生まれたことが消えない罪というなら、俺が背負ってやる   作:ルシエド

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 色んな事情のせいでめちゃくちゃ更新が遅れてすみません。許してください、なんでもしますから!

【前回までのあらすじ】
 多くを見て王として覚醒しつつある照夫
 ドラゴンオルフェノクとファイズ(巧)&デルタ(長瀬)の死闘。血反吐を吐くような、死人ありきの激闘にライダーは勝利
 明かされる『オルフェノク化溶原性細胞』という脅威
 だが長瀬は誘拐され、投獄されてしまう。投獄された先には三原という男が居て……


旅の終わり

 三原修二。

 乾巧にファイズギアを与えた園田真理や、カイザギアの使い手である草加雅人と同じ、養護施設・流星塾出身の青年である。

 他に候補が多くなかったとはいえ、草加が選んでデルタギアを渡した男でもあった。

 

 三原は以前の戦いで敗北し、スマートブレインに捕縛された巧達の仲間の一人である。

 捕縛された際、海堂がデルタギアだけは回収して身内で回し使っていたのだが、それが長瀬の手に渡ったのは巡り合わせと言う他無い。

 長瀬から見れば、三原はデルタの正統使用者にして先代使用者にあたるのだ。

 巧や草加から、三原の人柄等は伝え聞いていた。

 

「あんたが三原か」

 

 長瀬はずっと捕まっていたままだった三原に、外の現状を伝える。

 三原が捕まってからの外の戦況は激動の一言と言っていい。

 最後の大舞台が始まる直前だと知り、三原は少なからず驚いていた。

 そして、自分の代わりに戦ってくれていた長瀬に感謝する。

 

「君が今のデルタをやってくれてたんだな」

 

「悪い。あんたが使ってたデルタギア、勝手に借りちまってる。しかも奪われちまった」

 

「いや、いいさ。むしろ俺が戦う役目を押し付けてしまったようで、申し訳ないくらいだ」

 

 長瀬が拍子抜けしてしまうような柔らかく、戦意のない対応。

 

「戦わなくて済むなら、それが一番だと俺は思うしさ」

 

「……なんか変わってんな、あんた」

 

「そう?」

 

 三原という男は、驚くほど戦意の薄い男だった。

 敵対種に対する怒りも薄い。自分を狙う敵に対してすらロクに闘争心を向けていない。自衛のために戦う、という生物の基本的本能さえ薄いような男だった。

 三原は戦うより帰る・逃げるの男である。

 脅威に抗うのではなく、脅威から逃げる男なのだ。

 

 デルタギアが長瀬にとって『残酷に抗う力』なら、三原にとっては『外敵を遠ざける力』なのだろう。

 闘争心に呑まれる者、闘争心を乗りこなす者、闘争心を抑え込む者、生物のほとんどが持つ闘争心との付き合い方は人次第だが、三原ほど闘争心が薄い者も珍しい。

 だがその闘争心の薄さは、三原の人柄の良さや温厚さに繋がるものであり、少なくとも長瀬の目には好ましいものとして映った。

 

「くそっ、牢屋なんかに入れやがって。見張りは居ねえが……なんとか出られねえもんか」

 

「見張りが居ないのは、オルフェノクは数がさほど多くないのもあるのかもな。

 なんにせよ、俺も長瀬君も早く脱出しないと。多分だけど、時間が無い気がする」

 

「どういうことだ? 三原は何か知ってんのか?」

 

「明日、何かの運送が始まるらしい。

 翌月初めに何か始まるらしいが……悪い、盗み聞きじゃ、それ以上のことは分からなかった」

 

「……!」

 

 確証はないが、確信する長瀬。

 明日始まるというのは、間違いなくオルフェノク化した溶原性細胞の運搬だ。

 世界各地に散布されるタイミングの直前で阻止してはもう間に合わない。

 その前、オルフェノク溶原性細胞が各地に運搬される前に、それを保有している研究所を焼き払うか何かしなければ、確実に手遅れになるだろう。

 タイムリミットは、既にあと24時間を切っている。

 

「やべえ、早くここを出て乾さん達と合流しねえと!

 ……いや、ここがスマートブレインのどっかの拠点なら……

 そうだ、溶原性細胞の運搬ルートの情報があるかもしれねえ。それを探してみるか」

 

「長瀬君、落ち着け。

 俺達はここに入れられる時に身体検査されてるんだ。

 牢屋から脱出できるような道具は、当然全部取り上げられてて……」

 

「あらよっと」

 

 長瀬はデルタギア由来の赤雷をフルパワーでぶちかます。

 電子ロックなのか物理錠なのかさえ不明なまま、鍵はぶっ壊れ牢の入り口は解放された。

 

「ほれ」

 

「ええぇ……」

 

「むしろアンタは俺の前任のデルタ使用者なのにこれ使えないのか……?」

 

「……いいじゃないか別に、使えなくたって。俺は雷親父じゃないんだ」

 

「は!? デルタの雷ってそういうのなのか!?

 これ闘争心とか怒りとかの具現なのか!? マジで!?」

 

「俺がデルタについてそんなに詳しいわけないだろ! やめてくれ!」

 

 デルタの雷に変な推論が付けられそうになっていた。まあ、それはそれとして。

 牢を脱出した長瀬と三原は、自分達の牢があった地下三階のフロアから、あっという間に地下二階の中央にまで移動する。

 赤外線センサーも、監視カメラも、見張りもなかった。

 おそらくだが、フロア単位で簡易牢の類だったのだろう。

 が、それにしても、長瀬と三原に対する警戒はあまりにも少なかった。

 

「ザル警備にもほどがあるなぁ」

 

「三原、あんた虫とかザリガニとかをケースから逃したことないか?」

 

「え? ああ、9歳の時に一回……いや、その後も一回やったことあったな。それがどうした」

 

「子供って、逃げるって思わねえんだよな。

 カブトムシとか、ザリガニとかが蓋を押し上げて逃げるって想像もしねえんだ。

 逃げて初めて、『ああ捕らえておくのにこれじゃ足りなかったんだな』って思う」

 

「うん、確かに」

 

「『逃げ出せるなんて思わなかった』って子供は言うわけだ。

 つまりな、俺達は、オルフェノクにとっちゃカゴに放り込んだ虫程度に思われてんだよ」

 

「!」

 

「甘く見られて、弱く見られて、下に見られてるんだ」

 

 子供は"これが逃げる"だなんて思いもしない。虫に対して。

 オルフェノクは"これが逃げる"だなんて思いもしない。人に対して。

 この二つの違いなんて、虫かごが牢屋に変わった……それくらいしかない。

 

「一泡、吹かせてやろうぜ」

 

「……ああ!」

 

 実際には三原が長々とこの牢屋に捕まっていたせいで、デルタの装着者でもこの牢レベルの設備で十分捕まえておけるんだな! とオルフェノク側が誤認した、というのもある。

 ともかく、幸運が重なったというわけだ。

 長瀬と三原は速攻で周囲を探索する。

 誰にも見つからないように、どこをどう行けば良いのかを探るために。

 

「長瀬君、あったぞ。これがフロアの地図じゃないか?」

 

「よっし、ツイてるな。ここをこう行けば脱出が……ん?

 なあ三原、この地図のこの部分、一般職員進入禁止って書いてあるのは……」

 

「言ってみるかい? 危険があるか、急所があるか、虎穴に入らずんばってやつだな」

 

 『誰も入ってはいけない』ではなく、『一般職員が入ってはいけない』のであれば、その場所には二通りの可能性が考えられる。

 一つは、専門職の人間しか入ることを許されない場所。

 一般職員が入れば最悪火傷では済まない炉心などがそれにあたる。

 そしてもう一つの可能性が、『多くの人間に見られると不味いもの』がある場所だ。

 金庫室、極秘のデータサーバー、機密文書保管室などがそれにあたる。

 

 二人がそこを探索しに行くのは、至極当然の流れであった。

 

 

 

 

 

 長瀬は武器があることを期待していた。

 オルフェノクをデルタの雷で倒し切ることは難しく、素手の自分と三原だけでは、敵に見つかった時に切り抜けられないからだ。

 三原は一発逆転の溶原性細胞全滅スイッチとかないかなあと期待していた。

 そんなものがあるわけないが、あればいいなとちょっと期待していたわけだ。

 

 が、二人の予想は大きく外れる。

 一般職員の侵入が許されていなかったそこには牢があり、服も肉体もボロボロにされた男が放り込まれており、長瀬の雷でも壊せなさそうな合金の鉄格子があった。

 頑丈な檻の中には、三原のよく知る者が一人、捕らえられていたのだ。

 

「と……父さん!?」

 

「……修二か」

 

 彼の名は、花形。

 草加や三原を引き取り、養護施設・流星塾にて彼らを育てた男である。

 その年齢は既に老人の域に片足を踏み入れているが、加齢による惚けた様子は一切なく、むしろ若者よりも頑強そうな印象を感じさせていた。

 それだけに、服も肉体もボロボロにされた風体が、異様な印象を際立たせている。

 

「三原、あんたの親父か?」

 

「あ、ああ。俺達流星塾生みんなの父親で……ライダーズギアを作って、送ってくれた人だ」

 

「!」

 

 『父さん』という三原の言葉に、長瀬は複雑な表情と反応を見せる。

 長瀬は親からの愛を受け取れなかったことでグレた不良であり、長瀬の仲間だった千翼は父に命を狙われ――最終的には父に殺され――、長瀬と千翼の仲間も総じて親と上手く行かなかった子供達であった。

 俯瞰的に、概念的に見れば、だが。

 アマゾンを巡る物語は、生みの親(にんげん)生まれた子(アマゾン)の関係性で成立する子殺しの物語であり、親喰らいの物語である。

 

(……父親、か)

 

 長瀬は知るよしもないが、花形はオルフェノクである。

 オルフェノクは全て殺すべきだと主張している草加だが、父がオルフェノクであると知った時、草加は花形を殺すのを躊躇った。

 その後も何度か殺す機会があったものの、草加は父を自らの手で殺すことを僅かに躊躇った。

 あの草加が、だ。

 親殺しを行わせないだけの愛が、花形と流星塾生の間にはあるのである。

 

「修二。積もる話はこのあたりにしよう。

 そこの君は……修二の仲間か?

