マインの兄モノ 作:昔の作品がエター
ついでに懇切丁寧な設定の説明はしない。
おまけに作者はいくつか作品をエタらせている遅筆です。
それでも良ければ、暇つぶしにどうぞ。
今日も閑古鳥が鳴いている。それも当然か、ベルーフの資格がないだけでも大問題だというのに、店主がやっと洗礼式を終えたばかりの年齢なのだから。パウル自身だってそんな薬屋に頼りたくなどない。
嘆息を吐く。カウンターに座っているがその姿は気だるげだ。それもそうだろう。ただでさえ、やる気が起きないというのに客足が耐えて半年もたつのだから。毎日代わり映えもなく店番をしていれば飽きも来よう。
そう、先代店主アンナが亡くなってから半年。養子であるパウルは幼子であるというのにその職を継いだ。その年齢からしてみれば当然のことながら彼はベルーフ資格を所有していない。それなりにいた客があっという間にいなくなったのは当然のことだった。
それなりに付き合いがあった薬師ギルドの者からはベルーフの派遣を仄めかされたが丁重に断った(その実態はアンナ婆さんしか調合できなかった数々の秘薬のレシピを盗み取ることとあわよくば財産を掠め取ろうという魂胆に違いない)。そのため、信頼性の低さと薬師ギルドの嫌がらせによりこの店は完全に干されていた。
もっとも、受け継いだ遺産のおかげでこの先一銭たりとも儲けが出なくともパウルが生きている間は全く問題にならないのだが。ただし、それは代々のヴォルフガングが必死になって貯めてきた膨大な資産あってのこと。次代以降を考えるのならば現状を打破する術を考えなければならない。
もっとも、パウルにその気はないが。ヴォルフガングはパウルで最後だ。犠牲を重ね延々と存続を続けてきた妄執はパウルを以って仕舞とする。そう決めた以上、遺産を食いつぶそうがどうしようが、問題はない。無論、世間体は最悪に悪くなるが、まあ大した問題ではなかろう。
問題はこの気力のなさ。アンナ婆さんが亡くなる日まで持っていた未来へのパウルの不純交じりの熱情もヴォルフガングとしての仄暗い衝動も、全てが鎮火してしまっていた。パウルの前世が好んでいたType-moonの世界観に登場した魔術刻印じみた性質を保持するヴォルフガングの烙印が体内を巡る魔力を調整していなければ、気力欠如のあまり魔力にその魂魄を食いつぶされてしまっていたことだろう。
なんとなく戸締りをする。まだ昼を少し過ぎたばかりだというのに店仕舞いをするというのはあり得ない行動だと我ながら思うが、何となくそんな気分になったので仕方ない。ぶらりと街をふらつくことにした。
意味もなくふらついているうちに苦しそうに蹲っている女の姿が見えた。傍らには女の使用人らしき中年の女の姿が見える。身食いだ。薄い黄色味がかった湯気を出し、苦しそうに胸元を掻き毟っている。周りの通行人は距離を置いて気味が悪いと囁いている。
ヴォルフガングの部分が囁く。無視しろと。転生者も同じく。ヴォルフガングは女に価値を見出さず、転生者は現在のエーレンフェストの上層部を占める性質の悪い貴族に目を付けられることを恐れて。だが、普段風に揺れる糸の切れた凧のようにふらふらとした行動しかしないパウルはポーチに必要な薬液があることを確認すると彼らに声をかけた。
「もし」
一度の声掛けでは気付かない。当然だ。少女とも思える若い女は身食いの熱――魔力を抑えるのに必死であるし、その使用人の女は主の介護で手一杯だ。聞きなれぬ誰とも知れぬ声に対応するだけの余裕がない。
けれど、あまりにしつこい声掛けに苛立ちを目に宿し使用人がパウルの方を向く。それに対しパウルはにこやかに笑いかけた。
「通りがかりの薬師の見習いですが、お嬢様に効きそうな薬をちょうど持っているのですが如何でしょうか?」
目の色を変える。しかし、すぐにそれに疑惑の色が宿る。不審な人物をよく観察するように上から下までじろじろ見る使用人にパウルは自分でもどうかと思うぐらい朗らかに言った。
「劇薬の類だけどお嬢様にはよく効くと思いますよ」
そこで使用人の表情に苦悩が混じる。彼女は答えない、答えられない。本当に効くか否かは別として、劇薬であると宣言された薬など処方はできない。かと言って貴族にしか治せない身食いを治療するかもしれない薬を持っているかもしれない相手を放置もできない。
初めは使用人の苦悩を楽しんでいたパウルだがすぐに飽きが来た。このまま待っていても返答は来そうにないし放置しようか、と考えたところで息の荒い声がかかる。
「それが、本当だというのなら。私の病は何ですか」
熱に浮かれた苦しそうな声で、茫洋とした目で、それでもしっかりパウルを見据え問い質してくる少女。それに口角の端が上がる。我ながら性格が悪い、と思うも今はこの愉悦のまま動きたいとも思う。
「病ではなくただの体質ですよ。平民からしてみれば不治の病ですがね。一般的に身食いと呼ぶのでしたっけ」
「……!」
少女は目を見開き、
「お願いします」
「お嬢様!?」
パウルに薬を要求した。くすくす笑う。
「はい」
「きゃあ!?」
パウルが軽く投げ渡した薬瓶を危なかしげにつかみ取る使用人。非難するようにパウルを見る彼女を無視して、少女に告げる。
「今渡した薬でしばらくは収まると思いますよ。ああ、使用人さんに毒見はさせない方がいい。身食い以外には毒にも等しい劇薬ですからね。飲むときは2、3倍の水で薄めた状態でコップ1杯に抑えるといいですよ。今の状況なら1本丸々飲んでも平気だとは思いますが、一種の劇薬であることには変わりありませんから。危ない橋は渡らないことに越したことはない」
「それじゃ」とひらひら手を振って踵を返すと、呼び止める声がしたが無視した。
「いやはや、人助けって気持ちがいいね。うん、たまには悪くない」
独り言が口から洩れる。アンナ婆さんが死んだ日以来――ヴォルフガングの当代の器として、ヴォルフガングの烙印が背に刻まれた日以来、ひどく鈍くなっていた情感が生き生きと動き出したことを感じる。
ヴォルフガングに負けなかったが勝ちもできなかった影響で、酷く性格がゆがんでしまった気がするが、そこはご愛敬。しばらくやる気を失っていたが、しばらくは無償で人助けをするのもいいだろう。上手くいけば、この干された現状からの挽回も有り得る。
ふと気付く。
「あ、しまった。お嬢さんの名前を聞いてない」
それどころか、自分の名前も言っていない。上手くいけばいい顧客になってくれたかもしれないのに。そう考えている自分に気付き苦笑する。随分と調子が出てきたな、と。薬を渡したのは何となくで、その時は家業を再開させようとも考えていなかったというのに。
笑みを深くする。ああ、自分は今生きているのだと実感できた。
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