絶望ノ淵デ慟哭ヲ謳ウ   作:玉響@彼方

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約束と手紙

15

 

航空戦艦襲撃から数日が経過した。

 

しばらくは指令が下ることはなく、比較的平穏な日々を過ごせていた。

 

しかし、平穏とは突然崩されるもののようだ。

 

「で?俺に何か用か()()()

 

アレンは目の前で不敵な笑みを浮かべる学園長を睨みつけた。

 

「まぁ、ちょっとね」

 

と言い、人差し指と親指を目元で近づけ、片目を瞑る。

 

「なに、君宛てに手紙を一通預かっただけさ」

 

学園長は引き出しから一通の手紙を取り出し、アレンに手渡した。

 

「手紙?いったい誰か…ら…だよ…」

 

そこに刻印されていたのはアレンの実家、ヴィムル家の家紋だった。

 

目を丸くしたまま顔を上げると、さらに口角を上げた学園長の姿があった。

 

「ふふ…アレン君、頑張ったくれたまえ。君の決断を楽しみにしているよ」

 

そして学園長はアレンを一人部屋に残し、さっさと退室していった。

 

部屋に取り残されたアレンは手渡された手紙の刻印をただただ見つめていた。

 

そして唐突に思い出したのは、

 

「次の授業の準備しよう…」

 

教室にいるだけで授業を受けようともしない奴が何を言っているのだろうか。

 

それでも足早に教室に向かった。まぁ、休み時間とっくに過ぎ去っているのだが。

 

案の定、教室の扉はピッタリと閉ざされ、来る者を拒んでいた。

 

よろしい、ならば戦争だ。

 

とはならず、その場を立ち去る。

 

アレンが向かった先は学校の屋上のさらに上、屋根の上である。

 

天気は快晴で、気持ちの良い春の息吹が体を通り抜けていく。

 

手紙を開封し、中身を確認する。

 

手紙には今夜の10時に我が家に来るように書かれていた。

 

手紙をビリビリに破き、風に任せて放り投げた。

 

「すべて…終わらせてやる」

 

虚空を掴むようにアレンは空に手を伸ばした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

胸騒ぎがした。

 

背筋がゾクッとする感じだったが、些細なものである。

 

はずだった。

 

プリンセスはゆっくりと瞼を開き、ベットから上半身を起こす。

 

自室に戻った時、ひどい眠気に襲われて、そのままベットに倒れ込んだことは覚えている。

 

「起きたのね」

 

すぐ近くからアンジェの声がするが、どうにも目が虚ろでハッキリと見えない。

 

「んぅ……?」

 

目を擦りながらアンジェの姿を確認すると、1つのマグカップを差し出していた。

 

「ありがとう、アンジェ」

 

お礼を告げるとコクリとアンジェは頷いて、寝室から出ていった。

 

しかし、自分を叩き起した寒気は未だに肌にまとわりつくように感じた。

 

幸いなことに消灯時間にはまだ時間がある。

 

ーー少し、夜風にあたろうかしら…

 

プリンセスは寝室から出て、大きめの窓を開けてベランダに移動した。

 

昼間とは違い、少し冷えた風は澄んだ空や美しく輝く満月と相まって非常に気持ちがいい。

 

思わず恍惚とした声が出そうになった。

 

ハッとして、プリンセスは急いで口に手を当てた。

 

そのままほかの部屋のベランダを確認するが、そこには誰もいなかった。

 

いなかったが、視界に写ってしまった人物がいた。

 

「アレン………?」

 

アレンは屋根の上で一人佇みながら、満月を見ていた。

 

だが、それと同時に感じていた寒気が増した気がする。

 

その刹那。

 

こちらに気がつくように突如としてアレンは振り返った。

 

そして、視線が交わった時、身の毛のよ立つほどの殺気がプリンセスに向かって放たれた。

 

あまりの殺気に喉の奥からヒッと音がした。

 

恐怖で呼吸が苦しくなるが、目を離すことを本能が拒んでいた。

 

ーー追いかけなきゃ。

 

何かに駆り立てられるように、プリンセスは部屋を飛び出した。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

電灯が仄かに照らす廊下は何故か異常なまでに長く感じた。

 

一歩踏み出す度に、この廊下は永劫に続いていて、決して彼のもとに行けないような気にさせる。

 

暗闇の恐怖と未だ感じる殺気に押しつぶされそうになるが、今、彼に会わなければ死んでも死にきれないくらいに後悔する。

 

理由はわからないけど、そう感じる。

 

