生まれたことが消えない罪というなら、俺が背負ってやる   作:ルシエド

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 ウルトラ長回し仮面ライダーver.


やがて星が降る

 スマートブレインの大部隊が、陸路を埋め尽くす勢いで溶原性細胞タンクを運搬していく。

 運搬車両はタンク部位を増設された改造ジェットスライガー。

 デルタが乗るバイクとほぼ同一の、量産型アタッキングビークル。

 バイクを駆るのはライオトルーパー。

 オルフェノクが長瀬達と同じ鎧を守り、堅固な陣形と強固な装甲を見せながら陸路を往った。

 

 さながら彼らは鉄の河。

 途切れる未来が見えて来すらしない獣の流れ。

 彼ら自身もそう思っていただろうが、間もなく彼らはそれがただの幻想でしかないことを突きつけられた。

 

「ありえねえ! なんだこいつら! 止まらねえぞ!」

 

 ただの一人も、ここから帰れない。

 

 一人、また一人と、鉄の河が先端から潰されていく。獣の流れが一匹づつ順番に潰されていく。ファイズとカイザ、最強の連携を見せる二人が片っ端から駆逐しているのだ。

 

《 Exceed Charge 》

 

《 Exceed Charge 》

 

 カイザの剣先をファイズの動きが隠し、ファイズの剣先をカイザの動きが隠し、二人の必殺斬撃が同時にライオトルーパー達の胴を両断した。

 河や山こそ切れないだろうが、オルフェノクで出来た河や山なら二人は容易に両断する。息をするように叩き潰せる。

 彼らは戦士だ。

 元人間であるオルフェノクを倒すことの苦悩も乗り越え、それさえ自らの強さの糧とした、本物の迷わぬ戦士。

 

「乾、手が遅れているな? やはり、オルフェノクは所詮オルフェノク。

 同族をこんなにも連続で倒すのは気が引けると、そういうわけだ……」

 

「お前のいちゃもんは聞き飽きた。いい加減レパートリー増やしてみろよ草加」

 

「……」

 

「……」

 

「ふん」

 

「はっ」

 

 二人同時に銃を抜き、二人同時に引き金を引き、二人同時にオルフェノクを仕留める。

 二人が言い争っているところを襲おうとしても、オルフェノク達は敵わない。

 隙だらけのはずなのに、巧の隙を狙えば草加に殴られ、草加の隙を狙えば巧に蹴られる。

 

 二人が互いを思いやっているから? いいや、違う。

 こんなにも仲が悪いのに互いを思いやってなどいるだなんてちゃんちゃらおかしい。

 ただ二人は、片割れがそう簡単にはやられないと信じているし、こいつになら背中を預けてもいいと思っているし、敵はこの野郎の死角を狙ってくるだろうと確信しているだけである。

 

「背後を取れ背後を! 数で勝ってるんだぞ! 人間ごときに手こずるな!」

「無理だ! さっきの見ただろ!」

「片方の背後を取った奴がもう片方に切り捨てられたの見てないのか!」

「二人まとめて攻撃したら、二人同時に反撃して来やがってぇ……!」

 

 強い。

 無敵ではないが、巧&草加を倒せる未来が見えないのであれば彼らにとっては同じこと。

 "好ましく思っていても友人にはなれなかった"者達の連携が長瀬と千翼の連携ならば、"互いが嫌いだが信頼はできる"のが巧と草加の連携である。

 

 二人が揃っていれば絶対的に負けない、というわけではない。

 この二人が共闘して押し切られた時もある。

 だが総合的に見れば、この二人は共闘時に爆発的な強さを発揮する。

 それこそ、人外の怪物達が彼らを最強だと嘯いても何ら違和感が無いほどに。

 

 特にここ一番の勝負強さは、ドラゴンオルフェノクにも痛打を通しそうな域のものがあった。

 

「草加! 細胞全部焼いたぞ!」

 

「こっちも今、最後のオルフェノクにトドメを刺したところだ」

 

 加え、彼らの持つフォトンブラッドは対オルフェノク……否、対生物としては最上級の力を持つ高熱の毒だ。

 保存液に漬けられた改造溶原性細胞でも、剣を液に刺せば一瞬で煮殺せる。

 敵の一掃も、細胞の処理も、ファイズとカイザが揃っていれば息をするが如くに容易だ。

 

「長瀬は? 三原はどうした? 乾の方にも続報は来てないのか」

 

「いや、スマートブレインの情報をくれたあれっきりだな。無事だといいんだが……」

 

「長瀬は根が強い。三原はあれでしぶとい。乾よりは信頼できる」

 

「はいはい、そうかよ」

 

 やがて彼らが待ち受けていると、新たなスマートブレインの輸送部隊がやって来る。

 だが巧達に粉砕された仲間達の亡骸を見て、一瞬で散開とルート変更を選んだ。なんとまあ、優秀な教育が施されているようだ。

 新たな輸送部隊は二手に別れ、巧達から見て遠方の交差点で左右に散開した。

 巧と草加の意志が無言で疎通する。

 

「草加、右を頼んだ。俺は左に行く」

 

「偉そうに指図をするな」

 

 特に揉めることもなく、二人はスムーズに二手に分かれる。

 そこからは二人の独壇場だ。

 一人になっても、ライオトルーパーに負けるような二人ではない。ライオトルーパーで彼らを仕留めたければ万の兵士が必要だ。

 そしてライオトルーパーを使うようなオルフェノクの素の戦闘能力で、ファイズとカイザに勝つ可能性など微塵も無い。

 

「うらぁっ!」

 

 長瀬達はライオトルーパーを四苦八苦して駆使し、オルフェノク達を片付けていったが、そのライオトルーパーをファイズ・アクセルフォームがボウリングのピン倒しのように倒していく。

 それはもう、ポンポンと倒していく。

 巧が敵を全滅させるのに少し遅れて、草加も敵を全滅させてゆく。

 

「お前達は生きていてはいけない魔物だ」

 

 無情極まりない攻勢。

 巧はオルフェノクも皆元は人間だという苦悩を昔抱えていたが、草加は親や仲間や自分がオルフェノクとそう変わりないのではという苦悩こそあれ、赤の他人には然程同情しもしない。

 赤の他人のオルフェノクなら、人の心を持っていても殺せる。

 迷いなく。

 躊躇いなく。

 カイザの刃は、怪物の首を刎ねるのだ。

 

「ひっ、カイザ……た、助け―――」

 

「お前達は人間の世界に百害あって一利なし……だよなぁ?」

 

 最後の一人の首も刎ね、カイザはふぅと息を吐く。

 スマートブレインの作戦は全面的に妨害できている気がするが、果たしてここからどう転がるだろうか。

 先が読めない以上、どさくさに紛れて人質扱いの真理達を助けたいというのが草加の本音だ。

 そうやって、面倒な事柄は全部巧や木場に押し付けて、真理を助ける白馬の王子様役と真理の好感度だけを独占する……そういうシナリオを、草加は思い描いていた。

 

「さて」

 

 オルフェノクの死体(はい)を踏みつけにした草加が顎に手を当てる。

 その胸から、何かが生えた。

 それは光だった。

 それは刃だった。

 1000mは離れた場所から伸びた光の刃が、背後からカイザの胸を貫いていた。

 心臓は焼き切れ、草加の命が断ち切られる。

 

「じゃあ君は、オルフェノクの世界に百害あって一利なしだよね」

 

「……あ」

 

 カイザを遥か遠くから刺した誰かが、近寄って来る。

 草加にも聞き覚えのある声と、スーツ越しにも感じる圧倒的強者の威圧感。

 それが、"オーガギアを装着した北崎/ドラゴンオルフェノク"であると、草加は正確に理解できてはいなかった。

 だが霞む目で北崎を睨み、その声から襲撃者が北崎であることを理解する。

 

「きた、ざき……!」

 

「うん? 心臓を潰したのに、しぶといなぁ」

 

 草加は残る力を全て振り絞り、川に飛び降りる。

 川に落ちた草加を見て、北崎は特に根拠もなく死んだと確信した。

 オーガギアを外し、手の中で弄り始めた北崎の影に重なるように、どこからともなく影山冴子が現れる。

 

「うん、いい玩具だ。

 デルタを使ったこともあるけど、こっちの方がずっといい。

 遊んでいて楽しいし……何より、僕がこれまで以上に最強になった気がする」

 

「ファイズとカイザ、駒が孤立した隙を狙って片方を何が何でも落とす……

 それが村上くんの出した条件よ。

 条件を満たし、カイザの方を仕留めた以上、オーガギアは貴方が自由に使っていいわ」

 

「返せって言われてももう返さないけどね」

 

「いいのよ、どうせ誰も使えないわ。

 それは心・技・体の全てにおいて優れたオルフェノクでなければ、扱う前に死ぬらしいから」

 

 北崎は冴子の言をおべっかだと思い、鼻で笑った。

 

「僕の心が優れてる? 冴子さんは、そう思うんだぁ」

 

 冴子もまた、北崎に対し『心・技・体の全てにおいて優れた』という褒め言葉が似合わないことを認識し、自嘲気味に笑った。

 

「心は強ければそれでいいのよ、きっと。

 善でも、悪でも。誠実でも、幼稚でも。柔和でも、残虐でも。

 要はオーガギアで体と心が壊れず、その力を扱える技があればいいの」

 

