生まれたことが消えない罪というなら、俺が背負ってやる   作:ルシエド

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王の目覚め

 鈴木照夫はその日、何故かいつもより早く眠くなってしまった。

 遅くても夜九時までには寝る生活が、照夫の日常。今日はミュージックステーションを見る気にもなれないくらい、早くに眠くなってしまった様子だ。

 晩御飯を食べて、海堂と一緒に歯を磨き、照夫は布団に入る。

 

 お腹いっぱいだ。

―――腹が、減ったぞ。

 僕はとってもとっても、満足している。

―――足りない。

 頼りになる大人が周りにいっぱい居て。

―――美味そうな餌が周りにいっぱい居て。

 ああ。

―――ああ。

 食べたい。

―――食べたい。

 

 『照夫の心』と、『照夫の影』が、同時に照夫の中で言葉を発している。

 照夫は眠り、照夫の体は立ち上がる。

 照夫は夢を見始めて、照夫の体は歩き始めた。

 

 オルフェノクの王は、オルフェノクを捕食する。

 オルフェノクを捕食することで初めて完全体となる。

 宿主の意志にかかわらず、『オルフェノクの王』としての部分は固有の意志を持ち動き、餌となるオルフェノクを探し始めた。

 照夫の影から、影を泥のようにかきわけて、ずぶりと『アークオルフェノク』が生えてくる。

 

 巧を、木場を、海堂を、今の照夫の体は餌としてしか見ていない。

 人間に対し一種の捕食者として存在するオルフェノクだが、オルフェノクの王はそのオルフェノクに対してすら捕食者として在ることができる。

 食うか、食われるか。それが世界の基本法則。

 食うのではなく殺すことで増減するというオルフェノクの中で、王は唯一、『捕食』という行為をもってオルフェノクと関係する者なのだ。

 

 ただしそれは、照夫の意識が表層に出ていない時に限る。

 

「どした照夫?」

 

「……ほえ?」

 

 いつの間にかアークオルフェノクは消え、長瀬が照夫の肩を叩き、照夫は夢から覚めていた。

 

「……んにゃ」

 

「寝ぼけてここまで歩いてきたのか? バッカだな、お前」

 

「バカ、バカ、うるさい、ねむい……」

 

「そうか。ほら、寝ろよ」

 

「ねむいんだけどねむくない……」

 

「あーほら途中で起きてきちまうからだろ、メンドくせえ」

 

 中途半端に眠気が飛んでしまった照夫は、居間に戻っていく長瀬の後をトコトコ付いて行く。

 長瀬は少し、かつての仲間のタクとケンタのことを思い出した。

 前日にゲームのやりすぎのせいで一睡もせず、拠点で昼寝して起きて来た時、タクとケンタがこんな顔をしていた覚えがある。

 楽しかった頃の記憶だ。

 懐かしくも暖かな記憶だ。

 千翼は人間を人食いの怪物に変える化物で、タクは事故のような不運で人食いの怪物となり、ケンタは長瀬の目の前で足を食われたが、それで色褪せる想い出でもない。

 

 人間のモモの肉を噛み潰すとどういう音が出るか、モモの肉を食いちぎられた隙間から見える骨がどんな色か、長瀬は今でも鮮明に思い出せる。

 だが、それはそれ、これはこれ。

 

「ヒロキは何してるのー」

 

「動画編集」

 

「動画編集? ……あ、テレビの人がやってるやつかな」

 

「……俺の世界だとその単語から真っ先に連想するのはアマチュア投稿者なんだがな」

 

 ハァ、と長瀬は溜め息一つ。

 

「編集してなにするの」

 

「YouTubeに投稿……したかったんだけどなあ」

 

「?」

 

 長瀬はファイズ達が悪のオルフェノクを倒し、人を守り、そうした動画を撮影して動画投稿サイトにアップロード、世の中に波紋を呼ぶことを企んでいた。

 どの道、オルフェノクの存在は発覚する。

 それは遅いか速いかの違いでしかない。

 人を殺す化物の存在は、社会にオルフェノク排斥運動を引き起こすだろう。

 

 その前にファイズ達のような仮面の戦士の存在や、木場といった善のオルフェノクの存在をアピールすれば、少なくとも第一印象は悪くなくなるはずだ。

 悪いことをすればファイズに殺られる、と思わせられれば、オルフェノクへの抑止力になる。

 良いオルフェノクになっていいんだ、人間の味方をしてもいいんだ、と木場を見て思うオルフェノクが出てくれば、なおいい。

 人間を悪のオルフェノクから守ってくれるのは善良なオルフェノクだけだ、という戦力評価が生まれてくれればもう言うことはない。

 

