生まれたことが消えない罪というなら、俺が背負ってやる   作:ルシエド

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ピッ


旅の始まり

 寒いな、と思い空を見上げた少年の額に、冷たいものが舞い落ちる。

 

「……雪か」

 

 長瀬(ながせ)裕樹(ひろき)は、寒い日が来るたびに思い出す。

 

 木も命も枯れ、身も心も冷え込むような、空も世界も薄暗く見える、あの冬の戦いのことを。

 

「さむっ」

 

 一人の少年を主役とし、中心とした物語があった。

 主演の名は千翼(ちひろ)

 長瀬はその仲間としての立ち位置(キャスティング)で、物語を俯瞰していた。

 彼は誰も変えられなかったが、全ての陣営の者達の言葉と主張を聞き届けた者であった。

 

 その物語は残酷だったと、長瀬は断言できる。

 いや、そもそも千翼という友人の人生そのものが凄惨だったと、長瀬は断言できる。

 

 千翼は悪人ではなかったが、どんな悪人よりも死を望まれていた。

 千翼は罪を嫌い、誰よりも自戒していたが、どんな罪人よりも罪深かった。

 千翼は生きたいと願ったが、千翼以外のほぼ全員が、千翼の死を願っていた。

 優しい人間も、正義を知る人間も、全ての者が幸せになることを願った人間も、皆が皆千翼という少年の死を望み、長瀬は全てを敵に回してそんな友人の味方で居続けた。

 

 そして、千翼は死んだ。

 『生まれたことが罪だったんだ』と突きつけられながら死んだ。

 『お前が生きることは許されない』と教えられながら死んだ。

 長瀬は何の力も持たない『雑魚』だったがゆえに千翼(なかま)を守れず、『雑魚』であったがゆえに軽んじられ、全てが終わっても見逃され、生き残った。

 

 あの日々の中、正義に価値はなく、優しさは状況を悪化させ、善意は必ず裏目に出た。

 そんな物語と人生があった。

 社会の平和と幸福を守るために、泣き叫ぶ小さな子供を嬲り殺す物語の中で、長瀬はただ一人無力なままに千翼(しゅじんこう)を眺めていたのだ。

 そして、無様に生き残って。

 虚しく結末を受け止めて。

 その上で、千翼との思い出を胸に抱えて。

 千翼の死と足掻きを無かったことにしないため、精一杯今日を生きることを誓って。

 

 今日もまた、寒空の下生きている。

 

「……」

 

 歩いていた長瀬の前に、一人の青年が現れる。

 

「……てめえ」

 

「どうも」

 

 水澤(みずさわ)(はるか)

 かつての戦いで、長瀬が仲間として守ろうとした千翼を殺し、世界の平和を守った……そう、聞いていた男だった。

 勿論、長瀬は伝聞と写真だけでしかこの男のことを知らない。

 空気が変わる。

 緊張が満ち、閉塞感と敵意が二人の周りに広がっていく。

 

「なんでここに居る?」

 

「いや、通りがかっただけで、何か話したいことがあったわけじゃないよ。

 ただの偶然で……でも、そうだな。僕は君と、一度話がしたかったのかもしれない」

 

 長瀬がかつて脇役だった物語において、千翼という少年が主役であるとするならば、悠という青年は『最強』だった。

 "生きたい"と願う千翼が涙を流しながら戦うたび、悠はその前に現実という名の壁として現れ、千翼はどんなに頑張っても悠の手により叩き潰された。

 弱者の長瀬に至っては、同じ戦場に立つことさえ許されないほどの『最強』だった。

 人間社会を守るために、千翼の"生きたい"という叫びを叩き潰すことが、何よりも正しい正義であったかの戦いにおいて、悠はある意味では正義の味方であったのだろう。

 

 だからか、長瀬はこの男が嫌いだった。

 長瀬自身は悠とほぼ面識はない。

 直接的に何かされたわけではない。

 だが長瀬が見ていないところで、悠は長瀬の仲間(千翼)の絶望で在り続けたのだ。

 

 実感と質感の無い敵意を、長瀬は悠に向けていた。

 

「君は、千翼の友達だったと聞いた」

 