 北崎の手の中にあるのは、オーガギア。

 最後期開発の一品にして最後に作られたライダーズギア。

 フォトンブラッドは"神か魔を思わせる黄金"と視認される、最強のオルフェノクしか使えない最強のライダーズギア、という目標を目指して作られたベルトであった。

 

 凄まじく余談であり、この物語において語る必要もないことであるが。

 このオーガギアは、この世界に先日来訪した仮面ライダーディエンドが、『555の世界』という場所からかつて盗んだベルトの一本を村上社長が奪い、それを元に作ったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村上社長が血を吐いた。

 バラの花弁を集めて作った薔薇分身を使い、念動力に他能力を併用することで擬似的な重力レンズを作り光を捻じ曲げ、自分がダブルライダーキックで倒されたように見せたのだ。

 だが最後の一撃をかわせたというだけで、村上が瀕死であることに変わりはない。

 

 あのアマゾンネオの一撃が、とにかく重かった。

 ファイズ・カイザ・デルタの必殺キックを同時に食らっても死なないだけの頑丈さを持つ村上だが、アマゾンネオの一撃には容易にぶち抜かれ、切り裂かれてしまった。

 グロテスクの申し子とでも言うべきか。

 アマゾンネオの必殺技の殺意には、原始の獣性すら感じたものだ。

 そこにデルタの攻撃まで相まって、攻撃の殺意は倍増しというものである。

 

「はあっ……はあっ……ごほっ」

 

 オーガギアは届いただろうか、計画通り敵の数は減らせているだろうか、そんなことばかり考えてしまう村上。

 

(嫌な流れだな……この計画が失敗すれば……このままの流れだと……)

 

 世界の流れは変わりつつある。

 スマートブレインの力で流れを制御しても、人間とオルフェノクの大戦争が起こる可能性は非常に高い。

 ここで人間を皆殺しにしておきたかった。

 可能な限りオルフェノクの数を増やしておきたかった。

 でなければ、オルフェノクの未来がどうなるか分からない。

 村上は人間を甘く見てはいなかった。

 他の雑魚雑多なオルフェノク達が自分の力に酔い、オルフェノク達が皆で立ち上がれば圧勝だと思っているのに対し、村上は頂点に近い強さを持ちつつも一切思い上がっていない。

 

 オルフェノク化溶原性細胞が駄目なら、もう王の覚醒に期待するしかなくなってしまう。

 

(だが、王は)

 

 されど村上の心の中には、もう以前ほどの王への期待がない。

 

 村上はビルの壁に背中を預け、息を整える。

 出血はもう止まった。

 体力と生命力は底をついたまま、心だけがいつも通りの強さを保っている。

 オルフェノク体への変身は今だけは遠慮したい、というのが彼の本音だろう。

 今は静かに、基礎生命力の強い自分の体が再生されるのを待っている、といったところか。

 

 やがて何者かがやって来る。

 人間だったなら殺し、オルフェノクだったなら助力を求める。

 そう決めて待ち受けた村上は、やって来た者の顔を見て溜め息を吐いた。

 照夫が居た。木場が居た。海堂が居た。

 チェックメイトを覚悟し、村上は全ての楽観を捨てる。

 

(王は……)

 

「村上社長」

 

 照夫の目を見る村上。幼かった照夫の目つきは、もうかつての幼さを残していない。

 

 一丁前に、男らしい目をしていた。

 

(この期に及んで、王はこんな目をしている)

 

 照夫の今の人生は、火事になった建物から海堂の手によって助けられたことから始まった。

 やがて海堂に連れられて、照夫は多くの人と出会う。

 三原と一緒に、園田真理や菊池啓太郎といったただの人間が優しくしてくれた。

 巧がぶっきらぼうに気遣ってくれた。

 草加が"人間の悪い面"を見せてくれた。

 スマートブレインが"オルフェノクの悪い面"を見せてくれた。

 木場が理想を見せてくれた。

 

 そして、長瀬裕樹と出会い、自らを変えていく道を選び―――エミリという少女と死別した。

 

 出会いこそが、照夫を変えた。

 

(強い人間のような、目を)

 

 その目が村上は気に食わない。

 照夫の中に見えるのは、現実に流されるだけの弱い子供の『願い』ではなく、現実に抗う『信念』だった。

 

「オルフェノクの王よ……私を喰らいなさい」

 

「……」

 

「私も少し、譲歩するとしよう。

 私を喰えば、君は王として完成する。

 オルフェノクの頂点に立つにふさわしい王の精神性が、目覚めなかったのは……

 ごほっ、ごほっ!

 残念、だが……君が王として覚醒した後、オルフェノクらしい心を身に付けることを期待する」

 

「……」

 

「人間は醜い。

 君も必ず絶望する。

 その未来を信じて、今はこれを受け入れよう。さあ、我が身を食べるといい」

 

 王は村上を喰えば王の力を完成させるだろう。

 村上は照夫の捕食量を正確に計測しており、自分が最後のひと押しになると理解していた。

 今の照夫がスマートブレインに対抗するため、力を求めているはずだと予測していた。

 だから村上には分からない。

 村上は照夫を王として見ていて、照夫を照夫として見ていなかったから。

 

「食べないよ」

 

「……何?」

 

「僕はもうオルフェノクを食べない。

 自分のために人もオルフェノクも殺さない。

 何も殺さず生きられないのが、生物の宿命だと言われても、もうしないと決めたんだ」

 

 照夫の語りに淀みはなく、木場と海堂は何も言わない。

 男達は少年の語るその言葉を、ただ静かに聞いている。

 

「自分の中の自分と向き合って分かった。

 人間の心でオルフェノクの心と向き合って分かった。

 王の本質は、『命を貰うこと』だ。それはオルフェノクの王である僕も例外じゃない」

 

「命を……貰う?」

 

「一人ぼっちなら王様じゃない。

 人間の王様も、オルフェノクの王様も同じだ。

 王様っていうのは、付き従う同族に命を預けられて、初めて王様なんだ」

 

 頂点に立ち、下に連なる命の全てを己がものとするのが王である。

 国民全ての命は王のものであり、王は自分の物となった命全てを守り、手の中の命全てに最大多数の最大幸福を約束する義務がある。

 

 王には権利がある。

 その命を己のためだけに食い潰すか、その命のために走るかを。

 オルフェノクの王は、オルフェノク達の命を握り締めて在ることを定められた者だ。

 それはオルフェノクを食って覚醒する者という意味であり、同時に全てのオルフェノクの未来に責任を持つ者であるという意味でもある。

 

「僕はオルフェノクと人間の共存を目指す。

 そのためなら、共存できる場所だって作る。

 共存できる国だって作ってみせる。そう決めたんだ」

 

「……!?」

 

「僕を守ってくれる皆に誓った。

 僕が食べたエミリにそう誓った。

 そして、他の誰でもなく僕自身に、"絶対に"と誓ったんだ!」

 

 始まりは、木場勇治が目指した理想。

 その理想をぶっきらぼうに海堂が好きになり、いつからか巧がそれを継ぎ。

 人間とオルフェノクの共存という理想は、ようやく王の手の中へと届いたのだ。

 

■■■■■■■■

 

「思い出したくもない悲劇の想い出にするか。

 自分を強くした、胸に秘める悲しい想い出にするか。

 何もせず見送った想い出にするか。

 私を食べた想い出にするか。

 ……他の誰のものでもない、君の人生だもん。君が、決めないと」

 

「私、君の中で生きていたい。君とずっと一緒に居たい。それが、私の今の願い」

 

「だから、お願い」

 

「優しい王様になってね。十年後も、二十年後も、皆に好かれて、皆を守れるような―――」

 

■■■■■■■■

 

 エミリの残した言葉が蘇る。

 

■■■■■■■■

 

「辛かったな。よく頑張った。お前、男だよ」

 

「今は少し休んでろ。罪悪感で自分の未来を決めても、ロクなことねえぞ」

 

「したいように生きろ。なりたい自分になれ。

 俺もまだよく分かってねえけど、それが『生きる』ってことなんだ」

 

「俺もまだ、探してるんだ。あいつらの分まで生きる、最高にイカした生き方を」

 

■■■■■■■■

 

 長瀬がくれた言葉が蘇る。

 照夫は見つけたのだ。

 望まずしてオルフェノクの王などというものに選ばれた、まだ十年にも満たない人生の中で、照夫は自分が進むべき道を見つけた。

 進むべき道と、進みたい道と、進まなければならない道が一つに重なってくれたことが、彼の人生で最も幸運なことだったかもしれない。

 

「オルフェノクは滅ぼさせない。

 人類は滅びさせない。

 どちらの種も、滅びゆく種になんてさせない!」

 

「……戯言を!

 スマートブレインの頂点に立っても、私に見えたものは変わらなかった!

 オルフェノクは短命!

 急激な進化に肉体の方が耐えられないからだ!

 その上、人間は自分よりも優れた種の存在を認められない!

 必ず排除行動に移る!

