一方で、いち早く入れ替わりに気付いたアーチャーには疑念を抱きます。
士郎の方は、徐々に三葉を取り囲む環境を理解していきます。
そんな中、気になる人物がひとり現れます。
私自身、今でも信じきれない入れ替わりを、遠坂さんのサーヴァントであるアーチャーが見抜いた。
だからといって、普通に考えればそのまま“はいそうですか”とはいかない。
「ええっ?衛宮くんが別人って、どういう事?」
「何を言っているのだ、アーチャー?ここに居るのは、紛れも無く士郎だ。」
「だから言っているだろう。体は、衛宮士郎の物だ。しかし中身は、心は衛宮士郎では無い。少し、話をしてみれば分かる。」
怪訝な顔をしながら、遠坂さんは私に色々と聞いて来た。もう隠す必要も無いので、私は、ありのままの自分を出して答えた。
「……マジで?これは、信じるしか無いわね。話を聞く限り、どう見ても別人だわ。」
「本当に、あなたは士郎では無いのですか?」
遠坂さんは納得したような顔をして、セイバーは心配そうに私の顔を覗き込んで来る。
「はい……私は、“宮水三葉”と言います。」
私は、自分が岐阜県の糸守町に住む女子高生である事、自分が入れ替わってここで体験した事等も説明した。
「まさか、中身が別人だったなんて……どうりで、話が通じない訳だわ。昨日衛宮くんがあんな事を言ってたのも、そのためだったのね。」
「しかし、アーチャー、あなたは何故気付いたのだ?」
「別に……私達は、霊体のようなものだろう?気付かない方が間抜けなんだ。」
その言葉に、セイバーはカチンと来たようで、きつくアーチャーを睨み返した。
でも、霊体だからって、私の魂が見える訳でも無いでしょ?そんな簡単に分かるのかな?
そもそも、自分のマスターじゃ無いんだから、ろくに話した事も無い筈。衛宮くんの事自体、よく知らないんじゃないの?
「それじゃあ共闘の話は、明日衛宮くんが衛宮くんに戻ってからしないと駄目ね?」
「いえ、その必要は無いと思います。」
遠坂さんの言葉に、私は即興で返した。
「え?……だってあなた、衛宮くんじゃ無いんでしょ?」
「遠坂さんがそれを望むなら、衛宮くんは絶対断りません。」
断言する私に、遠坂さんは怪訝な顔をする。
「な……何で、そんな事が分かるのよ?」
「だって衛宮くん、遠坂さんを敵だと思ってませんから。」
「え?」
「衛宮くんって、度を超えたお人良しですよね?3回しか入れ替わってませんけど、その事は身に染みて分かってます。」
「ま……まあ、確かにそうね……」
「遠坂さんが望むなら、それを適えてやりたいって絶対に思います。」
「そ……それはそうかもしれないけど……でも、私を敵と思ってないって、何で分かるのよ?」
「衛宮くん、入れ替わった私の事を心配して、聖杯戦争の事とか丁寧にメッセージを残しておいてくれました。でも、遠坂さんの事は何も書いてありませんでした。今日、のこのこ目の前に来たら、命を狙われるって事も。」
「た……ただ、書き忘れただけじゃないの?」
「いいえ!これだけ相手の事を心配してくれる衛宮くんが、そんな大事な事を忘れる筈がありません。心の底から、敵と認識していないんです。」
「……」
私の言葉に、遠坂さんは頬と耳を赤らめて顔を反らした
やっぱり、この人はいい人だ。
でも、他人に気を遣い過ぎる衛宮くんだけど、女の子の気持ちには鈍いのよね?桜ちゃんがあんなに好意を寄せてるってのに、遠坂さんとか、セイバーとか、次々に女の子に手を出して……あ、そうだ……
そこで私は、セイバーの事を思い出した。衛宮くんは絶対了承するだろうけど、セイバーは?
「せ……セイバー?」
「何ですか?しろ……いえ、三葉?」
「あなたは、共闘には賛成?」
「はい、士郎がそう望むのなら、私はそれに従います。」
流石はサーヴァント、主の命令には絶対服従……あれ、遠坂さんのアーチャーは逆らってなかったっけ?
「アーチャー、衛宮くんも異論は無いみたいだから、いいわね?」
「逆らえる筈が無いだろう、私は君のサーヴァントなのだから。」
あら、やっぱり絶対服従なのね?