「……ダチじゃねえよ。仲間だ。俺が勝手に共感してただけの、な」

 

「それは……」

 

「千翼も俺のことは友達だと思ってなんかねえよ。

 あいつが見てたのは……惚れた一人の女だけだ。

 俺とあいつは同じチームに居たけど、ダチなんかじゃなくて……

 あいつに生きて欲しいって俺は思ったが……

 俺はあいつのダチでも親友でもなかったから、あいつのために命捨てる覚悟もなくて……」

 

「すまない」

 

「……」

 

「思い出させるつもりじゃ、なかったんだ」

 

 申し訳なさそうな表情をする悠に、長瀬は「よくも千翼を」「死ね」「クソ野郎が」と言おうとして、グッと踏み留まる。

 

 あくまで、ポジションという一点だけで見るのなら。

 千翼は倒されるべき邪悪だった。

 長瀬はゲームで言うところの、倒されるべき悪の敵キャラの仲間の一人だった。

 悠はゲームで言うところの、世界の平和を守った勇者だった。

 

 だから長瀬は言えない。

 彼に言いたいことが言えない。

 千翼(なかま)を殺した悠が憎いと同時に、千翼(なかま)を殺した悠を正しいと思ってしまっているからだ。

 憎悪をそのまま言葉にしてぶつけることができなかった。

 

「千翼は、よぉ……水澤悠(あんた)が居なけりゃ、どうなってたんだろうな」

 

「どうなっていたんだろうね」

 

「あいつは、最後まで殺されたくなかっただけだ。

 生きたかっただけだ。

 好きな女の子と一緒に居られればそれだけで満足だった。

 そんなあいつの前に、話に聞くだけでもやべー強さのあんたが立ち塞がった」

 

「ああ」

 

「あんたが、生きたいあいつに、生きることを諦めさせた、絶望だったんだろ」

 

「……ああ」

 

「クソが……ああ、分かってんだよ。

 あんたは間違ってねえよ。

 これは何もできなかった、何も成せなかった、クソみたいな役立たずの八つ当たりだ」

 

 長瀬は唾を吐き捨て、悠を睨む。

 

「あんたはいろんなことを成したし、色んなことで役に立ったんだろうさ。

 俺のこれは無能の愚痴でしかねえ。

 だがな、ダチ殺されて何も言わないでいられるほど、人間出来てねえんだよ……!」

 

 泣きながら暴れる子供のような声色で、長瀬は唸るように言葉を吐き出す。

 悠は無言でその言葉を受け止める。

 一見子供の駄々を受け止める大人のような構図だが、長瀬も悠も、共に千翼という少年の死を悲しみ悼んでいた。

 

「……僕と君は、似ているのかもしれない」

 

 悠が悲しそうに呟けば。

 

「あぁ? 喧嘩売ってんのか?」

 

 最強生物(水澤悠)の挑発だと受け取った長瀬が、悠を睨む。

 

「僕も君も、理性や理屈ではなく、心に従って守るものを決めている。

 守りたいものを守り、敵と定めたものに噛みついていく。

 僕らは仁さんにも、千翼にもなれない。僕らの心がそうなれないから」

 

「……チッ」

 

「だから分かることもある。君は、千翼にとっての救いの一つだった」

 

「……」

 

「君は間違いなく、千翼の味方だったんだ。

 何も知らないで味方をした無知の愚行じゃない。

 君は全てを知った上で彼を守り、人間にもアマゾンにも立ち向かった。

 銃弾も恐れず、銃口に立ち向かい、人食いの怪物にも立ち向かった。

 その気持ちに名前が付いていなくても、ただ千翼のために。だから、君は―――」

 

 長瀬の拳が、悠の右頬を殴る。

 銃弾の雨を幾度となく潜り抜けて来た悠からすればスローモーションのような拳。

 だが、悠はあえてその拳を避けなかった。

 長瀬はその"あえて"を理解し、殊更に苛立ちを募らせていく。

 

「黙ってろ。……二度と俺の前に、ツラ見せんなッ!」

 

「千翼は、君を―――」

 

 またしても『言葉の続きを言わせないために』、長瀬は悠の左頬を殴る。

 友達のアリをゾウに踏み潰された無力なアリが、ゾウに噛み付くような哀れな攻撃。

 効くわけもないし、倒せるわけもない。

 長瀬は言葉の続きを言わせぬまま、逃げるようにその場を走り去った。

 

「ダチでもなんでもなかったんだよ、俺達はッ!」

 

 捨て台詞を叫ぶ長瀬の心に、悠は叫ぶ。

 それが、"長瀬に感謝していた千翼の心"を戦いの中で見た悠の、最期の責務。

 

「君は、千翼の友達じゃないと言うけれど!