 滅びを回避するには、オルフェノクの王の力で、全てのオルフェノクを不老不死にするしか!」

 

「敵を種族ごと滅ぼすのも、不老不死を当たり前にするのも、間違っている!」

 

「それが、生存競争というものだ! 王よ!」

 

「絶滅戦争以外の落とし所を見つけるのが、人間の心だよ! 村上社長!

 それができない怪物の心は! 人間の心よりもずっとダメなものなんだ!」

 

 照夫がひとまわりも、ふたまわりも大きく見える。

 この年齢の子供に見えない言い草と理屈の構築は、王として正しく覚醒したがゆえの効果なのだろうか?

 

「貴方は、オルフェノクの王として旧人類を滅ぼす役目を―――」

 

「そんな役目は果たさない!

 オルフェノクの未来も、人間の未来も、悪いものになんてさせない!

 僕にそんな運命があるとしても、そんな運命を僕は一切合切受け入れるもんか!」

 

 怪物の役割が、人と生存競争を行うことならば。

 救世主の役割が、闇を切り裂き光をもたらすことならば。

 王の役割は、多くが共存できる、皆が笑って暮らせる居場所を作ること。

 

「僕がどう生きようが、僕の勝手だ!

 僕の生き方を人間が決めるな! オルフェノクが決めるな!

 誰にもそれは決めさせない! それを決めていいのは、僕だけだ!」

 

 "未来に自分はこうなりたい"という叫びを、『夢』以外の何と呼べばいいのか。

 

「僕の未来は、僕が決める!」

 

「―――」

 

 王が掲げた夢に、村上が圧倒される。

 村上もそういう夢を見たことがないわけではない。

 いや、むしろ村上は、照夫のような夢を見て夢破れてしまったせいで、誰よりも残酷で無慈悲な人間になってしまった男だった。

 だからこそ、"嘲笑"ではなく、"共感"が湧いてしまった。

 子供のようなその決意に、思わず共感してしまったのである。

 いや、照夫はまだ子供なのだが、それはひとまず脇に置いておこう。

 

「あなたの力を貸してほしい。村上社長」

 

「……何、だって?」

 

「あなたの助けがなくても、僕達は理想を叶えるために動き出す。

 でもあなたの助けがあれば、きっとずっとやりやすくなる。

 スマートブレイン社長の立場と……何より、あなたの力があれば」

 

 スマートブレインの社長の席は、弱いオルフェノクでは座れない。

 かといって強いだけでも座れない。

 根本的に頭が良く、判断力があり、下から慕われるカリスマが必要だ。

 村上社長はあらゆる面で優れており、"オルフェノクと人間の共存を実現させるために最も役立つ優秀な人物は誰?"という問いに能力面だけを見て応えるなら、間違いなく村上が挙げられる。

 

「王……まさか、私に会いに来た目的は……」

 

「スマートブレインを、人間とオルフェノクの架け橋にしたい」

 

 彼を味方につければ、スマートブレインの力もいくらか味方に付けられる。

 スマートブレインも相当な数の離反者が出るだろうが、それだけだ。

 スマートブレインは元より人殺しを推奨し、人を殺すオルフェノクを支援し、人殺しを嫌がるオルフェノクを処刑して、オルフェノクの組織化と思考の一極化を目指した企業である。

 

 オルフェノクの意に沿わないオルフェノクが常に一定数居る、という時点で、スマートブレインの権力構造は暴力を前提としている。

 スマートブレインに殺されたくないから従っているだけのオルフェノク、スマートブレインが金をくれるから人間の敵やってるだけのオルフェノクは、どれほど多く居るのだろうか。

 村上が照夫の理想に賛同すれば、その者達がそっくりそのまま味方になるかもしれない。

 前社長の花形も味方になってくれるかもしれない。

 可能性レベルの話で言えば、十分に期待できる『かもしれない』だ。

 

 スマートブレインは生まれ変わるかもしれない。

 村上がここで、首を縦に振ったなら。

 

「……」

 

 だが村上は首を振らない。縦にも、横にもだ。

 

「……」

 

 村上のこれまでの人生が、首を縦にも横にも振らせない。

 人間が嫌いだ。

 オルフェノクの未来を守らなければ。

 そんなフレーズが村上の心中をぐるぐると回っている。

 

「……」

 

 村上がここに座り込んでから、どのくらい時間が経っただろうか。

 照夫と木場と海堂がここに来てから、どのくらい時間が経っただろうか。

 村上に照夫が助力を求めてから、どのくらい時間が経っただろうか。

 

 いつからか、一人、また一人と両陣営の人間がやって来て、双方の睨み合いに加わっていく。

 王の問いかけに村上が答えるのを待つ沈黙の輪に加わっていく。

 気が付けば、巧が居た。Mr.Jと冴子と北崎が居た。

 遅れて三原、そして長瀬と千翼もやって来た。

 草加と琢磨の姿は見えない。

 

「……王よ。私は、信頼に足る根拠が欲しい」

 

「信頼に足る根拠? ……分かった」

 

 照夫に知識はない。交渉の技術はない。

 だが、人間とオルフェノクの光と闇は嫌になるほど見つめてきた。

 照夫は何かを決めた様子で、仲間達の方を振り返る。

 

「これを、最終決戦にしよう」

 

 巧や長瀬達が、戦いの構えを取った。

 同時にラッキークローバー達も構える。

 戦う構えを取っていないのは、瀕死の村上と王の覇気を見せる照夫のみ。

 

「村上社長。あなた達が勝てば好きにすればいい。

 でも僕達が勝ったら、僕達に従ってもらう。僕達と同じものを目指してもらう」

 

「力で従える、と?」

 

「僕さ、なんか何も知らずに振り回されてたけどさ。

 落ち着いて見てたら何となく分かるよ。

 スマートブレインのオルフェノクの上下関係って、基本は強さだ」

 

「……その通り。全くその通りですよ。

 私は社長に就任するまでその辺りの認識が甘かったことを、とても良く覚えています」

 

 くくく、と村上が笑う。照夫の返答は正解だったらしい。

 力は何よりもシンプルな権力の裏付けだ。

 暴力はスマートブレインの最も分かりやすい"従える力"だ。

 なればこそ、戦いこそが従属を押し付ける最適解となる。

 

「僕は、あなた達を不老不死になんてしてやらない!

 人間を滅ぼしてもやらない!

 君達オルフェノクが望むまま暴力を振るえる場所も与えてやらない!

 だけど僕は、オルフェノクを誰も差別しない居場所をあげると約束する!」

 

 僕が欲しいから、と叫び、告げる。

 

「あなた達は、ここで僕に負けたなら、僕が掲げる王の旗の下に加われ!

 人間とオルフェノクの共存のため、君達の居場所を作るため。

 あなた達の命を、僕が貰う! 王として! 一緒に―――生きていこうッ!」

 

 なんとまあ、強欲な。

 照夫は他のオルフェノクを本能に任せて喰らうが如く、この場の全員の人生を喰らおうとしていた。その命を己が物としようとしていた。その全てを幸せにするために。

 王の言葉に、オルフェノクの心が揺らぐ。

 村上は不思議な笑みを浮かべ、負けた方が従うという、この最終決戦のルールを受け入れた。

 

「いいでしょう」

 

 冴子が驚いた顔で振り返る。

 

「村上君!?」

 

「これはスマートブレイン現社長としての決定です。

 嫌なら嫌と言って結構。

 この戦場からどこぞへと去ってくれて結構。

 その時点から貴女はラッキークローバーではなくなりますが、それは仕方がありません」

 

 村上は不思議な笑みを引っ込め、挑発的な笑みを冴子に見せる。

 

「その上で言いましょう。上の上のオルフェノク、ラッキークローバーの諸君」

 

 冴子だけでなく、その後ろのMr.Jと北崎の目も見る。

 

「あの世の中を知らない理想家の王を全力で叩き潰し、現実の厳しさを教えてやりなさい」

 

 最高の社長がくれた、最高のテンションで戦える、最高のエールだった。

 

「了解したわ」

 

 冴子が髪をかき上げる。

 これは運命の決戦だ。世界の命運ですらも、ここの勝敗が決めるだろう。

 

 今の彼らを見る限り、人間とオルフェノクの共存に力を貸してくれそうな気配はない。

 けれども、もしも。

 世界で最も強いオルフェノク集団であるこの『現実』さえも、王の力が越えていけるなら。

 王を信じられない誰かさんが、王を少し信じてみるくらいの奇跡は、起きるかもしれない。

 

「ここで決着をつけましょう? ふふふ」

 

 冴子の体が、ロブスターオルフェノクへと変わる。

 

「ちゅうか、あれだな。

 照夫ちゃんのためにも木場の理想ってやつを叶えて見せないと、って感じだな」

 

「……こうなるとは、実は思っても見なかった。

 照夫くんが、オルフェノクの王が、自分の意志で俺と同じような理想を抱いてくれるなんて」

 

「嬉しいのか? 木場」

 

「ああ。嬉しいんだ、海堂」

 

 木場がホースオルフェノクに、海堂がスネークオルフェノクに変わる。

 

「チャコ、ドコカへ」

 

 飼い犬を手放し、犬は大切にするけども人の命を大事にしない、Mr.Jがクロコダイルオルフェノクの最強形態へと変わる。

 

「ヒロキ、人間と怪物の共存の夢だってさ」

 

「ああ」

 

