生まれたことが消えない罪というなら、俺が背負ってやる 作:ルシエド
現在、オルフェノクの王を巡る勢力は四つ存在する。
一つ目はスマートブレイン。
超巨大複合企業という隠れ蓑を持ち、オルフェノクだけの世界の到来を目指し、数え切れないほどのオルフェノクを抱えている最大勢力だ。
彼らは王を確保し、人間の心を捨てさせ、王を完成させようとしている。
最終目的はオルフェノクだけの世界。
二つ目は有象無象のオルフェノク。
多くのオルフェノクはスマートブレインが管理しているが、スマートブレインと陣営を同じくしないオルフェノクも一定数おり、そんなオルフェノクがたびたび群れていたりする。
要するに『その他大勢』のオルフェノクだ。
一つに纏まってはいないが、人殺しを忌避する者、全てに無関係で居たい者、スマートブレインから離脱してオルフェノクの王殺害を決意した者、と多様で動きが読み辛いのが難点である。
最終目的は人それぞれ。
三つ目は警察組織。
警察は上層部しか知らないような特殊機関を秘密裏に作り、オルフェノクの研究と抹殺を主目的とした、異生物研究所と特殊戦闘部隊の混合のようなものを作った。
公的機関でありながらも、人権団体等の発生を考慮し秘密裏にしか動けないのが現状だ。
人間社会の平和のため、彼らは王とオルフェノク全ての抹消を望んでいる。
最終目的は人間だけの世界。
そして四つ目が、長瀬が出会った、王を守る海堂のチーム。
ファイズ、カイザ、デルタのベルトという強力な武器を持つも、手の指で数えられるほどの仲間しか加わっていないがために、王を抱えているにもかかわらず最小の勢力である。
最終目的は模索中。
他の勢力が大きすぎるがために、守るものを守りつつ落とし所を探しているのが現状だ。
「とりあえずこれだけ覚えとけば良いっちゅう話だな」
「サンキュー、ナオヤ」
「おう、仲間入りを歓迎するぜ、長瀬」
「俺はまだ何も言ってないんだが……まあいいか、ナオヤ達に力貸してやるよ」
海堂直也が握手を求め、長瀬裕樹がその手を強く握る。
二人の握り合わされた手を、照夫が無言のままじっと見つめていた。
対し、ファイズこと乾巧は、長瀬のその決断を軽挙だと思ったのか、戒めるように仲間入りを思い直させようとする。
「やめとけ、長瀬。お前が思ってるより危険なことなんだぞ」
「分かった上でのことだぜ、乾さん。死ぬかもしれないってのは、空気で分かる」
「……なら、いいがな」
長瀬もそれなりに修羅場はくぐっている。
怪物狩りというルーチンを繰り返した経験であれば、それこそ両手の指では数え切れないほどに積み重ねてきた。
殺し殺される程度のことでは揺らぐまい。
巧もそれを察したのか、それ以上強く押すことはなかった。
巧に言われても参戦をやめようとしない長瀬のジャケットの端を、照夫が引っ張る。
「どうした?」
「……」
照夫は口ごもりながらも、長瀬を巻き込まないために諫言する。
「……やめたほうが、いいと思う」
諌める言葉は、長瀬を好ましく思っているからではない。
長瀬を特別に思っているからではない。
『赤の他人が自分のせいで死ぬ』ということが、照夫は心底嫌で嫌で仕方なかったからだ。
「照夫、で良かったよな? 名前」
「うん」
「人間ってな、守れなかった時、見捨てたような気持ちになった時、ガチで辛くなるんだ」
長瀬は照夫の肩に手を置き、膝を追って顔の高さを合わせ、照夫の目を見る。
照夫は顔ごと目を逸らす。
その所作がそのまま、この二人の関係だった。
長瀬には戦う理由があり、照夫に向ける想いがあるが、照夫はそれを受け止めようとしない。
「お前も、もうちょっと『生きたい』って気持ちを表に出してけ。
じゃねーと周りがお前の気持ち分かってやれねえし、お前が死んだ時後悔するんだからよ」
「……僕は、別に……生きたいだなんて……生きたいだなんて、思ってなんか……」
照夫はハッキリと何かを言わない。
ただ、長瀬はそこに、照夫が口にできない本音を見たようだ。
照夫の頭を撫で、髪をクシャクシャにして、長瀬は肩を鳴らして立ち上がる。
「よしナオヤ、俺は何をすればいい?」
「そだな、ちゅうか、まずは仲間を引き込まないとにっちもさっちもいかないわけだ」
「仲間? なんだ? 呼び込みでもすりゃいいのか?」
「そうじゃなくてな」
乾巧、海堂直也、鈴木照夫、長瀬裕樹。
彼ら四人は、今
長瀬が辺りを見回しても、この四人の他に仲間は見当たらない。
だが今ここに居ないだけで、他に仲間もいるのだそうだ。
スマートブレインに捕まっている仲間が何人かと、遠出して戦っている仲間が一人、そして見解の相違で違う勢力に行ってしまっている仲間が一人いるのだという。
「敵に捕まってる仲間ってのは、大丈夫なのか?」
「ちゅうか、無事じゃないと前提が成立しないんだな、これが」
「?」
「スマートブレインは王をできれば無傷で手に入れたいわけだろ?