 千翼の友達として一緒に生きたかったって想いはあるんじゃないのか!

 千翼が君をどう想ってたかは、君が決めつけてるだけじゃないのか!?」

 

 耳を塞ぐようにして、長瀬は逃げるように走った。

 長瀬の脳裏に、助けることも救うこともできなかった、少年と少女の姿が蘇る。

 二人に向けて叫んだ自分の声が蘇る。

 

―――千翼ォ! 逃げろぉッ!

 

 生きろ、と言ってやれなかった。

 逃げろ、としか言ってやれなかった。

 千翼は『生きろ』と誰かに言って欲しくて、それを誰にも言って貰えなかったというのに。

 "お前は生きていいんだ"と、誰にも言ってもらえなかった千翼には、その言葉が救いになると長瀬は分かっていたはずだったのに。

 

「すまねえ……ちくしょう……!」

 

 その言葉が『言ってはいけない言葉だったから』、言えなかった。

 その時点で、自分はあいつの救いにもなれなかった有象無象の一人でしかないと……長瀬はそう自虐していた。

 なんてことはない。

 長瀬は千翼の味方でいようとしながらも、千翼が生きていてはいけないという存在なのだという主張に、一度も反論できなかったのだ。

 

 だから、長瀬は千翼の仲間を名乗れても、千翼の友達を名乗れない。

 

 今は亡き千翼を想いながら走ること、数分。

 

「……どこだ、ここ?」

 

 気付けば長瀬は、見慣れぬ場所に居て。

 

「邪魔だ!」

 

「……あ?」

 

 "ここがどこか"を把握する前に、建物の向こうから現れたいくつかの人影の内一つが振るった鞭が、長瀬の肩から心臓にかけての位置にあたる胴体の肉を消し飛ばした。

 

(な……ん、だ……?)

 

 長瀬は一瞬で肉薄してきた死の実感に抵抗しながら、自分を『殺した』敵を睨む。

 白色と灰色の怪人。

 白灰混ざる棘だらけの怪物。

 百足虫(センチピード)の人型異形が、邪魔なゴミを払うように長瀬を殺し、道路の端に弾き飛ばしていた。

 

 長瀬は自分を見て、前に『これ』を見た覚えがあると、そう思った。

 さっきまで命だったはずのものが――

 

(―――俺の―――命が―――軽く、薄く―――)

 

 ――命だったはずのものが、残酷に残虐に、あたり一面に広がる光景。

 

 長瀬はかつての戦いで、それを見た覚えがあった。

 尊い命が。

 価値ある人間が。

 一つしかない個性ある生涯を送ってきたはずの人間が。

 『名前もない雑魚』のように扱われ、『名前も付けられていないゴミ』のように打ち捨てられ、もの言わぬ死人にされた場所があった。

 

 長瀬はそこで、罪の無い人でも無差別に殺される残酷さを実感し、無差別に皆を殺した千翼の罪業を知り、死んでいった者達に対し"かわいそうに"と少しだけ同情した。

 そして、今、その者達と同じになっている。

 ただ殺される雑魚のように。

 残酷さを演出するモブキャラのように。

 吹き散らされるだけのホコリのように。

 "道端に落ちていた邪魔なゴミを脇にどける"ように、長瀬は殺されていた。

 

「おのれディエンドォ!」

 

 どこからか誰かの声が響く。

 心臓を抉られた長瀬は、声のする方向を向くこともできない。

 血まみれの長瀬を挟んで、複数の男達が会話を始めた。

 

「こーら鳴滝、攻撃避けた僕が悪いみたいに言うんじゃない。

 しかしこれは……不幸な世界の迷子かな?