 修二を助けてやってくれ。修二は優しいが、そこは長所でもあるのだ」

 

「……ああ、いいぜ。心配症な父親だな」

 

「性分でな。

 愛する子達を戦いの場に送り込む、最悪な父親だ……

 だが、できれば、生き残って欲しいと……そう願っている」

 

 花形は自嘲の笑みを浮かべ、なんと突然に自分の右手親指を噛みちぎり、それを長瀬に投げて渡した。

 壊れ無さそうな牢の格子の間を抜け、親指がキャッチした長瀬の手に収まる。

 

「父さん!?」

「!? あんた、何を」

 

「お前達が持っているその地図の、E-A-752と書かれている場所に向かえ。

 そこの入り口から見て右手奥の壁を指で探れば、感触の違う部分がある。そこを壊せ。

 そこに隠された金庫を私の指紋で開けば、そこにお前達に必要な物が入っている」

 

 指を噛みちぎった出血と痛みか、花形は顔を青くしている。

 だが、その眼光は揺るぎない。

 分厚い人生が打ち立てた強固な信念が、初対面の長瀬をも圧倒する覚悟を見せていた。

 指を噛みちぎることさえ些事でしかなくなる、そんな覚悟を。

 

「ハンパねえな。何があんたをそうさせるんだ?」

 

「私は……滅ぶべき種族と、生き残るべき種族があるということを、知っているだけだ」

 

 ただ、花形は願っていた。

 ライダーズギアを手にした、愛する子らとその仲間達の勝利を。

 

「修二、頼んだぞ」

 

「……ああ、父さん!」

 

「それと、真理から伝言だ。

 彼女は別の場所に連れて行かれてしまったが……

 その前に、乾君に伝えて欲しいと、伝言を頼まれた」

 

「真理が?」

 

 長瀬は話に聞いただけで会ったことはないが、おそらく園田真理のことだろう、と考える。

 乾巧にファイズギアを渡し、今の照夫護衛チームを引き合わせ、巧・木場・草加間に微妙な不和をもたらしたと海堂から聞いていた。

 

「『闇を切り裂き、光をもたらして』だ。修二、伝言を頼んだぞ」

 

「……うん、分かった。確かに伝える」

 

 いい伝言だ、と長瀬は思った。

 助けて、でもなく、頑張って、でもなく。

 大雑把に進むべき道を示す伝言は、真理から巧へ向かう『あいつなら細かいこと言わなくても大丈夫』という信頼……それを、一言にまとめたもののようだった。

 

「あんた、大丈夫なのか?

 俺と三原は自由に動けるが、牢の中で怪我したあんたは……」

 

「気にするな。どうせこの牢は破れん。私はここで皆を信じて待つとしよう」

 

 花形は牢の壁に腰掛け、瞳を閉じる。

 

「いつか燃え尽きるからこそ命だ。

 永遠の命などあってはならない。

 人はその短い人生を輝かせなければならない。

 だからこそ、子供達は燃え尽きる前に輝く流星のように―――私はそう祈り、そう名付けた」

 

 だから信じられるのだ、と花形は言った。

 先程まで心配そうにしていた三原の目の色が、勇気の色に一瞬で染まる。

 

 その親子関係を長瀬は心底羨ましく思い、己の本心を吐き捨てるように唾を吐いた。

 嫌いなわけではない。

 憎いわけでもない。

 長瀬が花形と三原を見れていられなかったのは、ただ単に、羨ましかったからだ。

 自分や千翼が望んでも得られなかったものが、彼らの間にあったことが、ただひたすらに羨ましかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花形に指示された場所に向かい、指示された場所を調べ、そこに隠されていた頑丈な金庫を開ける長瀬と三原。

 長瀬はそこまで期待していなかったが、中の物を見て目を見開く。

 その中に隠されていたのはなんと、『四本目のベルト』であった。

 

「こ、こいつは……ベルト!?」

 

「簡易装着型のベルト! 父さん、もしもの時のためにこんなものを隠してたのか!」

 

 そのベルトの名はスマートバックル。

 後期開発系統量産型のライダーズギアであり、これを用いることで"ライオトルーパー"へと変身することが可能なベルト型ツールだ。

 

 ベルト・ジェネレーターの携帯電話・各武器の一式をケースで運ばなければならないファイズギア等と違い、ベルト一本で全てを持ち運べるのが魅力的なベルトではある。

 その分装備は貧弱で、ここまでの窮地でもなければ使う者はおるまい。

 ファイズ・カイザ・デルタのどれと比べても性能は遥かに劣る。

 だが―――()()()()()()()()()()()()()で見れば、十分過ぎるほどの武器だった。

 

 本来ならばスマートブレインに反逆した者を殺すシステムが組み込まれているのだが、花形がそれを取り除いたこのベルトは、長瀬と三原が手にしたか細い希望であった。

 

「こっちは何だろう」

 

「色合いからしてファイズの強化武器とかか? まあ、ついでに持って行こうぜ」

 

 二人はベルトを手に入れまた移動を始めるが、徐々に建物の中をうろつく敵が増えてきた。

 

「おい、脱走した人間は居たか」

「いや居ないな」

「くそ、早く見つけないと……」

「手柄を立てておけば欠員が出た時、次期ラッキークローバーも狙えるからな」

 

 長瀬と三原の脱走が発覚し、二人を探すオルフェノクがどんどん来ているのだ。

 このままでは見つかるのも時間の問題だろう。

 で、あるならば、いっそこちらから仕掛けるのも手である。

 

「俺が先に使う。三原、俺が先にやられたら後は頼む」

 

「ああ。気をつけろよ、長瀬君」

 

 長瀬はベルトを腰に巻き、曲がり角で待ち構えた。

 三原は邪魔にならないよう隠れる。

 二人を探すオルフェノクが四人、廊下をオルフェノク体でゆっくりと歩いている。

 長瀬は曲がり角で待ち、じっくりと、焦りを抑えながら待つ。

 

(もう少し……もう少し、近くに来い……)

 

 そして曲がり角の前にオルフェノク達が差し掛かった、その瞬間。

 

(ここだ!)

 

 変身しつつ曲がり角から飛び出して、長瀬はオルフェノク達に襲いかかった。

 

《 Complete 》

 

「! 例の人間だ! 殺っちまえ!」

 

 四体のオルフェノクが同時に対応し、『ライオトルーパー』となった長瀬へ攻撃しようとして、こんがらがった。

 ここの廊下は狭い。

 全身に棘やら角やら触手やらが生えているオルフェノクが、武器を出してまで敵を攻撃しようとすれば、まず間違いなく仲間に先に当たってしまうくらいに。

 

「邪魔や! オレの剣が振れへんやろが!」

「おい肩がぶつかったぞ気をつけろ!」

「ここの廊下なんでこんな狭いんだよ!」

「しまった! こいつ、狙ってここで仕掛けて―――!?」

 

 だからこそ、長瀬は地図を見てここを襲撃の場所に選んだのだ。

 

 ライオトルーパーの固有武装・アクセレイガンの刃がオルフェノクの喉に突き刺さる。

 千度の高熱を発する刃が、秒間六百万回の振動にて喉をバターのように切り裂いた。

 首の2/3を切断され、名も無きオルフェノクが死に至る。

 残り三体。

 

「銃とナイフの一体型武器か。悪くねえ」

 

 襲いかかるオルフェノクの剣、槍をアクセレイガンの刃で受け流し、長瀬はアクセレイガンをガンモードへと切り替えた。

 拳銃であり、ナイフでもある。

 それこそが変形武器アクセレイガンの最大の強みと言えるだろう。

 剣を受け流せる強度を保ったまま、アクセレイガンは至近距離から敵へとフォトンブラッドの火を吹いた。

 

「強い奴が作った武器だ、手応えで分かる!」

 

「ふぉ、フォトンブラッドだ! 簡易版でもヤベえぞ!」

 

 ライオトルーパーはオルフェノクに対して有効であるフォトンブラッドを扱えない。

 だが発射する銃弾だけは、フォトンバンクという貯蓄カートリッジにより、フォトンブラッドで構成されている。

 ゆえにこそ、一定の威力は保証されているのだ。

 デルタで慣れた長瀬のフォトンブラッド銃撃により、三体のオルフェノクは押し込まれながら肌を焼かれていった。

 

「そらっ!」

 

 多様な場面で多用できる。

 それこそが『武器として優れている』ということだ。

 長剣とナイフが戦えばまず長剣が勝つだろうが、大抵の軍隊は長剣ではなくナイフの方を武装として採用している。

 "対人戦闘ではリーチが長い武器の方が強い"という当たり前の強みと比べても、なお優秀と判断されるほどに、ナイフの汎用性は評価されているのである。

 

 銃技術が発展した今日において、単純なリーチを求めるならば、銃を併用すればいい。

 

「一体、二体、三体ッ!」

 

 長瀬の攻め手に、銃剣武装・アクセレイガンはよく馴染む。

 あっという間に、ナイフの刃は残り三体の喉も切り裂き、その命を死に至らせた。

 今のオルフェノク達が三下の雑魚だったというのもあるが、長瀬にとってはライオトルーパーが一定の性能を備えていたことの方が大きかった。

 

「デルタほど強くないが、十分だな」

 

 千度の高熱刃を秒間六百万回の振動で叩きつけるこの武装は、普通に強い。

 複数の武器を効果的に使い分ける必要もなく、一つの武器を銃と剣で使い分けるだけな仕様もシンプルな使いやすさに直結している。

 デルタのパンチ力が3.5t、キック力が8t。

 ファイズのパンチ力が2.5t、キック力が5t。

 そしてライオトルーパーのパンチ力が2t、キック力が4tだ。

 長瀬の体感を基準にしても、ライオトルーパーの身体能力はさほど悪くない。

 

「移動するぞ三原。あんまうろうろもしてられねえ」

 

「待ってくれ長瀬君。こいつらの持ち物を調べればもしかしたら……あった!