「三葉、入れ替わりの事は、ここに居るメンバーだけの秘密よ!」
「はい?」
突然、遠坂さんが私に詰め寄って来る。
「こんな事が、他のマスターに知れたら大変だわ。言動に注意して、絶対に感付かれ無いようにしなさい。いいわねっ!」
「は……はい……」
遠坂さん、いい人だけど……やっぱり怖い……
その後、暗くならない内に、私はセイバーと家路に就いた。
その途中で、セイバーに問い掛けた。
「ね……ねえ、セイバー?」
「何ですか?」
「わ……私は、衛宮くんの中に入っとるけど、衛宮くんや無い。それでも、護ってくれるん?」
「もちろんです。その体は、紛れも無く私のマスターの体です。」
「で……でも、見方を変えると、私って、あなたのマスターの体を乗っ取った敵って事やない?」
「いいえ、違います。士郎はあなたに、私に護ってもらうようにメッセージを残しました。だから、あなたを護るのがマスターの指示です。」
「あ……ありがとう。」
頼りになるな、セイバーって。さっきも、あんな化け物をあっという間に倒しちゃったし……で……でも、桜ちゃんの気持ちを考えると、複雑かな?
翌朝、予想通り俺は三葉の体で目覚めた。念のために、昨夜の内にメッセージを残しておいて良かった。
この間と同じように、お婆さんと四葉と朝食を食べて、登校のため家を出る。前回同様、やり方が分からないので髪は結っていない。次の時は、お婆さんにうまく言って教えて貰った方がいいかもしれない。
そういえば、セイバーも普段は髪をまとめていたな?それを教えてもらっても……
途中、テッシー、サヤちんと合流して一緒に学校に向かう。髪の件は、また“寝坊して時間が無かった”と言って誤魔化した。歩きながら、今度は三葉の心配をしていた。
三葉は大丈夫かな?自分が命を狙われてるなんて知ったら、相当ショックを受けるだろうな?でも、セイバーが居るから、何とか護ってくれるだろう。学校には、遠坂だって居るし……あ……セイバーと遠坂には、入れ替わりの事を説明しておいた方が良かったかな?でも、こんな話信じてくれるかな?
その時、前回は気が付かなかったが、町の外れに場違いな大きな建物があるのに気付く。
まだ建設中のようだが、殆ど完成している。まるで、西欧の城のような建物だ。
俺がそれに見とれているのに反応して、サヤちん達が話題にして来る。
「もう、そろそろ完成やね?」
「何で、こんな田舎にあないな城みたいな家建てるんやろな?いったい、誰が住むんや?」
「あれ?テッシー知らへんの?テッシーんとこで建ててる思っとったけど。」
「うちの会社で、あんな外国の城設計できる訳無いやろ!余所の業者がやっとるんや。」
へえ?テッシーの家は、建設業なのか?
『……そしてなによりも!』
町営駐車場の辺りに差し掛かったところで、拡声器の野太い声が耳に飛び込んで来る。
声のする方を見ると、駐車場の敷地内で、誰かが演説をしている。その男の上半身に、“現職・宮水としき”と書かれたたすきが掛かっている。更に、後ろには横断幕も掲げられている。
そういえば、前回入れ替わった時に、朝の有線放送で町長選挙の事を言っていたような……どうやら、これは町長選の演説のようだな……宮水?……三葉と同じ苗字だけど……
「おう、宮水。」
その時、前に居て演説を見ていた高校生の男が、俺に声を掛けて来た。
「町長と土建屋は、仲がいいんやな、その子供たちも癒着しとるな。それ、親のいいつけでつるんどるんか?」
男の隣には、女の子が二人居る。
町長と土建屋?
そう言われて、演説をしている町長を見ると、町長の横には後援会と思われる人達が居る。その後ろには“勅使河原建設”と書かれてた車が停まっている。
あれは、テッシーの家の建設会社か?じゃあ、あの現職の町長は、やっぱり三葉の親父?
あれ?でも、あの親父さん、家に居なかったよな?朝早く出掛けたのか?
その時、先日の朝の四葉の言葉を思い出す。
“いい加減に、仲直りしないよ”
もしかして、お婆さんと喧嘩して家を飛び出したのか?