 が。

 この世界は、長瀬の世界基準で言えば2003年頃の世界観にあたる。

 YouTubeの設立が2005年。日本での普及と人気沸騰が2006年。

 動画投稿で利益を得るユーチューバーの発祥が2007年、一般ユーザーへの仕様解放及びユーチューバーの爆発的増加が2011年と言われる。

 アフィリエイトプログラムの創始が1999年、大手アフィリエイトがいくつか出て来た頃が2005年とくれば、もう誰でも察することができるだろう。

 

 かつて怪物(アマゾン)狩りで、ネット業界トップクラスのアフィリエイト収入を得ていたカリスマユーチューバー・長瀬裕樹が活躍できる舞台は、この世界にはまるでないのであった。

 

 ただ、舞台はないが、動画編集のテクニックは長瀬の手に残っている。

 身に付いた技が消えることはない。

 長瀬はとりあえず撮影した仲間達の戦闘シーンを編集し、一本の動画に仕上げることに成功していた。

 

「とりあえずこれはテレビ局に送ることにした」

 

「ふーん」

 

 長瀬が撮影に使ったのは、デルタギアが普段銃として稼働させているデジタルビデオカメラ型マルチウェポン・デルタムーバーである。

 X線、サーモグラフィー、暗視と多様な撮影機構を搭載した優れものだ。

 上手く使えば人間の体内の病巣を見ることも、体温から敵の状態を見抜くことも、夜間に一方的に敵を倒すことも可能だろう。

 デルタはフォトンブラッドの発光のために夜間の隠密戦闘は難しいが、生身の時こそこのツールの多機能性は輝くのである。

 

(意外と手に馴染むんだよな、これが)

 

 デジタルビデオカメラ型のマルチウェポンは、デルタのみに搭載されている。

 ファイズ、カイザにも似たマルチウェポンはあるが、ビデオカメラはデルタだけだ。

 動画撮影&投稿者だった長瀬からすれば、そこに奇妙な縁を感じた。

 照夫は編集された動画を覗き込む。

 

「うわぁ、皆かっこいい。あ、このファイズ良い感じ」

 

「だろ? ま、自慢じゃねえが……

 俺達ほど『怪物を倒す仮面のヒーロー』の撮影経験がある奴とか居ないと思うぜ」

 

 何気なく、かつ無自覚に、長瀬は言った。

 『俺達』とは長瀬が未だ、かつて組んでいた四人のチームのことを想っていることを示す。

 もう、長瀬以外の誰もが長瀬の傍に居なくても。

 『怪物を倒す仮面のヒーロー』とは、長瀬が仲間であった千翼を怪物だと思うと同時に、世の平和を守るヒーローとしても見ていたということを示す。

 もう、その千翼がこの世には居なくても。

 

 長瀬が千翼をヒーローと呼んだことはない。

 千翼が生きていたなら、ずっと呼ぶことはなかっただろう。

 死んでしまったから、心の片隅にあった千翼に対する小さな想いが、口元からポロリと溢れてしまった。ついうっかり、ヒーローと呼んでしまった。

 

 長瀬は僅かに誇らしく、少しだけ悲しい気持ちになって、ちょっとばかり後悔した。

 

 今自分が関わってる仮面の戦士はちゃんと動画でヒーローにしてやろう、と心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長瀬が動画を送りつけたのは、いわゆる『怪奇系・都市伝説系』の番組だった。

 

 都市伝説、というものがある。

 これは伝言形式で伝わっていく内に、噂が真実となり、でまかせが怪談となり、創作が恐怖となるというものだ。口裂け女やトイレの花子さんがこれにあたる。

 有名な都市伝説であれば、その発祥は1930年代にまで遡れる。

 不幸の手紙が1960年代末期に広まり始め、1990年代末期にチェーンメールが発生し、2000年代に入ってネット掲示板に都市伝説が書き込まれるようになる。

 2007年前後には都市伝説関連の商業書籍の数も、ピークに達していた。

 

 この世界は2003年相当の世界である。

 当然、世の中はノストラダムスの大予言が隆盛させたオカルトブームの興奮冷めやらぬ、という時代である。

 一例を挙げると、コトリバコや八尺様を始めとする有名な都市伝説の七割ほどは、2003年から2010年までの期間に生み出されている。

 この世界ではこれから数年間、インターネットを媒介とした都市伝説ブーム(創作奇譚ブーム)が始まる可能性が高いというわけだ。

 

 長瀬が目を付けた怪奇系の番組は、この時代において一つの特徴を持つ。

 それすなわち、信じられないような怪奇映像でも"面白ければいい"のノリで公共の電波に乗せて垂れ流し、結構多くの人に"これマジの映像だよ!"と信じられるということだ。

 

 ちょっと霊の手っぽいものが映っている写真なら、なんでも公共の電波で流す。

 視聴者の結構な数がそれを信じる。

 そういう空気が、まだ時代には残っていた。

 

 怪奇生物チュパカブラやら、幻の生物ツチノコやら、そういったものを大真面目に追い求めていたこの時代の番組スタッフが、オルフェノクとファイズ達の戦いを見逃すはずもなかった。

