今回はあの人視点です。
私の名はナジェンダ。まだ20代前半と若いが、帝国の数少ない女将軍だ。
そんな私は先日、大事な部下の一人であるラバックの部屋を荒らしてしまって深く反省し、大至急、空いている個室の手配を急いでいた。
もちろん、いくら彼女がとても優秀な部下でも、そして私が彼女の事を妹のように可愛がっていても、広い部屋を与えるなどといった贔屓はしない。
……本当なら、もっとセキュリティの強い部屋を用意してやりたいところだがな。
まぁそれはともかく。ただでさえ足りない個室を用意するのは、今も今後も新しく入隊し続ける兵達の分も考えると、なかなか難しい。要するに、毎日のように職務に追われている身でもある私は今、大苦戦中なのである。
「大臣の息子が居なければ、こんな事にはならなかったのだがな……」
はぁ、と執務室で一人溜め息を吐き、椅子の背に身体を預ける。
部屋を破壊してしまったのは私の責任だが、これも全て、私の可愛い部下に手を出したあのゲス野郎のせいだ。
私が陛下達との食事にラバを誘わなければ、きっとあの二人は出会わずに……ん?いや待てよ?確か元々知り合いだったとか言っていたか?……もしかして、本当はもっと前から肉体関係を持ってしまっていたのでは……?
そう考えていたところで小さなノック音が聞こえ、すぐに入室を促す。
「ナジェンダ将軍、先日の任務の報告書、纏まったので確認をお願いします」
「ああ、ありがとう。ご苦労だったな」
短い会話を交わして報告書を渡してくれたのは、私の副官だ。そして重ねられた紙を一枚ずつ捲って目を通していると、突然彼の口が開いた。
「そういえば、ラバックは今不在ですか?」
「ん?任務から帰ってきたという報告はまだないが……それがどうかしたか?」
「あ、いえ。さっきすれ違った兵から聞いた話なんですけど、その……」
そこまで言って、彼は「話して大丈夫だろうか?」と小さく呟きながら言い淀む。けれど私が視線で催促すると、少し呆れたような様子で続きを話してくれた。
「あいつ、何故か大臣のご子息と一緒に子供を連れて街中を歩いてたらしいんですよ。あと、その彼が子供を肩車して、ラバとも仲良さげに話していた、とか……」
副官の言葉が途切れたところで、ガタリと大きな音を立てて席を立つ。
「あのゲス野郎おおおおおぉッ!!!」
まだ10代半ばのラバを……いやまさか、ラバが軍に所属するよりもっと前から手籠めにして子供を孕ませていたというのか……!?しかもおしどり夫婦のようにイチャついていただと!?許さん…絶対に許さんぞ!!
ラバックがシュラと仲良さげに話す光景を想像すると、まるで自分の娘が奪われたかのような怒りが芽生えてくる。今なら愛娘を溺愛する世の中の父親の気持ちがよくわかる。これは相手に殺意が沸いてもおかしくはない。
コートに袖を通してからパンプキンを背負い、職務を放棄する私を呼び止めようとした副官に後を頼んで(頼んだというより押し付けた)執務室を飛び出す。
早くラバックを探して、真偽を確かめなければ。
相手は女癖が悪く、強姦魔としても有名な男。私としてはすぐにでも引き剥がしてやりたい。
だが、もし噂通りに二人の仲が良く、ラバが自分で決めた相手だと言ったら?私は彼女を応援するべきなのだろうか?