だから俺らとスマートブレインで、一種の合意が出来てるわけだ。
スマートブレインは捕まえた奴を丁重に扱う。
俺らは照夫を丁重に扱う。
変な扱いしたら敵側の陣営が何するか分からないだろう……ってな」
「あー、そういうことか。
戦争でいう"捕虜の扱い"みたいなのがいつの間にか成立してたのか」
「そゆこと。スマートブレインは人質交換とか見据えてんじゃね?
"捕まえた仲間を取り戻したければ王を引き渡せ"とか言おうとしてるとか。
ちゅうか、交渉は相手がピンチの時ほど有利だから、まだ交渉も始まってなくてな」
「相手の戦力削ってからの方が人質交換が楽だから、ってことか?
いや……戦いのどさくさに紛れて照夫奪おうともしてるのか?
そうすりゃスマートブレインは人質と王の総取りだもんな。
王を確保した後、人質使って乾さんとナオヤをゆっくり追い詰めればいいわけか……」
「だなぁ。今は両方人質取ってるから互いに人質使えない状況みたいなもんだ」
人間の仲間もオルフェノクの仲間も、スマートブレインに捕まってしまっている。
海堂が使っているデルタのベルト――デルタギアと言うらしい――も、捕まった仲間が以前使っていたものらしい。
その仲間の居場所を特定し、助け出すことがこの勢力の第一目標であるようだ。
「ちゅうか俺達はな、捕まった仲間を助けようと思ってたわけだ。
『人間が運び込まれた建物』に目えつけてな?
よしここだ、と思って建物乗り込んだんだが……運び込まれてたのはお前さんでガッカリよ」
「悪かったなハズレで」
「おう、ガッカリだ」
「この野郎!」
海堂が軽薄に笑う。
彼のノリは基本的に軽い。
だからかその分、長瀬も肩肘張らずに接することができた。
「海堂、話が進んでねえぞ。脇道に逸れすぎだ」
「っと、すまんすまん」
「替われ、俺が話す」
海堂の隣に巧が座り、語り手を替わった。
「俺達には今ここに居ない仲間が二人いる。
一人はカイザギアをもってる草加って奴だ。
こいつは……まあ今はどうでもいい。
もう一人は、
「見解の相違でどっか行ったって奴か?
なあ乾さん、それ普通"敵になった"って言うんじゃねえの?」
「いや、木場は敵じゃない。
俺達がオルフェノクに追い詰められたら助けに来てくれたこともある。
真理達……スマートブレインに捕まってる仲間を助けることも、手伝ってくれてる。
だけど、あいつは……木場は、オルフェノクの王は生きるべきじゃないって思ってんだ」
「うわ、そういう仲間割れもあんのか」
「木場は人間を守りたいと思ってる。
人間の味方でいようとしてる。
だがそのために照夫を殺すのは違うんじゃないか、って言ったのが俺達なんだ」
木場勇治は人間を守る者だ。
だが、人間を守ることと、照夫を守ることはイコールではない。
むしろ人間を守ることを第一に考えるなら、王は死んでくれた方が都合が良い。
木場が巧達の味方だが照夫の敵、というポジションに立っているのは、ある意味今のこの世界の複雑さを体現しているとも言える。
巧の語り口が気に入らなかったのか、そこでまた海堂が口を出してくる。
「ちゅうか、木場は敵とも味方とも言い切れないってのが正直なとこでな。
さっきの説明だと、木場は今第二勢力に属してるわけだ。
統一された意志のない『その他』のオルフェノクの集団の一人ってわけ。
あいつは人間の味方だからなー、オルフェノクの王の味方はしにくいのかもしれん」
「ナオヤはどうなんだ」
「ん?」
「俺はよそ者だから木場勇治なんて知らねえよ。ナオヤはそいつのことどう思ってんだ?」
長瀬に問われ、海堂は頬をかく。
「人間とオルフェノクの共存っちゅう『理想』を言い出したのはな、木場なわけよ」
「そうなのか?」
「俺も乾も、木場がそういう理想を声高に叫んでなかったら、今ここにいるか分からん」
海堂の言葉に合わせ、巧もぶっきらぼうに頷いた。
海堂と巧をこの道に引き込んでおきながら、今は二人と袂を分かっているというのが、長瀬の目にはどうにも奇妙に映る。
「ちゅうかあれだ、長瀬も木場と話してみろ。
そんであわよくば仲間に引き込んで来い。
あいつはやり方がお綺麗だからな、人間に危害加えることはねえよ」
「……いいやつそうだな、そいつ」
海堂がそんな感じに評価すれば、巧もふと思い出したように木場のことを口にする。
「王がオルフェノクを不老不死にするって噂聞いて、木場は難しい顔してたな。
オルフェノクが不老不死になれば人間と共存するのが難しくなる、とか言ってたはずだ」
「……小難しいこと考えてそうだな、そいつ」
色々と聞いている内に、長瀬にもなんとなく人物像が見えてきた。
理想家というか、頭で考えすぎて、心で思い詰めすぎるような印象を受ける。
長瀬はアマゾンアルファという頭と理性だけで動く男、アマゾンオメガという心と情だけで動く男を見知っていたために、木場という男に余り極端な評価を下せなかった。
そんなことを考えていたら、巧が突如立ち上がる。
次いで海堂、照夫も何かを感じ取った様子を見せる。
オルフェノク特有の人を超えた超感覚―――ゆえに、長瀬を置き去りにして、彼らは『それ』の接近と襲来を感知した。
「敵襲だ」
長瀬がその言葉に応じて立ち上がると、隠れ家の入り口ドアが吹っ飛ぶ。
馬のオルフェノクがドアに投げつけられ、叩きつけられたことで壊れたドアとオルフェノクが、同時に隠れ家の中に転がり込んで来たのだ。
馬のオルフェノクは人間の姿へと戻り、その後に続くようにして三人のオルフェノクが隠れ家の中へと侵入して来る。
「お邪魔するわね」
「木場! それに……ラッキークローバー!?」
馬のオルフェノクが巧に木場と呼ばれたことで、長瀬は状況を半分理解する。
だがもう半分を理解出来ず、叫ぶように疑問を口にする。
「乾さん、ラッキークローバーってのはなんだ!?」
「スマートブレインの特に強いオルフェノクだ!
