桜の奇跡 作:海苔弁
「『命に飢えて光を貪る死神よ、今ここに来たれ、彼の者の精神を喰らい、破壊せよ!!』」
光の玉に集まる無数の黒い影……それは大きくなり、彼女の背後に、大鎌を持った死神が姿を現した。
死神は大鎌を振り上げ、目の前の殺人鬼に目を向けた。
『い、嫌だ!!
僕はまだ、あの世へ逝きたくない!!』
「『人を殺めておきながら、このまま楽にあの世へ逝けると思ったら、大間違いだ。
それ相応の罰を受けてもらう』」
上げていた手を、美麗(妖精王)は指示を出すようにして下ろした。死神はそれを見ると、振り上げていた大鎌を振り下ろした。
鎌の尖端が、殺人鬼の胸を貫いた。するとそこから、闇のオーラが噴水のように噴き出した。悲痛の声を上げる殺人鬼の周りに、いくつもの魂が絡み合い彼を持ち上げた。幽体離脱のように、半透明の体が宙に浮き、地には来ていた服と骨がバラバラと落ちた。
『やめろぉ!!やめてくれぇ!!
僕はまだ……僕は!!』
『あの世へは逝かせない……』
『私達が苦しんだ分、タップリと苦しみなさい』
『全ての苦しみを味わった後、地獄へ行きましょう』
『嫌だぁ!!
た、助けてくれぇ!!助けてくれぇ!!』
その断末魔と共に、辺りに強風が吹き荒れ宙で光っていた玉が激しく光った。
その風に当たった時、妖気に塗れていた幸人は、正気を取り戻したのか、大剣が消えその場に倒れ込んだ。
倒れる秋羅達を撫でるようにして、穏やかな風が辺りに吹いた。
先に意識を戻した秋羅は、目を開け体を起こした。
自分達がいたのは、妖精の森だった。
「何で……」
『危なかったから、ここへ皆を移動させたのよ』
秋羅の傍へ、ピクシーが寄りそう言った。
しばらくして、アリサ、マリウス、暗輝、水輝、紅蓮と目を覚ました。
「ここ、どこ?」
「綺麗な場所……」
「妖精の森だ」
「ここが、妖精の……」
「あれ?そういえば、幸人達は?」
「いませんね……
美麗も月影の曾祖母も」
『美麗達なら、別の場所よ。
妖精王と一緒に』
心地良い風が、倒れている美麗の髪を撫でた……
舞い降りてきた何かが、頬に当たり美麗は目を開け頬に乗った物を手に取った。
「……花弁?
?」
微風が吹く中、美麗は起き立ち上がり前を見た。
満開に咲き、花弁を参らせる桜の木……そこには、男性が一人立っていた。
「……誰?」
首を傾げる彼女に、男性は微笑みながら桜の花弁と共にその場から姿を消した。
『美麗!』
天花の呼び声に、美麗は目を開けた。
彼女の前には、心配する顔をした天花と幸人がいた。
「……天花?」
『大丈夫か?』
「うん、平気……
あれ?桜は?」
『桜?』
そこにあった木は、若葉が生い茂っていた。
「あれ?何で?」
「今はまだ、桜が咲く時期じゃねぇよ」
「え?でも、咲いてたよ!さっき!
前に男の人が立ってた!」
『体を借りた礼に、ソナタの中にあった記憶の一部を、夢の中で見せたのだ』
その声の方に顔を向けると、光の粒となり消えかかっている妖精王が立っていた。
「妖精王……」
『ありがとう美麗。
ソナタが体を貸してくれたおかげで、あの者を逝かせることが出来た』
「ねぇ、記憶の一部って?
あの男の人は、誰なの?」
『……今は知らぬ方が良い。
いつか、分かることだ』
「……」
『では、私はもう逝く……思い残すことはない』
そう言って、妖精王の体は徐々に光の粒と成り、天へと昇っていった。
いなくなったと同時に、空からエルとネロが鳴き声を放ちながら、地に降りてきた。
「ネロ!エル!」
『良いタイミングだな』
「あぁ」
『……体の方は良いのか?』
「怠さが残る。
早く帰って、横になりたい」
『だと思った。
行くか』
「あぁ……
美麗!帰るぞ!」
二匹と戯れる美麗に声を掛けながら、ネロの背へと跳び乗った。
妖精の森へ着いた3人……ネロが地へ降りると、美麗は飛び降り駆け寄ってきた紅蓮の顔を撫でながら、抱き着いた。
「3人して、どこにいたんだ?」
「桜の木がある場所。
人気の無い所だったな」
『そこ多分、妖精王達が好きだった場所だよ』
「好きだった場所?」
『うん!
