紫色の雲が空を覆い尽くし、毒々しい色の雨が地上に降り注ぐ。
無残に倒壊した建築物の上で、銀髪の少女が傘を差していた。
周囲を見渡す彼女の頭上に載っていた目付きの悪いハムスター。
「酷いね…」
何度も見た光景ではあるが、9歳の子供に慣れる物でもない。
その言葉に応える事もせず、正面に出現したモニターを前足で操作するハムスター。
ペットとは思えない行動だが、その疑問を抱く人物は他にいない。
「どうやら、生き残っている生物がいるみたいだな」
「本当!?」
そして、モニターを操作している手を止めて、顎に前足を当てて呟く。
予想していなかった言葉を聞いて、驚いた様子で頭上に目を向けて尋ねる彼女。
「人間とは限らないぞ?」
「誰でもいいよ!助けにいかないと!」
彼の意見を聞いても、その決意は揺るがなかった。
生き残りがいる。
その言葉だけで充分だった。
人間であるかは兎も角、助けに行く必要があると訴える。
「待て。念の為に何時でも戦えるようにしておくんだ」
「ご、ごめんなさい…」
落ち着きの無い彼女に、低く唸る声で警告したハムスター。
静かな怒気を漂わせた言葉に圧倒されて怯えながらも謝っていた少女。
生き残りがいたとしても、それが温厚な生物である保障は無い。
軽率な行動を取る事は許されない。
傘の柄に埋め込まれている宝石と、胸部に取り付けられたブローチが淡い輝きを放つ。
光り輝く傘と同じタイミングで、彼女が着ていた小学校の制服が大きな変化を遂げる。
タータンチェックのスカート、黒いシャツの上にジャケットを羽織り、先程の服装が全く異なる物に変化した。
先程まで所持していた傘は、身の丈以上の槍に変化していた。
不測の事態に備える為に準備を整えた彼女は、ハムスターが指示する場所に進み始めた。
「この部屋か…」
幸運にも倒壊を免れたビルに入って、生命反応の出所である部屋の前に到着する。
無言で錆び付いたドアノブを捻り中に入る。
そこにいた生物は…
「ピ~!」
黄色い羽根と角の生えた点を除けば、ウサギに良く似た生命体だった。
6匹程確認出来た生物は、唐突に入って来た人間を見て、パニックになりながら部屋の隅に逃げた。
「ニコラスさん。この子達は?」
「データには載っていない。この惑星独自の生物だろう」
獰猛な生物ではない事に安堵しつつ、ニコラスと呼んだハムスターに尋ねる。
慣れた動作でモニターを操作し終えた彼が淡々と答える。
突然の来訪者に怯えつつ、必死に鳴き声を上げていた生物達。
「大丈夫。危害を加えに来たわけじゃないから」
「ピ?」
「食べる?」
そんな彼等を見て、手に持っていた巨大な槍を地面に置く。
行動の真意が読めず、首を傾げて困惑していたウサギ達。
ポケットからお菓子を取り出して、目線を合わせて笑顔で話し掛ける。
警戒の必要が無いと理解したのか、少女が差し出したお菓子をに近寄って食べ始める。
「フム。例の物の反応は…」
「よしよし」
「…まずいな」
微笑ましい光景に目もくれず、本来の目的を果たす為に、モニターを忙しなく操作する。
打ち解けたウサギ達の頭を撫でて、嬉しそうに笑っていた少女。
そんな中、ニコラスのモニターに赤い光点が表示される。
直後、激しい爆音と揺れが、彼等がいるビルを襲った。
「ピ~ピ~!」
「あ!どこに行くの!?」
「私が追い掛ける!春風は奴の足止めを頼むぞ!」
「う、うん!分かったよ!」
突然の異常事態にパニックに陥って部屋から逃げるウサギ達。
地面に落ちた槍を拾って、逃げた彼等を追い駆けようとする。
しかし、ニコラスの言葉を聞いた彼女は踏み止まり、部屋の窓から外に飛び出した。
「シス…テ…エ…ザザ…」
「何だか危険な感じだね…」
空を飛んだ彼女が発見したのは、3メートル程ある人型の機械だった。