 空いてた世界の穴に偶然足を踏み入れてしまったのか……普段から幸薄そうだねぇ」

 

「かっ……はっ……」

 

「このままじゃ死ぬ……いや、もう九割がた死んでるのかな。

 こりゃまいった、選べる手段がそう多くないじゃないか。さて」

 

 微妙に他人事のような言い草をしている誰かの声を聞きながら、長瀬の意識はぷつりと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めた時、長瀬は手術台の上に居た。

 長瀬の周りを、医者なのか研究者なのかも分からない男達が囲んでいる。

 

「ようやく確保できた他世界人だ。

 絶対に死なせるなよ? 治療し、情報を引き出せるだけ引き出さなければ」

 

 『人間を実験動物のように見る目』を、長瀬は何度も見てきたからだろうか。

 その男達と、目覚めた長瀬の目が合った瞬間、先に動いたのは長瀬だった。

 手術台の脇に置かれていたメスを長瀬は引っ掴み、男達の内の一人を捕まえて、その首筋にメスを突きつけた。

 

「ここはどこだ、お前らは誰だ、俺に何をした? 答えろォ!」

 

 他の男達が慌てて部屋から逃げ出していく。

 だが、長瀬は首に突きつけられたメスを見ても恐れる様子を欠片も見せない、目の前の男に不気味さを感じていた。

 そう、まるで、長瀬の拳に殴られることなど恐れていない、水澤悠のような―――?

 

「調子に……乗るな!」

 

 男の顔に猛禽のような幻影(エフェクト)が浮かぶ。

 長瀬が驚いた一瞬で、男は猛禽に似た灰色の怪人へと姿を変えた。

 怪人が身じろぎすると、怪人の首辺りのくぼみに挟まれた金属のメスがペキンと折れる。

 

「……アマゾン!?」

 

 怪物、怪人、怪異。

 呼び方はどうあれ『人でない』と言えるそれが長瀬へと襲い掛かってくる。

 長瀬は一目散に部屋の外に駆け出し、部屋の外に出たところで怪人の攻撃を転がってかわし、吹き抜けの手間で無様に床に転がってしまう。

 

(高い建物……吹き抜け……階数表示、ここは十階か!?)

 

 倒れながら長瀬は周囲に視線を走らせ、迫り来る敵の第二撃を見やり――

 

「どぉりゃぁっ!」

 

「!?」

 

 ――倒れた自分に襲いかかって来た敵を、巴投げの要領で思い切り蹴飛ばし、建物の吹き抜けまですっ飛ばした。

 怪人は、建物の吹き抜けに綺麗に落ちていく。

 

「はぁっ、はぁっ……なんだってんだ一体!」

 

「おー、おー、元気だねえ。意外なもん見つけた感じがするな」

 

「!? 誰だテメエ」

 

「俺? 俺は海堂(かいどう)直也(なおや)。名前聞いたならお前さんも名乗りなさいよ」

 

「え、お、おう。長瀬裕樹だ。なあオイ、ここって一体……」

 

 いつからそこに居たのか、無精髭を生やしただらしなそうな――適当で軽薄そうな――海堂直也と名乗る男が長瀬の横に立っていた。

 何が何やら分からないまま、長瀬は状況を把握しようとする。

 いつの間にか怪我の跡を残して塞がっていた上半身を、その辺のロッカーから引っ張り出した白衣で隠し、海堂に聞こうと……した、ところで。

 

 十数体の怪人が現れ、長瀬と海堂を取り囲んだ。

 

「こっちにもアマゾン!? クソッ、なんだこの数!」

 

「いや、アマゾンちゅうか、オルフェノクなんだが」

 

「オルフェノ……は?」

 

「下がってな。俺様がかっちょいいところを見せてやろう」

 

 状況がめまぐるしく変わりすぎている。

 突然怪物に囲まれ、"アマゾンではなくオルフェノクだ"と言われても、長瀬からすれば意味が分からない。この状況を正確に把握できない。

 ただ、『来るならぶっ殺してやる』くらいには思っているのが流石長瀬といったところか。

 

 切迫を雰囲気に滲ませる長瀬とは対照的に、海堂は飄々として銀のベルトを腰に巻き付ける。

 そしてグリップ状の機械を口元に添え、ニヤリと笑った。

 