 カードキーだ! こいつらの職員用カードキーがあれば、入れる部屋が増えるぞ!」

 

「! でかした! なんか慣れてんな、あんた」

 

「へへっ、草加に連れられてから俺がどんだけ望まない戦いに参加させられたと思う?」

 

「……お、おう」

 

 灰になったオルフェノクの残骸からカードキーを回収する三原の背中には、望まずして修羅場の経験を積み重ねてしまった者の哀愁が漂っていた。

 フォトンブラッドを再充填するため、一旦変身を解除した長瀬を三原が導く。

 三原の慎重な性格は、ルート選びでも有効に発揮されていた。

 

「そこを右」

 

「りょーかい」

 

 進んで、進んで。

 重要そうなデータがありそうな部屋にあたりをつけ、そこまで移動したところで。

 

「……げっ」

 

 目的の部屋の前に立つ、『ハゲタカオルフェノク』の姿を二人は目にした。

 長瀬はその姿に見覚えがある。

 長瀬が琢磨に殺され、オルフェノクの記号を埋め込まれて蘇生した後、目覚めて最初に目にしたオルフェノクだ。

 要するに、長瀬を蘇生させたと思わせるオルフェノクの研究者である。

 

 猛禽のオルフェノクとして襲いかかって来たかのオルフェノクは、長瀬の巴投げで吹き抜けに落とされたのだが……流石はオルフェノク。死んでいなかったらしい。

 長瀬のかつてのクラスメイト星埜(ほしの)イユを捕食殺害した、アマゾン化したイユの父親が『ハゲタカアマゾン』だったことを考えれば、世界を越えて因果は巡ると言ったところか。

 ハゲタカオルフェノクは、長瀬を目にして獰猛に笑う。

 

「ようこそ。溶原性細胞の散布作戦データは、この部屋の中だ。」

 

「お前を倒さないとそれは手に入らない、と。シンプルだな」

 

「ああ、シンプルだとも。お前達が私に勝てない、ということも含めてな」

 

 笑って、腰に『デルタのベルト』を巻いた。

 

 思わず一歩引いた長瀬の顔を見て、ハゲタカオルフェノクは露骨な殺意を見せる。

 

「マジかよこの野郎!」

 

「あの時はよくもくだらない抵抗をしてくれたな、人間風情が!」

 

 このオルフェノクはなんとも心の狭いことに、あの時のことをまだ根に持っていた。

 その上でデルタギアをこっそり持ち出し、人質扱いの長瀬を密かに抹殺しにやって来たのだ。

 なんとまあ、能力はともかくとして性格面は問題児極まりない。

 

「変身!」

 

《 Standing by 》

 

 ベルトを巻くのは敵が先でも、変身過程が簡略化されたスマートバックルならば、後追いで変身しても追いつける。

 

《 Complete 》

《 Complete 》

 

 ただし、スペックまでは追いつけない。

 

 デルタが銃を抜き、ライオトルーパーが銃を抜き、ハゲタカと長瀬の視線がぶつかる場所で二つの銃弾が衝突したが、デルタの銃弾が一方的に押し勝つ結果に終わった。

 

「―――!」

 

 突き抜けて来るデルタのフォトンブラッド弾。

 初めから押し負けることを予想していた長瀬は横っ飛びに避け、避けた先で追撃の光弾を切り払った。

 ……振動する切断剣の切れ味が、一部融けて消失する。

 千度の高温で切り裂くナイフの刃は、千度程度では変形すらしないはずなのに。

 

「げっ」

 

「これが、デルタの力! ……溺れる、溺れるのが心地良いぞ! 溺れる力だッ!」

 

 ナイフに当たれば熱融解で切れ味が損なわれ、装甲への被弾はおそらく死に繋がり、当たった壁は溶け落ちる。それがデルタの銃撃だった。

 敵にして初めて思い知る、デルタの『純粋に出力が高い』という恐ろしさ。

 そして、純粋に出力の高いフォトンブラッドの恐ろしさ。

 長瀬は幾度となく放たれる光弾を時に避け、時に切り払うので精一杯だ。

 

「クソッタレ、やべえ!」

 

 そも、ライオトルーパーは基礎出力こそ低い量産型だが、装甲自体はカイザやオートバジンと同じソルメタル228によって作られている。

 ソルメタル製の装甲は絶対零度から2000℃までの温度変化に耐え、金属の粘り強さとダイヤモンドの硬度を併せ持つ、戦車砲でも敵わないように設計された理想装甲だ。

 最強じゃないか、と思う者も居るだろう。

 が、このソルメタルを超える超合金ルナメタルでさえも、ファイズの剣(ファイズエッジ)のフォトンブラッドであれば溶断が可能……となると、話は違う。

 

 ソルメタルは強力だ。

 だがそれ以上にフォトンブラッドが強力なのだ。

 ライオトルーパーが強力で、それ以上にデルタが強力であるのと同じように。

 フォトンブラッドのジェネレーターを持たないライオトルーパーでは、デルタの相手は少々……いや、かなり分が悪い。

 

「くぅたぁばぁれぇやぁッ!!」

 

「野郎、オルフェノクのくせにデルタに闘争本能を暴走させられて……あづっ!」

 

 装甲が焼ける。

 空気が焼ける。

 フォトンブラッドが通り過ぎた空気の温度を、重さを、匂いを変えていく。

 ファイズアクセルフォームのスペックを成立させるほどの銀のフォトンブラッドが、悪夢のような銀色が、満点の星空のように視界を埋め尽くす。

 ソルメタルの多重構造で頭と胴を守るライオトルーパーでなければ、防御重視のこのギアでなければ、長瀬はとっくの昔に死んでいてもおかしくはなかった。

 

(熱い……!)

 

 耐久温度限界42度の人間に、ライダーズギアがぶつかる数千度の戦いはあまりにも厳しい。

 装甲があって初めて耐えられる、焦熱地獄の殺し合いだ。

 この領域の戦いでは、何よりも気力が物を言う。

 後方から戦いを見守っていた三原には、今の長瀬がどう苦しんでいるのかが手に取るように分かっていた。

 

(マズい、このままじゃ……一か八か、やるしかない!)

 

 とはいえ三原にできることは多くない。

 あるのは、父の花形がスマートバックルと一緒に隠していたファイズの強化ツールと思しき謎の道具のみ。

 三原はそれがよく分からないまま、それを投げた。

 

「苦し紛れも甚だしいわッ!」

 

 何もしないよりはマシだ、という諦めの悪い三原の行動をハゲタカが笑う。

 そして投げた物を撃つ。

 デルタの銃弾は投げられたそれを貫通―――せず、逆に一方的に弾かれてしまった。

 

「な」

 

「―――」

 

 驚愕するハゲタカの前で、長瀬が前に跳びそれをキャッチする。

 長瀬の目がそれの表面を見回してみても、焼け跡の一つすら残ってはいない。

 

「何が何だか分からねえが、諦めなきゃ奇跡ってのは起こるもんだな……!」

 

「くっ」

 

 かくして長瀬は、それを盾にしてデルタの銃弾の雨の中に飛び込んだ。

 何発防いでも傷付く様子は全く無い。

 つまり、カラーリングからファイズの強化武器かもしれないと推測されたこの謎の機械は―――()()()()()()()()()()()()()()()ならば、一切傷付かないように出来ているということだ。

 何故か備わっていた異常な耐熱。

 奇しくも、奇跡的に、三原の破れかぶれの行動が、デルタに対し詰めの一手として機能した。

 

「捕まえたぜ、デルタ!」

 

 ライオトルーパーの腕が、背後からデルタを羽交い締めにする。

 

「離せ人間! 貴様なぞに……!」

 

 デルタのパンチ力が3.5t、キック力が8t。

 ライオトルーパーのパンチ力が2t、キック力が4t。

 身体能力はせいぜい1.5倍から2倍。

 人間とオルフェノクならともかく、デルタとライオの身体能力の差などその程度だ。

 ならば、関節の位置を意識してさえいれば、一定時間抑えることは難しくない。

 

 互いに変身無しで戦っていたなら、ハゲタカもこんな無様なことにはならなかっただろうに。

 

「ライダーズギアは、構造さえよく知ってりゃ奪い取るのは難しくないんだよ!」

 

 その隙に三原が飛びかかり、ハゲタカオルフェノクからデルタのベルトをひったくった。

 

「や、やめろ!」

 

 オルフェノクの体表からデルタの装甲が消失していくのと、三原が手慣れた動作でデルタギアを腰に装着するのはほぼ同時。

 三原が変身に手間取ることなどあろうはずもない。

 彼は、デルタへの変身に手慣れているがゆえに。

 