四人居て……クソ、厄介だな、その内三人も来てやがる……!」
そして……
(ドラゴン……!?)
長瀬もオルフェノクは十数体見てきたが、その全てが現実に存在する何らかの生物をモチーフにしていたし、『ドラゴンのオルフェノク』なんてものは居なかった。
『幻想をモチーフにしたオルフェノク』なんて居なかった。
角持つ蛇の意匠など、現実の生物をモチーフにしたオルフェノクには発生しようはずもない。
圧倒的な異端の気配。
長瀬の中で、彼が元居た世界でベルト持ちだった者達の異端性と、ドラゴンのオルフェノクの異端性がダブって見えた。
硬直する長瀬の横では、海堂が倒された木場を介抱している。
「木場! お前どうしてこんな……」
「海堂、か……
僕も彼らも、目的は同じ。オルフェノクの王だ。
僕は殺しに来て、彼らはさらいに来た。
だから彼らは僕という邪魔者を片付けた……そういう、ことさ」
「くそぅ照夫狙いの奴が潰し合ってくれて嬉しいのに嬉しくねえ!」
「君はいつも素直じゃ居られないんだな、海堂……ゴホッ」
木場はボロボロだが、ラッキークローバーの三人は健在だ。
ファイズギア、デルタギアを身に着けた巧と海堂が、その前に立ち塞がる。
「長瀬、照夫を連れて逃げろ!」
「照夫頼んだ! こいつら蹴散らしたら、また呼びに行くからよ!」
《 Standing by 》
「「変身!」」
《 Complete 》
変身の光が途切れる前に、長瀬は照夫の手を引いて逃げ出した。
「分かった! 乾さんもナオヤも死ぬんじゃねえぞ!」
二人は隠れ家の裏口へと向かう。
照夫は悔いるように、泣きそうな顔で、けれどどこか虚無的に、呻くように呟いた。
「僕のせいで皆戦う……僕が何を言っても、何を望んでも、知らんぷりして……」
その声を断ち切るのは、大切断の如き長瀬の叫び。
「生きたいから、生かしたいから、皆戦ってんだよ!
他人のため以上に、自分のために!
自分が自分らしく生きていくために!
お前のためだけじゃねえ! 皆、自分のためにも戦ってんだ!」
「ヒロキも……?」
「ああ、俺もだッ!」
長瀬裕樹の咆哮だ。
「だから、死んでくれるなよ照夫!
乾さんのためにも、ナオヤのためにも、俺のためにも、お前自身のためにも!」
長瀬は一計を案じ、照夫を家に隠して、囮になって裏口から飛び出す。
すると、隠れ家の屋根上から先回りしていたラッキークローバーの一人が、殺意に満ちた鞭の一振りを放って来た。
「!」
それを長瀬が避けられたのは、ひとえに『二度目だったから』という理由があったということに他ならない。
「ほう、僕の鞭を回避するとは、やりますね」
「お前、人間をゴミみたいに殺す時は、同じ軌跡で同じ一撃を使って来るのな」
「?」
「分かんねえか?
続く二撃目も、長瀬は死ぬ気で跳んで回避。
間違いない。
あの時、わけがわからないままに長瀬を殺したのは、このセンチピードオルフェノクの鞭の一撃だった。
そして気を失った長瀬は目覚めてすぐ、海堂と出会ったのだ。
「ああ、そういえば君のような人間を殺した覚えがありますね……些細なことですが」
「些細な事だと!?」
「どうせ『印』を埋め込まれて蘇ったんでしょう?