「変身!」

 

《 Standing by 》

 

 起動したグリップが、ベルトの右脇サイドに挿入される。

 

《 Complete 》

 

 光のラインが走り、光のラインに沿って鋼の装甲が形成され、一息にも満たない一瞬の時間に、変身は完了した。

 Δ(デルタ)の字をあしらった造形。

 黒のボディに銀のライン、オレンジのアイライトのコントラストが美しい。

 

「んなっ」

 

「おらおら道開けろぉ!」

 

 呆気に取られる長瀬をよそに、海堂は怪人の群れに突っ込んで殴りかかった。

 雑なパンチが、雑ながらも信じられない速度と威力でオルフェノクを吹き飛ばす。

 

「デルタ」

「デルタだ」

「狂気のデルタ……!」

 

 『デルタ』と呼ばれたそれがひとたび銃を抜けば、もう止まらない。

 雑な狙いの雑な銃撃が、敵の包囲に穴を空ける銃の無双の開幕だ。

 銃撃は正確無比の対極だが、怪人の体をかするだけでも怪人に深いダメージを叩き込む。

 

 デルタの銃弾は生物に対し猛毒となる、高熱化した流体エネルギー。

 当たれば殺し、外れれば無毒化して揮発し消えていく。

 壁に当たれば、壁は融けて大穴が空く。

 金属の手すりに命中すれば、高熱で融解し融け落ちる。

 腕にかすっただけで弱いオルフェノクは猛毒で死んでいく。

 

 適当な狙いで撃ちまくっていても、その攻勢は圧倒的だった。

 

「すげえ……」

 

 デルタの武装は多くないが、拳足の間合いと銃の間合いにおいてはただひたすらに圧倒的。

 怪人の包囲が一時であっても崩れれば、他の怪人が包囲の穴を埋めるために動かざるを得ず、やがて包囲網に決定的な突破口が出来てしまう。

 そこを突破されれば、追いつくことも難しくなるような穴だ。

 『それ』が出来た瞬間を、海堂(デルタ)は見逃さなかった。

 

「少年、こっちだ! さっさと逃げんぞ!」

 

「お、おう!」

 

 海堂デルタは長瀬を引き連れ、災害用の避難経路から脱出する。

 

 途中まで格好良かった海堂デルタが脱出過程で一度思いっきりつまづき転んでいたが、それを見て見ぬふりする優しさが長瀬にはあった。

 

 

 

 

 

 建物から離れ、変身を解除した海堂と長瀬が物陰に隠れる。

 

「おい、そろそろ説明しろよ!」

 

「はいはいわぁってるわぁってる……ちゅうか、お前口悪いな」

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

「売ってないっての。カルシウム足りてるか? ん?」

 

 海堂は長瀬に、『オルフェノク』なるものの存在を語って聞かせた。

 

 オルフェノクとは、なんらかの理由で死んだ人間が超人として再生した生物である。

 人間と怪物の二つの力を持ち、大半は怪物となったことで力に溺れ人間を襲い始めるが、そうでないものもいる。

 恐ろしい力を持ち、徒党を組み組織として動いている者も居る。

 長瀬が捕まっていたのは、オルフェノクが拠点として保有していた建物の一つで、長瀬を建物に運び込んだのもオルフェノクの一派なのだという。

 

 アマゾンは『新たなる命の始まり』を体現する。

 オルフェノクは『既存の命の終わりの次』を体現する。

 "人間社会が内包するのであれば"、一種だけならともかく、この二種を同時に抱え込むのは絶対に不可能だと言えるほどの化物だった。

 

「その一派がスマートブレインな、スマートブレイン」

 

「スマートブレイン……御大層な名前してんな」

 

「ちゅうか、俺としてはそのアマゾン? ってやつの方が初耳なんだが」

 

 長瀬が相槌のたびに会話に出す『アマゾン』という単語に海堂は首を傾げるが、とりあえず話を続けつつ、逃走を開始した。

 物陰から物陰へと、こそこそ動き回るのが妙に板についている海堂に驚きつつ、長瀬はその後について行く。

 やがて海堂は、路地裏に隠れていた小さな子供を見つけ出した。

 