 

「おい昨日のアレ見たか?」

「見た見た、あれマジかな?」

「マジだろ」

「赤いやつが好きだな俺」

 

「会社も学校もこの話題で持ちきりだと息子からメールが来ましたよ」

「職場で話すことかね」

「いえいえ、重要なことですよ。我々も狙われるかもしれません」

「夜道帰るのは怖いですね。どうします課長」

「……しばらくは大通り以外の夜道は歩かないようにするよ」

 

「怖いよぅやっちゃん」

「へっ、こんな怪物なんてことねえよ。俺は空手習ってんだぜ?」

「その無根拠な自信が怖い」

「ケーサツに任せとけよケーサツに。銃あるから殺ってくれるだろ」

「ばっかお前、番組の前半見てなかったのか? 銃弾なんて跳ね返されただろ」

 

「この人らウチの近所にいねーかなー」

「いやないだろ。これバトってる場所どう見ても関東の映像じゃん」

「守ってくんねーかなー」

「このスマートな黄色に守って欲しい」

「俺はむしろこの馬の怪物の方がカッコよくて好きだなあ」

「この馬の怪物は味方でいいのか?」

「むしろこの馬が一番人間守ろうとしてんじゃん、録画見直した方がいいぜ」

 

 幽霊が番組で語られた程度なら、リアリストも鼻で笑ってやり過ごしただろう。

 が、この映像は長瀬が適宜カットのみでテンポよく仕上げた動画であり、デルタギアによって撮影された高画質動画である。

 人々はまことしやかに、これを真実であるように語った。

 するとリアリストはでっちあげだ、デマだ、作り物だとケチつけを始める。

 だがそれを更に否定するように、日本各地でオルフェノクの目撃証言がわっと出て来た。

 

 別に誰かが記憶を操作しているというわけでもない。

 自然発生したオルフェノクのことを、目撃者はちゃんと覚えている。

 ただ、騒ぎそうな目撃者はスマートブレインが消していて、オルフェノクを近くで見た人間のほとんどはその場で殺され、遠目に見た人間は皆自分の目の方を疑っていた。

 そういうこれまでの歴史があった。

 この報道をきっかけに、目撃情報が改めて噴出したというだけのこと。

 

 世の中に突如現れたオルフェノクという存在に対し、人々は案の定両極端な反応をした。

 

 何せ、人間だ。

 人間が怪物に変じたものなのだ。

 『人間』と見た者には、話せば分かると言う者も多かった。

 『怪物』と見た者には、直ちに全国民検査を行い見つかったオルフェノクを殺すべきだと言う者も多かった。

 怪物になれる人間と見るか、人間社会に潜む怪物と見るかで、根本的な認識がとんでもなくズレこんでしまったのである。

 

 各種団体も動き始めた。

 テレビ局には問い合わせが殺到し、オルフェノクが柔軟に受け止められるよう長瀬が言葉を選んだ説明文書が動画に添付され、毎週放映のたびにその説明文書が読み上げられた。

 この状況に真っ先に適応し、的確に動いたのがスマートブレインである。

 

「村上社長、どうなさいますか」

 

「そうですね」

 

 スマートブレイン社長、村上(むらかみ)峡児(きょうじ)は部下に指示を求められていた。

 どこか平静でない部下とは対照的に、村上は涼し気な顔で資料を眺めている。

 やがて資料を指で弾き、部下と正面から向き合った。

 

「乗ってやりましょう」

 

「乗ってやる、とは?」

 

「報道機関への手配と、エージェントに工作の指示を。

 オルフェノクに対する国民感情を好転させます。

 人を殺さないオルフェノクの処刑を一時中断。

 管理下のオルフェノクに殺人を控えるよう通達してください」

 

「了解しました」

 

「人員を手配し、発覚しない殺人を行える環境も作っておいてください。

 オルフェノクには息抜きの殺人も必要だ。警察の報道干渉との衝突は避けるように」

 

 社長室から出ていく部下の背中を見送り、村上は眉間を揉んだ。

 

「やってくれる」

 

 取るに足らないと思っていた雑魚に利用された、そういう心境だ。

 

 今現在、オルフェノクは人間と全面戦争を起こす準備が無い。

 失楽園(パラダイスロスト)にて人間から世界の主権を奪えるだけの戦力が無い。

 だから今こういう流れにされてしまうと、スマートブレインはオルフェノク擁護の工作を行い、人間がオルフェノクを排斥しない流れを作っていく以外の選択肢が無い。

 ()()()()()のだ、スマートブレインは。

 

 村上は社長室のテレビをつける。

 顔を隠したオルフェノクが「他の人殺しオルフェノクに狙われた」「何故こうなったのか分からない」「人間としてひっそりと暮らしたい」と顔を隠しインタビューを受けていた。

 このオルフェノクは、スマートブレインの仕込みではない。

 スマートブレインでさえ認識していなかった隠れオルフェノクだ。

 こんな隠れオルフェノクが、日本全土にあとどれほど居るのだろうか?