「変身!」

 

《 Standing by 》

 

 戦力比の逆転は、一瞬だった。

 

《 Complete 》

 

 ハゲタカオルフェノクが飛ぶようにして逃げる。

 彼の視線の先には、肩を並べるライオトルーパーとデルタの姿。

 

「こ、こうなれば……!」

 

「どうもならねえよ、もうな!」

 

 一瞬一撃。

 ハゲタカオルフェノクの腕による一撃はかわされ、ライオトルーパーのボディブローが腹に、デルタの銃撃が眉間に当たる。

 オルフェノクが怯んだ一瞬、長瀬のラリアットが首を打ち、三原の狙撃が鳩尾を撃つ。

 ぐらり、と揺れたオルフェノクの体が膝をつく。

 

「おのれぇッ……!」

 

 そしてデルタのバーストモード一斉射撃が、オルフェノクの胸に大穴を空けた。

 

「へっ、デルタさえ取り戻せば笑っちまうくらい楽勝、だった――」

 

 だが、決着の瞬間、長瀬の体も同時にぐらりと揺れる。

 こちらは膝をつくことさえ出来ずに、床に倒れ込んでしまった。

 

「――な」

 

「長瀬くん!」

 

 連戦。この世界に来てからの連戦は長瀬の体に慢性的な負荷をもたらした。

 牢に放り込まれる前のドラゴンオルフェノクとの連戦、この施設での連戦は、長瀬の体に急性の負荷をもたらした。

 人間の体は数時間でそれらを癒せるような都合のいい構造はしていない。

 

(っ)

 

 そして、三原も万全の体調とは言えない。

 ここに監禁される直前敵との戦闘で受けたダメージが完治したとは言い難く、狭い牢の中で運動不足と栄養不足のダブルパンチを食らってもいた、というのが三原の現状だ。

 長瀬よりはマシかもしれないが、長瀬よりマシでしかない。

 二人の変身が解除され、三原もまた壁に寄りかかって息を整え始めた。

 

 幸い、重要な情報がありそうな部屋は目の前である。

 

「ラッキーだったな、三原」

 

 幸運は重なった。このタイミングでデルタを取り返せたのは、望外の幸運である。

 

「俺達が仮にここから脱出できなくても―――これで、希望が繋がったかもしれないぜ」

 

 変身ツールを取り戻すことと、仲間との連絡手段を取り戻すことがイコールなのが、この世界のライダーズギアなるものの特徴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは長瀬達にとっては希望、スマートブレインにとっては厄介事であった。

 スマートブレインのオルフェノク化溶原性細胞の運搬経路、保管施設、量産予定工場の場所の情報が全て乾巧達の下へ届けられていく。

 貴重な情報を届けられた男達は、戦うべき戦場へと駆けた。

 

「薄汚いオルフェノクの計画なんて、必ず阻止してみせる」

 

 離陸準備を始めたスマートブレインの航空機を、サイドバッシャーに跨るカイザ/草加が睨む。

 

「そんな悪夢は、絶対に起こさせない」

 

 山中に隠された工場と無数の車両に向け、木場がオルフェノクの大剣を掲げる。

 

「ちゅうか、加減ってものを知れって話よ、スマートブレインは」

 

「だね」

 

 海堂と照夫が地下のスマートブレイン施設の車両にせっせせっせと爆弾を仕込んでいく。

 

「馬鹿みたいに群れてるな、お前らは」

 

 そして乾巧は、出て来なくなったドラゴンオルフェノク以外のラッキークローバー達と、幾度となく衝突していた。

 

 戦いの場が散る。

 散っていった脅威がライダー達によって潰されていく。

 まるで、人間が三つ葉の草原から四つ葉を見つけ出して摘んでいくように、野望の芽が摘まれていく。

 

「守れ! 助けろ! 阻止するんだ! ……ここで負けたら、人間なんて絶滅するぞ!」

 

 戦いに戦いを継いでいくような、そんな激闘の数時間が始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長瀬と三原は、仲間達が世界を守るために戦う中、必死に脱出のため走り続けていた。

 

「変身!」

「変身!」

 

 ライオトルーパーとデルタの武装が、人の心を失った怪物達の命を断っていく。

 脱出しなければ世界を救うために戦えもしない。

 だが、速攻で脱出するには施設内のオルフェノクが多すぎる。

 長瀬と三原は消耗しながら、敵と戦わないよう回り道しつつ、それでも削れる時間と体力に歯噛みする。出口まで、あと少しだ。

 

「よし、出口だ! もう少しだぞ三原!」

 

「帰ろう、家に帰るんだ……! 正直に言うと、もう戦いたくない!」

 

「……なんつーか、戦う覚悟を語るより、戦いが嫌だって叫ぶ方が力入ってんなお前……」

 

 そうして出口に辿り着き―――彼らの前に、十体のオルフェノクを従えた琢磨逸郎が現れた。

 

「やあ」

 

「げっ」

 

 敵を見るだけで目眩がしたのは、ここで待ち伏せされたという最悪ゆえか、それともいい加減長瀬の体調が限界を迎えていたからか。

 

「ここに張っていた甲斐があった。さあ、殺して差し上げましょう」

 

「暇なのかよ、ラッキークローバー」

 

「いいえ、暇ではありません。

 君達の仲間が計画を邪魔してくれたおかげでてんてこ舞いですよ。

 ただ、まあ……僕はそこまで人間の絶滅を必死でやろうとするタイプの者でもないので」

 

 琢磨が瞼を下ろせば蘇る、嫌な思い出。

 デルタギアの最初の所有者がデルタギアを使って、琢磨を襲った時の記憶だ。

 それのせいで琢磨はしばらくべそをかきながら震え、デルタに襲われる悪夢を見ては飛び起き、デルタの強さを恐れてビクビク過ごすハメになったという。

 その恐怖が、今は長瀬の手の中にあった。琢磨は目を大きく見開く。

 

「だが、それとこれとは話が別だ。

 僕を恐れさせたデルタのベルト……

 それを手にした君……

 他の誰かが君を殺してしまう前に! ここで着けたい決着がある!」

 

「そうかよ……変身!」

 

「突っ切るぞ長瀬君!」

 

 長瀬はデルタに、三原はライオトルーパーに。

 それぞれ変身したことに違和感を持ったのはおそらく、交戦経験の多い琢磨だけだったろう。

 他のオルフェノクは違和感を持たなかったが、デルタの使用期間が長い三原がデルタを使うと予想していた琢磨は少し意外そうな顔をする。

 だがその理由はすぐに判明した。

 琢磨が目を疑い、目を擦る。

 

(なんと)

 

 長瀬/デルタが前に出る。その後ろから三原/ライオが銃を撃つ。

 近接戦は思い切りがよく喧嘩慣れした長瀬の方が明らかに強く、そんな長瀬にデルタを持たせることで前衛に強力な圧力が生まれていた。

 銀の拳が風を切り、オルフェノクを片っ端から殴り飛ばす。

 そして琢磨の配下オルフェノク達が怖気付き、下がった瞬間―――長瀬と三原はベルトを外し、互いに向かって投げた。

 

(こんな連携を組み上げていたとは)

 

 敵オルフェノクにベルトを取られない軌道での、綺麗なトス。

 今度は長瀬がライオトルーパーに、三原がデルタへと変わる。

 

「変身!」

 

 ベルトを交換すれば、また流れるように戦いが再開された。

 長瀬/ライオが敵の攻撃を止める前衛を努め、後方から三原/デルタが銃撃で敵の急所を撃ち抜いていく。射撃は明らかに三原の方が上手かった。

 デルタが撃ち抜くまでの足止めならば、ライオトルーパーの性能でも十分過ぎる。

 そう、琢磨が驚いたのは、こうして流動的に『前衛と後衛の性能バランス』を変化させる変幻自在の連携に対してであった。

 

「残り五体!」

 

「気張って行こう!」

 

 スタンディングバイ、コンプリート、機械音声が連続する。

 二人の変身者が二つのベルトを使って居るため、敵オルフェノク達は合計四種類の組み合わせとなる戦法の変化に対応しきれていない。

 長瀬がデルタの時は、フィニッシャーはデルタの拳だ。

 三原がデルタの時は、フィニッシャーはデルタの銃だ。

 簡単に対応できると言い切るには、デルタの基礎出力が高すぎる。

 

「くっ……悪い、今目を離しちまった! 今あの人間のどっちがデルタだ!?」

「格闘が強い方だ! 迂闊に近付いたらっ、ぐああああっ!?」

「馬鹿野郎、しっかりしろ!」

 

 長瀬の格闘という長所と、三原の射撃という長所をデルタで均等に強化し、ライオトルーパーの『長期戦だと弾丸が尽きる』という短所をこまめな変身解除で補う。

 こう言うと正しい表現とは言えないかもしれないが、今や二人は"二人で一人のデルタ"であるというわけだ。

 二人が等しくデルタに適合したがゆえのフォーメーション、であると言えよう。

 あっという間に、琢磨配下のオルフェノクは残り一体まで追い詰められていた。

 

「面白い」

 

 そこでようやく、重い腰を上げた琢磨が参戦する。

 

 琢磨は長瀬と三原の連携に少し心奪われていただけで、手加減してやる約束もなければ、待ってやる義理もない。

 

「長瀬君!」

 

「悪い、そっちの足止め頼む!」

 

 三原は最後の一体の足止めをして、長瀬が琢磨の迎撃に移った。

 全力で握れなくなってきた拳を握る長瀬。デルタが拳を握る力を増強する。

 琢磨がセンチピードの拳を握る。

 二人は全力で踏み込み、全力で拳を握り、体ごとぶつかるようにして互いの腹へと拳を叩き込んだ。

 

「かっ」

「ふっ」

 

 一瞬、長瀬の意識が飛ぶ。

 意識が飛んで、昔戦場で特殊部隊の隊長・黒崎に言われた言葉が蘇る。

 

―――ヒーローごっこやめて、さっさとママのところ帰れ

 

 意識が戻る。

 自分と千翼が一緒に怪物を狩っていた頃、そんなことを言われた記憶が、長瀬の腑抜けた体に気合を入れてくれた。

 

 長瀬の膝が度重なるダメージで笑う。デルタのパワーアシストがそれを補正する。

 琢磨の足が地面を擦るように走る。

 デルタの足とオルフェノクの足が、互いの脇腹を強烈に蹴り込んだ。

 

「があっ」

「ぎぃっ」

 

 長瀬の意識が飛ぶ。

 

―――親が子供殺すのかよ!