君も運が良ければ僕らの同族になるかもしれませんが、そうでなければ人間のまま」
センチピードオルフェノクは適当に鞭を振って長瀬を追い詰める。
弾丸ほどの速さで、戦車の装甲を引き剥がす力強さで、計算とは程遠い乱雑さで長瀬を攻めに攻めていく。
長瀬は走って逃げるが、振り切ることも出来ないまま、彼の周りの全てが削げ落ちていく。
「そう、人間のまま、死ぬことになるわけです!」
「っ!」
「冥土の土産に教えてあげましょう。僕の名は
名もなき雑魚として死んでいく人間の君を殺す、男の名です!」
「じゃあテメエも覚えていきやがれ! 俺の名前は、長瀬裕樹だぁッ!」
長瀬は熱くなった頭と感情を抑えずに、獣のように走って逃げる。
そして、本能的に琢磨の戦法を見定めた。
長瀬は思考する。
こいつの頭は、大したものじゃない。
目の前の人間をオルフェノクの本能に従い殺そうとし、オルフェノクの王を探すという初目的を見失い、結果俺の側に王が居ないことを疑問に思ってもいない。
合理性を考えるならば俺みたいな雑魚はさっさと殺すべきなのに、俺を適当にいたぶって楽しもうとしている。
早めに敵を片付け仲間の援軍に行こうという気配すら見せない。
こいつは群体の一角としては未熟で最弱だ、と、長瀬は琢磨の性格に希望を見出した。
長瀬がかつて戦っていたのは獣の群れ、獣の群体。そして人の特殊部隊。
人食らいの獣でありながらも群れとして機能した怪物達と、その怪物達を殺すために編成された、人の知性で成立する特殊部隊という群れだ。
人の知性と怪物の性能を持ちながら、この琢磨というオルフェノクは、『群れ』として生きる獣の気概があまりにも足りない。
「では、さようならだ!」
「くっ……!」
琢磨が戯れに放った一撃が、たまたまに長瀬の首へと直撃コースを進み、長瀬はそのままあわや致命傷を―――と、いうこともなく。
長瀬の首に迫る棘付き鞭の一撃は、割って入った馬のオルフェノクの剣戟により、叩き落され石の路面にめり込んでいった。
「お、お前……」
「君は人間だろう? 僕は木場勇治。こんな危険な場所からは、早く逃げるんだ!」
「逃げろっつったって、場所を考えろ!」
そう、ここは川にかけられた橋半ばのベンチがある場所。
橋は道の横側に飛び出す形でベンチなどの休憩席を置いてあることがままある。
橋半ばで凸字状になっている場所であるために、ここに追い込まれた長瀬とそれを守る木場はどこにも逃げられなくなってしまったのだ。
そして、ボロボロの木場では琢磨に拮抗できようはずもない。
「う……おおおおおおおおおおっ!?」
そして抵抗虚しく、鞭の衝撃を受け、二人まとめて川に落とされた。
実家のような安心感から抜け出すように、木場は水面で目を覚ました。
幸い足がつく。立ち上がろうとすれば、
木場は立ち上がり、離れた場所で水面に浮かんでいる長瀬に泳いで近付き、痛む体を押してなんとか陸地まで引っ張っていった。
「いつつ……」
「ん……げほっ、げほっ!」
「ああ、君も目が覚めたのか。大丈夫かい? 長瀬裕樹くん、だったかな?」
「かはっ、かはっ……そういうお前は、木場勇治で良いのか?」
「やはり、海堂の仲間だったのか。まさか、オルフェノクの王に人間の仲間が増えるとはね」
「俺はオルフェノクの王の仲間になった覚えはねえ。鈴木照夫の仲間になった覚えはあるがな」
「……なるほど」
自分の言葉に、木場が妙な納得をして、自分に少し好意的になったのを長瀬は感じる。
水を吐き出し、口の中に入っていた水草を手で取って、長瀬は立ち上がった。
そして、すぐ座る。
いつの間にか周囲は夜で、この日の夜風は水辺ということもあって非常に寒かった。
服がびしょ濡れになった状態で、風を受ける面積を増やすと、風邪を引きそうになってしまう。
「ここどこだ? 木場、分かるか?」
「分からない。積み上げられたコンテナを見るに、どこかの港湾だろうかな」
今火を起こすよ、と木場が枯れ木を集めて火を付ける。
ちょうどよく近くに作業員が置き忘れたらしい使い切られた燃料のタンク――まだ僅かに油が残っている――が見つかり、火を付けるのにさほど苦労はしなかった。
二人は服を乾かしつつ、暖を取る。
「うっおー、あったまるぅ」
「ああ、暖かいね」
悪い奴じゃない。長瀬は木場に対し、シンプルな好感情を抱いていた。