「なんか、儚い感じだ。でもそりゃそうだよな。

 怪物の夢じゃなくて人の夢なんだから。人の夢は儚くて当たり前なんだ」

 

「……ああ」

 

「アマゾン」 《 NEO 》

 

 場違いなほど落ち着いた様子で、けれど何か感嘆した声色で、千翼もまたアマゾンネオへと姿を変える。

 

「三原、その手に持ってるのはなんだ?」

 

「乾さん、父さんからの預かりものです。

 多分ファイズの……あ、そうだ! 真理からも伝言が!」

 

「!」

 

「『闇を切り裂き、光をもたらして』だとか」

 

「……あんにゃろう。きっついんだよ、あいつの期待に応えるのは」

 

「乾さんならできますよ。真理もそう信じてるはずです」

 

「だろうな。あいつはそういう奴だ」

 

 苦笑する巧が、三原から受け取ったツールにファイズフォンをセットする。

 

「いいねえ……最高に、楽しい遊びになりそうだ」

 

 北崎が笑い、腰にオーガのベルトを巻いた。

 

 巧がファイズのベルトを巻く。

 長瀬がデルタのベルトを巻く。

 三原がライオのベルトを巻く。

 

「「「「 変身ッ! 」」」」

 

 変身は同時。

 声は揃って、全てのライダーが変身を完了する。

 

「勝負だ! さあ、来やがれっ!」

 

 誰かがそう叫び、誰かがその叫びに攻撃で応え、最後の決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風がビームで出来ている台風というのは、こういうものなのだろか。

 戦場を眺め長瀬は思う。

 三原と長瀬が持って来た者は、彼らの推測通りファイズを強化するツール。ファイズブラスターと呼ばれるものであった。

 最強のオーガと、最弱のファイズは、この一手にて性能面では完全に互角となった。

 当然、その攻撃と攻撃がぶつかり合えば、ただごとでない破壊が生まれる。

 

《 Exceed Charge 》

 

《 Exceed Charge 》

 

「ははははははは! 楽しい! こんなにも楽しいなんてね、ファイズ!」

 

「こっちは楽しくねえよ、全くな!」

 

 四方八方、上下左右がフォトンブラッドで薙ぎ払われていく。焼き切られていく。

 長瀬はそれを、風がビームで出来ている台風と心中で表現した。

 全身からフォトンブラッドを発するファイズ・ブラスターフォームが重戦車のように戦い、北崎はスーツの下を龍人態に変え超高速移動からの斬撃を放ち、二つが切り結ぶ。

 

(く、援護を……!)

 

 長瀬は北崎に銃の照準を合わせるが、すぐ近くに迫っているクロコダイルオルフェクを見て、銃口を下げた。

 

「っ!」

 

「上バカリ見テイルノハ危ナイ」

 

 かわした長瀬の耳元をクロコダイルの武器が通過し、僅かにかすって、デルタの装甲が削れて落ちる。

 デルタの銃弾がクロコダイルの腹にあたって怯ませられたが、それだけだ。

 

「ヒロキ!」

 

 接近されてピンチになった長瀬を救う、横から跳んで来た千翼のインターセプト。

 千翼はクロコダイルの腕を掴んで投げて、長瀬から離れるようにしながらクロコダイルとの交戦に入った。

 

(援護、援護しねえと!)

 

 長瀬はまたオーガに照準を合わせようとして、木場と海堂を追い詰める冴子の姿が目に入り、冴子を撃って仲間の援護を行った。

 そこで突然空から降って来た、オーガの1kmサイズの巨大剣。

 ビルを切り、大地を抉り、コンクリートを粉砕する光剣の一撃に、長瀬はがむしゃらに跳んで回避するしか無かった。

 

「……!」

 

 視線を移す。

 今はクロコダイルと三原&木場が戦っており、冴子と千翼&海堂が戦っており、オーガとファイズが激しい空中戦を繰り広げている。

 目の前の敵だけに集中すると、他の戦いの場所から流れ弾が飛んで来る、そんな戦場。

 

(笑えるレベルに乱戦だ!)

 

 そして立ち上がる長瀬には、新たな敵が襲い掛かってくる始末。

 

 物陰から飛んで来た"琢磨の鞭"を長瀬が防げたのは、八割がた運のお陰であった。

 

「ここでお前かよ……!」

 

「水臭いじゃないか。僕を除け者にして最終決戦だなんて!」

 

 デルタの拳が、センチピードの鞭を弾く。

 

 目の前の敵に集中しないといけない。

 周りを見ている余裕なんて無い。

 けれど周りと無関係ではいられない。

 周りを見なければ死ぬ。

 『人生』そのものを形にしたような鬩ぎ合いが満ちる、そんな戦場だった。

 

「チィッ!」

 

 長瀬が琢磨に前蹴りを放ち、運良くそれが腹に入った。

 一瞬で周りを見渡すと、巧がクロコダイルの武器と鍔迫り合いを吟じていて、それを背後からオーガ/北崎が狙っていた。

 黄金の剣が、ファイズブラスターフォームの背中を狙う。

 巧はそれに気付いていない。

 

「!」

 

 助けなくては、そう思った。

 

「乾さん!」

 

 だが長瀬の叫びも、銃弾も、巧には届かない。

 引き金が引かれる前に、戦いの最中に脇へ気を取られた長瀬の首を琢磨が狙う。

 

「危ない!」

 

 そこで長瀬を助けるべく、三原が長瀬に飛びついた。

 ライオがデルタを押し倒す形になり、攻撃は外れたものの、ファイズへの確殺攻撃はこれでもう止められない。

 

「乾さ―――」

 

 オーガが剣を突き出す。

 狙うは当然巧の心臓。

 北崎の技量により、剣は寸分違わず心臓を貫き、巧の命を奪う……はずだった。

 

 胸に穴の空いたカイザが、割って入らなければ、確実にそうなっていた。

 

「……草加!?」

 

 カイザは剣ではなく、オーガの手元を撃って弾くことで妨害を成立させた。

 剣先は明後日の方向に行き、巧は草加に救われたことを認識する。

 巧が声を上げても草加は何も応えない。

 いや、応えられないのだ。

 多くの言葉を語るほどの余裕は、もう草加には残されていなかったから。

 

「おい草加! その怪我は……胸の穴は!」

 

 草加はカイザの剣を握り締めたまま、巧の心配する声を無視して、仲間の『人間』だけを選んで声を張り上げる。

 

「長瀬! 三原! 最後の勝者はお前達がなれ!

 ……オルフェノクではなく、人間が勝者になって、全てを決めろ!」

 

「草加!」

 

 もうオルフェノクが勝ち名乗りを上げないのであればなんでもいい、と言わんばかりの、支離滅裂なオルフェノク差別思考。

 オルフェノクの未来を決める戦いですら、オルフェノクが勝利者となって良い気分になるのは許せないと言わんばかりだ。

 そして、草加は巧の胸を殴る。

 

「乾! 真理を必ず取り戻せ! 必ずだ!

 薄汚いオルフェノクでも、それくらいはできるだろう……!」

 

 もう時間がない。

 あと一分も生きられないことは、草加自身が一番よく分かっていた。

 だから彼の心残りは、ただ一つだけ。

 気に入らない人間を排除できなかったことでもなく。

 オルフェノクを皆殺しにできなかったことでもなく。

 一番大切な女性を、園田真理を、自分の手で助けられなかったことだけだ。

 

「できるな!」

 

「……ああ!」

 

 だから託した。

 一番嫌いな男に。

 一番死んでほしいと思っている男に。

 一番信じている男に。

 信頼と嫌悪と拒絶と侮蔑を込めて、憎しみの言葉を叩きつけるようにして、草加は巧に真理の救出を託した。

 

「化けて出て来るなよ、草加」

 

「ふざけるな、俺が死んで貴様が―――」

 

 巧のふざけた口調に、草加は最大限の嫌味を言って、巧の心に胸抉るトラウマを刻みつけようとして……命が尽きる、実感を覚えた。

 そして、殴る。

 もはや何の力も残ってない拳で、巧の顔面を殴る。

 カイザのパンチはブラスターファイズの防御力に阻まれ、巧を殴った草加の方が崩れ落ち、カイザの変身が解除された。

 草加は動かない。

 後に残るは、ベルトを巻いた死体が一つ。

 

 オーガのフォトンブラッドで心臓を焼き潰されただけの草加の死体は、オルフェノク化することもなく、燃え尽きて死体になることもなく、ただその場に残っていた。

 

「……最後の最後に嫌味言おうとして、言い切れなくて、八つ当たりで殴ってくとかなんだよ」

 

 言葉だけで巧を傷付けようとして、その時間がないから殴って、最後の最後まで他人に迷惑と傷を上乗せすることしかしなかった。

 けれど、"死にたくない"と言う事もなく。

 "助けてくれ"とすがりつくこともなく。

 最後の最後まで、草加は草加だった。

 

「草加っ……!」

 

 巧が嘆き、切りかかってきたオーガの剣を受け止める。

 

「あのさぁ、もっと僕と遊んでよ!」

 

「くそったれ、もう少し死を悼ませろこの野郎!」

 