今からずっと昔、あなた達の国へ行った人が人気の無い高原に、桜の種を植えたのよ。
しばらくして、桜が満開に咲くようになって、それを見てから妖精王達のお気に入りの場所になったのよ!』
『特にご子息様は、桜が大好きだったからね』
「ママも好きだったよ!桜!」
紅蓮達を撫でていた美麗は、嬉しそうに言いながら妖精達の元へ行った。
『美麗のママも、桜好きだっの?』
「うん!
小さい頃、桜が咲く季節になると、必ずお花見に行ってたもん」
「近くに桜、生えてたのか?」
「うん。家に一本と、森にたくさん。
昼間は森に行って、夜は家で。
ママが作った林檎パイを食べながら、よくお花見したよ!」
「へ~」
「今じゃ、考えられませんね……」
「森に入れば、妖怪に襲われてもおかしくないのに」
「襲われたことは無いよ。
むしろ、一緒にお花見してたもん」
『100年前は、妖怪も人間も分け隔て無く暮らしていたからな。
妖怪との恋愛も、数多くあったくらいだ』
寄ってきたウィルと戯れる美麗を見ながら、天花は静かに言った。
『さぁ、帰るか』
そう言った次の瞬間、立っていた幸人は目頭を抑えながら、地面に膝を付いた。
「幸人!!」
「だ、大丈夫だ……
目眩が……した……」
立とうとした幸人だが、再び脚がふらつき前のめりな倒れ、それを慌てて秋羅が支えた。
『妖気を使い過ぎたんだ……
それが一気に、今来たんだろう』
「と言うことは、本部にいた時と同じだとすると……」
「二三日は、寝込むか動けないって事だね」
「まぁいいじゃん。
幸人が寝てる間、英国を観光できることだし!
マリウス、良いよね?」
「別に構いませんが……」
「やりぃ!!
俺、海外の医療器具見てぇんだ!」
「だったら、暗輝達が入院した病院に頼むか!」
「あぁ!頼む!」
「盛り上がるのは、寝てからにして下さい」
「お前等なぁ……」
その時、辺りに霧が漂ってきた。ウィルの傍にいた美麗は、警戒しながら歩み寄ってきた天花に寄った。
『皆を家まで送るよ!』
『怖いの、倒してくれたから!』
「ありがてぇ!」
『でも、もうここへは来られない』
「え?」
『ここは妖精の森……
許された者しか、入ることは出来ない』
『危険が無くなったから、ウィルはもう人の前には現れない』
『美麗、氷の舞い綺麗だったよ!』
『また遊ぼうね!』
「うん!
皆、元気でね」
『じゃあね!』
『バイバイ!』
霧が晴れ、そこはマリウス宅の裏庭だった。
急に現れ出た主に驚いたのか、二匹のドラゴンはマリウスとアリサに擦り寄ってきた。
「驚かせて御免なさい。大丈夫よ」
「凄いですね……妖精の力」
「あんまり、欲張っちゃ駄目だよ。
あの殺人鬼みたいになっちゃうから」
「欲張ったりはしません。
今の方が、落ち着いてますし」
「ならよかった!」
「マリウスさん、早く幸人を」
「そうですね。
アリサ、裏口の戸を開けてきて下さい」
「はい、先生」
『マリウスと言ったな?
今晩、私も泊めてくれ』
「もちろん、どうぞ」
「じゃあ今日、天花と一緒に寝る!」
天花の腕を掴みながら、美麗は嬉しそうに言った。
その様子を見ていた水輝は、膝を抱えシクシクと泣きそれを慰めるようにして、暗輝は彼女の頭に手を置いた。
青葉が生い茂る桜の木……そこへ現れる、二人の男女。
『こんな所に、桜があったなんて……』
『父から聞いてはいたけど……
よかった……見られて』
『美麗にも会えて、よかったですね。
あなたの祖父にも』
『えぇ……
あの子の記憶は、もう戻らないの?』
『……』
『あなたや天狐達にとっては、良いのかも知れない……
けど、あの子にとっては苦しい事よ。
楽しい日々を思い出す度に、あなたの存在が見えるのに分からないのは……』
『……分かっています。
でも、記憶を蘇らせれば……あの子は人を殺します。
一人残らず……あの国の全てを。
そうなってはいけないんです』
『……』
『それに、人を殺さなくても……
苦しい選択肢を与えられます……僕はそれを、見たくないんです』
男の目に掛かる前髪が、風に煽られ靡いた……紅く光るその目には、どこか悲しい光が灯っていた。
見つめ合う二人はの周りに、咲いていないはずの桜がぼやけて咲き誇り、辺りに舞い散らした。舞い散った桜の花弁と共に、二人はそこから姿を消した。