「ふぁぁ…………」
私は目覚めた
いつもと変わらぬ静かな朝だ。
寝息一つ聞こえない、そんな静かな朝
ふと、思い当たって彼女の元へ向かうが
そこには、ほんの少しのぬくもりを残した布団がめくれ上がっているだけだった。
「………………はぁ…」
大きなため息は、朝靄へと溶けていった。
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「はぁ…はぁ…はぁ…!」
少女は駆ける。
傷を負った左腕を庇いながら。
「…まだ…追いかけてきてる…?」
横目で背後を確認すると、ソレは恐ろしいほど顔を歪ませ迫ってきている。ソレは本性を現したのか、先ほどよりひと回りふた回りも図体を大きくし、逆立つ毛は一本一本が刃のようだ
「グルギュァァァァァァァァァァァ!!!!」
「ツッ!」
ソレの咆哮に、私の全身は音の壁に打ち付けられ、全身がビリビリと振動し、軸がぶれそうになる。
しかしここで足を止めてしまえば、後の惨劇など想像に容易い。私はどうにか踏みとどまり、再び駆け出した。全身で駆ける、頭頂から足先まで、駆けることに専念して。熱の発散が追いつかず、飽和状態になるが、ひたすらに駆ける。
そんな私に、"再び"声の干渉があった。
「伏せて!!」
「!」
勢いそのままに私は飛び込んだ。
地面は草で生い茂っていたため、衝撃は和らいだ。
刹那、何かが飛んで来るような風圧を感じた。
飛来してきた物、それは手だった。
私を追う、ソレの手。
手首から胴体に続くはずの腕は、靄のように霞んで見えず、同様に、ソレの右手首から先も、霞んでいた。
まるで、手だけ此方に飛ばしてきたかのように。
「そんなのアリ…?」
「グルルルルゥ…」
ソレは飛ばした右手を靄の中へと消し、再び向かってくる。
私は急いで上体を起こし、駆け出す。
「また助けられちゃったな」
先ほどの声の干渉に、
すでに一度助けられているのである。
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怒っている獣から視線を離さず、いつ襲いかかってもすぐ逃げられるように一歩、また一歩と距離を開けて行く。
突然
獣が視界から消え、歩を止めてしまう。
「……………?」
何が起きたかわからなかった。
もし、獣が反対方向に駆けたとしても、後ろ姿は見えるはずだし、何より…
ここは平原、視界が開けているので見逃すはずがない。
そんな思考を遮るかのように、入り込む声があった。
「避けて!!」
「えっ…?」
とっさのことに呆気に取られてしまい行動が遅れる。
「よっ…避けるってなに…あっ…」
慌てて足を動かしたためか、片足が縺れてバランスを崩す。
刹那
私が立っていたところに、牙を剥き首根をかっ切ろうとする獣が飛来していた。
獣に首をやられはしなかったが、バランスを崩し、伸ばしていた左腕は、飛来する獣の鉤爪に轢かれてしまう。鮮やかな爪痕に、激しい痛みが劈く。
「ぐっっ……!」
激痛に妨げられながらも、傷を抑え圧迫する。
体から、流動する液体が傷に向かって流れ込む感覚が鮮明に感じ取れる。
「止まらないで!走って!」
「あなたは誰なの…?」
「いいから早く!!」
動くと、体全身の液体はさらに流れの速度を増し傷に激痛が走る。
「ぐっ…」
苦痛に顔を歪ませながらも、私は走り始めた。
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依然として、この鬼ごっこは続く。
時間は経って、日も出てきておかしく無い時間になったというのに、逃げれば逃げるほど靄が濃くなり視界を奪う。
比例して、捕食者の攻撃は激しさを増す。
さっきまで馬鹿正直に追いかけて来ていたのに靄が濃くなった途端にやたらと手を飛ばしてくる。
「隠し玉とかじゃなかったの…!?」
余りの理不尽な攻撃と左手の激痛に人相の歪みが増す。駆けても駆けても、靄は晴れず、依然としてソレの手の中といったところか。
唯一の頼りはあの謎の声
的確に手が飛んでくる場所を知らせてくれる。
しかし私にはそんなことを考える余裕はなかったのだ。体力など、とっくに限界を迎えている。
だが走るのをやめない。
ソレから逃げることを考えて。
「!?、ま、まずい!飛んでッッ!」
「くっ!」
私は限界の両足に力を込めて飛翔を試みる。
グシャァァ
「がっっ…」
力を込めたその瞬間、流動は加速し左腕から流出し激痛を放つ。私は怯み、両足から力が逃げて行く。
そして両端からの衝撃をまともに食らってしまった。
「ぐっ…ぁぁ…」
「グルゥゥゥゥ……」
ギリギリギリと、器は悲鳴をあげる。
「あぁ…ぅぅ…」
「グルゥゥァァァアアアアアアアアアア!!」
近くで響く咆哮
意識が搔き消えそうになる。
後ろに吹っ飛んだ。
「白昼堂々私の庭先で、しかもうちの子に手を出すなんてね、どんな育ち方したのかしら?おやのかおがみてみたいものね」
この声が耳に届く頃には、私の意識はそこにはなかった。