 ブラスターファイズが腹を蹴り飛ばされ、北崎オーガは剣を伸ばしてその場で一回転。

 設定上無限に伸長する高熱大剣であるオーガストランザーは、ただそれだけで広域を切り払う戦術兵器と化し、木場・海堂・千翼を衝撃波にて吹っ飛ばした。

 

「うわっ!」

「ぐっ!」

「アブねっ……!?」

 

 直接当てる必要はない。

 超高エネルギーというものは、物質に当てればそれだけで急激な熱変性やプラズマ化等を引き起こし、大爆発を誘発する。

 オーガの一撃ともなれば、これだけでオルフェノクを殺害可能だろう。

 この戦場において、数で劣るスマートブレインを優勢に持ち込んでいるのは間違いなく、高速戦闘形態でオーガギアを操る北崎一人であった。

 

 長瀬は攻撃範囲に運良く入っていなかったが、仲間を助けようと動き出したタイミングで、余計なものを目にしてしまう。

 琢磨が、その手の鞭で器用に、草加の死体からカイザギアを引き剥がしていた。

 

「お前……他人の遺品を!」

 

 素早く琢磨はベルトを巻いて、仲間を助けに行こうとする長瀬の前に立ちはだかる。

 

《 Standing by 》

 

「変身」

 

《 Complete 》

 

 装着されたカイザのスーツは、電子レベルにまで分解されて送還・再転送されたためか、あるいは別のソルメタルをあてがったのか、傷一つ無い綺麗な姿だ。

 琢磨がそれを纏っている。

 長瀬と戦うために纏っている。

 全ては、彼との決着のために。

 

「つれないな。まだ僕との戦いは終わってないというのに」

 

「しつけえな!」

 

 長瀬が元の世界で千翼と組んでいた仲良しチームの名前は、TEAM X(キス)

 相対するは仮面ライダーΧ(カイザ)

 この世界での戦いの最後を飾るに相応しい、奇縁の激突だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただただ、心をぶつけ合う。信念をぶつけ合う。

 人間も、オルフェノクも、自らが信じる何かのために。

 

「あああああああっ!」

 

「はははははははっ!」

 

《 Blade Mode 》

 

 ファイズの手の中に赤き光の剣が、オーガの手の中に黄金の剣が握られる。

 衝突。

 閃光。

 爆発。

 オーガの一閃はファイズブラスターを、ファイズの一閃はオーガのベルトを粉砕した。

 

「っ!?」

 

 武器を砕いた北崎と、要のベルトを砕いた巧。

 信念の差と気合の差が、ストレートに出た形になった。

 北崎はオルフェノク体が露出し、ファイズはノーマルファイズに戻り、なおも二人の激突は止まらない。

 

「ちゅうか、やべえだろこういうの!」

「援護します!」

 

 海堂と三原が北崎に単身挑む巧を援護し。

 

「Oh」

 

「ここは通さない! 頑張れ、乾君!」

 

 木場がクロコダイルオルフェクから、巧の背中を懸命に守る。

 

《 BLADE LOADING 》

 

 そして千翼は、冴子と切り結んでの剣技勝負に持ち込まれていた。

 力や速さが活かせない、いやらしい剣技。

 柔の勝負に持ち込まれた上、千翼の体表はオーガのフォトンブラッドでところどころ焼かれており、そういう理由でも動きのキレが悪かった。

 

「くっ」

 

「あら、激しい。でも、女性の扱いに慣れていない子に激しく求められるのも悪くないわね」

 

 冴子は急所に斬撃を誘い、それを柔らかく受け流す。

 急所を躊躇なく抉りに来る千翼には幾度となくヒヤリとさせられるが、急所を囮にすることで危なげなく獣の猛攻をしのぎ切っていた。

 冴子の影がほくそ笑む。

 千翼の獣性が、冴子の悪い癖を引き出してしまう。

 

「ねえ、貴方、スマートブレインの味方につかない?」

 

「なんだよ、戦ってる最中に!」

 

「貴方は人間の味方より、人間の敵の方が似合っているわよ、絶対に」

 

 クリーンヒットな一言に千翼の攻め手が一瞬緩み、冴子の斬撃が装甲を削った。

 

「つっ」

 

「お友達が人間だから?

 そんなくだらない感情は捨ててしまいなさい。

 人に怪物と呼ばれるということは、人間以下であるということじゃないわ。

 それは人間以上の存在であるということの証。存分に誇り、人間の恐怖を楽しみなさい」

 

 冴子はオルフェノクとしての自分を誇っていた。

 自分が人間の上位互換であることを確信していた。

 人間の「怪物」という罵倒を、褒め言葉のように受け止める精神性を完成させていた。

 

「そっか」

 

 千翼の心の中は、冴子への軽蔑と尊敬が入り混じっていた。

 声は静かで、声色の中に僅かな哀れみと羨みがあるのが分かる。

 

「羨ましいよ、あんたが」

 

「ふふ、貴方も苦労してきたみたいね」

 

「うん……そうだな。

 俺は……人間になりたくて、人間でいたくて、人間以外は嫌で。

 ずっと怪物が嫌いで、自分が怪物(アマゾン)なことが嫌で、好きになった女の子は人間だった」

 

「切り捨ててしまいなさいな、自分の中の人としての部分なんて」

 

「本当に羨ましいよ」

 

 千翼の言葉に、嘘はない。

 

「オルフェノクっていうのは、人殺しの怪物である自分を肯定できるんだな」

 

「―――」

 

 人殺しの怪物である自分を肯定できるか、できないか。

 冴子と千翼の間にある最大の違いはそれで、冴子の誘惑に千翼が毛の先ほどにも心揺らがなかった理由もそこにある。

 冴子は千翼に"自分が怪物であること"を肯定させようとし、肯定の言葉を探すがすぐには見つからず、千翼を誘惑するための言葉を探してしまう。

 思考に集中力を割いてしまう。

 結果、隙を生んでしまう。

 気に入った男を配下に加えようとする冴子の悪癖が、最悪の形で噛み合った。

 

《 AMAZON SLASH 》

 

「ッ!」

 

 ―――大切断。

 アマゾンズドライバーの代名詞、腕に付属した刃を用いての残酷無比な斬撃必殺技が迫る。

 

(斬撃なら、流せる!)

 

 剣を武器とするロブスターオルフェノクにとって、斬撃を受け流すのは専門と言っていいレベルの得意事項だ。

 隙を突かれた冴子だが、冷静に剣で斬撃を受け流そうとする。

 力を真正面から受け止めないように。

 力をよそに逃がすように。

 切断力を発生させないように。

 冴子は、千翼の力を技で受ける。

 

 経験と技で構築された神業の受けを、千翼は力でぶち抜いた。

 

「……ぁ」

 

 人の延長の形でしか無いロブスターオルフェノクの体で、剣という人間の武器を扱う冴子の受け流しは、どこまで行っても"究極に近い人の技"でしかなく。

 全身全霊を込めた獣の一撃は、受けきれない。

 

「か、はっ」

 

 だが千翼もただでは済まない。

 冴子は千翼の力を受け流しつつ、クロスカウンターのように剣を叩き込んでいた。

 剣は千翼の装甲に食い込み、冴子が千翼の突撃力を逆利用したのもあって、千翼の体に見かけ以上のダメージを叩き込んでいた。

 

 冴子は受け流しきれなかった大切断を受け、致命傷寸前の深手を負う。

 千翼は自分の力も利用されたカウンターを受け、かなり深いダメージを食らう。

 すなわち相打ち。二人は倒れ、死にはしなかったもののそのまま動かなくなった。

 

 その直上を、ファイズ・アクセルフォームとドラゴンオルフェノク・龍人態の超高速戦闘が飛び越え、通り過ぎて行く。

 

「おらァ!」

 

「はっ、はっ、はっ!」

 

 ソニックブームが生まれる戦場の中心では、ライオトルーパーの三原と連携し、海堂が意外なまでの意地を見せ、クロコダイルオルフェノクを仕留めていた。

 

「ラッキークローバー、一人、落としたぞ……!」

 

「海堂さん!」

 

 そして、海堂も倒れる。

 クロコダイルを殺せはしなかったものの、蛇の毒で戦闘不能にまで追い込んだらしい。相手がラッキークローバーなことを考えれば間違いなく大金星だ。

 だが、その代償として海堂もまた戦闘不能に陥ってしまう。

 三原も火を吹いているライオのベルトを外し、投げ捨てた。

 頂上決戦にして最終決戦であるこの戦いに、ライオトルーパーの性能では流石に付いて行けなかったのだろう。

 

 そして三原が投げ捨てたライオのベルトの残骸を踏み砕きながら、魔人態のドラゴンオルフェノクと、北崎に連携して攻撃を仕掛ける巧&木場が駆け抜けた。

 

「乾君!」

 

「木場! 左任せた!」

 

 長瀬にも仲間達の声は聞こえているが、そちらの方を向く余裕がない。

 仲間の誰が残っているのか、敵の誰が倒れているのか、それさえも分からない。

 長瀬はデルタの手足を武器とし、銃剣を武器とするカイザの猛攻にひたすら耐えていた。

 

「見えなくとも、聞こえているだろう、長瀬裕樹!」

 

 カイザの剣がデルタの複眼部分(ファインダー)をかすり、表面一部を軽く焼き潰す。

 

「これら起こる人間とオルフェノクの戦争は、こうなるだろう。

 一対一の鮮やかな決闘なんて無い。

 一対多の燃える共闘なんて無い。

 どこまでも混濁していて、誰が誰を倒したのか、誰が誰を殺したのかすら曖昧で……」

 

 ガガガガガ、とデルタの連射がカイザの顔面を直撃し、複眼の片方を焼き潰す。

 

「……それでいて、殺されたという遺恨は残る。

 何が何だか分からない混沌の中で、憎しみだけが募るのさ」

 

 突き出されたカイザのパンチングユニットを、デルタが銃口で殴って弾き。

 

「そういう世界は嫌だ、って顔してるぜ。琢磨」

 

 後ろに跳んだデルタの銃弾を、カイザが銃撃で撃ち落とす。

 

「ああ、そうだ。僕がそういう世界を望んでいると言えば嘘になる」

 

「だったら!」

 

「知ったことか! どうせ起きるさ!

