桜の奇跡 作:海苔弁
その木の下で、天花は拳銃の点検をしていた。そこへ幸人が戻り、彼女の元へ歩み寄った。
「あれ?美麗は?」
『木登り……』
「天花ぁ!遊ぼう!」
木の上から降りてきた美麗は、後ろから天花に飛び付いた。
「ねぇ、遊ぼう!ねぇ!」
「美麗、あんまり婆に我が儘言うな」
「婆?
天花は天花だよ」
「……」
『今は仕事中だから、後でな』
「え~!」
「“え~”じゃねぇよ。
俺等も仕事あるだろうが」
「仕事って言うけど、仕事してないじゃん。
来て早々、暗輝と紅蓮刺されて……」
「……痛いところ突くな。お前は」
『次の仕事は、美麗にも手伝って貰うからな』
「天花のお仕事、手伝う!」
「おい婆、変なこと考えてるんじゃねぇだろうな?」
『それじゃあ、早速』
「人の話を聞け!!」
夜……何もない廃牧場へ来た美麗。
ポンチョのフードを被り、彼女は辺りを警戒しながらそこに立っていた。
心配そうな鳴き声を放つネロ達を、天花は宥めながら茂みに幸人と紅蓮と共に隠れていた。空からはエルに乗った秋羅が、ネロ達と同じようにするエルの首を撫で落ち着かせながら、辺りを見張っていた。
別の場所からアリサ、マリウス、暗輝、水輝が一人ずつ見張っていた。
「まさか、婆が美麗を囮に使うとは」
『獲物を出すなら、その獲物が好む物で釣るのが傑作だ』
「まぁ、そうだが……
よく美麗が、承諾したな」
『この任務が終わったら、林檎パイ作ってやるって約束した』
「こっちも物で釣ったのかよ」
『……この任務が終わったら、少し話をさせてくれ』
「?」
『何故、私がここにいるのか。
どうして、この姿なのか』
「知ってんのか?」
『あぁ。少しならな』
その時、辺りに霧が漂ってきた。美麗は、小太刀の柄を握りながら、辺りを見回した。
次の瞬間、後ろから巨大な鎌が彼女目掛けて振られてきた。美麗はすぐに、小太刀でその鎌を受け止め氷の刃を鎌の向こうへ投げ飛ばした。
「来たか!」
『もう少し、待て!』
濃かった霧が晴れ、そこに殺人鬼が美麗の前に姿を現した。不敵に微笑みながら、彼はジッと彼女を見ていた。
「……」
『君から出てくれるなんて、思いもしなかったよ』
「……」
『さぁ、君の封印されている記憶を蘇らせてあげるよ。
そのお礼に、君のその力を僕に頂戴』
「嫌だ」
『!』
「封印されてる記憶、別に欲しくない。
封印されてるなら、このままが良い」
『……』
「それから、この力はあげない。
これは、ママのだから。
それに、妖精の力が欲しがったら駄目。妖精達が困ってる」
『……君は、あの人と同じ言葉を言うんだね?』
「え?」
『けどね、君の力を手に入れないと……
僕は、あの世へ逝けないんだ』
美麗の頭を、殺人鬼は鷲掴みにした。暴れる彼女を持ち上げると、呪文を唱え始めた。
その瞬間、美麗の脳裏に見覚えのない映像がいくつも流れてきた。
「嫌だ……嫌だぁ!!」
叫び声と共に、彼女の周りに氷の柱が出て来た。それでも尚、殺人鬼は呪文を休むことなく言い続けた。
『幸人!後方に回れ!!』
「分かった!!」
銃を持ち構えながら、幸人は茂みから殺人鬼の背後へと回った。天花は、宥めていたネロを放ち空に向かって閃光弾を放った。
光で目が眩んだ殺人鬼は、鷲掴みにしていた美麗を離し、目を腕で覆った。地面に落ちた彼女は、頭を抑えながらもそこから素早く離れ、近くを降りてきたエル達の元へ駆け寄った。
「美麗を天花さんの所へ!」
エルの首を軽く叩き、秋羅は槍を構えて殺人鬼の近くへ寄った。エルは傍にいた美麗を、投げ飛ばし自身の背中へ乗せるとそこから駆け出し飛んだ。
殺人鬼を囲う幸人達……
各々の武器を構え、彼等は目を擦る殺人鬼を睨んだ。
茂みへ降りたエルから、美麗は飛び降りると駆け寄ってきた天花に、抱き着いた。
『もう大丈夫だ。
よく頑張ったな。美麗』
「アイツはどうするの?倒すの?
それとも、あの世に逝くの?」
『え?あの世?』
「言ってたよ。
妖精の力を手に入れないと、自分はあの世へ逝けないって」
『……』
その時、突然黒い霧と共に強風が吹き荒れた。
黒い霧が現れ出てくる妖怪……四足歩行に鋭い爪を持った、赤い毛に覆われた獣は咆哮を上げた。
「な、何?あの妖怪」
「マリウス、あれ何だ?」
「……初めて見ますよ……あんな妖怪」
『さぁ、あの子を僕に頂戴。
あの子の力を手に入れれば、僕はあの世へ逝けるんだから』
殺人鬼が指を鳴らすと、獣は再び咆哮を上げ鋭い爪を幸人達目掛けて、振ってきた。
彼等は素早く避けると、攻撃を放った。だが、彼等の攻撃は、全て擦り抜けていた。
「攻撃が効いてない!?」
『効くわけ無いよ。
この子は、闇に住む者。君等祓い屋の攻撃も妖怪の攻撃も全て、無効なんだよ』
獣は闇の炎を、口から吐き幸人達に放った。当たる寸前に、彼等の前に氷の壁が作られ炎を防いだ。
『祓い屋の攻撃も妖怪の攻撃も効かないのか……
なら、精霊王の血を引く半妖の攻撃ならどうだ?』
振り向いた殺人鬼の肩に、銃弾が掠った。振り向いた先には、氷の刃を手に浮かす美麗と、銃口を向けた天花がいた。
「婆…」
『幸人達は、殺人鬼に集中しろ!!
獣妖怪は、美麗達に任せろ!
美麗、紅蓮、頼んだぞ』
「うん!
悲しき炎の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」
陣から炎が燃え上がり、炎は形を変えながら美麗の周りに広がった。
「炎の精霊よ、我が手に集い来たれ、敵を貫け!」
炎は弓矢の形に変化し、炎の矢を美麗は獣に向けて放った。矢は獣の目に当たり、獣は悲痛な咆哮を上げると、美麗目掛けて、闇の炎を口に溜めながら鋭い爪を突いてきた。
突いてくる爪を、美麗は小太刀で受け止め防ぐと、早々に獣の背中へ周り氷の刃を突き刺した。
『……そうまでして、僕の邪魔をしようと言うのか?
なら、君等にはとびきりの闇をあげよう』
そう言って、殺人鬼は手から黒い霧を辺りに放った。
放ってきた霧を、美麗は自身を守るようにして腕で顔を覆った。
『美麗!!』
『さぁ、楽しむが良い。
暗闇の中、その獣とタップリと』