冬木の聖杯戦争も、いよいよ最終局面に。
そして、士郎達の前に、最後の敵が姿を現します。
しかし、その相手とは……
ティアマト彗星が地球に最接近した日の、丁度3年後。
士郎が三葉達の心配をしている頃、衛宮家の門の前に、ひとりの女性が立っていた。
年の頃は、二十歳過ぎくらい。桃色のコートを着て、その黒く長い髪は、頭の後ろで結って組紐で纏めている。3年経ち、少し大人びた、宮水三葉である。彼女は、1年前から、冬木市にある大学に通っていた。
門の前に佇み、中の様子をずっと伺っているが、中に入ろうとはしなかった。
どうしよう?とうとう、ここまで来ちゃったけど……
今日の丁度3年前に、糸守では彗星の破片の落下があった……衛宮くん、心配してるかな?行って、“私は無事だよ”って言えば安心するかな?
あ……でも、セイバーが居るから、もう結果は聞いてるかも?
そんな事を考えながら、時間だけがどんどん経過していった。
糸守が救われ、入れ替わりは無くなったが、三葉の中では、かえって士郎の存在が大きくなっていった。ただ、何度もお互いの体を共有したが、実際は直接会った事、話した事は一度も無かった。
直接会って、話がしたい。そうしなければ、自分の気持ちにも整理がつかないと、三葉は冬木市の大学に進学した。
もっとも、入れ替わりが起こる前に来ても、士郎は三葉の事を知らない。そのため、大学に進学しても1年間は待った。また、聖杯戦争の真っ只中に来るのも問題があったため、入れ替わりが起こっている間に逢いに来る事も避けた。そしてようやく、今日ここまで来た。しかし……
もし、衛宮くんに逢って……自分の気持ちが変わらなかったら……桜ちゃんに、何て言えば……
それに、衛宮くんは私をどう思ってるの?セイバーは?
結局、決心がつかず、三葉は衛宮家を後にする。
“何だ、結局会わぬのか?つまらぬのお……”
「え?」
突然話しかけられ、驚いて三葉は足を止める。辺りを見回すが、何処にも人影は無い。
何?今の声は?
気のせいかと思って、歩き始めようとする。すると……
“もう少し見物していたかったがな、私にももう時間が無い……”
え?また?
慌てて、また辺りを見回すが、やはり誰も居ない。
“捜しても無駄だ……私は、お前の中に居るのだからな。”
え?
その声は、三葉の中から、三葉の頭に直接伝わって来ていた。
「誰?誰やの?……私の中に居るって?」
“その体、頂くぞ……”
「な……何を言うて……い……いや!やめてえええええええっ!」
衛宮家の居間では、士郎と凛が、3年前の糸守で行われている、聖杯戦争の最終決戦について話をしていた。
「そうだ……1200年前の、聖杯戦争は失敗しているんだ!」
「え?」
「何故、失敗したんだ?今迄、それを考えようとしなかった。」
「そんな事、考えたって分かる訳無いじゃない?」
「いや……糸守湖のあの形……あれは、彗星の破片が墜ちてできた湖じゃ無いのか?」
「はあ?」
「1200年前にも、糸守に彗星の破片が墜ちた……聖杯戦争が失敗したのは、そのためだ。」
「それが……何だって言うの?」
「聖杯で、彗星の破片落下は、止められないんじゃ無いのか?」
「何言ってるの!聖杯は、どんな願いでも叶う万能の器よ!その時は……事前に彗星の破片落下を知らなかったから……」
「儀式は、当日の夜に行われているんだ!目の前に危機が迫っていれば、誰だろうと、それを何とかしたいって思わないか?」
「気付く前に、もう願いを言っちゃったとか?」
「二度もか?3年前にも、同じ事が起こってるんだぞ?」
「それは……」
「いや、もしかしたら、聖杯が彗星を引き寄せているんじゃないか?そうでないと、最接近の度に、同じ場所に破片が墜ちるなんて考えられない!」
「考え過ぎよ!」
「いえ!」
そこに、セイバーが入って来る。
「士郎の言う通りです。」
「言う通りって?」
「3年前の事を、思い出したのか?」
俺達は、セイバーに聞く。
「正確には、記憶が変わったと言った方がいいかもしれませんが……糸守の聖杯は、聖杯では無く、彗星の破片を引き寄せるための兵器でした。」
「な……何ですって?」
「じゃ……じゃあ、糸守は?……三葉は?」
俺達は、顔面蒼白になってしまう。
「大丈夫、無事です。彗星の破片は、私が宝具で破壊しました。」
その言葉に、俺達は、ほっと一息つく。
そうか……俺が三葉と入れ替わったのも、糸守でセイバーが召喚されたのも、全てここに繋がっていたんだな……
「ちょっとセイバー、もう少し段階を追って、詳しく説明して。」