 君達がここで勝とうが! スマートブレインが勝とうが! その地獄は必ず来る!」

 

 長瀬のミドルキックが脇腹に、琢磨のハイキックが側頭部に、同時に当たった。

 

「だから教えてくれ。

 君が教えてくれ。

 僕はこのカイザギアを使った場合、その地獄でどのくらい強く在れる……!?」

 

「―――!」

 

 強さを、力を、戦いを語りながら、長瀬と琢磨は全身全霊の攻撃をぶつけ合う。

 止めない。

 止まらない。

 止められない。

 攻撃を止めれば殺される。

 攻撃を止めれば自分が自分でなくなる。

 攻撃を止めれば、この敵に自分の信念と人生を否定されてしまう。

 

 そう言わんばかりの、ノーガードでのせめぎ合いであった。

 

「誰にも言ってないが、君だけに教えよう!

 僕はムカデのオルフェノクであることがあまり好きじゃない!

 もう少しでいいから、強い生き物や特別な生き物が良かったと度々思う!」

 

「知るかよ!」

 

 そういうところを気にするから、仲間に小物臭く見られるというのに。

 が、琢磨のその思考もそこまで変なものではない。

 脱皮を能力として昇華・顕現させ、他のオルフェノクにない複数の命という規格外の個性を得たクロコダイルオルフェク。

 幻想を体現する、特例を極めたドラゴンオルフェノク。

 そして、生育環境次第では脱皮の繰り返しにより不老不死を体現できるとも言われるロブスターを模した、運命的な何かを暗示するロブスターオルフェノク。

 ラッキークローバーの中で、ムカデな琢磨は逆の意味で目立ってしまう……と、本人は落ち込んだりナーバスになったりした時に思ったりするというわけだ。

 

 強いのに。

 琢磨も強いはずなのに。

 その強さに自信を持って良いはずなのに。

 この環境では、大物らしい振る舞いなどできようはずもない。

 

「小物であると言えばいい!

 雑魚だと笑えばいい!

 情けないと見下せばいいさ!

 僕は……僕らしく生きてみせる! 僕の未来は、僕が決める!」

 

 カイザがデルタの腕を掴み、投げる。

 流れるような投げはダメージこそ無いが、デルタを路面に転がした。

 

《 Exceed Charge 》

 

「君に勝つ! ここで! 僕が! 長瀬裕樹に! デルタに! 勝つッ!」

 

 カイザブレイガンに溜め込まれたフォトンブラッドが、拘束弾として放たれる。

 当たれば一瞬後には微塵切り、そういう性質を持った拘束弾だ。

 

《 Burst Mode 》

 

「負けねえよ」

 

 だからこそ、当たってやらない。

 デルタのフォトンブラッド十二連射が、拘束弾を打ち砕く。

 

「そうだろ、千翼ォ!」

 

 長瀬と琢磨は互いに踏み込み、拳を振り上げる。

 

「琢磨。強くても、弱くても、どっちだってよかったんだ、俺は!」

 

 突き出される二つの拳。

 デルタの右拳とカイザの左拳が衝突し、デルタの拳が打ち勝った。

 

「ダチが居て、仲間が居て、一人じゃない場所がありゃ、俺はそれだけでよかった……!」

 

 のけぞったカイザの腹に、デルタのつま先が刺さる。

 

「……っ! 要らない、そんなものは!」

 

 続けて跳んできたデルタの拳を、琢磨は蹴りで受け止めた。

 デルタのパンチ力は3.5t、キック力は8t。

 カイザのパンチ力は3t、キック力は7t。

 基礎出力に差があっても、足なら拳に一方的に打ち勝てる。

 知にて力を制する一手によって、今度は長瀬の方がのけぞらされた。

 

「僕には、どんな相手も虐げられる、誰にも虐げられない、力があればよかった……!」

 

 風切る頭突き。

 カイザの頭突きが凄まじい速度でデルタの額へと当たり、両者の額部分が砕けた。

 砕けかけの仮面は一部の衝撃を貫通させてしまう。

 仮面の下には人間の額とオルフェノクの額。徹った衝撃の差など比ぶべくもない。

 

「ッ」

 

 痛みが、苦しみが、疲労が、今の自分が何をしているかさえもあやふやにする。

 銃、剣、腕、足、動かせるものを片っ端から動かして攻める。

 デルタとカイザ、長瀬と琢磨の削り合いは止まらない。

 

「くあうッ!」

 

 そして、二人の間にドラゴンオルフェノクが転がって来た。

 転がしたのは巧と木場。ファイズとホースオルフェノクのダブルキックが、足を切られて機動力を殺された北崎を蹴り飛ばしたのである。

 疲弊した北崎が、琢磨の目の前で足を震わせながら立ち上がろうとして――

 

「邪魔だ!」

 

「ぎっ!?」

 

 ――仲間のはずの琢磨に、蹴り飛ばされて、どかされる。

 

「……お前、あいつ怖かったんじゃねえのかよ、琢磨」

 

「後悔なら後でするさ。

 今はそんなことどうでもいい。ああ、でも……

 普段僕をいじめてたあいつを蹴り飛ばせたのは、なんだか凄く気持ちいいっ!」

 

「お前……思考が小物臭いよな、本当に!」

 

 戦いは続く。

 最後の一人が残るまで続く。

 一人、一人とまた倒れ、今や満身創痍の長瀬と琢磨が殴り合い、ズタボロの巧と北崎が立つのみとなった。

 戦いを見守るオルフェノクの王と、スマートブレインの社長。

 集団の頂点に位置する二人だけが戦いに参加していない。

 が、そんな二人を気にすることもなく、男達は戦っていた。

 

 男達は自分の信念、想い、覚悟、激情、全てをぶつけ合っている。

 

「あああああああああッ!!」

 

 四人分の魂を絞り出すような叫びが共鳴し、響き合う。

 

「くたばれえええええッ!!」

 

 全身全霊、手加減抜きで殴り込む。壊れろ、倒れろ、くたばれ、と想いを込めながら。

 

「長瀬裕樹ィ!」

 

「なんだッ!」

 

「ここで……君を倒して、自分の中の全てに決着をつけてやる!」

 

 琢磨は脚部にカイザポインターをセットし、マニュアルに無い操作をした。

 

《 Exceed Charge 》

 

 必殺技の発動コマンドを、何度も連続して入力したのである。

 

《 Exceed Charge Exceed Charge Exceed Charge Exceed Charge 》

 

 カイザギアを壊す気か、と言われても仕方のない操作。

 どうでもいいのだ。琢磨はここで勝てるなら、もはやギアが壊れようがどうでもいい。

 ギアの破壊すらも覚悟で、過剰なフォトンブラッドを詰め込んでいく。

 

「受けて立ってやる。チェック」

 

《 Exceed Charge 》

 

 長瀬は借り物のデルタを壊すわけにはいかないのもあって、フォトンブラッドのチャージは一回のみ。

 されども負けを受け入れる気などない。

 針の穴に心の先を通すように、心の先を尖らせてゆく。

 

「最後の勝者になるのは、僕だッ!」

 

 二人の視界の外側で、巧が最後の一撃を叩き込む。

 ドラゴンオルフェノクの肉体がゆっくり倒れ、倒しきったファイズも尻もちをついた。

 北崎が倒れた音を合図とし、二人は最後の一撃を放つ。

 

 最後に残った二人の内、勝者となるのは―――?

