腕の中に収まる一輪の花は、ようやく落ち着き始めた。
「全く…手間かけさせないでよね」
「………………」
相変わらず無口な少女を見下ろす。
驚いたものだ。
家に戻り、少女がまだ目を覚ましていなかったので、近くで様子を伺っていたのだが、ようやく目を開けたと思いきや、何を呼びかけても反応は無し。終いには何かを呟くと幼子のように泣き出してしまうのだから。
もういいだろうと、少女から手を離し立ち上がろうとした時、自分の後ろに彼女の手があることに今更気がつく。
抱きつかれていたのだ。
「………はぁ…」
「…あっ…ごめんなさい…」
そうして、大妖怪はか弱い少女から脱出をした。
幽香は近くにあった椅子に座り、頬杖をついてあったはずの物を一瞥し、ため息をつく。
少女は落ち着きはしたものの目は虚ろで、下を向き、息を少し乱している。
「単刀直入に聞くわ。貴女どういうつもり?」
「………っ……」
「私を知らないわけじゃないでしょう?ここに無断で入ってきたという事はどういう事かぐらいわかってるんでしょ?」
「……っ……っ…」
幽香は嘲るように続ける。
「その上寝込みを襲うなんてね、よっぽど私が怖いのかしら?」
「……ひっ……っく…」
「なぜなにも答えないのかしら!?」
しびれを切らし、少女の方へ向くと、
そこには真っ白中を真っ赤に染めた少女がメトロノームのごとく、リズムを刻んでいた。
「……しゃっくり…?」
「……………////」
その問いかけに、一層赤色を濃くする。
息を乱す正体は、彼女のしゃっくりであった。
「本当に貴女は…」
すっかり彼女に毒気を抜かれてしまい、今更問いただすような毒牙を持ち合わせていなかった。
渋々コップ一杯に水を入れ、少女に渡す。
「ご、ごひゅ、んなさひぃ…」
真っ赤な少女は、恐る恐る手を伸ばす。
「全くよ…」
この後幽香は口元と服を少し濡らした少女に二杯目を渡すこととなる。
・
・
・
…自分でもよくわかるくらいに顔が熱くなっていた。しゃっくりなんてした覚えがない故に対処法がわからず、ただされるがままだった。
幼子でもないのに目の前で泣きじゃくり、挙げ句の果てにはしゃっくりがどうにもできず、全て目の前にいるあの夢の女性に頼ることしかできず、とても恥ずかしい…
ふと目の前の女性を見る
何故こうも私はこの人に心を許しているのだろうか?
「何よ、顔に何かついてるの?」
「あっ、い、いえ、何でもないです…」
私は目を背けてしまった。
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・
・
「もういいかしら?…<青い薔薇>さん?」
彼女の目に、真剣の色が宿る。
「あ…青い…薔薇…」
彼女のその言葉を、一瞬理解できなかった。
「ええそうよ、間違いなくね。<中身>はどうだかわからないけれど」
「………………」
冷や汗が背中を伝う。
自然と拳に力が入る。
「どういう訳か知らないけれど、どうやら貴女は〈青い薔薇〉そのもののようね」
「…………………」
彼女の言葉に心が色濃く染まる。
侵食してくる波が、心を喰い尽くす。
「…改めて聞くわ。貴女は一体どこの誰なのかしら?」
「私…は…」
何者なんだろう…?
別の存在となってしまったのこの不可解な状況、私は以前として、他者との関わりを拒んでしまった。
そうして私は青髪の、薔薇の少女との共存を拒んだ
「私の名前は、
「そう、藍里っていうのね」
「すいません、どうして此処にいるのか、どうしてこうなったのか…わからないんです」
「………」
此処は何処なのか、どうしてこうなったのかわからないのは事実だ。
嘘は言ってない。が少し罪悪感を覚えた
そうして、私は自分を偽った。
それと同時に、別の存在<藍里>として生きていくことになる。
「すいません、どうして此処にいるのか、どうしてこうなったのか…わからないんです」
「………」
此処は何処なのか、どうしてこうなったのかわからないのは事実だ。
嘘は言ってない。が少し罪悪感を覚えた。
・
・
・
「……………眠れない」
その後、私は幽香さんに寝床を準備してもらえた。
「どのみち貴女はうちの花なんだし、ここで過ごしなさい」と言ってくれた。
私、藍里はお言葉に甘えることにした。
まだ日は上がりきっていない。
結局夜の間布団の中で目を瞑っていたが、意識ははっきりとし、とうとう一晩眠れずに過ごしてしまった。
「…風にでも当たろうかな」
私はまだ寝ている幽香さん横目に、日の上がる前の世界にゆっくりと出ていった。
家を出てすぐ私は驚愕する。
「この花畑って…!」
目の前には、夢にあったあの花畑が広がっていた。
「はは……」
私の顔からは、苦笑いが漏れる。
本当にあの夢の中にきてしまったのかと
初めて実感が湧いた。
覚めることのない夢に
日が昇ったらじっくり見よう、
そう思い、花畑の外を目指した。
・
・
・
花畑を抜けると、草原が広がる。
そよ風が、若草を撫でている。
「…………気持ちいい…」
体を風が通り抜けて行く。
両手を広げ回り始めてみると
ふわふわとドレスが舞う。
ガサッ
「!?」
慌てて音のする方を向く。
こんな時間に誰かいるのだろうか?
それに…今の姿…見られた…?
「………」
そこにいたのは、狼のような中型の獣が佇んでいた。人じゃなくてよかったと胸をなでおろす。
しかしその生き物は、息を荒げてこちらを見据えている。
「ごめんね、あげられるもの何も無いの」
「…グルルゥゥゥ…」
まずいな、怒ってる。
縄張りに入っちゃったのかな?
私はゆっくりと獣から距離を離す。
なるべく刺激しないように慎重に。
次の瞬間、視界から獣は消え、
後 ろ か ら 生 暖 か い 息 が 風 と と も に 私 を
突 き 抜 け た 。
次の話からは、一週間置きに投稿しようと思っています。