深紅の単眼に、右腕は砲身と一体化しており、全身には小さい亀裂が大量に入っている。
砲身を向けられている彼女は、戦闘が避けられない事を理解して、槍を両手で握り締める。
「はぁ!」
ロボットの砲身から放たれた閃光が、スカートを掠めて焼け焦げるが、意に介さず槍による一撃をお見舞いする。
右腕の砲身を破壊して、戦闘能力の低下を狙っていたが、人型が正面に展開した障壁によって、呆気なく防がれてしまう。
諦めずに槍による連撃を浴びせるが、ダメージを与えられない。
至近距離で攻撃する彼女に、お返しを言わんばかりに、近距離で大量の弾丸を浴びせる。
「くぅ…!」
咄嗟の正面に障壁を展開するが、大量の弾丸を受けて、弾き飛ばされてしまう。
彼女と距離が出来た瞬間、人型の背面に装着されているコンテナが開く。
搭載されていたミサイルが射出され、ターゲットに情け容赦なく襲い掛かる。
人型の攻撃を必死に躱し続けていたが、狙いの逸れたミサイルが地上に直撃して爆発する。
地上の彼等に被害が及んでいないか不安になるが、今は避ける事に専念するしかない。
圧倒的な弾幕に反撃の機会を得られず、徐々に追い詰められていた彼女。
「お願い!!」
現状を打開する為に、人型に向かって槍を全力で投擲する。
蒼い輝きを纏った先端は、正確にターゲットを捕えるが、全面に展開された障壁により阻まれてしまう。
「Split Lance」
しかし、機械音声が聞こえると同時に、槍の輝きは益々強くなり、大量の槍に分裂して、それぞれが四方八方から襲い掛かった。
ロボットのバリアは強固だったが、正面にしか展開されておらず、背面のコンテナに小さな槍が直撃して爆発する。
まるで獲物に群がる蟻の様に、次々と槍がターゲットに向かう。
槍による猛攻が終わった場所には、コンテナを破損しているが、大したダメージを負っていないロボットの姿があった。
「?」
爆煙で視界を塞がれていた為、対象を見失ってしまい、周辺の捜索を始めるのだった。
「はぁ…危なかったぁ」
槍が攻撃を行っている間に、市街地跡の路地裏に逃げ込んでいた少女。
身に付けていた服は、戦闘の影響で至る所が破けていたが、それについて気にしている余裕は無い。
(聞こえるか?)
(聞こえてるよ)
分裂した槍は元のサイズに戻っており、背中に抱えた状態で歩みを進めていた。
体力を回復させる為に、休める場所を探していた時、ニコラスからの連絡が入る。
(私達は地下にいる。近くにマンホールはあるか?)
(マンホールは…あった)
(そこから降りるんだ。後で合流しよう)
(うん)
彼の言葉を聞いて、周囲を見回すと錆び付いたマンホールを発見した。
地下に潜伏している彼等と合流する為、蓋を開けるとカビ臭い匂いが漂う。
強烈な臭気に涙目になりながらも、覚悟を決めてマンホールの中に飛び込んだ。
「研究室?」
「そうだ。情報が残っている可能性は高い」
「じゃあ、そこに行くんだね?」
「ああ。急ぐぞ」
真っ暗な地下を歩いて数分後、大きく開けた場所で、ニコラス達と合流した彼女。
先程のロボットの性能は未知数だが、悠長にしている暇は無いと考え、研究室に向かって歩みを進めた。
「紙の資料が残っているとは運が良い」
「…何語?」
「後で教えてやる。そいつ等の面倒を見ててくれ」
目的地に到着した面々だったが、内部から厳重な鍵が掛けられており、無理やり破壊して中に入る。
室内は想像していたよりも、清潔に保たれており、引き出しの中に資料が収められていた。
「ふぅ…」
「分かった?」
「大体の事はな。今から説明するぞ」
資料をテーブルの上に投げ、一息付いていたニコラスに尋ねる。
彼の言葉を聞いて、ウサギから視線を戻した彼女。
「私達を襲った敵は、この惑星の戦闘用ガジェットだ」
「ガジェット?聞いた事無いけど?」