 

「うおおおおおおおおッッ!!!」

「あああああああああッッ!!!」

 

 あまりにも濃い、黄色の四角錐が放たれる。

 カイザのポインティングマーカーがデルタを狙う。

 美しい色合いの、青紫が混じった銀の三角錐が放たれる。

 デルタのポインティングマーカーがカイザを狙う。

 

 四角錐と三角錐は、1mmのズレもなくその先端をぶつけ合った。

 ポインティングマーカー同士が互いを捉え合ってしまい、空中で押し合いながら鍔迫り合いの如く静止する。

 示し合わせたかのように、そこにカイザとデルタが同時に飛び込んだ。

 ポインティングマーカーの鍔迫り合いが、飛び蹴りの鍔迫り合いへと移行する。

 

「う……く……あっ……!」

「ぐ……ぬ……がっ……!」

 

 互角。

 二人の力は完全に拮抗し、黄と銀どちらも一歩も引かない。

 

「負け、るか……!」

 

 力に差はなく、ゆえに力以外の部分で差が出始める。

 銀の三角錐の先端は鋭く、ブレもない。

 対し黄の四角錐の先端は、徐々にほどけて鋭さを失い始めた。

 ポインティングマーカーに過剰なフォトンブラッドを注ぎ、無理をしたせいでもあるが……それ以上に、琢磨と長瀬の集中力に差が生まれ始めたことが原因だった。

 

「琢磨、てめえの負けられない理由が、どんなに強くたってっ……!」

 

 光を蹴り込む長瀬と琢磨の集中力の差が、力の差に直結している。

 

 意志と意志のぶつけ合いが、意志の強さをポインティングマーカーの強度に反映される。

 

「自分のために負けられないお前に、他人のために負けられない俺が!」

 

 銀が、黄を貫く。他人を想う強い意志が、自分のために戦う強い意志を粉砕する。

 

「負けて、やれるかッ―――!!」

 

 かくしてデルタは押し勝ち、長瀬の一撃はカイザのベルトを貫いた。

 命は奪わず、ベルトのみが砕かれる。

 

 小物の一撃は強かった。

 小物の意地は、強者も倒す強き信念と化していた。

 これまでの長瀬裕樹の一撃では、死力を尽くしても敵わぬほどに。

 だが、今の一撃なら打ち勝てる。

 今の長瀬なら打ち勝てる。

 多くの出会いが、旅の終わりが、ただのガキであった長瀬の一撃に『本物』を宿した。

 

 『小物』に打ち勝つからこそ『本物』。世界はいつも、そうして回っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琢磨は路面に転がり、空を見上げる。

 胸ポケットからメガネを取り出すが、割れていた。

 それが今の自分には相応しいような気がして、割れた眼鏡を顔にかける。

 

「……ふぅ」

 

 自分を見下ろすデルタが、変身を解いて長瀬裕樹の姿に戻った。

 最後に立っていたのは長瀬。

 最後に立っていたのは人間。

 最後に残ったのは照夫の仲間で、ゆえに戦いは照夫の勝利となった。

 これがこの世界の未来を変えた、と琢磨はなんとなくに思う。

 

 倒れたままの琢磨と、見下ろす長瀬の視線がぶつかった。

 

「琢磨、死にそうではねえよな?」

 

「ああ、問題はない。……負けた、か。

 本当に、土百足(ジムカデ)のようで……地百足(ジムカデ)のような、人生ですよ……」

 

 琢磨が自嘲する。

 土百足(ジムカデ)はメジャーな虫のムカデであり、地百足(ジムカデ)は植物である。

 土百足が地を這い人に踏み潰される虫であるのと同じように、ムカデの名を関する地百足も地を這う植物で、人に踏まれる運命にある植物である。

 情けない姿で地を這い、汚らしく泥にまみれ、何度も何度も踏みつけにされ……けれども、踏まれたくらいでは死なず、しぶとく生き残る。

 それが、ジムカデだ。

 琢磨がそうそう死ぬものか。

 大物は派手に絢爛に散るが、しぶとく最後まで生き残り『最後に生き残った者という名の勝者』となるのが、小物の特権なのだから。

 

「強かったよ、お前。

 ドラゴンオルフェノクと同じくらい、戦っててしんどかった。

 お前は小物だとしても、弱くはねえ。

 今日の気合いを見せれば、大抵の奴には勝てるさ。俺の言葉を信じろ」

 

「……むず痒いな、そういう、褒め言葉は……」

 

 きっと琢磨は何があっても最後まで生き残るだろう。

 仮に草加が死んでも、木場が死んでも、巧が死んでも、海堂だけは生き残るのと同じように。

 得てして大物よりも小物の方が長生きするものだ。

 そして戦いが決着した今、二人の大物も言葉で決着をつけねばならない。

 

「村上社長」

 

 沈黙を守り、今まで動きも見せなかった照夫が、村上に語りかけた。

 

 村上は何故か、愉快そうに笑っている。

 

「貴方は、完全なオルフェノクの王になれるのですか?」

 

「うん」

 

 照夫の姿が、アークオルフェノクの姿へと変わった。

 一瞬にして凄まじい威圧感、存在感、強者感が吹き出して行く。

 ローズオルフェノクである村上も、ドラゴンオルフェノクである北崎も、完成したこのアークオルフェノクには敵わないだろう。

 ブラスターファイズでも一対一でなら倒すのは難しい。

 ブラスターと同格のオーガでも、おそらく一対一では分が悪いだろう。

 

 照夫の姿が人間のものに戻る。

 照夫は間違いなく、この戦場で最強だった。

 長瀬達と最初から共闘していたなら、戦いは一方的な勝利で終わっていたに違いない。

 なればこそ、その力を最終決戦においても振るわなかったことに、意味があった。

 

「笑える話だ。

 貴方は我々に力を示せば良かった。

 ならば自分の力を使って、ここで私達を叩きのめしても良かった。

 そうしなかったのは……王よ、貴方がここで見せたかったのは、自分の力ではなかったからだ」

 

 力を見せろと村上は促した。

 照夫は応え、村上に見せる力を選んだ。

 

「貴方は集団の力を見せた。

 自分の力で我々スマートブレインを従えるのではなく……

 人間とオルフェノクの力を合わせた、集団の力を見せたかったわけだ……」

 

 村上はこのやり口に、照夫に秘められた王の資質を見た。

 

「この私を、村上峡児とその部下を、説得し納得させるために」

 

 照夫はオルフェノクの居場所、国、そういったものを作ることを約束した。

 そしてこの戦いで、"王が一人で強大な力を使い国を作る"のではなく、"王が皆の力を束ねて皆の居場所を作る"という基本指針を見せつけたのだ。

 王は一人ではない。

 王は仲間と共に行く。

 長瀬を始めとする王の仲間達は、王の手を煩わせることもなく、王の期待に応えてみせた。

 

 軍の先頭に立つのも王なら、軍を信じて任せて自分は何もしないというのも王である。

 

「いいでしょう。当座の話になりますが、貴方の理想に従ってあげましょう」

 

 倒れたまま動けない北崎と冴子が、凄い目で村上を睨んだ。

 琢磨とMr.Jはどこか受け入れたような顔をしている。

 ラッキークローバーですら意見が真っ二つ。

 これから先、村上社長はさぞかし苦労することだろう。

 

「ただし、私も一つの社運を預かる身。

 損切りは前提です。

 貴方がたの理想が敵わないと判断したその時は、切り捨てるということを忘れずに」

 

「……ありがとう! 村上さん!」

 

 村上が照夫の頼れる仲間となった。

 けれども安心しきった背中を見せれば、村上が背中を刺してくることもあるだろう。

 信用できないが、信頼しないとやっていけない優秀な仲間。

 まあ、照夫にとっては今更だ。

 草加に殺されるかもといつも思いながら過ごしていた照夫にとっては、今更である。

 

 図太くも優しい王として、鈴木照夫は完成した。

 

 周りの強い男達や、今は亡きエミリが、幼い少年に望んだ以上に、いい男になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村上が真理などの人質解放を行った頃、フラっとその男は現れた。

 

「あれ? 終わっちゃったんだ。様子見に来ただけなんだけど」

 

 長瀬が盛大にギョッとする。

 人間もオルフェノクも置いてけぼりにする超スピードで再生した千翼が、長瀬を庇うようにして駆け込んで来た。

 長瀬は疑問を口にする。

 

「え、突然現れて誰だよお前。

 最終決戦が終わってから出て来る新キャラかよ」

 

「んー、いや初対面じゃない奴も居るけど……というか君、助かったんだね」

 

「……?」

 

 長瀬の記憶の片隅で、死にかけの時に聞いた記憶が、うっすらとした記憶が蘇る。

 

■■■■■■■■

 

「こーら鳴滝、攻撃避けた僕が悪いみたいに言うんじゃない。

 しかしこれは……不幸な世界の迷子かな?