木場が頭だけで動いているような人間なら、適当な話題から探りを入れていくつもりでいた。
木場が心だけで動いているような人間なら、そも話を振るつもりはなかった。
だが木場がその中間の人間だと判断した長瀬は、自分らしく直球で話を振ることを決める。
「なあ、あんた本気で照夫を殺すつもりなのか?」
「……驚いた。面識が無い人からそこまで直球に聞かれるとは、想像もしてなかったよ」
「答えろよ、木場勇治。俺は腹芸が苦手なんだ」
木場は長瀬を見て、炎を見て、眩しいものから目を逸らすように目を瞑る。
「人間を守るために、必要なことだ。だから僕はそうしようとしている」
「……」
「でも、最近は少し分からなくなってきた」
「?」
「人間の味方をしていたつもりだったけど……
警察の特殊部隊のやり方は、少し目に余る。
僕が見ただけでも残酷非道。
僕が見ていないところでは、何をしているやら」
最近は、人間に守る価値があるのか分からなくなってきたんだ、と木場は苦笑した。
「人間に守る価値が無いと何か変わんのか?」
「人間を守るために王を殺そうとしていたんだ。
人間に守る価値がなければ、僕が王を殺す理由はないさ。
でも、だからといって他に何をするか、誰の味方になるか、なんて決まってなくて」
木場の逡巡、迷い、苦悩が、炎の熱を通して長瀬に伝わっていくかのようだ。
情に流されやすい長瀬が、みるみる内に木場に同情していくのが手に取るように分かる。
「なあ、その『人間』ってのは、人間の心を持ったオルフェノクは含まれないのか?」
「え?」
「なんつーか、あんたの中でその辺ハッキリしてんのか?」
「それは……勿論、人間の心を持ったオルフェノクも人間だよ。それは間違いない」
長瀬に問われて、木場は気付く。
自分の中でその辺りの定義はあやふやで、意識的にキッチリと決めたことがなかった。
そしてそういった定義を、ハッキリと他人に向けて口にしたこともなかった。
その場に応じて全ては自分の感覚で決めていた、ということを。
「じゃあ木場は人間の心を持ったオルフェノクも守ってきたってことだよな?」
「そうだね。そう多くはなかったけれど」
「でもオルフェノクは種族としては人間じゃねえよな?」
「それは……」
「ああ、待て。そういうふわっとした感じに人間として呼ぶのは良い。俺も賛成なんだ」
「?」
長瀬もまた、
「じゃあよ、微妙に変なのは木場の『人間を守る』の方なんじゃねえかなって」
「……人間を守ることがそんなに変かな?
それこそ、オルフェノクである僕に、オルフェノクじゃない君が言うことじゃない」
「だってお前、戦う相手と守る相手は人間の心を持ってるかで選んでるんだろ?」
「!」
木場はハッとして、少し考え込む。
一分か二分か、少しばかり考えて、木場は口を開いた。
「……確かに、そうかもしれない」
「『オルフェノクを守りたくない』でも『人間だけを守りたい』でもないんだろ、木場は」
「ああ、そうだ。
僕は、人間の心を持った人間、人間の心を持ったオルフェノクを守って……
人間の心を失ったような人間、人間の心を捨ててしまったオルフェノクが、僕は……」
「お前は嫌いな奴の敵で好きな奴の味方。分かりやすいじゃねえか」
「ははは……長瀬君は、僕の周りにはあまりいないレベルで単純明快な人みたいだ。
人間らしい心、優しさを失っていない心、価値ある心を守りたい……それが、僕なんだろうか」
「出会って間もないのに俺がお前の心なんて知るかよ」
「ははっ、それもそうだ」
木場は愉快そうに笑って、焚き火の暖を求めて手を伸ばす。
「なあ、価値が無い気がして守る気が失せるってのは、どういう気持ちなんだ? 木場」
「うん? どういうこと」
「いやなんか、価値の有る無しでお前は守るもの決めてんだなって思ってよ」
長瀬は恐ろしいほどに感情論で行動を決定する。
人間も化物も関係なく感情論で敵味方を定め、社会的な善悪さえも無視して守るか抵抗するかを決め、守るものの価値を測ろうともしない。
そう、価値があるものだけを守りたいなら、銀行でも守っていればいいのだ。
長瀬はかわいそうだな、自分と同じ境遇だな、と思えば命がけで守る。
木場は人間の心に価値を見ている限りはそれを持つ者を守る。
だからだろうか?