「照夫ー、照夫ー? 大人しく待ってたかー?」

 

「ナオヤ!」

 

「……なんだ、この子供? おい海堂、説明してくれ」

 

「この子が『王様』なんだっちゅう話でな」

 

「は? 王様?」

 

 長瀬はここまで一緒に逃げ、それなりに会話してきたことで、海堂が結構適当な人間であるということをある程度理解していた。

 だが、それが『逆でも成立している』ということを理解していない。

 ここまでの会話で、海堂もまた、長瀬という単純明快な男に一定の理解を示していた。

 

 長瀬は自分が海堂にどう見えているのか、分かっていない。

 だが海堂は、長瀬に事情を話すことを僅かに躊躇うことすらしなかった。

 

「オルフェノクにはな、王様が居るんだ」

 

 海堂は手短に、『オルフェノクの王』についても語った。

 

 曰く、オルフェノクの王が完全に覚醒すれば人間は滅びる。

 曰く、王はオルフェノクの楽園を作る。

 曰く、オルフェノクの王はオルフェノクに不老不死の力を与える。

 曰く、王は他のオルフェノクを捕食することで初めて覚醒することができる。

 

 多くのオルフェノクは、王の覚醒を望んでいる。

 王の捕食を認められない一部のオルフェノクは、王の排除を望んでいる。

 王の存在を知った警察の一部は、秘密裏に未覚醒の王を殺害しようとしている。

 

 問題なのは、その『オルフェノクの王』が小学校に上がってすぐの子に見える幼さのこの、鈴木照夫少年の中に発生してしまっているということだった。

 

 多数のオルフェノクが、王に不要な人間の心を奪おうとしている。

 一部のオルフェノクは、王に相応しくない者だとこの子供を殺そうとしている。

 警察の秘密機関は、秘密裏にまだ罪も無いはずの子供を抹殺しようとしている。

 そして海堂は、仲間と一緒にそれらからこの少年を守ろうとしているのだ。

 

 誰も彼もが寄ってたかって『子供』を殺そうとしているこの構図が、長瀬裕樹の心に刻まれたトラウマを刺激する。

 

「なんだそりゃ……ふざけてんのかッ!」

 

 大人が子供を殺す、ということを長瀬は絶対に許せない。

 皆が寄ってたかって子供を殺す構図となれば、尚更だ。

 長瀬は社会正義よりも、子供の嘆きを正しいものであると見る人間である。

 

 長瀬の怒りの表情を見た海堂は、"こう言えばお前はそう応えるだろうな"とでも言いたげな顔をして、満足げに頷いている。

 

「うむうむ、やはりだな。俺の目に狂いはない。

 お前はとびっきりに『情に流される奴』だ。

 お前は助けて得になる奴より、かわいそうな奴の方を必死に助ける奴だと見た」

 

「は?」

 

「俺はその辺走り回って囮になってくるから、な?

 迎えが来るまで照夫のこと守っててくれよ、な?」

 

「は? おい、ちょっと待て」

 

「頼んだぞ長瀬! ちゅうか、もう見捨てられんだろお前、な?」

 

「おい!」

 

 言うだけ言ってスタコラサッサとどこかへ走り去っていく海堂。

 路地裏に残された長瀬と照夫の視線が交差し、なんとも言えない空気が出来る。

 

「……」

 

「……」

 

 照夫は小学校に上がってすぐの頃に見える年齢。

 長瀬はコミュ力が高いわけでもなく、子供の味方ではあるが子供の扱いが得意というわけでもない。長瀬も根本がガキなのだ。

 ガキとガキでは、会話が綺麗に回るということもない。

 痛い沈黙が流れて、やがて照夫が口を開く。

 

「おにーさんいいよ、どっか行って」

 

「あん?」

 

「僕は、守って貰うべきじゃないんだ。死んじゃうべきなんだ」

 

 何もかもを諦めた顔で、照夫は口を開いている。

 

「皆言うんだ。僕は、生まれて来たことが罪なんだって」

 

 声には絶望。

 顔には諦め。

 "生まれて来たことが罪"という確信に満ちた一言が、長瀬の中で『千翼』と『鈴木照夫』をどうしようもないほどに同一視させる。

 