 

 何にせよ、これでまたオルフェノクへの同情、融和路線の声は強まるだろう。

 

「ただ、見方によっては大一番が近いとも言える。

 情報操作であと数ヶ月は民衆をコントロール、と仮定して……

 その期間で王を確保し、覚醒させれば、騒動が収まる前に人間を滅亡させられるだろう」

 

 ここからは情報戦だ。

 警察はオルフェノク排斥の流れに持っていこうとする。

 スマートブレインはオルフェノク擁護の流れに持っていこうとする。

 両者共に組織の総力をあげてそこにかかりきりになってしまう数ヶ月の内に、決定的にチェックメイトに持って行きたいところである。

 

「この数ヶ月で、どう転がしたものか」

 

 村上はテレビ越しに人間の愚かさを見る。

 集まることで更に愚かになる人間の特徴を見る。

 テレビの中では、オルフェノクを甘く見ている人間達が、人権論をふりかざしてオルフェノク擁護論を展開し、反論をその身に受けていた。

 

 彼らは『オルフェノクの総理大臣が国を支配している未来』を想像することもないのだろうな、と思い、村上は冷めた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海堂はバイクに跨り、電気店の店頭テレビの番組を眺めていた。

 今やテレビはどこもかしこもオルフェノク一色だ。

 この時間帯にオルフェノク特集をやっていないのは、アニメを垂れ流しているテレ東くらいのものである。

 

 今海堂が眺めているのは、オルフェノクと警察の武装に対する討論会だ。

 どうやら日本の警察機構に対する意見、自衛隊に対する意見などの討論まで勃発したらしい。

 果ては警察と自衛隊の武装強化による戦争国家化の可能性の議論、銃武装の推進は銃社会化の前兆になるという議論まで始まっていて、もうしっちゃかめっちゃかだ。

 

 まあ、オルフェノクに警官の銃が通用しない動画が流れていてはしょうがない。

 「今の銃に価値がないだろ」と言う人も、「市民を守るためにもっと強い銃を」と言う人も、「いやオルフェノク全てに現在の銃が通用しないと決まったわけではないのに早計だ」と言う人もいるのは、当然である。

 そしておおまか、議論はオルフェノクに都合がいい方向に進んでいた。

 

 照夫の手を取り佇む長瀬が、海堂の横で、番組を見ながらほくそ笑んでいた。

 

「ちゅうか、マジでスマートブレインが長瀬の誘いに乗ってくるとは俺様も思わなかったぜ」

 

「スマートブレインはオルフェノク排斥運動なんて起こしたくねえはずだ。

 だってよ、奴らはずっと社会の影に隠れてコソコソしてた。

 人間と正面切ってやり合って勝てる状況なら、コソコソはしねえだろ?」

 

「そうなんかね」

 

「そうなんだよ。なにしろ奴らは強い生物だからな」

 

「……?」

 

「人間より自分はツエー、って思ってんだろ?

 じゃあ勝てる時になったら普通に勝ちに来る。

 滅ぼせるなら普通に滅ぼしに来る。

 人間が社会の一番上に居ること自体が、オルフェノクにとっちゃ屈辱のはずだ」

 

「あー、そりゃそうかもな」

 

 オルフェノクがまだ人間を滅ぼそうとしていないということが、逆説的にオルフェノクの戦力不足を証明している。

 コトが大きくなれば、スマートブレインは必ず"オルフェノクにとっての最善手"を打ってくる。そんなことは分かりきっていた。

 長瀬の知る限り、『悪辣で有能な大人』はいつもそうであったから。

 

「戦力揃ってないのに人間と真正面からやり合うのはタルいだろ。

 じゃあ人間に面従腹背してりゃあいい。最後に背中刺して人間絶滅させればクソ楽だ」

 

「ちゅうか、スマートブレインは昔からそうしてたんだろうな」

 

 オルフェノクに牛耳られた世界的大企業、なんてものをこの人間社会の中に成立させるのに、過去のオルフェノクがどれだけ耐え忍んできたか。

 ちょっと想像もしたくない。

 オルフェノクが会社を立ち上げたのか、オルフェノクが会社を乗っ取ったのか、長瀬にはまるで分からないが、そこには臥薪嘗胆を通り越した妄執じみたものが感じられた。

 

「かわいそうだって」

 

 照夫が、テレビの中のコメンテーターの言葉をリピートする。

 

「ナオヤ、ヒロキ。

 オルフェノクってかわいそうなのかな。

 僕らって……かわいそうなのかな。

 生まれて来たのが間違いだって言ってる人も、かわいそうだって言ってる人もいる」

 