 空いてた世界の穴に偶然足を踏み入れてしまったのか……普段から幸薄そうだねぇ」

 

「このままじゃ死ぬ……いや、もう九割がた死んでるのかな。

 こりゃまいった、選べる手段がそう多くないじゃないか。さて」

 

■■■■■■■■

 

 こいつ、あの時琢磨と戦ってたやつだ、と。

 長瀬は世界移動直後に琢磨とこの男の戦いに巻き込まれ、センチピードの鞭に殺され、オルフェノクの記号を埋め込まれて蘇生したのだ。

 その後、なんやかんやでデルタに適合して、今に至る。

 つまり大体の事柄の原因が、この謎の男なのである。

 

「いや、知り合いに怒られてね。

 君らを元の世界にポイして、ここの世界の穴を塞ぎに来たんだよ」

 

「……あんた、名前は?」

 

「名乗るほどの者じゃない。通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておきたまえ」

 

 男は名乗りもせず、世界に穴を空けて千翼と長瀬の帰還を促す。

 マクガフィンのような男だ。自分の身の上を深く語る気がまるで無い。

 

「ほら、付いて来たまえ。道なりに進んで行けば元の世界に帰れるから」

 

 男は一足先に、世界の穴へ足を踏み入れた。

 

「帰れる、のか?」

 

 長瀬は反射的に帰ろうとし、自分の方を見ている"この世界での仲間達の視線"に気付き、ひとまず踏み止まった。

 照夫の前に屈み、少年と目を合わせる。

 

「照夫、もう大丈夫か?」

 

 少年が乞うたなら、もう少しこの世界に残って力を貸してもいい、と長瀬は思った。

 少年にその気はない。

 これ以上、善意で力を貸してくれた長瀬に助けを求める気は無い。

 長瀬にありがとうと言いたかった。

 長瀬にごめんなさいと言いたかった。

 助けられたことにありがとうを、巻き込んでしまったことにごめんなさいを、言いたかった。

 

 だけれども、必要な言葉はそれではない。

 照夫が長瀬に聞かせるべき言葉は、"長瀬はもう要らない"という意志表示。

 

「うん、もう大丈夫」

 

「そうか」

 

「じゃあ、俺はもう要らないな」

 

 この世界の戦いから、長瀬を解放するための一言だった。

 長瀬の目から、この世界に残って戦うという意志が消える。

 これでいい。

 この世界の問題は、最後には絶対に、この世界の者達だけで解決すべきことなのだから。

 

「ヒロキ」

 

 照夫が右手を差し出す。

 長瀬が、その手を握り返す。

 

「頑張れよ」

 

 長瀬が照夫を一人の男として認めざるを得ないほどに、いい顔で、いい握手であった。

 

 照夫の手を離し、長瀬は三原にデルタを返す。

 

「借りてたデルタ、返す」

 

「今までデルタとして戦ってくれて、ありがとう」

 

 三原の感謝を受け取り、長瀬は木場の前に立つ。

 

「綺麗事、貫けよ。綺麗事をやり遂げた奴はかっこいいと、俺は思う」

 

「ああ。理想を語った責任を、俺は果たすよ」

 

 心配の要らなくなった木場の笑顔を横目に、長瀬は海堂に歩み寄る。

 

「照夫の面倒ちゃんと見ろよ。

 照夫のお兄ちゃんか、お父さんか、どっちかは知らないが」

 

「ちゅうか、お前に言われなくてもやるってんだよ。……気を付けて帰んな」

 

 ぶっきらぼうな海堂の想いを受け取り、長瀬は草加の死体を見下ろす。

 

「……」

 

 手を合わせ、草加の冥福を祈り、長瀬はまた倒れたままの琢磨を見下ろしに行った。

 

「おい、琢磨。負けたんだ、ちゃんと照夫に従えよ」

 

「分かってる。ああ、くそ、またパシリか何かさせられるのは嫌だな……」

 

「しっかりやれよ。真理さん? とかの人質がちゃんと解放されたかの確認もしっかり頼む」

 

「僕は君のパシリじゃないぞ……!?」

 

 そして最後に、巧の下へ。

 

「乾さん。頼みがあるんだ」

 

「何だ? 言ってみろ」

 

「『生まれたことが罪なら、俺が背負ってやる』

 って言ってたよな。

 その言葉、絶対に撤回しないでくれ。

 ずっと照夫を守ってやってくれ。あの言葉は、俺の心にも響いたんだ」

 

「……ああ」

 

 巧の拳と、長瀬の拳が、軽く打ち合わされる。

 

「照夫君だっけ?」

 

「あなたは……千翼さん?」

 

「頑張って。君の願いが叶ったら……俺は、嬉しい」

 

「……うん!」

 

 人間と共存不能な怪物である千翼から、人間との共存を目指す怪物の照夫へエールが送られ、それで別れの挨拶も一区切り。

 

「じゃあな、皆」

 

 長瀬と千翼が、肩を並べて世界の穴へと歩を進める。

 

「俺の方こそありがとう、だ。

 この世界に、この世界で出会った人達に、この世界であった戦いに……」

 

 良い旅、良い出会い、良い決着、良い物語。

 長瀬は記憶を思い返して、それらをもう一度堪能する。

 

「俺はようやく、捜し物を見つけられたんだから」

 

 消えていく長瀬の背中に、照夫は叫んだ。

 

「ありがとうっ! さようならっ!」

 

 長瀬は背中を向けたまま、拳を突き上げる。

 照夫も同様に突き上げる。

 長瀬の姿が完全に消え、世界の穴もかき消える。

 

「……さようなら……」

 

 生まれたことが罪だった子供達の物語が、ほんの少しだけ交差したこの戦いは、こうして明確な終わりを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 千翼は死体しか愛せない化物で。

 長瀬は生者しか愛せない人間だ。

 その愛は怪物にとって当たり前で、人間にとって当たり前のもの。

 千翼は異常で、長瀬は平凡だ。

 同じ世界に生きるには色々と問題があって、同じ運命の道を進んで行くことはできない。

 二人の片方が死んだ世界へと、彼らは帰らなければならないのだ。

 

「お、世界の分かれ道」

 

「そっちがヒロキの世界で、こっちが俺の世界かな」

 

「だろうな。千翼、そっちの世界のイユにもよろしく言っといてくれよ」

 

 こうして千翼と別れる日が来るなんて、長瀬は思っても見なかった。

 

 千翼の差し出した手をグッと握って、胸の痛みを誇らしさで押し込んでいく。

 

 別れの握手が物悲しい。

 

「またな……じゃ、ないか。さよならだな、千翼。もう会うことも無いだろうしよ」

 

 長瀬は手を離して、拳を握る。千翼は優しげに笑った。

 

「死んでるように生きるなよ、ヒロキ。

 死にたくない、じゃなくて、生きたい、の方がきっといい。

 ヒロキは時々つまんなそうな顔してることがあるからさ、気を付けなよ」

 

「言うじゃねえかこのやろう」

 

 長瀬の世界ではこれからアマゾンに厳しい世界が来るだろう。

 千翼の世界ではこれから人間に厳しい世界が来るだろう。

 どちらの世界でも、人間とアマゾンが憎み合う闘争の時代がやって来る。

 されども、人間とアマゾンである二人の間に憎しみは無い。

 

 友達にはなれなかったけど、きっとここには友情があった。

 

「さよなら、ヒロキ」

 

「さよなら、千翼」

 

 背中を向けて、別々の道を行く。

 

 長瀬は世界の穴をくぐり終え、元の世界に戻って来た。

 スマートブレインから取り戻した携帯電話の日付を見る。

 電波で日付と時間が調整されて、長瀬がこの世界を出ていった時刻から、まだ一時間も経っていないことが分かった。

 あの世界での戦いの日々は、こちらの世界での一時間にも相当しなかったらしい。

 

「帰って来た……か」

 

 とりあえず帰る。

 帰って、飯食って、シャワーを浴びて、ぐっすりと寝る。

 疲れもあって丸一日眠ってしまった。

 寝ぼけまなこで起きた長瀬は、着替えてコンビニへと向かう。

 

 コンビニでジュースの缶を三本買って、携帯でグーグルマップを起動。

 目的地の位置を把握し、そこに向かってバイクを走らせる。

 辿り着いた場所は墓地。

 『星野家之墓』と書かれた墓石を見つけ、『星埜イユ』の文字を見つけて、長瀬は「ここだ」と呟いた。

 

「しばらく来てなくて悪かった。色々、思い出してキツかったからさ」

 

 墓を綺麗にする。

 墓に水をかける。

 気温の低いこの季節に墓の水掃除はこたえたが、長瀬はそれを苦にも思わない様子で掃除を完遂する。

 

「イユ、そこに居るなら、悪いが千翼も連れて来てくれ。聞かせたい話があるんだ」

 

 掃除を終えた長瀬は墓の前に座り込み、三つの缶の口を開けて墓に並べる。

 一つは自分の分。

 一つはイユの分。

 一つは千翼の分。

 墓の向こうに誰かが居ると信じて、長瀬は墓石に向けて語りかけた。

 

「夢みたいな、あの旅の話を」

 

 戦いの日々。

 出会った人達。

 別の世界との千翼との対面。

 一つ一つの事柄を、長瀬は詳細まで余すことなく語り切り、そこに感じた自分の思いも語ってゆく。

 家を出た時間が遅かったのもあって、ほどなく空に星が見える時間がやって来てしまった。

 

 やがて、空に星が降る。

 流れ星に早口で"千翼とイユが幸せに生まれ変わりますように"と三連続で言おうとして、言い切れなくて、長瀬は千翼とイユに謝った。

 謝って笑った。

 空に降る小さな星の話も、長瀬は始める。

 

 流れ星が消えるまでに三回願いを言えば、その願いは叶うという。

 

 空を見上げていると、偶然また流れ星が落ちて来て、今度は長い時間空を横切る。長瀬は慌てて超高速でもう一度"千翼とイユが幸せに生まれ変わりますように"と叫ぶ。

 三回言えた。

 言えてしまった。

 長瀬は笑う。

 

 この願いが叶えばいいなと、長瀬は思った。

 

 またいつか、やがて、星は降る。人は星に願いを捧げる。

 

 優しい願いを胸に抱える人間が、この星の上に息づいている限り。

 

 

 




 これにて終わり。一話の平均文字数を少なめに抑えたいと言っていた過去の自分はなんだったのか

 空にはやがて星が降る。小さな星の話しようぜ!

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