それを救うのは、やはり“正義の味方”しかいません。
でも、“正義の味方”を目指す士郎は糸守に……
では、その代りは誰が?……決まっていますよね。
「せ……セイバー!」
私は、痛みに耐えて何とか立ち上がる。体中に、刃物で刺された跡があるが、何故か血は止まっている。以前にもあったが、衛宮くんの体には異常な治癒能力がある。それで、回復しているのだろう。ただ、それでも気が遠くなるくらいに、痛い。
ゆっくりと、痛みに耐えながら、セイバーのところに近づく。
「ふん……」
金ピカの高飛車男は、鼻で笑ってそれを眺めている。だが、今はそんな事に構ってはいられない。一刻も早く、セイバーの元に……
近づくと、セイバーは気絶しているだけで、まだ息はある。
「せい……ばあ……」
やっとセイバーの元に辿り着き、私はその前にしゃがみ込む。腹部に、大きな傷があり、大量の血が流れ出している。私は、その傷口に両手を翳し、念を送る。本当にゆっくりとではあるが、セイバーの傷が塞がっていく。
「し……しろう……」
セイバーの、意識が戻る。
「せ……セイバー?」
「わたしは……まけた……のですか……」
「しっかりして!セイバー!」
「み……みつは……ですか?」
セイバーが、衛宮くんと私が入れ替わっている事に気付く。
「おい!いつまで待たせるのだ?」
そこで、痺れを切らした金ピカ男が口を挟む。
だけど、私はそんな事は無視して、セイバーの治癒を続けていた。
「これ以上、我を怒らせるなよ!」
凄まじい殺気を感じて、私は振り向く。そして、その目に映る光景に驚く。
男の後ろに、無数の時空の歪みが発生して、そこから、無数の武器が顔を覗かせているのだ。
「もう一度、喰らうがいい。」
男がそう言うと同時に、その無数の武器が、私達目掛けて飛んで来た。
「きゃあああっ!」
私は、思わず目を閉じてしまった。
その直後に、私の体は無数の武器に貫かれ……てはいなかった。目を閉じて数秒経つが、一向に、体には何の衝撃も来ない。恐る恐る目を開けると……
そこには、大きな、懐かしい背中があった。何度も私を救ってくれた、あの、頼もしい赤い背中が……
「ふっ……本当に運の無い女だな……君は。」
「あ……アーチャー!」
私達を襲う武器は、全てアーチャーが、光の盾で防いでくれたのだ。
「偽物に用は無い、失せろ、フェイカー!」
金ピカ男が、アーチャーに向かって吠える。
な……何よ?偽物って……本当に偉そうね、こいつ……
「生憎、この男は私の獲物でな……貴様に、くれてやる訳にはいかんのだ。」
アーチャーは、そう金ピカ男に言う。
「君は、セイバーの治癒に専念するんだ。あの男は、私に任せろ。」
「は……はい……」
そう言って、アーチャーは私達から離れ、金ピカ男に近づいていく。
「フェイカー如きが、我の相手をするだと?偽物が、本物に適う筈があるまい?」
「それはどうかな?」
歩きながら、アーチャーは何やら呪文を唱え始める。
「I am the bone of my sword.」
「Steel is my body, and fire is my blood.」
「I have created over a thousand blades.」
「Unkown to Death.」
「Nor known to Life.」
「Have withstood pain to create many weapons.」
「Yet, those hands will never hold anything.」
そして、私達から少し離れたところで、最後に言う。
「So as I pray, Unlimited Blade Works.」
次の瞬間、アーチャーと金ピカ男の姿が、私達の前から消えた。
「え?あ……アーチャーは?……何処?」
「固有……結界……」
セイバーが言う。
「アーチャーは……ギルガメッシュを、固有結界に引き込んだのです……」
「え?……何、それ?」
アーチャーとギルガメッシュは、無数の剣が刺さった、無限の荒野の中に居た。
「固有結界か?……しかし、よくもこれだけ揃えたものだ……だが、所詮は贋作、本物の前では屑鉄にすぎん。」
「そうかな?……では、試してみるか?」
「図に乗るなよ、フェイカー!」
「はっ?」
慌てて飛び起きると、そこは、糸守の田舎道だった。
三葉と入れ替わったのか?……そうか、俺は、あのギルガメッシュにやられて……じゃあ、今は三葉があいつと戦ってるのか?まずい!