内心でそう悩みながらも、私の足は止まらずに歩き、ラバックが世話になっている(ラバ曰く軟禁されているらしいが)エスデスの部屋に訪れた。
2、3回程扉を叩いてノックをすると、返事はすぐにきた。
「ラバック?やっと帰ってき……なんだ、ナジェンダか」
「私で悪かったな」
明るい笑顔で扉を開けてくれたエスデスは、私の顔を見た途端に沈んでいくように残念そうな表情をした。それに対して、少しムッとしてしまった私はちょっと大人げなかったかもしれない。
「ラバと勘違いした、という事は、こちらにもまだ戻ってきていないのだな……」
「それは確かにそうだが…なんだ?まさか、ラバックの身に何かあったというのか!?」
エスデスが私の両肩を掴み、前後に揺らす。ドSの彼女らしい狂気染みた笑顔などはよく見ているが、ここまで動揺する姿を見るのは初めてな気がする。
それだけラバックの事を気に掛けてくれているのかと思うと、彼女の上司としては喜ばしい。……軟禁をするなど、行き過ぎたところに関してはかなり問題があるが。
しかしこうなると、はぐらかすのは難しいだろう。なので先程聞いた噂話をエスデスにも話してみた。
「そんなバカな……!ラバックがあの年で大臣の孫となる子供を授かっていたというのか!?」
「あまり大声を出すな。あくまで噂だ。鵜呑みにし過ぎるのもあまり良くないが、どこまでが真実なのやら……。私はもう一度ラバを探すつもりだが、お前はどうする?」
「行くに決まっているだろう。この私が断るとでも思ったのか?貴様」
「ふっ……やはりな。お前ならそう答えると信じていた」
珍しい組み合わせだが、今ここに、噂の真偽を確かめる為だけに二人の女将軍が手を組んだ。
普段はラバックを巡って言い争いをする事が多いが、一時休戦。彼女を挟んで争っているが故に、今だけは難なく意見が合致した。
「それでエスデスよ、大臣の息子を見付けたらどうする?」
「む?私はお前の話を聞いた瞬間から、私のラバックを横取りしたそいつを殺す勢いで拷問するつもりだが?」
……相変わらず恐ろしい事を簡単にやろうと言える奴だな、こいつは。
「いや、もしもラバックが自分で決めた相手だとしたら、彼女の幸せの為にも応援するべきなのだろうかと思ってな……」
「何を言っているのだ貴様は。相変わらず頭が固いな」
こっちは真剣に悩んでいるというのにバカを見るような目で言われて、流石にちょっとカチンとくる。
「ラバックが大臣の息子をどう思っていようと関係無い。例え奴の事を想っていたとしても、そいつからラバックを奪ってやるのもなかなか燃えるだろ?」
……時々、こうして割り切っている彼女が少しばかり羨ましくも思う。
私も大事な妹のような存在であるラバックを手離したくはない。けれど、それが彼女を束縛して傷付けているのだとしたらと思うと、怖くて仕方がないのだ。……現にこいつがラバックを束縛しようとして困らせているから余計にな。
「お前は何をそんなに怯えているのだ?らしくもない。それとも、貴様のラバックへの想いはその程度だったのか?」
「そんなわけないだろう!!ラバックは部下である以前に、私の大切な仲間の一人だ!」
私は、全てを見透かすようなエスデスの瞳を睨み付けた。
「なら、奪い返せば良いだけの話だろう?まぁ、私はお前からもラバックを奪ってやる気でいるがな」
彼女はやれやれと肩を竦めてから、不敵な笑みで私にも宣戦布告をする。……私から奪うといっても、恐らく引き抜きという意味でだろう。というかそう信じたい。
「それに、あの賢いラバックの事だ。あんなゲス野郎に一瞬でも惚れるわけがなかろう?」
「…………確かに」
腰に両手を当てるエスデスの言葉に、少し考えてから納得する。
確かに、よく思い出してみたらラバックは奴に襲われていたあの時、シュラとは交際していないと断言していた。……私は一体何を悩んでいたのだろうか?
今考えたら馬鹿馬鹿しく思える悩みが解決した瞬間、私はなんだか吹っ切れたような気分になった。
「エスデス、あのゲス野郎の処分はお前に任せよう」
「ふっ、貴様に言われずとも、私は最初からそうするつもりだ」
ラバックに手を出した罪。その裁きを受けるシュラの姿が、今から愉しみで仕方がない。
そして、不気味に笑い合う女将軍二人を見た通行人達が、後に『あの二人を合わせたら帝都は終わる』というおかしな噂話を帝都で流していたのだった。
ナジェンダさんがラバのお姉ちゃんポジションというよりも親みたいになってる気がする…(白目)
次回、知らないところでまた死亡フラグを立てられたシュラさんの運命は一体どうなる!?((