 テレビの中では、『人間』が妄想と想像で好き勝手に『オルフェノク』を語っている。

 人間が、自分勝手にオルフェノクがどういう生き物なのか、自分達の主観だけで決めつけようとしている。

 

「僕ら、怖いものなのか、かわいそうなものなのか、どっちなんだろう」

 

 悩む照夫の髪を、長瀬がくしゃっとかき混ぜた。

 

「オルフェノクがかわいそうな生き物だろうとそうでなかろうと、お前には関係ねえぞ。

 お前が決めろ。お前がかわいそうかどうかなんてお前が決めていいんだ。好きに決めてやれ」

 

「ヒロキ……」

 

「でもな、死ぬな。

 死ぬのだけはダメだ。

 死んじまった奴は問答無用で『かわいそうな奴』になっちまう。

 罪深さとか抜きにして、強制的にかわいそうな奴にされるんだ。嫌なら死ぬな」

 

「ん」

 

 照夫も死ねば同情される。悲劇の子供としてかわいそうな奴だと思われることだろう。オルフェノクの王でありながら、その死は悲しまれるに違いない。

 だが、それだけだ。

 幸せでも何でもない。あるのは呪われた生が終わったという救いだけ。

 それに納得できる人も居れば、できない人も居る。

 海堂と長瀬は、納得できない方の人だった。

 

「いいねえ、長瀬の生きてりゃ勝ちって意見。

 そりゃ俺様も同意見だ。

 乾やら木場やら草加やらが死んでぼっちになっても、俺様は生き残ってみせるぞ」

 

「一人だけ生き残んのはつれーぞ、ナオヤ」

 

「はっはっは、俺様はナッイーブな長瀬とは違うのだよ、長瀬とは」

 

 ひょうきんな海堂の言い草に、照夫がくすっと笑う。

 

「ナオヤ、なんかお腹すいた」

 

「お前一時間前にラーメン食べたばっかだろ!?

 かーっ、これだからガキンチョは! 育ち盛りなんだからもうよぉ!」

 

「……? そういえばお腹いっぱいだ」

 

「お前なあ」

 

 首を傾げる照夫をよそに、長瀬のポケットのデルタフォンにワン切りが入る。

 予定していた、巧からの合図だ。

 

「時間だ。行くぞナオヤ。照夫、メシはまた後でな」

 

「あいよ」

「はーい」

 

 草加から借りたサイドカー・サイドバッシャーに照夫を乗せ、先行する海堂のバイクに付いて行くように長瀬も発進する。

 

 草加は「傷一つ付けるなよ」と言って長瀬に貸した。

 ケツの穴の小せえ野郎だな、と長瀬は思った。

 草加は「汚すな。汚していなくても洗って返せ」と言って長瀬に貸した。

 女々しいなこいつ、と長瀬は思った。

 「無視していいぞ」と巧は言い、草加のバイクをベチンと叩き、またいつものように草加から殺意と憎悪を向けられていた。

 この人男らしいぜ、と長瀬は感心した。

 

 そんなこんなで、長瀬は草加のバイクを駆っていた。

 

 彼らの役目は、照夫を安全な地点まで連れて行くことだ。

 今、彼らが居るこの区画は、恐ろしいくらいに混沌としている。

 人間を襲う複数のオルフェノク。そのオルフェノクを止めようとするスマートブレイン。オルフェノクをまとめて射殺せんとする警察組織。

 そしてどさくさ紛れに照夫を確保しようとする、スマートブレインと警察組織の精鋭。

 巧、草加、木場はそれら全てを敵に回し、人間を守るため戦っていた。

 

 長瀬と海堂はこのどさくさに紛れて、誰にも見つからないように隣の県まで行く予定なのだ。

 やがて彼らは人気もない、民家も少ない一直線の道に入り、周囲を警戒しながら並走する。

 

「ナオヤ、野良猫は日本の侵略的外来種ワースト100に登録されてるって知ってたか?」

 

「へ、マジか?」

 

「俺の世界でもそうだったし、この世界でもそうらしいぞ」

 

 時刻は夕方。人の顔が見分け辛く、かつバイクのライトをつけなくてもいいためにバイクの位置が分かりやすくもならない、絶妙な時間帯だ。

 海堂と長瀬のバイクは突き進む。

 

「ずーっと昔に海の向こうからやってきて、野生化、定着。

 鳥や小動物を捕食するんで生態系に影響を与える。

 だからまー、保健所が増えすぎないように気ぃ使ってんだってさ」

 

「長瀬の世界でも、こっちの世界でもか」

 

「どっちでもだな」

 

 2014年度の保健所持ち込み動物数は約15万頭、殺処分数は10万頭。

 保健所に持ち込まれた猫の殺処分率は75%前後で推移してるというデータもある。

 

「セクシャルマイノリティ。

 肌の色が違う人間。

 猫。

 オルフェノク。

 これら全部に味方してくれるやつらが居るだろ?」

 

「あー、人権団体とか愛護団体とかああいうのか」

 