長瀬が守る、と決めた時は個人を見ていて、木場が守る、と決めた時は種族を見ている。
長瀬が凡人で、木場がオルフェノクとして強力な才能を持っているのは、二人の性格的な傾向を見比べていると"妥当だな"とすら思えてしまう。
「木場的にはオルフェノクに守る価値はあるのか?」
「オルフェノクの守る価値? それは……ちょっと、考えたこともなかったな」
「いや、だってよ。
俺は出会った順番もあるが、オルフェノクが悪とかそんな感じには思ってないしな。
ただ人間に何か攻撃とかしてくるようなら、チーム組んで狩らないといけないんだろうけど」
「……狩る、か」
「人間に守る価値が完全に見えなくなってよ。
オルフェノクに守る価値があるように思えたら、木場はそっちを守るのか?」
「いや、まさか」
「まあ、そんなもんか。木場の生き方って聞いてると……
なんか、オルフェノクに転がりそうだけどオルフェノクには合いそうにないしな」
木場はオルフェノク側に転びやすいが、オルフェノクの側に順応しにくい生き方をしている。
それは、木場の本質の一端を見事に言い当てていた。
木場は図星だったにもかかわらず、自分が図星を指されたことも自覚できず、ただなんとなくよく分からない気恥ずかしさと自己嫌悪を感じていた。
木場は長瀬と話せば話すほど、何かが自分の中で整理されていくのを感じる。
長瀬は何かが違う。
決定的に、『元人間の怪物と人間』という関係性に対する認識が違う。
それでいて、木場は長瀬の認識を間違ったものだとは思っていない。
むしろ新鮮な刺激として、知らない価値観の教育者として、その言葉を受け止めていた。
何もかもが違う世界から来た来訪者の言葉であれば、こうはならなかっただろう。
長瀬の認識や人生観を決定づけているのは、この世界の日本とは似て非なる日本で刻まれた、彼の人生経験に他ならない。
「長瀬君。オルフェノク化は悲劇だと、そう思わないか?」
「悲劇? ……ああ、まあ、悲劇っちゃ悲劇だな。
人間皆、人間だった頃には、怪物になんかなりたくないって思ってただろうぜ」
「オルフェノクにならなければ、そのまま死んでいた……
だからもしかしたら、これは幸運なのかもしれない。
でもやっぱり、多くのオルフェノクが人間の心を失っていくのをみると、ね」
木場の言葉も長瀬の言葉も、込められた想いがひたすら重い。
「悲劇、悲劇ね……なあ木場。
それは、人を殺す怪物が『生まれてしまった』からなのか?
人間の心が、それまでそこに生きていた人間が、『死んでしまった』からなのか?」
「生まれたから悲劇か。
死んでしまったから悲劇か。
僕は……生まれたことが悲劇だなんてことは、ないと思うけど」
「―――」
それは木場の何気ない一言。
何も考えずに心からの言葉を漏らしてしまったがために、漏れてしまった木場の本音。
何かが生まれたことはそれそのものに罪はなく、悲劇でもない。
木場がそう考えているということは、木場は頭で考え照夫を殺そうとしているも、心では殺したくないと思っているということだ。
そして今、その心の天秤は、確実に傾いている。
「だよな。生まれたことが悲劇なんてあるわけねえわ。
基本的に何かが生まれるってのは、何かに望まれて生まれて来るわけだしな!」
「そういえば、オルフェノクの覚醒条件に死んだ時、
『死にたくない』
という想いがあったかが関係する可能性がある、と警察が研究していると聞いたよ。
そういう意味では、オルフェノクは自分に望まれ自分の死から生まれて来る、のかもしれない」
「オルフェノクも面白生物なんだな……」
「面白生物って」
長瀬は何かを思い出すようにして、木場が自分の心の中を吐き出したのと同様に、自分の胸の奥に抱えたものを吐き出した。
「俺が居た方だと、露骨に生まれて来たことが罪って感じだったな。
人間が食人の怪物作ってよ。色々あって……
怪物は生きたいだけだつって、人間は殺処分しないとつって。
テメーらが勝手に作ったからだろ!
アイツに限ってはテメーが避妊しなかったから出来ただけだろ!
そうは思っても……俺も、殺すなって思っても、殺さないといけないってのは分かってよ」
「それは、酷いな」
「食人の怪物なんて生きてちゃいけねえよ、そりゃ大いに同意だ。
でもよ、親なら……親だけは……
周りの奴が殺せって叫ぶ中、自分の作った子の、たった一人の味方になってやったって……」
「長瀬君……」
木場は一瞬、長瀬が血を吐いているように見えた。
言葉ではなく血を吐いているように見えた。
そのくらいに重く密度のある、血に濡れた言葉だったのだ。
「家族だろ、親だろ、守ってやれよふざけんな!」
長瀬はここではないどこかへ向けて叫ぶ。
それが木場の心の奥底を刺激し、木場の暖かさと痛みの混じる記憶を蘇らせていた。
(家族、親、か)
木場勇治は悲劇の男である。
恵まれた家庭、優しい両親、愛し合う恋人を持っていた彼は、交通事故で両親を失い、二年間の植物人間状態を経て、オルフェノクと成り覚醒する。
目覚めた彼を待っていたのは、両親は自分の運転のせいで死に、恋人は従兄弟に奪われ、恋人は自分を捨て、叔父に全ての資産を奪われ、愛した自宅も売り払われたという現実だった。
彼は全てに裏切られた。
家族は自分のせいで失われ、帰る場所は消え、残った家族も自分を裏切っていた。
あのまま死んでくれていればよかったのに、と叔父は言う。木場は殺した。
俺が悪いってのかよ、と従兄弟は言う。木場は殺した。
もう昔の私じゃない、と元恋人は言う。木場は殺した。
穴の空いた己の心を、木場は人間を守るという信念と、人間とオルフェノクの共存という理想で埋めた。
「子供は親に望まれて生まれて来たんじゃないのかよ!
照夫だってそうだろ。
あいつだって人間として、親に望まれて生まれて来たはずだろ!