―――親だからな……殺すんだよ

 

 意識が戻る。

 長瀬が仲間を虐めるクソ親に抗った時の記憶が蘇って、少し嫌な気持ちになってしまった。

 ああ、嫌だ、嫌だと思いながらも地を踏みしめる。

 デルタが銃を抜き、センチピードが鞭を抜く。

 容赦なく急所狙いの二人の攻め手は、互いの喉を正確に撃ち、正確に打つ。

 デルタの喉が鞭で打たれた音と、センチピードの喉が銃で撃たれた音が、重なった。

 

「っ!」

「ッ!」

 

 長瀬の意志がまた飛んで、イユという少女を後ろに乗せてバイクを走らせた記憶が蘇る。

 

―――住んでた街とか……学校とか……そこに行く。……楽しかった場所……

 

 死ねない。

 その強い想いが、命と一緒に飛びそうになっていた意識を引き戻す。

 

(やべえ)

 

 踏み込み、琢磨の胸を蹴り飛ばす。

 浅い。吹き飛ばしただけだ。胸抉るようなダメージがない。

 琢磨は苦悶の声一つ漏らさず、距離を測ってジリジリと動き、長瀬は肩で息をする。

 長瀬の思考は焦燥に包まれていた。

 

(体の、どこにも、怪我なんてねえけど……これ、多分―――)

 

 長瀬の一般人とそう変わらない肉体が悲鳴を上げている。

 強い意志を持っていなければ、気絶したらそのまま死んでしまいそうな気すらした。

 意識と一緒に命まで飛んでしまいそうな、気を抜けば命も一緒に抜けてしまいそうな、そんなギリギリの領域の戦闘。

 ギリギリの領域の狭間に、長瀬は己の記憶を見た。

 

(―――走馬灯だ)

 

 長瀬は知っている。

 人間が走馬灯と呼ぶものの正体を知っている。

 人間の死体が、オートで生前の記憶を再生しようとすることを、知っている。

 星埜イユを見てきたから、知っている。

 

 これが見えているということは、自分の体が死体(イユ)に近付いているということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。

 戦いの中では、いつも生と死の境界が曖昧になる。

 琢磨逸郎は、デルタの光を睨んでそう思った。

 この銀光は、喰らえば死にそうで怖すぎる。

 

 魔を討つ銀弾。

 魔物退治には、銀の銃弾こそが相応しい。

 デルタを銀の銃弾撃ちとして作った者は、間違いなくこれを魔物退治に特化させている。

 今は自分が魔物なのだと、琢磨は自嘲するように鞭を振るった。

 その鞭の合間を、闘争本能を高められた動きで長瀬/デルタが野獣のように跳び抜ける。

 

「あああああああッ!」

 

「そう、それだ、長瀬裕樹。

 デルタギアが闘争本能を高めても、頑なに一線を越えないその精神性。

 それは闘争本能を中途半端に抑え込まず、獣の精神性として解き放つがゆえなのか?

 人が獣のように戦うことに違和感も忌避感も持たない、その在り方が!

 おそらくは適性の無い人間がデルタギアを乗りこなすための、最適解の一つなのだろう!」

 

 獣の銀の銃撃を、センチピードが小刻みに跳んで回避する。

 反撃に振った鞭が外れて大木を真中からへし折った。

 

 半端に理性で乗りこなそうとする者に、デルタは向かない。

 三原のように闘争本能がほとんど無い優しき適性者でないのなら、長瀬のように獣を参考にしたスタイルを貫くのが最適解なのかもしれない。

 デルタの制御は崖を飛び越えるのに似ている。

 半端に飛べば落ちるし、堕ちる。

 ならば初めから飛ばないか、思いっきり跳んで崖を飛び越えるかするしかないだろう。

 

「ファイア! ぶち抜けデルタァ!」

 

《 Burst Mode 》

 

 野獣だ。

 獣は人間のように闘争本能を抑えることなどしない。

 人間は本能を抑え理性で"人体に最適化された技"を使うものだが、獣は人型をしていても本能を滾らせ"敵を食らう業"を用いて動く。

 アマゾンなる怪物は、皆そうだった。

 己の中に巣食う獣を手懐けていた。

 今ここにいる長瀬の戦闘スタイルもそれである。

 

 その動きは人間であるにもかかわらず、時に人外であるオルフェノクよりも獣らしい。

 

「さあ、来い、来い、長瀬裕樹!」

 

 銀光の銃弾を鞭が叩いて落とし、路面がフォトンブラッドで蒸発する。

 

「僕は……ラッキークローバー。上の上の認定を受けたオルフェノク!」

 

「んだよ自慢かよ! 知らねえってんだよ!」

 

「ああ、自慢だ! 僕はオルフェノクの中の最上級種!

 そして……そして! 僕より弱いラッキークローバーなど、一人も居ない!」

 

「―――!」

 

「僕は最強の中の最弱だ! 無敵にも最強にもなれない、それだけの!」

 

 ガギン、と鞭のトゲがデルタの装甲を削る。

 ジュッ、とデルタの銃弾がセンチピードの肩を焼く。

 

「上には上が居るんだ……僕の上にも……誰の上にも……!」

 

 人間社会も、オルフェノク社会も、上には上が居る。

 琢磨はエリートの中の雑魚、大物の中の小物、最強の中の最弱だ。

 彼本人が言う通り、彼が最強と呼ばれることも無敵になることもないだろう。

 

「僕はね、別に人間社会の中に溶け込んでもいいんだ。

 どうでもいいんだ、そんなことは。

 人間なんて生きていても死んでいてもどうでもいい。何かしようとも思わない」

 

「は? 何が言いてえ……いや、何がしてえんだ、お前」

 

「……別に」

 

 二人の攻撃がすれ違い、空を切る。

 

「何をしたいとも思わない。

 僕に理想なんて無い。夢なんて物はない。渇望する目標もない。

 村上社長や冴子さんのように、人間の居ない世界を(こいねが)っているわけでもない」

 

「……人を散々殺しといて、その言い草かよ! くたばれ!」

 

 怒りのこもったフォトンブラッド弾が、琢磨の脛を撃ち抜き、焼き切る。

 

「ぐっ……!」

 

「ふざけんなよてめえ……んな小物みたいな思考じゃ、殺された人間も浮かばれねえよ!」

 

「強くなっても強くなっても上がいる。

 僕は僕を虐めようとする者が居なければいい。

 僕はもう最強になんてなる気もない。

 そう……そのくらいしか望んでいない。

 僕は、多分、僕を見下す奴が皆死ぬことくらいしか望んでない」

 

「てめえより強い奴が存在してる限り、その望みは叶わねえんだろ! 分かってんだよ!」

 

 足を撃たれて膝を折った琢磨へ放たれた追撃の銃撃を、琢磨は鞭を盾として防ぐ。

 

「なら、君はなんだ」

 

「あ?」

 

「僕は言った。僕は語った。これが僕の全てだ。

 だが君は何だ?

 何がしたい?

 君は何がしたいんだ。

 君だけだ、戦う理由が全く見えないのは。

 目的が見えないのに、得することもないのに……君は必死に戦ってる」

 

 長瀬は外様である。

 この世界に本来何の因縁もない。

 世界を救う義理などないはずなのだ。

 長瀬からすれば戦う理由など腐るほどあるのだが、琢磨にはその理由がほとんど見えない。

 何故ならば、どこで誰に勝とうと、長瀬は物理的に何か得する事柄が一つも無いからだ。

 

「得するから戦ってんじゃねえよ!

 そんな理由で戦ってるのは……恵まれてるやつだけだ!

 生きたいってだけで戦ってるやつも!

 そこにそいつが生きてるのが許せないやつも!

 ……後悔してるから、今でも自分が許せねえから、過去を見ながら戦ってるやつだって!」

 

 千翼を思い返しながら、長瀬は拳を叩きつける。

 

「後ろ向きですねぇ!」

 

 琢磨は自分のためだけに、拳を叩きつける。

 

 オルフェノクの人生には何がある?

 あらゆるスポーツで最強、戦争に行っても無敵、犯罪者になれば警官にも止められず、オルフェノクの足より遅い車両の開発のために学問を修める意味もなく。

 けれど、肉体的な戦闘力を除けば大体が人間と変わらない。

 強さだ。

 人間とオルフェノクの一番分かりやすい差は、肉体的な強さである。

 琢磨もまた、自分がどう生きていくかを、自分の強さと弱さを前提に決めていくしかなくて。

 

「強さが全て、それなら分かりやすい」

 

 オルフェノクの中でも上の上の強さを持つラッキークローバー。

 強さだけで選ばれるラッキークローバー。

 その中で最弱と見なされているセンチピードオルフェノクの琢磨は、どうすればいい?