そんな事を考えている内に、いつの間にかさっきの3人組は居なくなっていた。
「偉いな三葉、嫌味、気にせんで。」
「俺は腹が立った。あいつら、いつか締めてやらんと……」
「やめや、そんな事すると根に持つだけやに!」
ああ……嫌味だったのか?今の……気にせんというより、理解できなかっただけなんだけど……
学校に着くと、校舎の裏の方で何やら数人が揉めているのに気付く。気になったので、俺はそっちに向かって歩いて行く。
「お……おい、三葉、何処行くんや?」
良く見ると、3人の男子生徒がひとりの男子生徒に絡んでいる。どうやら、カツアゲをしているようだ。
「なあ、お前の家は金持ちなんやろ?」
「少しは、俺らにも還元してくれや?」
絡まれている男は、何も答えずに俯いている。小柄な、気の弱そうな男だ。
「止めろっ!」
俺は、そこに割って入る。絡んでいた男達は、一斉に凄味の利いた目付きで俺を睨んで来る。
「なんや、宮水。お前には関係無いやろ!」
「引っ込んどれや!」
「同じ学校の生徒が困っているのを、黙って見てられるか!」
「何やと?」
「俺らに逆らって、ただで済む思っとんのか?」
相手が女と思ってやたらと凄味を利かせて来るが、生憎中身は男だ。そんな脅しは利かない。だいたい、こんな奴らサーヴァントに比べれば敵でも何でも無い。が……
いけね……思わず飛び出しちゃったが、三葉の体であんまり男っぽい行動ばかり取ると、後であいつが困るか?でも、今更後に引けないし
「ああ?今頃になってびびっとんのか?」
少し怯んだため、相手はいい気になってくる。こうなったら、腹をくくるしかないかと思ったその時……
「俺が相手をしてやってもええぞ。」
凄味を利かせて、テッシーが俺の前に出て来る。テッシーは、ガタイも大きくて腕力もありそうだ。流石に3人組も一筋縄ではいかないと思ったのか、“けっ!”と唾を吐き捨てて離れて行った。
「三葉、大丈夫?」
サヤちんが、俺に駆け寄って来る。
「ん……ああ……問題無い……わよ。」
「もう、あんま心配掛けんといて。」
「ご……ごめん……あと、ありがとう、テッシー。」
「お……おう、俺も、ああいう輩は好きやないからな。」
「ちょ……ちょっと間桐くん!何で、とっとと行っちゃうん?」
すると、突然サヤちんが大声を上げる。見ると、絡まれていた男が、どんどん歩き去ろうとしていた。
「あんた、三葉に助けられたんやろ!何か、ひと言あってもいいんや無い?」
「……別に、助けてくれなんて頼んでない……」
小さな低い声でそう言って、その男はそのまま行ってしまった。
「何や、感じ悪い!」
「ほんまやな、あんなだからあいつ、友達もおらんのや。」
間桐?間桐というのか?あいつ……慎二や桜と同じ名字だ。どこと無く、慎二に似ていた気もする。もしかして、親戚かな?
その後は、できるだけ言動に気を付けて、男っぽい行動を取らないようにした。
家に帰るとまた夕食の当番だと言われたので、この間作り損ねた揚げ出し豆腐を作った。
「おいし~っ。」
四葉は、すごく気に入ったようだ。それならば、桜の作る揚げ出し豆腐を食べさせてやりたい。これは、本来桜の得意料理だ。俺のとは一味も二味も違う。
夜になって、俺に入れ替わっている三葉に連絡を取れないかと、何度か自分のスマホに電話を掛けたが、何度やっても繋がらなかった。
風呂は、三葉に悪いと思って辞めた。何より、俺自身目のやり場に困ってしまう。着替えも、できるだけ体を見ないように行った。
最後に、今日起こった事と、質問事項をメッセージに残して眠った。
翌朝は、糸守の自分の体で目覚めた。
入れ替わりは、夜寝た後と、意識を失うような事件に巻き込まれた時に起こるみたい。
スマホを確認すると、やはり衛宮くんからのメッセージが残っている。こういうところは、衛宮くんは本当にマメだ。
ええっ?不良に絡まれてる生徒を助けた?正義感が強いのは知ってたけど、少しは自重してよ、私の体なんだから……でも、テッシーが脅して事無きを得たのね?良かった。
最後に、間桐くんについての質問が書かれていた。
間桐くんの事を教えて欲しい?何で?
そう聞かれても、私も良くは知らないんだよな。大人しくて、目立たないし……
名前は、間桐霧也。同学年で、クラスは隣のクラスだ。
彼は糸守で生まれたけど、ご家族は何十年か前に糸守に移って来たらしい。かなりのお金持ちのようで、町の外れに宮水神社よりも広い敷地の邸宅を構えている。ただ、人付き合いの悪い家で、町の集まりには殆ど顔を出さない。でも、お婆ちゃんとは交流があるみたいで、神社の奥でたまに話をしているのを見掛ける事がある。
霧也くん本人も人付き合いが悪く、友達と呼べるような人はひとりもいない。誰かと話している姿を見た記憶も無い。都会ならまだしも、こんな人の少ない田舎では珍しい。
私は、この内容をスマホのメッセージに残しておいた。
アーチャーも、三葉に入れ替わった士郎の行動を見てないと、入れ替わってる事には気付きようがありません。だから、今日1日の士郎を観察しています。凛が襲われる場面でも居たから、あえて助けなかったという事になります。まあそこは、士郎が助けるのを知っていたということで。
本作では、糸守側の環境もかなり変えています。
間桐霧也は、冬木の間桐家と関係があるのか?(当然あるんですが……)
建設中の場違いな城は、冬木と関係があるのか?(これも、当然あるんですが……)