それでは、今回もお楽しみいただければ幸いです。
…………んんっ…
暗闇の中で目が覚めた。いつのまにか蹲っている身体を起こし、周囲を見渡す。
ここは何処だろうか?
暑くも、寒くもない。風も、音も、匂いも特にない。
ただただ暗闇の広がる空間に、私は存在していた。
唯一希望のある触覚を使い、手探りで周りの床を探ると平坦な無機物が指先にすりつく。
すると、少し離れたところでジャラジャラと金属が擦れる音が聞こえた。咄嗟に身構えて音のする方を見るも、虚空が広がっていくばかり。それらしきモノは確認できなかった。
いや、だが「ソレ」は確かにそこにいる。
広がる暗中で、私の胸中を生暖かい風が掠めた。
有為無常、無機質な空間は私の周りに広がる。
頭によぎる花畑で出会ったあの妖怪。
怖い、こわい…嫌…イヤ!
この時点で私は、一刻も早くこの場から逃げ出すことしか考えられなくなっていた。
反対方向へ踏み切り、逃れるように駆け出した。そばで金属の軋む音が迫る。
私は片足を引かれ、盛大に前方へ投げ出されてしまう。冷ややかな床にたたきつけられ、肺から空気が漏れだす音が響く。
嫌、イヤ、イヤッ!
必死に抵抗し、この窮地から逃れようとする。私のうねる動きが伝わっているのか、幾重にも絡み合う金属音が唸りを上げる。
ビクともしない足を何度も、何度も、何度も引っ張る。伝わる痛覚には目もくれず、何度も、何度も、何度も繰り返す。
ギィィィィィ
突如として、重々しい音と共に一筋の光が差し込み、暗闇に包まれた部屋を照らしていく。
私は必死にその光へと喰らい付き、脱出を試みた。
ガキンッッ!!
スタートの合図には似つかわしくない金属音を合図に、光の方へと駆け出す。
光を抜けると、その先の壁には立派に備え付けられた窓。私は後ろを振り返ることもせずそれを突き破り、突き進む。飛び出した先に地面は無かったが、訓練を思い出し、出来る限り飛ぶ。
/ソレから(現実)/逃げる為に、/ソレに捕まら(自分と認識し)/ない為に。
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「ハァ …ハァ…ガァ…!」
窓を突破してすぐ、辺りは光に包まれた。
だが、あの闇の底で見た希望の光なんてものではなく、それは私に牙を剥いた。光のせいで目も眩み、私の身に何があったのかすらわからない。
光は手当たり次第に私を侵食し、たちまち私の身体に斑模様を作り上げた。これ以上ダメージを受ける前に、近くにあった森に身を潜め、やり過ごそうと画策する。
何が起きたのか思考を巡らせようとするが、全身に緋が纏わりつき、考えは焼き消える。
そうして悶えているうちに、私の脳は匙を投げた。
気がつくと、周りには忌々しい光は存在しておらず、あの無味に似た闇に浸っていた。
だ…誰か…助け…
そんな悲願もままならず、焼けた喉からは掠れ声しか流れてこない。
近くにあった木で身を擦り上げるようにして焦げ臭い肉塊を持ち上げる。火の出る身体に鞭を打ち、まるで這うように前進して行く。
草原はまるで剣山の様、優しい夜風でさえ、万物を切り裂くかまいたちの様。
身を削りながら、彷徨う。
すると、舗装されている様子などなかった草原の中で、
一本の道を見つけ、誘われる様にその先へと進んでいった。闇も一層深まり、周りの黄色い警告標識がこれ以上進むなと訴えかけてくるようである。
「・・ッ!!・・・・・・・・…!」
何か、遠くの方で聞こえる。
恰好の獲物を見つけた妖怪が、私に立ち止まる様に怒鳴りつけているのだろうか。そんな考えが浮かぶか浮かばぬかのうちに、もはや逃げる気力も残ってない私は、その場に膝から崩れて落ちそうになる。
しかし、私の膝は地面に着くことは敵わなかった。突風が後ろを駆け抜け、女性が前から抱きついていた。
女性は斑模様の肉塊である私を、躊躇もなく包み込む。それが痛くて蒼眼からは涙が止めどなく流れ出し、女性の方へと落ちて行く。
段々と、涙に濡れる喘ぎ声は、獲物を求む獣の漏らす荒々しい息遣いに変わる。口が、身体が、本能が、貪れと命ず。
駄目…だめ…
女性の抱擁を振り解こうと、再び抵抗する。
しかし満身創痍な彼女が出来る事は、ただ弱々しく押し返す事と頭を振る事の他無かった。
そんな様子を受け、女性は右手で
ぽん、と頭を撫でると
服を裂き、左肩を露見させ、彼女を抱き寄せた。
為す術なく、大粒の雨を降らせながら彼女は果実に喰らい付いた。
今、花弁が一つ、失われた。
・
・
・
「……………ッ…」
「あ、藍里ちゃん!よかったー!目が覚めた!」
ゆっくりと目を開けると、眩しい太陽の横に、私を覗き込む美鈴さんの顔がある。
「お嬢様方〜!パチュリー様!藍里ちゃんが気がつきましたよー!…って藍里ちゃん大丈夫?」
頭がふわついて、美鈴さんの言っている事がよくわからない…私どうしたんだっけ…?
「よかったら私のを…って腕怪我してましたね。それじゃあ私が代わりに…」
頰を優しく布が伝う感触が心地よい。そうか、私は泣いているのか。
…どうして、泣いているの。
「身体起こせますか?」
美鈴さんに支えてもらいながらゆっくりと、上体を起こし、辺りを見渡す。どうやら紅魔館の庭にある噴水に腰掛けている様だ。
「藍里ッ!!」
「あいりーー!!」
「ちょ…ふたっ…はっ…」
レミリア、フラン、遅れてパチュリーさんが館から飛び出してきた。良かった、皆無事な様だ。
フランが日傘を片手に飛び込んできた。
「良かった〜…良かったよぅ〜藍里ぃ…」
「…うん…大丈夫…大丈夫…だから…」
「どうしたの?震えてるよ?」
「大…丈夫…だよ?」
どうして、震えが止まらないの。
「…一命は取り留めたけど、まだ安静にしてなきゃいけないわ。美鈴、藍里をベットまで」
「わ、分かりました」
そうして、私はフランの手から離れ、美鈴に運び込まれた。
どうして、
どうして彼女達があんなに怖く見えるの。
…その後私は、紅魔館で糸が切れた様に眠り込んだ。その日見た夢はほとんど覚えていないが、如何してか一枚の青いバラの花びらが脳裏に焼き付いて離れなかった。