にしながら森の奥へ入って行き、その後を幸人達はついて行った。
深々と降る雪……雪に足を取られた紫苑を見て、紅蓮は背を低くした。彼女はタイミングを合わせて、彼の背中に飛び乗った。
「随分雪が深くなってきたな。この辺り」
「さっきまで止んでいたのに」
「……?」
突然止まった紅蓮に連れられ、三人は馬を止めた。紫苑は紅蓮から降りたと同時に、茂みから何かが飛び出してきた。
「?!」
「何々?!」
飛び出してきたのは、猿猴だった……猿猴は、唸り声を上げ三人を威嚇すると、隙を狙い紫苑を連れ去った。
「紫苑!!」
「しまった!!
紅蓮!追い駆け……って、もういえねぇ!!」
「紅蓮を見失うな!!」
冷たい風が顔に当たる中、紫苑は手で風を切りながら何とか目を開けた。
雪を被った木々を、猿猴は風のようにして移動していた。そしてある場所へ降り立つと、目の前にある洞窟へ入り手に持っていた紫苑を、地面に下ろした。
「……あなた、誰?」
「?」
声の方を向くと、そこにはボブカットの髪型をした少女が、もう一匹の猿猴の傍に座っていた。
「えっと……
紫苑」
「紫苑……綺麗な名前ね。
私は杏奈」
「杏奈……!
えっと……お前の姉ちゃんが、探してる!」
「え?お姉ちゃんが?」
「うん。
今、幸人の家にいる。一緒に行こう」
「……今は無理。
この子、怪我してるの!」
杏奈の傍で眠る猿猴は、確かに体の至る所に傷を作り、肩に大きな傷があり出血していた。
「……凄い出血」
「私を守ろうとして、狩人に!
治そうにも、薬も何もないから」
「ちゃんと診て貰った方が……」
「妖怪だから、誰も診てくれないの!!
お姉ちゃんだって、拾ってきて早々捨ててこいって……
それでこの子がいた森に戻ってきて、そしたらその仲間にここへ連れて来られて」
「……とにかく、この血を止めないと」
紫苑はポーチから水が入った容器と、布を取り出した。
毛に付いた血と傷口を、水で洗あ布を切り破り傷口を塞ぐようにして、肩に巻いた。
「これで多分大丈夫……」
「よかったぁ……ありがとう、紫苑ちゃん!」
ホッとする杏奈……すると紫苑は、何かの気配を感じたのか、小太刀の柄を握り外へ出た。その気配は、外で見張りをしていた猿猴も感じていたのか、攻撃態勢を取っていた。
“バーン”
放たれた銃弾が、紫苑の足下に当たった。彼女はすぐに撃たれた方を見た。茂みから現れる男……彼は崖を滑り降り、地面に立つと銃口を二人に向けながら姿を現した。
「へ~、こんな所に隠れていやがったのか」
「この人よ!
この猿猴を撃ったの!」
『我が森に、何用だ』
「喋れるのか?!
まぁ、そうだよなぁ……妖怪なんだから。
用は、ここに住んでる獣の妖怪達だ!
裏で高く売れるんでな!」
「売るって……
妖怪だって、生きてるのよ!!」
「俺等人を襲うのにか?」
「この子達は襲わないわ!!
現に私達を襲ってない!!」
その言葉に、紫苑は引き攣った顔で隣にいた猿猴を見た。猿猴は、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ゴチャゴチャうるせぇ女だ!
さぁ!その怪我してる猿猴を渡しな!!」
「嫌よ!」
「なら、あの世へ逝け!」
放たれる弾……杏奈の前に紫苑は立ち、小太刀で弾を受弾き飛ばし防いだ。弾道がずれた弾は、紫苑の脚を掠り洞窟の壁に当たった。
腕から流れ出た紫苑の血は、真っ白な雪にポタポタと落ちた。彼女は脚に出来た傷口を手で押さえながら、その場に座り込んだ。
「紫苑ちゃん!!」
「小癪なガキが!
よく見たら、お前さん珍しい姿だな?丁度いい!
お前もあの猿猴と同様、売ってやるよ!」
銃口を向ける男……その時、茂みから何かが飛び出したと思いきや、彼の猟銃を奪った。
それは、紫苑の前に降り立った……黒い短髪に横髪を胸下まで伸ばし、左目を前髪で隠し赤く光る目を向けた男。
「だ、誰だ……」
「イヤッホー!!到着ぅ!!」
高らかな声と共に、降り立ったのは馬に乗った水輝だった。彼女に続いて暗輝、幸人が降り立った。
「な、何だ!?」
「紫苑!無事か?!」
馬を落ち着かせた幸人は、馬から降り紫苑の元へ駆け寄った。
「平気。
それより、あの猿猴の傷診て」
「傷?」
ふと洞窟の方に目を向けると、そこには傷口から血を流す猿猴が、杏奈の前に立ち彼女を守ろうとしていた。
「……暗輝、頼む」
「応よ!」
「水輝!戦闘用意!」
「いつでもど」
『引っ込んでいろ』
聞き覚えのある声に、幸人は気が付いた……紫苑の傍にいる男の存在を。
「……誰だ、お前」
『……後で教える。
猿猴、水の用意をしておけ』
『もうしている』
『準備が早ぇこと』
幸人達の前に立った男は、両手に炎を纏わせそして合わせると、地面に置いた。
すると男の傍から炎が吹き出し、それに驚いた彼は逃げ出すが、逃すまいと炎は道行く道に炎を出し、男を袋の鼠にした。
『さぁ、どっちがいい?
ここから早々に立ち去るか、丸焦げにされたいか』
「た、立ち去ります!!立ち去りますし、ここのことは誰にも言いません!!ですから、お命だけは!」
『……だとさ。
どうする?』
前へ出て来た猿猴は、男をジッと見つめると彼の腕を引っ掻いた。大量の血を出した男は、悲鳴を上げてその場から逃げていった。
『これでここへ来ることはあるまい』
『だな』