「おう」

 

 現代日本において、猫は自然に影響を与えるものではあるが、ハンターのターゲットにされることは少ない。

 野良猫と飼い猫を間違えて殺してしまう危険性があり、猫を殺すと愛護団体がかわいそうだとうるさいからだ。

 人を食う熊の駆除にすら愛護団体は口を出すという。

 長瀬が期待しているのは、そういうノリだ。

 

 "殺すのはかわいそうだよ"という意見と、"罪を犯したオルフェノクは厳しく裁く"という姿勢、そして"オルフェノクの衝動的な殺人を防ぐシステム"が揃わなければ、この世界は人間とオルフェノクが共存する最低限の環境さえ獲得できない。

 

「多くは見てねえけど、『外国人のオルフェノク』も居るんだろ?」

 

「ちゅうか居ないわけがない。そりゃ居るだろうな、俺は見たことないが」

 

「アメリカの人権運動は日本とは比較になんねーぞ。

 差別意識も、それに対する反発も強い。

 ネットが今よりももっと普及した頃にはすげーことになるぜ」

 

 オルフェノクは日本にしか居ない? いや、そんなわけがない。

 外国にもオルフェノクが居て、外国人のオルフェノクも居る。

 当然、外国にもオルフェノク組織があり、オルフェノクの集まりがあるはずだ。

 今回の騒動はそれら全てに波紋を呼んでいるだろう。

 アメリカ、中国、ロシア辺りには、一体何人のオルフェノクが居るのだろうか。

 

 外国にも波紋は広がる。

 人間扱いされたい怪物は人種差別問題を引き起こし、怪物を受け入れられない過激な宗教は宗教問題を引き起こし、紛争は少年兵の代わりにオルフェノクを使うようになるかもしれない。

 とにもかくにも、波は大きく広がるだろう。

 オルフェノクは時に守られ、時に排斥されるようになっていくはずだ。

 

 話が世界スケールにまで広がれば、いつか既存の概念で世界を見ることも間違いになる、そんな時代も来るかもしれない。

 例えば、水棲のオルフェノクなら海だけで暮らすこともできるだろう。

 水中生物型のオルフェノク達で海底に街を作り、人間が手出しできないそこで、海中都市が発展していくなんてこともあるだろう。

 絶えず死からオルフェノクが生まれるこの世界なら、世界中から海底都市にオルフェノクが集まってくる、なんてことになっても不思議ではない。

 

 海に逃げ込んだオルフェノクを全部殺すことなんて、『深海は宇宙に並ぶ未知の宝庫』なんて言うこともある今の人類にできるはずもないのだ。

 

 世界は一気に変わっていく。

 村上社長は、その上で確信しているのだ。

 王さえ覚醒すれば、世界中のオルフェノクの蜂起によって、人の世界は滅び去ると。

 

「お、噂をすれば」

 

「人権団体さんだな」

 

 世界を変えたいのか変えたくないのか知らないが、とりあえずオルフェノクを殺すべしという人間に反対する、オルフェノク擁護派の人権団体様のお通りだ。

 プラカードを持って横断歩道を渡っている。

 

「彼らも我々と同じ人間だー!」

「人を殺すオルフェノクは、ただの殺人犯だ!

 化物だから殺したのではない!

 だが殺人犯が人間の中に居たから、人間全てが殺人犯だ、などと言う者は居ない!」

「誰も殺していない善良なオルフェノクを殺すことは、殺人だ!」

「警察はオルフェノクの説得と保護を推進しろー!」

 

 長瀬と海堂は赤信号で止まり、横断歩道の彼らを至近距離で見つめていたが、なんだか無性に呆れというか、虚しさを抱いてしまった。

 彼らはオルフェノクのことをロクに知らない。

 無知ゆえにオルフェノクを擁護している。

 オルフェノクの負の側面を見ないようにして、オルフェノクを守ろうとしているのだ。

 

 無論、長瀬はこういう人間がオルフェノク擁護に付いてくれると理解していたし、確信に近い予想もしていたが……実際に見てしまうと、何故かどっと疲れてしまう。

 無能な味方のデモ活動は、何故こうにも疲労感を引き起こすのか。

 

(ま、やれるだけ論争やってくれ。

 俺はナオヤや照夫に力貸すが、この世界の人間じゃねえしな。

 この世界のことはこの世界の奴らが一番話し合うべきだろうし)

 

 信号の色が変わり始める。

 長瀬はハンドルの握りを強め、照夫を気遣って柔らかめのスタートを切ろうとして、気付く。

 イカれた様子のイカれた男が、人権団体の前に立ちはだかり、腕を振り上げていた。

 男が腕を振り下ろした瞬間、男の姿がオルフェノクに変わる。

 

 本体身長が2mとないのに、右手だけが4m近くにまで肥大化した、奇怪巨腕の蟹型オルフェノクであった。

 突如巨大になった右腕が、人権団体の者達を何人もまとめて叩き潰す。

 

「お……オルフェノクだあああああ!」

「なんで!? なんで!? 私達はオルフェノクのために……」

「皆逃げて!」

 

「いらねーってんだよ!