「……っざっけんなてめぇッ!」

 

 照夫は驚く。

 自分が怒られたのだと思って、身を竦める。

 けれども"長瀬が自分以外の何かに怒っている"と察するやいなや、不思議そうに長瀬の顔を見上げていた。

 

「生まれたことが罪な奴なんて、そんな、そんな奴がいるわけっ……が……」

 

 言い淀む長瀬。

 『生まれたことが罪な奴なんているわけがない』と言おうとして、言い切れなくて、『生まれた罪』のあまりの罪深さに殺された千翼の姿が心に蘇る。

 死ななければならない存在はいる。

 生まれたという罪はあるのだ。

 だから、長瀬はその言葉を言い切れなくて、言い淀んで、口ごもる。

 

 そして、長瀬は自分の顔を見上げる照夫の顔を見た。

 失望。

 照夫の表情に、失望の色が浮かんでいる。

 "長瀬が自分の生を肯定する言葉を言ってくれるんじゃないか"と期待した子供の気持ちは、言葉を言い切れなかった長瀬自身の不断によって、裏切られてしまったのだ。

 だから、失望されている。

 子供のストレートな気持ちが、そのままストレートに態度に現れて、長瀬の心を無自覚に傷付けていた。

 

(クソ、何やってんだ、俺は……!)

 

 自己嫌悪に苛む長瀬だが、その耳が何かの物音を聞く。

 聞き慣れた音だった。

 銃や特殊装備などを身に着けた者が十数人同時に動く時特有の、専門の訓練を受けた者特有の、装備がこすれる音を最小限に抑えようとする、そういう音。

 

 長瀬が照夫を抱えて金属製のダストボックスの影に隠れるのと、無数の銃口が火を吹いたタイミングには、一瞬の差しかなかったと言える。

 吐き出された銃弾が、路面のコンクリート、路地裏を作る建物壁部分のコンクリート、ダストボックスの表面を削り取っていく。

 

「くそったれ、次から次へと……!」

 

「出て来い! そこに居るのは分かっているぞ!」

 

 追手だ。

 長瀬がスマホのインカメラ(画面側のカメラ)を使って、ダストボックスから顔を出さないように敵の陣営を見ると、警察の特殊部隊風の男達とオルフェノクが路地の入口を囲んでいた。

 人間とオルフェノクが手を組んでいる。

 ……そんなにこの子を殺したいのか、と長瀬は歯噛みする。

 警察のリーダーらしき男は、相も変わらず路地裏へ定期的な威嚇射撃を繰り返し、長瀬に投降を呼びかけていた。

 

「その子は生まれて来るべきではなかったのだ!

 オルフェノクの王はオルフェノクを食い、人間を滅ぼす!

 ただでさえ高いオルフェノクの脅威を引き上げる!

 あってはならない存在は、人間社会のどこにも受け入れられることはない!」

 

「……こんなちっせえガキがどんな悪いことしたってんだ!」

 

「生まれて来たことだ!」

 

「―――」

 

 迷い無き断言に、長瀬の頭が沸騰した。

 大して良くない長瀬の頭が、更に悪くなる。

 

「うるせえ! ギャーギャーうるせえんだよ!」

 

 叫ぶ長瀬を、照夫が曇りのない目で見つめている。

 

「正論言ってりゃ誰を殺してもいいと思うならそう思ってろ!

 正論言ってりゃ皆が味方になってくれると思うならそう思ってろ!

 知るかよ、んなこと! 失せろ! 死ね! 家に帰ってクソして寝てろ!」

 

 叫ぶ長瀬の声が、警察らに交渉の余地なしと思い知らせる。

 

「突入用意」

 

 ダストボックスの陰に隠れている長瀬には、路地裏の奥しか見えていない。

 今自分達に銃口を向けている人間とオルフェノクがどうなっているのか、それさえも見えない。

 ゆえにか、照夫を抱きしめ、目を瞑ってただ『その時』を待った。

 一分経過。

 まだ来ないのか、と死を覚悟して待つ。

 二分経過。

 焦らして出て来るのを待ってるのか、と死を覚悟して待つ。

 三分経過。

 おかしい、何かが起きているのだろうか、と長瀬は不審に思い始めた。

 