 最強の中の最弱は、『強さを絶対視する生き方』を迷いなく選べるものなのか?

 少なくとも、琢磨はそこに迷いを持ってしまっていた。

 

 強さだけが全ての世界に琢磨が飛び込めば、そこには弱すぎる人間の群れと、デルタやドラゴンオルフェノク等の強者達が待っている。

 戦えば死。

 自分より強い相手に戦いを挑めば、その先には死しかないはずなのだ。

 

「なら、自分より強い者に果敢に挑めるのは何だ。

 僕が絶対に選びそうにないその生き方を自然に選ぶ君は、君達は、何だ!」

 

 なのに、巧も、草加も、木場も、海堂も、長瀬も。

 誰もが自分より強い相手に挑むことを躊躇わない。

 弱い者いじめの時はイキイキとしていて、強い相手を前にすると気が引ける琢磨は、鞭に魂を込めるようにして強打する。

 心を込めた言葉を同時に叩きつける。

 強さとは何か? 迷う琢磨は、長瀬に問いかけていた。

 

「何故だ。

 何がしたい?

 何を想ってる?

 何を抱えてるんだ?

 あの恐ろしい北崎さん(ドラゴンオルフェノク)にさえ、何故君は立ち向かえる!」

 

 最強の中の最強であるドラゴンオルフェノクを、巧と長瀬は曲がりなりにも倒した。

 最強の中の最弱である琢磨には、彼らの持つ立ち向かう勇気も、絶対強者を倒す心の力も、何もかもが理解の範囲外だったのだ。

 胸を打つようなショックだったのだ。

 自分はこのままでいいのか、と思うほどに。

 ラッキークローバーでいいのか、と思うほどに。

 何もかも投げ出して人間社会の中に紛れ込むようにして逃げようか、と思ってしまうほどに。

 

 蘇りかけた"人間的な弱さ"を振り払うように頭を振って、全力の右ストレートを放つセンチピードオルフェノクに、長瀬は綺麗なクロスカウンターを合わせた。

 

「ぐあっ……!?」

 

「俺に頭の良い理由なんて求めてんじゃねえ!」

 

 流れるように前蹴りに繋げ、浮いた琢磨に銀の銃弾を叩き込む。

 

「づっ!」

 

「クソ親が仲間を殺そうとしてたのを見て!

 その首に何も考えねえでショットガンぶち込んだことだってあるっ!」

 

 長瀬は走馬灯と現実の間を行ったり来たりした時に、記憶の中で自分がやっていたそれをなぞるように、琢磨の首に銃口を突きつけ引き金を引く。

 

「ア゛ッ!?」

 

「ムカついた、で十分だろうがッ!!」

 

 あと一撃。

 ここで倒れた琢磨にあと一撃決定的なものを叩き込めば、勝てる。

 だがその一撃を加えるのにおそらくあと数分が必要で、遠くからスマートブレインの車両が疾走する音と、オルフェノクを片付けた三原がバイクに乗って慌てた様子でやって来た。

 時間切れだ。

 ここで琢磨にトドメを刺せるほどの余裕はない。

 

「長瀬君! これ以上ここに居たら、スマートブレインの援軍がまた……」

 

「……分かった!」

 

 三原がどこぞよりかっぱらって来たバイクに長瀬が乗り込み、逃走する二人の姿が見えなくなった頃、倒れた琢磨の周りにスマートブレインの名も無きオルフェノク達が駆けつけた。

 

「クソ、人間いねえ」

「大丈夫です。作戦が成功すれば、他の塵芥諸共に全滅する人間ですから」

「琢磨様!」

「ラッキークローバーが負けるなんて……」

 

 周りが騒いでいるが、琢磨は何一つとして聞いていない。

 

「……ムカ、ついた?」

 

 その脳裏には、長瀬の言葉がいつまで経ってもリピートされていた。

 

「それだけで……強者に立ち向かえるだなんて……そんな……」

 

 勇者は龍に立ち向かう。

 御伽噺において、勇者は龍を討つもの。龍は勇者に討たれるものだ。

 されどいつだって小悪党は、竜に食われる小物でしかない。

 

 龍を倒して、龍を超えて、最後に残るのは勇者の役目。

 

 けれど琢磨は、どこまで行ってもドラゴンに踏みつけにされる者でしかなく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイクを運転する三原、その後ろで三原にしがみついていた長瀬。

 だがしがみつく力は徐々に弱っていき、ずるりとバイクから転がり落ちてしまった。

 デルタの装甲が彼の命を守ってくれたが、衝撃で外れかかっていたデルタのベルトが外れ、変身が解けてしまう。

 

「長瀬君!」

 

 三原も変身を解除し、バイクを止めて長瀬に駆け寄る。

 

「大丈夫か!?」

 

「……う」

 

「流石に無茶をしすぎだ。これ以上の消耗は命に関わるぞ」

 

 長瀬をどこかに寝かせようと考える三原だが、長瀬も三原も、その場所に見覚えがあった。

 

「ここは……」

 

 長瀬はここで琢磨に殺された。

 つまり、別の世界からここに来た覚えがある。

 三原は以前、ここにディケイドとディエンドという異世界の仮面ライダーが来て、オルフェノクが全人類のオルフェノク化計画をやろうとしていたのを阻止してくれたのを思い出していた。

 つまり、別の世界から誰かが来たのを見た覚えがある。

 

「三原、ここ、俺が初めて来た場所だ」

 

「え?」

 

「……こっからなら、元の世界に帰れたりしてな。ははは」

 

 ここは世界境界が存在する場所である、ということだ。

 ここからなら元の世界に戻れるかもしれない。

 ここからなら別の世界に旅立てるかもしれない。

 とはいえ、それも机上の空論だ。

 影山冴子が展望を語っていた事柄に過ぎない。

 

 長瀬は元の世界に帰れるかどうかを試してもいないが、この世界の人間がここから別の世界に行けるかどうかについては、少なくとも現時点では不可能なのだろう。

 でなければ、長瀬がスマートブレインに狙われていたはずがない。

 冴子がああいう言い方をするはずがない。

 

 ここに世界境界があるとして、それを知り、ここに注目している人間は多くないだろう。

 それこそ、長瀬の携帯電話の一部から千翼の血の痕跡を見つけ、それを利用したような。

 別世界を使って人間とオルフェノクの仕分けを企んでいるような。

 そんな、極まった差別主義者(レイシスト)のような人間くらいしか注目していないはずだ。

 

「長い足掻きでしたね。長瀬裕樹君」

 

「!」

「!」

 

 だからこそ、絶望だった。

 

 静かに現れた人間差別主義者(レイシスト)の極致が、デルタギアを拾い上げる。

 

「だが、君はここで終わりだ」

 

 三原が長瀬を庇うように立つが、それで何かが変わるわけでもない。

 絶望。

 それは、絶望だった。

 ファイズ、カイザ、デルタのベルトが揃っていても勝てるかどうか分からない威圧感。

 絶対に見逃してはくれないだろうという確信。

 命が圧される圧迫感。

 人型の怪物。

 ()()は、デルタのベルトを手にし柔らかな微笑みに穏やかな殺意を揺蕩えていた。

 

「村上……峡児……!」

 

「! スマートブレインの、現社長……!?」

 

「ええ」

 

 彼の名は、村上峡児。

 

 ドラゴンオルフェノクと同じ、切れば決着に繋がる切り札。

 そしてスマートブレインの現社長であるがために、切りたくとも切れない切り札であった。

 だが、一度切られたならばその切れ味は保証されている。

 

「デルタのベルトは回収させていただきました。

 ファイズやカイザなど、あなたがたの仲間も全員位置を把握しています。

 園田真理、菊池啓太郎、長田結花、阿部里奈……他のメンバーも移送済みです」

 

「……う、あ」

 

「駒が全て見えた状態のチェスならば、指し手が読み違いをしない限り不確定要素はありえない」

 

「……舐めんな! オルフェノク!」

 

 その一瞬に、長瀬と三原は神業と言っていい連携を見せた。

 長瀬がデルタの雷を放つ。三原がベルトを巻く。

 雷が村上社長に命中する。三原が変身を完了する。

 そして、三原が変身完了と共に出現した銃を抜き撃ち、光弾を村上に命中させた。

 

 連戦に継ぐ連戦。

 長瀬も三原も戦闘なんてどだい無理な状態であり、攻撃が成立した事自体が奇跡だ。

 ならば、そこでコンマ一秒のズレも許さない神業連携を成立させたこの攻勢は、奇跡中の奇跡と評しても過言ではなかっただろう。

 なのに。

 

 雷も、光弾も、村上・人間態の周囲を舞う薔薇に、受け止められてしまっていた。

 

「薔、薇?」

 

「優れたオルフェノクは生身のままでも力を行使することができる。

 あなたがたが、お望みとあらば……

 ライオトルーパーとデルタの残滓程度、人間態でも制圧可能なことをお見せしましょうか?」

 

 ダメだ。

 これは、ダメだ。

 『兵器』を叩きつけているはずなのに、この薔薇を散らせるイメージが湧いてこない。

 暖簾に腕押し、石に針。

 まるで、山を殴っているような気分だ。

 長瀬のか細い体力が尽き、雷は途切れる。三原の銃弾も撃ち尽くした。

 なのに村上の薔薇は散らず、花弁の一つに傷もついていない。

 その上彼の手の中には、拾い上げたデルタギアさえ握られていた。

 

「ちく、しょう」

 

 戦って、戦って、戦って。ここが終着点。

 長瀬裕樹のあがきはこんな場所で終わってしまうのか?