 てめえらの擁護も、てめえらの同情も、てめえらの命もな! ひゃははは!」

 

 薙ぎ払うように振るわれた第二撃で、彼らはあわや全滅の憂き目にあいそうになったが、そこでオルフェノクの右腕を横合いから赤い雷が貫いた。

 オルフェノクの右腕が痺れ、人権団体の者達は守られる。

 

「変身!」

 

《 Standing by 》

 

「俺様の方にゃ掛け声はいらんが、ノリだ! 変身!」

 

《 Complete 》

 

 そして跳び込んで来た長瀬・デルタと海堂・スネークオルフェノクの同時キックが、蟹のオルフェノクを蹴り飛ばし、距離を空ける。

 人権団体の者達の表情が、ぱあっと明るくなった。

 

「あ、あなたは……テレビの!

 悪のオルフェノクから人を守る、仮面の騎士と善のオルフェノク!」

 

「早く逃げろォ!」

 

「はいィ!」

 

 四の五の言わせぬ長瀬の叫び。人権団体の者達は二の句もなく駆け出し逃げ出していく。

 その後を追おうとする蟹を、長瀬が銃を突きつけ静止した。

 

「悪いな、今ここの信号は赤になった。渡るのは諦めてくれや」

 

「さっきの赤いのはなんだ? けけっ、冬の静電気みたいだったぜ」

 

「そうかそうか、んじゃもっと強烈なやつを撃ち込んでやるよ」

 

 引き金にかけた指が動く。ぶち抜いてやる、と長瀬は思考し。

 

 

 

「おなか、すいた」

 

 

 

 背後からの声に、その思考が霧散した。

 

「……照夫?」

 

 振り返った長瀬が見たのは、異様な雰囲気で、夢を見ているような表情で、焦点の合っていない目で、蟹のオルフェノクを見つめている照夫の姿。

 照夫と蟹の間には何もない。

 何も無かったはずなのに、一瞬で光の鞭が現れ、鞭は蟹の心臓を貫いた。

 

「……あ……え? なに……これ?」

 

 呆然とする蟹のオルフェノクの肉体が死に、青い炎がその体を燃やし始める。

 

「うそだろ……いや、だって……俺はオルフェ……誰よりも、強―――」

 

 そしてその死体も、死体を燃やす青い炎も、まとめて石化した。

 照夫の影が伸び、そこからオルフェノクの王―――アークオルフェノクが現れる。

 アークオルフェノクは石化した蟹のオルフェノクを、そのままバリボリと捕食し始めた。

 

「食ってる……!?」

 

 アマゾンが人を食べるような姿だ、と長瀬は戦慄した。

 これはヤバい。

 これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 長瀬の中で、そんな確信が生まれた。

 

「長瀬、止めろ! そいつが照夫の表層意識を乗っ取ってる!」

 

「ナオヤ、こいつが王ってことでいいんだよな!?」

 

「ああ! まだ覚醒は不完全だ、強すぎるってことはない! ちゅうかこいつ……」

 

 オルフェノクの王はオルフェノク一体を食い切っても満足せず、海堂に目をつけていた。

 要するに、おかわりだ。

 この王様は、まだお腹一杯になっていない。

 その空腹は満たされていない。

 

「俺狙っとるー!?」

 

「ナオヤ下がれ! ここは俺が……」

 

 アークオルフェノクは光球を生成し、片手でそれを発射した。

 

「ファイア!」

 

《 Burst Mode 》

 

 長瀬は狙いを定め、コマンドを入力して光弾十二連射。

 一発、二発、と当たっていくが、アークオルフェノクの光球は止まらない。

 十発当たったにもかかわらず止まらない。

 光球はそのまま直進し、横に跳んで避けたデルタの脇スレスレの場所を通り過ぎ、向こうにあったコンクリ製の家屋を二つ三つまとめて粉砕・消滅させた。

 

(嘘だろ、これで完全じゃねえのかよ……!?)

 

 少なくとも火力は馬鹿げている。

 長瀬は照夫と、照夫の影から生え照夫の横に立つアークオルフェノクを睨む。

 あのアークオルフェノクだけを、何とか粉砕することができれば。

 

「長瀬! 十秒保たせろ! 隙作ってやる!」

 

「シクんなよナオヤ!」

 

「俺様を信じろっての!」

 

 海堂は脇の排水口にするりと潜り込む。

 海堂はあまり使用しないが、スネークオルフェノクには体を軟体化させ、5cmの隙間があればそこをくぐり抜けられる能力を持つ。

 長い、長い十秒が始まった。

 

 長瀬はアークオルフェノクに銃を撃ちまくる。

 倒すためではない、アークオルフェノクの攻撃を減らすためだ。

 そうでもしなければ、光球を連発してくるアークオルフェノクを相手にして、十秒も生きられる気がしなかった。

 

(秒数なんて数えてられねえ、数えてられる余裕がねえ!