立ち上がろうとすると、膝に痛みが走る。転んで、擦りむいたようだ。だが、今はそんな事を気にしている場合では無い。一刻も早く、自分の体に戻らなければ……
といっても、その方法は無い。お互いに寝るか、瀕死の重傷でも負わないと、入れ替わる事はできない。まさか三葉の体に、そんな重傷を負わせる訳にはいかない。どうすればいいんだ?……
いや、今は、できない事を考えている場合じゃ無い!俺は、奴から衝撃の事実を聞いた。彗星最接近の夜、彗星の破片がここに墜ちて来る。まず、この事を皆に伝えて、住民を避難させなければ……
俺は、走って家に帰った。部屋に戻ると、俺の剣幕に驚いてセイバーが聞いて来る。
「どうしたのですか?三葉?」
「セイバー、一緒に来てくれ!」
俺は、セイバーを連れ、神社の本殿にいるお婆さんの所に行く。
そして、お婆さんに全てを語った。俺が、三葉と入れ替わっている事。俺は3年後の冬木市の住人で、今、聖杯戦争に巻き込まれている事。セイバーが、冬木での俺のサーヴァントである事。ギルガメッシュから聞いた、彗星の破片落下の事を。
話の後、しばらく無言で考え込んでいたお婆さんが、ようやく口を開いた。
「そうか……武蔵が召喚されんで、その娘が召喚されたんは、あんたが三葉と入れ替わっとったからやな……」
どうやら、お婆さんは、入れ替わりの事は信じてくれたようだ。
「じゃが、彗星の破片落下の事は、言っても誰も信じやせん。」
「え?どうして?」
「わしも、若い頃に、あんたと同じ経験をした事があっての。ずっと忘れとったが、今の話を聞いて、思い出した。」
そうか?入れ替わりの能力って、宮水家の血筋に受け継がれている、霊能力なのか?
「わしは経験しとるから信じれるが、他の誰が、そんな話を信じるんじゃ?」
「え?」
「あんたが、実は3年後から来た人間や言うて、本気にする者がおるか?気が違ったと思われるだけじゃて。」
「い…いや、そうかもしれないけど……」
「せやから、彗星災害の事も誰も信じはせん。何も証拠は無く、専門家も何も起こらん言うとるでの。」
確かに、お婆さんの言う通りかもしれない。俺がいくら騒ぎ立てても、何一つ根拠は無いのだ。昔から予言を当ててる有名な霊能力者ならともかく、こちらは何の実績も無い巫女の卵なのだから。
「じゃあ、何か別な災害をでっちあげて、それで皆を避難させたら?」
「そんな事より、もっと簡単な方法があるで。」
「はい?」
「聖杯に頼むんじゃ。」
「ええっ?」
「二葉を蘇らせたかったんじゃが、糸守が無くなってもうては元も子も無いでな、聖杯に、糸守を救ってもらうんじゃ。」
「そ……それじゃあ、他の三家にも話して、協力してもらうの?」
「じゃから、他の者は、誰も信じん言うたやろ?」
「え?じゃあ、どうやって?」
「勝ち残るしかなかろう?」
「い……いや、それは……」
お婆さんは、俺の話は聞かず、セイバーの方を向いて話し掛ける。
「セイバーと言ったかの?」
「はい。」
「必ず、勝ち残るんじゃ。それで、糸守を救っておくれ!」
「分かりました、必ず!」
「ちょ……ちょっと待ってって……」
勝手に、話を進められてしまった。
夜になって、俺は、三葉の部屋で考え込んでいた。
「三葉……いえ、士郎と言いましたか?」
セイバーが聞いて来る。
「ん……ああ、どうした?」
先程の話で、こちらのセイバーも入れ替わりの事を理解した。こっちのセイバーには、まだ何も話していなかったから。
「何を、そんなに考え込んでいるのですか?」
「いや……本当に、聖杯頼みでいいのかなって思ってただけだ。」
「私が、負けるかもしれないとお考えですか?」
「いや、そうじゃ無いんだ。さっき言った通り、3年後の世界で俺はお前のマスターだ。セイバーの強さは、俺が誰よりも知ってる。」
「ならば、何が心配なのですか?」
俺は、何も答えなかった……というより、何も答えられなかった。何かが、頭の隅に引っ掛かっている。だが、それが何なのか思い出せない。
それと、本当に聖杯に頼るしかないのか?他に方法は無いのか?という考えも頭の中を駆け巡っていた……
固有結界の中では、アーチャーとギルガメッシュの攻防が続いていた。
ギルガメッシュは、時空の歪みから次々と武器を繰り出し、アーチャーを攻撃する。それに対して、アーチャーは、無限の荒野から対応した武器を繰り出す。お互いの武器がふたりの中央で相殺し合い、どちらにも届かない。