「後でな」
聞いた事の無い単語を聞いても、良く分からないのが当然だった。
少女の疑問に答える事もせず、後回しにして資料を前足で掴む。
「あのガジェットには、人間を襲うプログラムは搭載されていない」
「じゃあどうして私達を?」
「どうやら、過去に全てのガジェットに異常が起きて、暴走したと記述されている」
「暴走…」
暴走という言葉を聞いて、彼女の表情が曇っていく。
個人的には、無差別に暴れているというより、ターゲットを執拗に狙うという印象だった。
「それと、妙な点が一つだけある」
「どういうこと?」
「この事件から、少なくとも100年は経過している」
「ひゃ、百年!?」
ニコラスから告げられた衝撃の事実に驚愕する。
他の個体が存在するか不明だが、あまりにも長い間に渡って活動しているという事になる。
「何者かが定期的に魔力を供給しているか…あるいは」
「もしかして…ロストロギア?」
「違う。この世界の次元は安定している」
「じゃあ…シグマクォーツなの?」
「その可能性は高い」
誰かがメンテナンスを行っているか、半永久的に動作を続ける機関を搭載しているか。
しかし、推測は推測でしかなく、話し合っているだけでは何も解決しない。
「詳しく調べる必要があるな」
「それって…」
「破壊してくれ。動力だけ確認出来れば十分だ」
彼の言葉を聞いた少女は、背中に担いでいる槍に目を向ける。
「…ニコラスさん」
「どうした?」
そして、彼女はハムスターの顔を見て、真剣な眼差しで話し掛ける。
「あのロボット…直す事って出来る?」
「相手は機械だぞ」
「分かってる。だけど…可哀想だから」
反対される事は分かっていた。
でも、異常を抱えたまま、狂った機械として処分されるのは忍びない。
もし、修理出来るのならば、直してあげたい。
それが嘘偽りの無い少女の本心だった。
「…仕方ないな」
「ありがとう!」
彼女と何度も行動している彼は、諦めてテーブルの上に飛び乗って応えた。
許可を得た事に対して、眩い笑顔で感謝して、研究室を出て行った。
地下を走る音が聞こえなくなってから、部屋に残されていた資料を漁るハムスター。
「ザザ…ハ…ジョ……ジ」
「もう少しだけ待ってて」
それから数十分が経過して、市街地跡の上空で人型のガジェットと対峙する少女。
システムに発生した異常を取り除くのは、ニコラスに任せればいい。
自分がやるべき事は、ガジェットを戦闘不能に追い込めばいい。
両手で槍の柄を強く握り締めて、ターゲットの姿を見据える。
砲身が高速で回転して、先程よりも大量の弾丸がばら撒かれるが、空を縦横無尽に動き回り、被弾を最小限に減らしていた。
避け切れなかった弾丸が、頬を掠めたりスカートに風穴を開けるが、気にしていられない。
厄介な敵だと理解していたが、ミサイルのコンテナを破壊した分、ある程度はマシだった。
「トライデント。私に力を貸して…」
「システムキドウ」
弾丸の嵐を必死に回避しながら、握っている槍に話し掛ける。
彼女に応える様に、柄に埋め込まれた宝石が白い輝きを放つ。
それとほぼ同じタイミングで、少女の姿がガジェットの視界から消える。
「!!?」
対象を見失ってしまい、周囲を見回していた時、砲身の付いた右腕が肩から抉り取られる。
「離さない…!」
後ろから声が聞こえて、慌てて振り向いたら、少女が手に持っていた槍が、白い蛇へと姿を変えた。
武装を失ったガジェットの首元に噛み付いて、全身に巻き付いて締め付けていく。
ミシミシという音が響くと同時に、モノアイの輝きが徐々に消える。
「よくやったな」
「う…ん……」
戦闘能力を奪って、標的を地上に降ろした彼女は、そのまま地面に膝を着く。
視界が歪み始めた時、自分を労うニコラスの姿を見て、安堵して眠ったのだった。