 違う、と叫びたくとも、この運命を覆すだけの力は二人にはない。

 既に二人の力はどうしようもないくらいに尽きている。

 村上の抜け目の無さのせいで、仲間が助けてくれる可能性も残されていない。

 

「長瀬裕樹君。ここが君の、旅の終わりだ」

 

 終わり、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで一つ、余計な話をしよう。

 世界移動とはなんなのか?

 平行世界とはなんなのか?

 それは、世界は可能性レベルで見れば無数に分岐していて、それを移動できるのであれば、どんな可能性でも目にすることができるということでもある。

 

 長瀬が頑張っても、千翼を助けられない世界があった。

 その世界では千翼とイユが死に、長瀬は仲間であった千翼と、クラスメイトであるイユが一緒に散った死に様を、最後まで目にすることはなかった。

 その世界における人類は、総じて平和を勝ち取る道に乗れたと言える。

 

 長瀬が頑張って、千翼を助けられた世界があった。

 長瀬の奮闘は奇跡に奇跡が重なり幸運と偶然まで倍増しで乗っかったのもあって、天文学的確率を引当て千翼とイユを逃しきったが、その代わりに長瀬が死に果てることとなった。

 そんな畸形を極めた世界も、平行世界のどこかにはある。

 その世界におけるアマゾンは、総じて勝者となる道に乗れたと言える。

 

 長瀬はここではない世界からやってきた。

 

 アマゾン'sの世界から、Φ'sの世界にやって来た。

 

 

 

 

 

 終わり、だった。

 

「長瀬裕樹君。ここが君の、旅の終わりだ」

 

 村上の手から薔薇が飛ぶ。

 人を容易に殺せる薔薇だ。

 長瀬に終わりをもたらす薔薇だ。

 以後の人生から自由を奪い尽くす薔薇だ。

 千翼との出会いと別れから一区切りを置いた長瀬の旅、彼の心が何かを探し続けた異世界の旅の終わりは、ここにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アマゾン」

 

《 NEO 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅が終わる。

 何かを探し続けた長瀬の心の旅に、終わりをもたらすものがやって来る。

 村上の背後に現れた『彼』は、長瀬を攻撃していた村上の胴体を容赦なくぶち抜いた。

 臓物が漏れる。

 血が吹き出す。

 吹っ飛んだ肉は地に転がった。

 "アマゾン・ネオ?"と耳にした音声を単純にリピートした村上の思考が、あまりの痛みに一瞬シャットダウンされる。

 

 そして、村上の背後に現れた青色が、胴体をぶち抜いた右腕を横に振る。

 村上の鳩尾から脇腹にかけての部分が一直線に、吹っ飛んだ。

 

「か―――は―――あ――!?」

 

「……千翼?」

 

 村上の手からデルタがこぼれ落ちる。

 脇腹から内臓がこぼれ落ちる。

 転がり落ちたデルタギアが長瀬の手元に転がっていくのと、『千翼』から逃げるように跳んだ村上社長がオルフェノクへと変身したのは、果たしてどちらが先だったろうか。

 

「ああああああああああああああッ!!??」

 

 延命のための変身。

 人間態の時に負った重症を、変身による身体変化で補うという荒業の中の荒業。

 普通のオルフェノクならば絶対的に不可能だろうが、村上ならばできる。

 彼は曲がりなりにも最強の一角。

 完全に成功した奇襲で致命傷を与えたならば、どんなに強いオルフェノクだって倒せるだろう……だが、村上を倒しきれるかどうかは、怪しいものだ。

 それほどまでに、村上は強い。

 

 その強さが分かっていないはずがないだろうに、千翼は村上にトドメを刺すことではなく、長瀬裕樹に話しかけることを優先した。

 

「夢かな、これ」

 

 千翼の声を聞き、何故か長瀬の中に湧き上がるものがあった。

 体力ではない。

 体力も、気力も、体を動かしてくれるものはもうとっくに全て底をついている。

 ならば、この体に漲る言葉で形容し難い力は何なのか。

 

「……ヒロキはあの時、俺とイユを庇って、4Cに蜂の巣にされてたはずなのに」

 

 千翼は亡霊を見るような目で長瀬を見ている。

 長瀬は亡霊を見るような目で千翼を見ている。

 二人の目が合い、二人は同時に事情を察した。

 

「夢ってことにしとこうぜ。俺も……俺も、千翼に何もしてやれなくて、死なせたクズだ」

 

「……そっか」

 

 長瀬は立ち上がる。力の尽きた体で立ち上がる。

 そして、取り戻したデルタギアを腰に巻いた。

 

「変身!」

 

《 Standing by 》

 

(変身、変身か。変わるから、変身)

 

 デルタギアを操作して、デルタの姿へ。

 

(分かんねえ。何が何だか分かんねえ。だけど―――俺の中で今、何かが変わった)

 

《 Complete 》

 

 長瀬の外側がデルタへ変わり……彼の内側もまた、それ以上の変化を果たしていた。

 

 心の中にあった未練が、燃え落ちていく。

 "俺が千翼を救えた世界もあったんだな"という想いが。

 "俺が間違えて千翼を守っちまった世界もあったんだな"という想いが。

 彼の中の後悔を、別の形に変えていく。

 

「行くぞ千翼ォ!」

 

「ああ!」

 

 ここに、長瀬裕樹と千翼の共闘は成った。

 千翼はこれを夢なのだろうかと言った。

 しからばこの二人の呼称には、『夢のタッグ』の呼び名こそがふさわしい。

 

「こんな、拙い、連携で!」

 

 だが、村上社長は強かった。

 人間態で胴体に致命傷を与えられてなお強かった。

 ローズオルフェノクへと姿を変えた村上は、薔薇の花弁を解き放つ。

 

 バラの花弁は銃弾より速く舞い、蜂よりも柔軟かつ鋭い軌道で飛び回り、ウォーターカッターよりも鋭い切れ味を見せる。

 大気が、路面が、建物が、木々が、シュレッダーにかけられたかのようにみじん切りになっていく光景は、長瀬と千翼に『死』を見せる。

 更には二人を追い込むべく、回避行動を取る二人の周囲で度々大爆発を起こしていた。

 

「ちっ、またこれかよ!」

 

 花びらの斬撃結界を突破してデルタとアマゾンネオが接近するものの、ローズオルフェノクの姿が消える。

 ローズオルフェノクの固有能力、瞬間移動だ。

 瞬間移動で二人の頭上を取った村上は、念動力で二人を転ばせ地に押し付ける。

 

「くうっ!」

「ぐあっ!」

 

「成功したのは最初の奇襲だけだ! 明確な実力の差を、思い知るがいい!」

 

 なんとか念動力をかわした二人だが、村上は絶え間なく不可視の衝撃波を放ってきた。

 衝撃波にてマンホールが切断され、車が平面になるまで潰され、木は地面ごと陥没する。

 更には先程の殺人花弁が周囲から囲むように飛来し、地面からは鉄を貫通する茨が何百本と生え動き回り、空中には捕縛用の茨型リングまで発生してきた。

 おかしい。

 内臓の多くを落としてきたのに、この攻撃能力。

 ローズオルフェノクの攻撃能力は、負傷した今でさえオルフェノクの一軍に匹敵した。

 

「ファイア!」

 

《 Burst Mode 》

 

「ヒロキ、頭下げて!」

 

《 NEEDLE LOADING 》

 

 長瀬が銃で千翼を襲う攻撃を撃ち落とし、千翼が腕に生成したニードルガンで長瀬を襲う攻撃を撃ち落としていく。

 互いの死角は互いが守る。

 二人で力を合わせることで、二人はなんとか村上の暴威に食い下がっていた。

 

 だが、それも僅かな時間のみ。

 

「無駄だ、人間と怪物の共闘が成ったところで、そんなものが何になる!」

 

 念動力が二人を捉え、僅かな隙に爆発する花弁を叩き込んでいく村上。

 技そのものは優雅だが、奇襲で冷静さを僅かに損なった村上の様子に美しさはない。

 美しい薔薇を束ねて人を殴るような醜悪さ。

 そこに、村上の本質の欠片があった。

 

「っ」

「ぐあああああっ!!」

 

 長瀬と千翼が力を合わせても、村上に一撃すら当てられない。

 最初の千翼の奇襲が全てで、あれ以降はダメージの欠片も無いというのが現実だ。

 足りない。

 スペックにしろ、仲間の数にしろ、村上を倒すには足りていない。

 何か補うものがなければ、長瀬と千翼の夢のコンビでは村上にトドメを刺しきれない。

 

「ここで終われ! お前達に先など無い!」

 

 薔薇の花弁が舞う中で、長瀬と千翼の目が合って――

 

 ――二人の心が、視線を通して重なり合い、二人の想い出が蘇り――

 

 ――ただ一つの、正解を導き出した。

 

《 BLADE LOADING 》

 

《 Exceed Charge 》

 

 一呼吸の間に、全てが変わる。

 その瞬間までの二人の連携の質がLV10だとすれば、一瞬にしてLV3000にまで上昇した。

 連携の隙が消えた。

 連携の継ぎ目が消えた。

 連携の欠点が消えた。

 

 アマゾンネオの腕に剣が生え、長瀬の銃に大量のエネルギーがチャージされる。

 

 隙間の無い連携はローズオルフェノクに余計なことをさせず、ローズオルフェノクの攻撃を柔らかく受け流し、長瀬の銃口が村上を捉えた。

 放たれた銀のポインティングマーカーが、村上の体を拘束する。

 

(来るか、デルタの決め技!)