最初の内は拮抗していたが、徐々にアーチャーの方が圧し始めた。
ぶつかり合いを制したアーチャーの武器が、ギルガメッシュの体を掠め始める。
「ちっ!」
ギルガメッシュの顔色が変わり、更に強力な武器でアーチャーを攻撃する。だが、結果は変わらず、ぶつかり合いを制したアーチャーの武器のひとつが、ギルガメッシュの頬を掠めた。思わず、顔を顰めるギルガメッシュ。
「何故だ?何故、フェイカー如きに我が遅れをとる?」
アーチャーは、冷静さを崩さずに答える。
「ここにある武器は、確かに偽物だ。だが、私は寸分違わずそれを再現している。本物と威力は変わらない。」
「それがどうした?所詮は、贋作のコピーだろうが!」
「貴様の持つ武器は、確かに全ての武器の原点、オリジナルだろう。唯の宝物としてならその方が価値があるが、戦闘力では贋作に劣る。武器は、日々進歩しているのだ!」
「ならば、こいつならどうだっ!」
ギルガメッシュの背後の、時空の歪みがひとつになる。その中から、エクスカリバーを破った究極の剣、“エア”が取り出される。
しかし、アーチャーは不敵に笑う。
「それを待っていた。」
ギルガメッシュがエアを放つより早く、アーチャーの放った無数の剣がギルガメッシュを貫く。
「ぐわああああああああっ!」
「貴様のその剣は、確かに究極。この私でもトレースできない。だが、それを使う時には、貴様は他の武器を一切使用できない!」
「ぐぬううううっ……お……おのれ……だが、ひとりでは逝かんぞっ!」
「何っ?!」
「うおおおおおおおっ!」
ギルガメッシュは、最後の力を振り絞ってエヌマ・エリシュを放つ。その一撃が、アーチャー諸共固有結界を切り裂く。
突然、私達の前にアーチャーとギルガメッシュが出現した。
「あ……アーチャー?!」
だが、ふたりとも酷く傷付き、その姿は少し透けていた。特に、ギルガメッシュの方は、足元がもう見えなくなっている
「き……貴様の勝ちだ……満足したか……フェイカー……」
その言葉を残して、ギルガメッシュは消滅していった。
「アーチャーっ!」
私は、蹲っているアーチャーに駆け寄る。本当に、姿はもう消え掛かっている。
「別に、刺し違えるつもりでは無かったのだがな……すまないが、私の代わりに、凛に謝っておいてくれ……」
「い……いやっ!……消えないで、アーチャーっ!」
私の目からは、大粒の涙がこぼれている。
「本当は……過去の自分を、無きことにしたかったのだがな……君のせいで、それもできなかった……」
「え……えみや……くん……」
「それは……過去の名前だ……わたしは……英霊……エミヤ……」
アーチャーの姿は、どんどん薄れていく。
「俺を……たのむ……」
最後にそう言って、アーチャーは完全に消滅してしまった。私は、唯々泣き崩れるだけだった。
衛宮家に戻って、私は、遠坂さんにアーチャーの事を話した。セイバーは、部屋で休んでいる。
「そう……本当に、最後まで勝手なやつだったわね……」
そう言って、遠坂さんは俯いている。涙は流していないが、遠坂さんの悲しみは私に伝わって来る。サーヴァントを人間扱いする衛宮くんに、いつも文句を言っていた遠坂さん。でも、遠坂さんだって、アーチャーの事を家族同然に感じていた筈だ。
「ご……ごめんなさい……」
「何で……三葉が謝るの?」
「だって……アーチャーは、私達を護るために……」
「あいつは、そういうやつよ……いつも、他人のためにばかり……自分の事は、二の次で……」
その言葉に、私は気付いた。遠坂さんも、知っていたんだ。アーチャーの正体を……
すると、遠坂さんは顔を上げ、潤んだ瞳を私に向けて言う。
「それより、大変な事が分かったの。」
「え?」
「いい三葉、今から言う事を、取り乱さないで落ち着いて聞いて。」
「は……はい……」
「あなたの住んでる糸守は、ティアマト彗星の最接近の夜に、彗星の破片の落下で崩壊するのよ!」
「え?……えええええっ?!」
士郎が勝てるのだから、アーチャーもギルガメッシュに勝てる筈です。だから、アーチャーとギルガメッシュの戦いを書いてみたくて、この展開にしました。
ただ、同じ勝ち方じゃつまらないし、アーチャーなら士郎よりスマートに倒すだろうと思って、こんな形にしました。(結局は相撃ちですが……)
この話のヒロインは三葉ですので、アーチャーに士郎の事を託されるのも、三葉になります。