遠坂の要請で、セイバーは、3年前の聖杯戦争の事を俺達に説明してくれた。
「やっぱり、糸守の聖杯が彗星を引き寄せていたのか?」
「しかし、とんでも無い奴ね、安倍晴明って……私達の知ってる歴史と、えらい違いだわ。」
「私は、3年前から士郎のサーヴァントだったのですね。そう考えると、やはり運命のようなものを感じます。」
「いや……それ逆じゃ無いか?歴史的にはそうなるけど、俺がセイバーを召還したのは、今の時代の方が先だし……」
何かややこしくて、訳が分からなくなってくる。
「それで、どうするの士郎?」
「え?何を?」
「三葉よ!助かったんなら、今も生きてるんでしょ?糸守に逢いに行く?」
俺は、一瞬言葉に詰まる。
「な……何言ってんだよ!い……今は、そんな話してる場合じゃ無いだろ?」
「あら……いいの?さっきまで、あんなに心配してたのに……」
遠坂は、いやらしい笑みを浮かべて俺を見る。
「た……助かってんなら……今は、いいだろ?それより、こっちの聖杯戦争を終わらせるのが先だろ?」
「まあ……確かにそうね。」
ようやく遠坂も、俺をからかうのを止める。
そして、今後の方針を話し合う。
「やっぱり、綺礼が妖しいわ!」
「そうだな、あいつ、ギルガメッシュと繋がっていたのを隠してた。」
「もしかして、あいつがランサーのマスターなんじゃ?」
「よし、俺とセイバーで、もう一度探りに行って見る。」
言峰教会では、ランサーが綺礼に不満を漏らしていた。
「いったい、いつまで待たせる気だよ?」
参列席に、胡坐をかいて座っているランサーが、綺礼に言う。
「仕方があるまい。お前では、まともにやってはセイバーに勝てぬだろう?」
祭壇の前に立つ綺礼が、振り向きもせず答える。
「そんなもん、やってみなきゃ分からんだろうが?」
「いや、貴様では、どうやってもセイバーには勝てん!」
「何だと?!」
「誰だ?」
突然の声に、綺礼とランサーは教会の入り口の方を向く。そこには、ひとりの女性が立っていた。桃色のコートを着た、黒い髪の女性であった。しかし、その声は女の声では無く、男の声だった。
「何者だてめえ?全然、気配も魔力も感じなかった。」
「何故、サーヴァントの事を知っている?」
「そんな事は、どうでも良い。それより、私と契約せぬか?言峰綺礼よ。そこの無能なサーヴァントより、遙かに役に立つぞ。」
「何だと?!」
ランサーは、激昂して立ち上がる。
「そこまで言うからには、殺されても文句は言わねえよな?」
ランサーの手に、赤い槍が出現する。
「くくくくく……できるのであればな。」
「言ったな?ならば、その心臓貰い受ける。」
ランサーは、両手で槍を深く構える。
「待て!ランサー!」
綺礼は、ランサーを制止しようとする。
「止めるな!……行くぜ、ゲイ・ボルク!!」
ランサーの槍が妖しく赤く輝き、女の胸を高速で貫く……
「がはっ!」
だが、大量の血を吐いて、蹲ったのはランサーの方だった。
「ば……ばかな……」
ランサーの槍は、女では無く、ランサー自身の心臓を貫いている。
「くくくくく……」
無傷の女は、不気味に笑っている。
ランサーは、その場に倒れ込む。そして、塵のように消滅していく。
その後ろで、言峰綺礼は、言葉を発する事もできず、茫然と佇んでいた。
「どうだ?言峰綺礼よ……私の力は、これで分かっただろう?貴様の持つ令呪で、私と契約せぬか?」
しばしの沈黙の後、綺礼は答える。
「ふ……ふふふ……面白い、9番目のサーヴァントとして、お前の、この聖杯戦争への参加を認めよう。」
士郎とセイバーが言峰教会に行って、しばらくして、衛宮家の呼び鈴が鳴った。
「は~い。」
凛が、玄関まで来ると、そこにはひとりの女性が立っていた。桃色のコートを着た、黒い髪の女性であった。
「お久しぶりです。遠坂さん。」
そう言われたが、凛には、見覚えの無い顔だった。
「あの……どちら様ですか?」
「ああ、この姿を見せるのは初めてでしたね?」
「え?」
「私です。宮水三葉です。」
「ええっ!三葉~っ?」
俺とセイバーは、言峰教会に到着した。
今迄は、セイバーは門の外で待っていたが、今回はランサーが潜んでいる可能性もあるため、セイバーも俺に付いて来る。
まずは、正面から行って様子をみようと、普通に入り口の扉を開ける。
「言峰?」
そう言って中に入るが、返事は無い。しかし、次の瞬間、目の前に広がる光景におれは愕然とした。
そこで俺が見たのは、胸を貫かれ、祭壇に寄り掛かって倒れている言峰綺礼の姿だった。
「言峰?!」