 先のことなんて考えられねえ、この瞬間に生きてるのが奇跡以外のなんだってんだ!

 まだか、まだかナオヤ……! そうかやべえ、デルタは盾にできる剣とかもねえんだ……!)

 

 生きるか死ぬかの瀬戸際で、長瀬はなんとか十秒間を生き残る。

 

「待たせたな!」

 

 そして、排水溝を通って背後を取った海堂が、後ろから照夫を引っ張った。

 アークオルフェノクは、スネークオルフェノク程度の腕力で動かせるはずもないが、照夫が動けば影も動く。影が動けばアークも動く。

 アークは体勢を崩し、ぐらりとふらつき、隙を見せる。

 

「ファイア!」

 

《 Burst Mode 》

 

 そこにデルタの十二連射の直撃を食らい、アークオルフェノクは苦悶の声を漏らしていた。

 

「チェック!」

 

《 Exceed Charge 》

 

 デルタのエネルギーチャージが始まる。

 アークはぐらつく体勢を立て直し、急所を守る防御の構えだ。

 長瀬はデルタのチャージが行われるほんの少しの間に、照夫の顔を見た。

 

 アークオルフェノクが表に出ているからか、照夫の表情は微動だにしない。

 そもそも意識が表出していない。

 照夫は今、自分自身の体を自由に使うことすら許されていないのだ。

 死体のような照夫の表情に、長瀬は心底腹が立った。

 

「照夫。テメエ、そんなツラで生きてくつもりかよ」

 

 色んなものに腹が立ったが、何に一番腹が立っているのか、長瀬自身にもよく分かっていなかった。

 叫ぶ。

 長瀬は叫ぶ。

 死んだようなツラで何もしていない照夫に向けて、叫ぶ。

 

 

 

「『死んでるように生きたくない』、くらいは言って見せろ!」

 

 

 

 その叫びが、照夫の手を優しく握る海堂の手が、照夫の心を呼び覚ました。

 

「……ぁ」

 

 グラッ、とアークオルフェノクの体が揺れ、膝が折れる。

 照夫が肉体の主導権を取り戻し、アークを抑えにかかったのだ。

 迫る銀色の三角錐を回避する手段は、もうアークに残されてはいない。照夫の強い意識がアークの肉体を止め、その胸部に三角錐と飛び蹴りが突き刺さる。

 

「くたばれ寄生虫バッタ野郎ッ!」

 

 かくして、デルタの最強最大の一撃が、オルフェノクの王を貫いた。

 倒されたアークオルフェノクは、死することも燃えることもなく、照夫の影の中に還っていく。

 完全に覚醒していない、完全に自分を表に出していない王は、顕現化した自分の体を破壊されても、本当の死には至らないようだ。

 王は最後に、言葉を残す。

 

『何も殺さず生きられない。それが王の宿命だ』

 

 それは照夫の中のオルフェノクとしての部分が、照夫の中の人間としての部分に告げる、警告のような忠告だった。

 照夫は右手を見る。

 海堂がその手を握ってくれていた。

 照夫は左手を見る。

 小さな手は大人の手と比べてしまうと、何とも小さく頼りない。

 

 何もできない、と照夫は人間としての自分を見て、思う。

 何かをしてしまう、と照夫はオルフェノクとしての自分を見て、思う。

 その上で、心の底からこう思った。

 

「……生きたい」

 

 生きたい、と。

 何もできない自分だけど、何かをしてしまうかもしれない自分だけど、それでも生きていたい。

 それが、照夫の本音だった。

 

「生きていたい……」

 

 まだ年齢一桁だというのに、残酷な現実と運命に翻弄されなお絶望せず、照夫は『生きたい』という祈りを胸に抱いていた。

 

「僕が僕のまま、生きていたい……

 誰にも殺されないで、誰も殺さないで、生きていたい……

 生きたい……僕は、死にたくなんかなくて、生きていたい……!」

 

 泣きそうになっている照夫の頭を、長瀬はくしゃくしゃにしながら撫でる。

 

「何からだって守ってやるよ、照夫。お前自身からだって、守ってやる」

 

 海堂が照夫の手を握った手を、ブンブンと上下に振る。

 

「ちゅうか、今更だな、うん」

 

 ありがとう、と照夫は言おうとしたが、なんだか泣けてきてしまって。

 大声で泣き喚いてしまって。

 泣き疲れて、そのまま眠ってしまって。

 

 起きた頃にはありがとうと言おうとしていたことを忘れてしまっていたが、彼らに対する感謝の気持ちだけは、照夫の胸にずっと残ってくれていた。

 

 

 


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