望まれて生まれて来て、生きたいと思ってる、じゃあ生きてたって別にいいだろ!」
長瀬の言葉は、木場に両親の笑顔を思い出させる。
両親の記憶はずっと、自分を裏切った叔父の記憶と従兄弟の記憶と一緒に、心の奥底に封じ込めてきた。
だから、木場が両親の笑顔を思い出すのは、本当に久しぶりのことだったようだ。
両親の笑顔を、自分を愛してくれた人達の顔を、自分を大切に育ててくれた『人間』の顔を、一つ一つ辿るようにして木場は思い出していく。
「だから守る。人食わないと生きてられないわけでもねえんだ、それでいいじゃねえか」
親と子。
それが、長瀬の根幹にある、原動力となる関係性。
「その気持ちは……僕にも、共感できる」
木場は聞き手一辺倒をやめ、ようやく絞り出すようにして言葉を吐き出した。
「君の言う通りだ。
新聞によれば照夫君の両親は火災で亡くなったが、照夫君だけは生き残った。
ご両親が命をかけて照夫君を生き残らせようとしたんだろう。
鈴木仁さんと鈴木七羽さんの夫妻には、間違いなく、子供に向ける愛があったんだ」
「……今、両親の名前、なんて言った?」
「? 鈴木仁さんと鈴木七羽さん。知り合いだったのかい?」
「そう―――か。いや、悪い。全然知らねえ人だったわ。
ちょっと個人的な、こじつけの納得があって……守んなくちゃな、って改めて思っただけだ」
長瀬は何やら自分の中で何かと何かが噛み合ったような顔をしていたが、木場は特に気にしなかった。
木場が気にしていたのは、長瀬が発した言葉と想いの方である。
長瀬がその気持ちを人並み外れて強烈に抱いているというだけで、長瀬の中にある気持ちは、大多数の内に大なり小なりあるものだろう。
親は子を愛せ。
子供を殺すな。
親は子の味方で居ろ。
生きていたいならそうさせてやれ。
こういった"当たり前の気持ち"が時に否定されてしまうのが、人間社会の難しいところだ。
合理と正義を求めれば、大多数の者達のために子供を殺すのは、時に正しいこととなる。
それは誰かが必ずやらなければならないことである時もあるだろう。
誰かがそれをやってくれるからこそ、世界は回っている。
けれど、それでも、その上で。
『それは正しくなんてねえ』と思い、抗えるのなら。
それこそを、『人の心』と言うのだろう。
木場は長瀬の中にそれを見た。
見ようと思えば、多くの者の中にそれは見られるはずだ。
人の世の中には、人の心を捨ててでも子供をなぶり殺しにできる人間が必要で、それに抗おうとする人の心持つ人間も必要である。
そして木場は前者を嫌い、後者を好んだ。
ゆえにこそ、心の天秤は傾いていく。
「長瀬君。照夫君は、生きたいんだろうか」
「当たり前だろ。そんなの、問うまでもねえ」
……知りもしない他人の心の内をこうまでストレートに断言されてしまうと、もう溜め息も出てきやしない。
その熱過ぎるくらいの直球な想いが、木場には心地良く感じられる。
ひねくれ者の巧や海堂、糞野郎の草加に慣れて居たからか、尚更に強烈に感じられたようだ。
(……僕は……俺は……照夫君に対して、軽率な判断を下していたのかもしれないな)
木場はこういう風に、仲間と大事な案件をしっかりと話したことがあまりない。
かつては木場もいつも一緒に居る仲間が二人居たが、片方は極めて適当で、片方は主体性がなく自分で考えるということをあまりしない少女だった。
適当な仲間は木場の肩の力を抜き、"しっかりしなければ"という意識を持たせ、主体性のない仲間は木場に主体性と牽引意識を持たせるため、仲間というのも良し悪しなのだが……
普段からちゃんと方針を話し合い、情報をやり取りできる仲間さえ居れば、木場は自分の行き先に苦悩しないし、自分だけにつかれた嘘などにも騙されない。
木場の生き方や選択は、それなりに環境に左右される。
良くも、悪くも。
「僕は、君を信じていいんだろうか」
「誰を信じるか信じないかの選択を他人に委ねてどうすんだ」
「はは、それもそうだね」
「ちなみに俺は木場を信じてるかってーと微妙だ。
お前が味方ならともかく、お前照夫殺そうとしてんだろ? じゃあ無理だな」
「じゃあ、今日から信じてくれ」
「……?」
「君達の陣営に合流する。
まだ、オルフェノクの王が人間と共存できると思えたわけじゃない。
オルフェノクの王の危険性はずっと無視できないだろう。
それでも……照夫君が人間の心を持っている内は、味方で居続けると約束する」
「! おい、マジかよ」
「ああ、マジだよ」
木場の中の照夫に対する感情が何か変わったわけではない。
変わったのは認識と、自分の行動原理への理解度だけだ。
長瀬の言葉を真っ向から受け止め、噛み砕き、その影響をストレートに受けたからこそ、照夫と話したわけでもないのに、木場は照夫への対応を改めたのである。
長瀬は"助かった"と思ったが、同時に木場の危うさも感じ取ってしまう。
けれどもその感じた危うさを、気にもせずに投げ捨ててしまった。