俺は、言峰に駆け寄る。既に大量の血が流れ出し、言峰は虫の息だった。
「衛宮……士郎か……」
「どうした?何があった?」
「ふっ……まさか……この私が、利用されるとは……ヤキがまわったものだ……」
「ら……ランサーにやられたのか?」
「ランサー?……ランサーなど……既に、消滅している……」
「じゃあ、誰にやらたんだ?」
「きゅ……9番目の……サーヴァント……」
「9番目のサーヴァント?何者だ、そいつは?」
「わたしも……正体は……つかめなかった……」
「そいつは……そいつは、何処に行った?」
「……お前の家だ……」
「な……何だって?」
「聖杯の器……イリヤスフィールを……もとめ…………」
「言峰?……おい、言峰っ?!」
そこまで言って、言峰は息絶えた。
「士郎?」
「セイバー、イリヤが危ない!家に急ごう!」
俺とセイバーは、大急ぎで家に戻った。
玄関の戸を開けると、そこには……
「と……遠坂?!」
廊下の端に、血まみれの遠坂が、壁に寄り掛かって倒れていた。
俺は、慌てて遠坂に駆け寄り、遠坂を抱き起こす。
「大丈夫か?遠坂?」
「だ……大丈夫、ある程度は、自分で処理したから……でも……イリヤが……」
「相手は……相手は、どんなサーヴァントだったんだ?」
「お……落ち着いて……聞いてね……」
「え?……あ……ああ。」
「相手は……三葉よ……」
「は?……な……何を言ってるんだ?三葉が、ここに居る筈が……だいたい、あいつはサーヴァントなんかじゃ無い!」
「だから……サーヴァントが、三葉の体を……乗っ取ってるのよ……」
「な……何だって?」
「あいつは……イリヤを使って、聖杯を完成させる気よ……早く追って、このままじゃ、イリヤも……三葉も危ない……」
「追うって、何処に?」
「おそらく……柳洞寺よ……聖杯を完成させるなら、あそこしか無い……」
「だけど、お前をこのままにしては……」
「私は大丈夫……自分で処理したって……言ったでしょ……急いで!」
「あ……ああ、分かった!」
今度は俺達は、柳洞寺に急行する。
「こ……これは?」
柳洞寺の石段の手前まで来た、俺とセイバーは、そこに立ち昇る異常な魔力に驚く。
「急ぎましょう!」
「ああ!」
一気に階段を駆け上がり、門を潜る。異常な魔力は、本堂の裏から発せられている。俺達は、その魔力の元に急ぐ。
本堂の裏手に回ると、池の上空に、巨大な黒い塊ができていた。そしてその下に、その塊が零す黒い泥で、イリヤが縛り付けられている。更にその泥は、黒い塊から溢れ出して、池に滴り落ちている。
その池の手前に、ひとりの女が立っている。桃色のコートを着て、黒く長い髪は結って、組紐で纏められている。
「三葉?!」
俺の声に、その女はこちらを向く。
それは、入れ替っていた時より少し大人びているが、間違い無く、三葉だった。
「三葉……なのか?」
「ふふ……そうよ、3年振りね衛宮くん……ああ、あなたにとっては、数日振りかしら?」
そう言って、三葉は笑っている。
「ど……どうして、お前がここに?」
「何言ってるの?あなたに逢いたくて、私、冬木の大学に進学していたのよ。もう、1年はこっちに居るわ。」
「そ……そうだったのか?……いや、それより、何をやってるんだ?」
「見れば分かるでしょ?聖杯を、完成させるのよ。」
「遠坂を、傷付けたのもお前か?」
「だって……この娘を持って行こうとするの、邪魔するんですもの。」
「言峰を殺したのもか?」
「ああ、あの男は、もう必要無くなったから……」
全く、悪びれる様子も無く、三葉はそう語る。俺には、とても信じられなかった。三葉が、こんな事を、平然と行っている姿が。
「士郎、その者は、もう三葉ではありません。」
セイバーが、口を挟んでくる。
「私は、その者の魔力に覚えがあります。」
「な……何だって?」
「くくくくく……」
三葉は、不敵に笑う。
「ただ……そいつは、3年前に確かに消滅した筈……」
「ふふふ……ようやく気付いたか?」
突然、三葉の声が変わる。それは、聞いた事の無い男の声だった。
「そうだ……私だ、セイバー、安倍晴明だ!」
『な……何だと?!』
その言葉に、俺達は、ただ驚くしか無かった……
三葉に憑依していたのは、安倍晴明でした。
しかし、晴明は3年前に、糸守でセイバーに倒されています。
何故、消滅した筈の晴明がここに居るのか?……は、次回で。
次回が、最終回です。
ギルはアーチャーに倒させたかったので、ラスボスはこの話のオリジナルキャラで。
士郎とセイバーのタッグで戦わせたかったので、綺礼にも退場してもらいました。