 

 そう、この拘束から、ポインティングマーカーを蹴り込むデルタの飛び蹴りは、ライダーズギア最強格の必殺技であり――

 

(……何?)

 

 ――その飛び蹴りが放たれることは、無かった。

 

《 AMAZON BREAK 》

 

 飛び蹴りを防ぎ、耐えようとしていたローズオルフェノクが、来ない飛び蹴りに拍子抜けして力を抜いたその一瞬。

 ポインティングマーカーに拘束されたままの村上を、千翼/アマゾンネオの腕剣が成した必殺技が、深く深く切り裂いた。

 

「あ」

 

 拘束された状態でとっさに身を捩って致命傷を避けたのは、流石村上といったところか。

 村上の胸が横一文字に切り裂かれたが、刃は心臓にも肺にも届いていなかった。

 だが傷は深く、村上は一瞬で急激に上昇した二人の連携レベルに驚愕させられる。

 

「な……何故だ……何故、急に、こんな……連携の妙が……!?」

 

 デルタとネオが、肩を並べて毅然と立つ。

 

「ヒロキは、ずっと撮影係だった。俺は戦闘係だった」

 

「千翼はずっと戦ってた。俺はそれを撮影して、編集して、アップするユーチューバーだった」

 

「俺はヒロキが戦ってるのを見たことがない。

 見たことがあるのは、誰かに抱きついて食い下がってることくらいだ」

 

「俺はロクに戦ってないが、千翼の戦いは最初からずっと見てたんだ」

 

 千翼は幼少期、母と別れてから政府機関の研究所に捕まり、そこを脱走した直後に長瀬に拾われ衣食住の世話をして貰っていた。

 長瀬は千翼と共に怪物(アマゾン)狩りを始め、それを撮影してアップロードし、アフィリエイト広告を得ていた。

 普通のものを食べられなかった千翼は、長瀬が政府機関に殴り込みをしてかっぱらってきた特殊食材のみを食べ、生き長らえていたという。

 

 研究所から脱走してからの千翼の戦いは、全て長瀬の見守る中にあった。

 

「いつも、見られてた」

 

「いつも、見てた」

 

「ヒロキは俺に同情してた。俺を助けてくれた。

 ……人喰いの怪物な俺を、"食われるんじゃないか"って怯えた目で時々見てた」

 

「俺は、千翼を助けてやりたかった。

 俺は千翼が怖かった。俺は千翼に同情してた。

 ……戦いの時も、そうじゃない時も、千翼に食われるかもしれないってずっと思ってた」

 

「でも、ヒロキは俺を見捨てなかった」

 

「でも、俺は千翼を見捨てられなかった」

 

 食う者(アマゾン)食われる者(にんげん)

 二人の間にあったのは、親と真っ当な関係を築けなかった者同士の、人間らしい共感。

 そして、危なっかしい仲間意識。

 見る者(にんげん)見られる者(アマゾン)という関係性は、いつ崩れてもおかしくない積み木のようなものだった。

 

「俺がヒロキに合わせてもダメだ。だからもうヒロキには合わせない」

 

「俺は千翼をずっと見てきた。千翼は俺をずっとは見てなかった。

 なら、俺の方だけが千翼に合わせるようにすりゃ、多分何やっても上手く行く」

 

「なんだ……なんだそれは!?」

 

 村上には理解できない。

 こんな、砂上の楼閣のような絆があるのか?

 危ういのに確かな連携という矛盾したものがあるものなのか?

 長瀬が一方的に千翼に合わせる連携は、剥き出しの肉塊のような気持ち悪さがあった。

 

 長瀬と千翼は友達にはならなかった。なれなかった。

 背中を預け合うこともなく、命を守り合うこともなかった。

 深い相互理解もなく、最高の仲間であったとも言い難い。

 泣きたくなるくらい、()()()()()()()()()()()()()

 

 けれど。

 

 どの世界でも、逃げた千翼の衣食住と居場所は長瀬が用意した。

 しからば千翼が生き残った世界線において、長瀬が千翼を助けなかった世界は存在せず。

 長瀬の助けを借りずに、千翼が生き延びた世界は無い。

 人は、それを運命とも呼ぶのだろう。

 長瀬と千翼が力を合わせて運命を覆すことはない。二人が背中を合わせて敵と戦うこともない。それもまた運命だ。

 

 千翼と長瀬は、悠と仁という運命の壁を二人で越えて行くことはできない。

 

 ゆえに、これは夢だ。

 すぐに目覚める、目覚めれば消える、朝露のような夢。

 『現実』にはありえなかった夢。

 "千翼と一緒に戦えたなら"と思ったこともある、長瀬裕樹の愚昧な夢。

 

 スマートブレインという悪を討ち、世界を守る、儚い夢の守り人達。

 

「行くぞ、ヒロキ!」

 

「合わせてやるよ、千翼ォ!」

 

 千翼と長瀬が二人揃って勝者となることは、人類にとって悪夢でしかないけれど……この世界にいい夢をもたらすことくらいなら、許されている。

 

《 Exceed Charge 》

 

 銀の三角錐(ポインティングマーカー)が村上を捉え、二人が息を合わせて飛び上がる。

 

《 AMAZON STRIKE 》

 

 デルタのベルトとネオのベルトが駆動音を響かせて、二人の足に必殺の力を宿らせる。

 陳皮な言い方になるが、あえてこう言おう。

 ―――ダブルライダーキックだ、と。

 

「ふざけるなあああああああああああッ!!」

 

「「 うおおおおおおおおおおおおおッ!! 」」

 

 防御のため、散布される薔薇の花弁。

 花弁は密集しミサイルさえも防ぐ壁となる。

 鉄壁。

 無敵。

 最強。

 ありったけの"強い"形容詞で飾り立てられた、強くも美しい薔薇の壁を蹴り込んで、突き抜けて……二人の必殺技が、村上峡児を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ戦いは終わっていない。

 ファイズやカイザは、人を守るオルフェノク達は、まだどこかで戦っていることだろう。

 けれどもすぐそこへ向かうのは無理だ。

 長瀬には少し、休憩が要る。

 

 長瀬は地面に座り込み、千翼の背中に背を預けてぐったりしていた。

 千翼は地面に座り込み、長瀬に背を貸してぐったりしていた。

 三原が自分もヘトヘトだろうに、二人の足元に飲み水を置いていく。

 

「ありがとな、千翼」

 

「いいさ、ヒロキには……

 ……どんな世界のヒロキにも、結構世話になったから」

 

「そうかよ」

 

 長瀬が照れ臭そうに笑って、千翼が感慨深そうに呟く。

 

「ヒロキが言ってくれたんだ。

 『生まれたことが消えない罪というなら、俺が背負ってやる』って。

 あの言葉が嬉しかったから、俺はお前を助けるよ。本当に……嬉しかったんだ」

 

「―――」

 

「だから、俺は今ここに来れたんだと思う」

 

 世界線A、千翼に何もしてやれなかったと思っている長瀬は、息を飲んだ。

 世界線B、長瀬に命がけで助けられ、今でも人類を脅かしてしまっている人類の敵・千翼は記憶に想いを馳せた。

 世界の流れに正義など無い。

 正解など無い。

 "そういう世界があった"、それが全てだ。

 

 だから、長瀬は千翼の言葉を噛み締めて、そういう世界があることに思いを馳せて、ごちゃごちゃになった自分の中の想いの全てを、一つの結論として口に出す。

 

「千翼、お前に色んな奴が思ってたんだってさ。

 お前が生まれたことが間違いだったって。

 お前が生まれたことが罪だったって。

 生まれて来なけりゃ良かったんだって。

 だけど、俺は思う。お前を助けた長瀬裕樹じゃねえけど、言わせてくれ」

 

 この千翼が来た世界の長瀬裕樹としてではなく。

 この千翼が知らない、どこか遠くの世界の長瀬裕樹として。

 

「お前がくれた日々は、怖かったけど楽しかった。

 お前が生まれて来てくれて、嬉しかった。

 お前が生まれて来たことが罪だったとしても、お前が生まれて来たことは間違いじゃなかった」

 

 そう、そうだ。

 

 千翼の宿敵である水澤悠も、千翼の父である鷹山仁も、千翼が生きていてはいけないと断言していた。

 

 それでも、二人共―――千翼が生まれて来なければ良かったのに、とは言わなかった。

 

「……ありがとう、ヒロキ。俺、お前を助けに来たんだ。最後まで付き合うよ」

 

「サンキュー。あとちょっとだが、悪いな。付き合ってくれ」

 

 長瀬の言葉が、千翼のどこかに響いたのだろうか。

 千翼もまた、心の中で何かが変わったような顔をしていた。

 長瀬の隣に千翼は居るが、彼が幸せになってほしいと願った千翼はもう居ない

 

 長瀬は千翼の命を守ってやれなかった。

 守ってやるとも言えなかった。

 友にさえなれなかった。

 それらは全て手遅れである。

 

 けれど、千翼の溶原性細胞の悪用を止めることなら、してやれる。

 死後に千翼の細胞(したい)を悪用しようとする奴を倒すくらいならしてやれる。

 どこかの世界の別の世界の千翼になら、言葉をあげられる。

 

 千翼の死後も彼の心と尊厳ならば守ってやれる―――長瀬裕樹は、そう思うのだ。

 

 

 




 イユのパパ(ハゲタカアマゾン)を演じたおじさんと琢磨君(センチピード)を演じた青年は同じ人です。どちらも同じ山崎潤でございます

 次回、最終回
 話数はともかく一話ごとの文字数が膨れる膨れる

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