 

 

「……555(ファイズ)……?」

 

 

 

 やがて、警察らが居た方から、そんな声が聞こえてくる。

 

 長瀬が目を開けてみれば、外から路地裏へと赤い光がおぼろげに差し込んでいた。

 

「悪いな、あの子は殺させない」

 

「貴様、その意味が分かっているのか」

 

「ああ。あんたらよりかはな」

 

「人類が滅びるかもしれんのだぞ!」

 

「滅びないかもしれないだろ?」

 

 誰かが居る。

 555(ファイズ)と呼ばれた誰かが、長瀬と照夫を守るために、路地裏入り口に立っているのだ。

 長瀬は声と赤い光だけを頼りに、自分達を守ってくれているその誰かの存在を、知覚する。

 警察らは、ファイズを罵倒し続けていた。

 

「分かっているのか!

 オルフェノクの王を生かせば、それだけで何人死ぬかも分からん!

 人類が滅びる可能性がある、なんて話じゃない!

 ()()()()()()()()()()()()からこそ、我々はその子を殺さねばならないのだ!」

 

「かもな」

 

「その子を守った責任を、お前は取れるのか!?

 いいや、取れない! 取れるわけがない!

 罪そのものとして生まれてきた王を生かそうとする、それがお前の罪だ! ファイズ!」

 

 生まれて来たことが罪。

 そう言われれば、照夫は絶望する。オルフェノクの王だから。

 そう言われれば、長瀬は心が破けそうになる。そんな理由で殺された仲間が居たから。

 そして、警察らに面と向かってそう言われたファイズは――

 

 

 

「生まれたことが罪なら―――俺が背負ってやる」

 

 

 

 ――そう、言い切った。

 

(……背負、う)

 

 長瀬はその一言だけで、呆然とする。

 胸を打つ一言だった。

 世界の見え方が変わるような一言だった。

 一言の重みが、世界よりも重く感じられたほどに。

 

(そいつは……その言葉は……)

 

 長瀬はその言葉を、千翼にこそ聞いて欲しかった。

 千翼の人生に、そんな言葉が一つくらいはあって欲しかった。

 長瀬裕樹にではなく、今は亡き千翼にこそ必要な言葉だったはずなのに……何故か、長瀬は、涙が出そうでたまらなかった。

 意味もなく、ファイズと呼ばれていた誰かにありがとうと言いたい気持ちでいっぱいだった。

 

 顔を見る前から、『こいつを信じたい』と思えたのは、長瀬裕樹の生涯で初めてのことだった。

 

(俺がクソダセえから……尚更に、そう感じんのか……?)

 

《 Complete 》

 

 赤い光と入れ替わりに、銀の光が路地裏に差し込む。

 

《 Start up 》

 

「撃てぇ!」

 

 路地裏の外で、恐ろしく短い間隔で、絶え間なく戦闘音が鳴り響く。

 

《 3 2 1 》

 

 最後の音が鳴り止んだ時。

 

《 Time out 》

 

 路地裏の外からは、何の音も聞こえなくなった。

 

《 Reformation 》

 

 戦いは終わった。

 勝ち残った一人が、路地裏へと歩を進める。

 長瀬が止めるのも間に合わず、照夫が長瀬の腕の中から飛び出して、路地裏に入って来たその人物へと――体当たりするかのように――飛びついた。

 

「乾さん!」

 

「無事だったか、照夫」

 

 飛びつかれたその青年は、外したベルトを肩にかけて、照夫の頭を撫でている。

 面倒くさそうにしているが、表情は確かに笑っていて、どこかホッとした雰囲気があった。

 

「あんたが、ファイズ……?」

 

 長瀬が問いかければ、カチャリとファイズのベルトを鳴らして、青年は無造作に頷いた。

 

「そうだ、俺がファイズ……(いぬい)(たくみ)だ」

 

 昼と夜の中間地点、光と闇の狭間の時に、長瀬裕樹は……乾巧(ファイズ)と出会った。

 

 始まるは、長瀬裕樹が自分の過去に決着を付けるまでの物語。

 

 彼らの出会いは、長き疾走の始まりを予感させような出会いであった。

 

 

 




Justiφ's

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