要するに木場勇治は、『信じる才能』が致命的に無いのだ。
何を信じるべきか、何を信じるべきでないかの判断力が致命的に無い。
裏切られても信じよう、と何度も思えるタフさが致命的に無い。
信じることで自分を成長させるのが苦手なくせに、裏切られると致命的に悪化する。
斜に構えて程々に、というバランスの取り方も下手なため、人類かオルフェノクのどちらを信じて決定的な味方になっていないと立っていられない。
オルフェノクに善も悪も居る、人間に善も悪も居る、という割り切った信じ方をするのが、巧や海堂ほど上手くないのだ。
乾巧は『信じている』が基本で、木場勇治は『信じたい』が基本にある。
巧は事実であるため揺らがず、木場は希望であるために揺らぎやすいのである。
そして、この日この夜この時に、木場が心に抱いた『信じたい』という気持ちは、彼の中でとても正しい方向に噛み合った。
小一時間後。
服が乾き、彼らは夜の港湾で立ち上がる。
「乾君達は大丈夫だろうか?」
「もう戦闘は終わってる気がするけどな。照夫は無事……だと思いたいが」
「そういえば照夫君はどこに?」
「俺が隠した。
手頃にデカいハンマーと空のタンスがあったからな。
ハンマーでタンスの背をぶち抜いて、中の段もぶち抜いて、破片は暖炉の火にくべた。
んで中に照夫隠して、部屋の壁に沿って置いといたんだよ。
あいつの体が小さいからって、普通服が入ってるタンスの中に居るとか思わないだろ?」
「……なんて無茶苦茶な。
でも確かに、それは想定できないだろうね。
スマートブレインの目的は照夫君の確保だ。
家ごと破壊するようなことはしたくてもできない。無事は保証されるわけだ」
「あとは乾さんとナオヤに合流できるか、だな」
「連絡入れてみようか。
ファイズギアとデルタギアが奪われたかどうかも、電話一本で確認できる」
ファイズとデルタの変身ツールには電話機能が含まれているため、それぞれに電話をかければ敵に奪われたかの確認・仲間がまだ持っているかの確認ができる。
変身ツールなら肌身離さず持っている上、滅多に壊れないため連絡手段としても強い。
そういう意図で携帯電話を取り出し、番号を打ち始めた木場の携帯を、長瀬は穴が空きそうなほどに凝視した。
「僕らはよく川や海に落とされるから、携帯電話も最近防水のに変えたんだ。変だろうか?」
「あーいや、そういうつもりで見てたわけじゃねえんだ、悪い」
「うん?」
2016年日本のスマホ普及率は70%超え、20~30代のスマホ普及率は90%を超えている。
10代も親が子供にスマホを与えないパターンが割合を引き下げているものの、それでも八割前後がスマホという脅威の普及率。
学生にスマホは基本。
ガラケーは既に前時代の遺物。
ところがこの世界における携帯電話の基本は、折りたたみ式かスライド式のガラケーであった。
長瀬は前時代の遺物を見るような目で木場の携帯を見ていた。
10代の特有の感覚で、そこに『異世界感あるな』と妙な実感を得てしまっていた。
全年代LINE普及率が6割を超え、10代のメール利用率が3割に低下した時代の現代っ子である長瀬からすれば、メールと通常通話メインの木場の携帯は化石にも等しい。
当然、木場に長瀬のそんなショックが理解できるわけもなく。
ファミコンを見るような目で(この世界における)最新機種の携帯電話を見る長瀬をよそに、木場は巧へと電話をかけた。
「もしもし、乾くん?」
『木場か!? どうした!』
「面の皮が厚いと思われても仕方ない、と思う。
でもこの願いを聞いて欲しい。また、君達と一緒に戦いたいんだ」
『……! 最高のタイミングだぜ、木場』
「……まさか、君達、今」
『ああ! 俺達は今戦闘中だ! 来てくれるなら、急いで来てくれ!』
「分かった! 僕らが駆けつけるまで、持ちこたえてくれ!」
木場が携帯を閉じ、振り返れば、そこには木場の発言から状況を大まかに理解した長瀬が居た。
彼から共闘の意志を感じ、木場は瞬時に姿を変える。
二足二腕のオルフェノクから、四足二腕のオルフェノクへ。
「うおっ、馬人間からケンタウロスになった!?」
「乗ってくれ! 一気に駆けつけよう!」
ホースオルフェノク・疾走態。
力あるオルフェノクのみが持つ『形態変化』の能力の応用系である。
ひとたび跳躍すれば30mと跳び、走れば時速360kmで駆け抜ける。
ケンタウロスの形へと変わった木場であれば、人を上に乗せられる。
「しっかり掴まって!」
「おま待てこれ速っ―――」
長瀬を乗せた木場は、長瀬ならこのくらいは多分大丈夫だろうと信じ、人体が耐えられるか耐えられないか微妙なラインでの疾走を開始した。
乾巧18歳
園田真理16歳
菊池啓太郎21歳
草加雅人21歳
木場勇治21歳
長田結花17歳
海堂直也23歳
琢磨逸郎25歳
影山冴子24歳
長瀬裕樹17歳
思い出補正もあってちょっと感じる『あ、そうなんだ』感