視線が合った時のアレンの表情は、憎悪や憤怒、殺意、復讐…人の悪意に満ちていた。

 

けれど、その瞳の奥…きっと自分でも気がついてない。

 

瞳の奥は、孤独に震えていた。

 

助けたい、助けてあげたい、なんて彼にとっては迷惑だと思う。

 

それでも、人は一人では生きられないのだ。

 

人の温もりや甘えと孤独の辛さを同時に知っているからこそ、そばにいて、支えてあげたい。

 

これ以上、アレンが苦しむ必要は無い。

 

だから…

 

「あなたの力にならせてよ…!」

 

疾駆する足に力を込めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ここは校舎棟の屋上、寮より少し離れた場所で、夜間は立ち入り禁止だ。

 

しかし、失敗した。

 

まさかプリンセスに見つかるとは思ってなかった。

 

最近失敗ばかりしていたのに、反省ができていなかった。

 

いざ手紙が来て、ようやく復讐を果たせると思ったのに、ここにきて覚悟が決まらない。

 

やはり自分は子供の頃から変わってない。

 

大事な時に失敗を繰り返し、腹を括ることすら出来ない。

 

自分自身が嫌になる。

 

このまま自殺でもできればまだ良かっただろうが、あいにくこの身体は想像以上に強い。

 

いや、強くなってしまった。

 

高度5000フィートから落下しても傷つかないのに、この高さから落ちたところで地面が陥没するだけだろう。

 

つくづく思うが、世界は矛盾だらけだ。

 

矛盾した世界は理不尽を産み、理不尽は叛逆を招き、叛逆は戦争を起こし、戦争は犠牲をつくり、犠牲は憎悪を浮かべる。

 

全くもって度し難い。

 

悪意がこの世をつくってるとしか言いようがない。

 

勘違いの善意のようなものほど塵芥なればいい。

 

見えるもの全てに虫唾が走る。

 

両腕が殺意を形作るように剥き出しの刃と変貌を遂げた時、目の前に一つの天佑が現れた。

 

「プリンセス…」

 

天佑の正体はプリンセスであった。

 

走ってきたようで、かなり息が上がっている。

 

そこでアレンは咄嗟に両腕を背中に隠した。

 

ーーこんな手見られたら、もう…

 

しかし、アレンの考えとは裏腹に、プリンセスはゆっくりとだがアレンに近づき、そっとアレンの頬に手を添えた。

 

「大丈夫…貴方がどんな姿でも、私はそばにいるわ」

 

手の位置を頬から脇の下に通し、ギュッと自分の方に抱き寄せた。

 

プリンセスが逆の手で背後にまわしたアレンの腕に触れた瞬間、呪いが解けるように奇っ怪な殺意は元の姿に戻った。

 

だが、アレンは抱きしめられていたことにようやく気づき、プリンセスの肩を押した。

 

お互いの行動の一部始終を思い出しさらに、恥ずかしくなる。

 

真っ赤なった顔のまま、どちらが先に口を開くか探りあっていたところ、先に開いたのは、アレンだった。

 

「な、なんでここにいるんだ…?」

 

「……さぁ?」

 

俯き、頬を赤く染め、指先で髪の先を弄んでいたプリンセスは、視線を合わせようとはしなかった。

 

「でも、貴方に会わないと後悔しそうだったから…」

 

そう言われてもアレンにはどうしたらいいのかわからない。

 

「…これから親父に会いにいく」

 

「え?…どっどうして?」

 

「向こうから呼ばれた。そして、決着をつける」

 

俯いていたプリンセスは驚きを隠せないように目を丸くした。

 

「今夜で終わる。すべて、終わらせる」

 

「アレンは死ぬ気なの?」

 

「俺諸共死んだ方が都合がいい」

 

と、告げた刹那、パンッと乾いた音が響いた。

 

「っ?!」

 

少し経って、ようやくアレンは自分が叩かれたことが分かった。

 

大して痛くなかったが、『痛い』。

 

何故か分からないが、これまで感じたことのない『痛み』。

 

「そうやって自分ごと死ねば解決出来ると思ってるの?…くだらないわ。本っ当にくだらない。だったら勝手に死ねばいいじゃない!生きることを諦めた貴方なんて()()()()よ!」

 

プリンセスの瞳からは零れ落ちる涙は滝のようで、頬を伝い、床に流れ落ちていた。

 

ーーなんで泣くんだよ。

 

叩かれた上に、説教まで食らった。

 

アレンの中で何かがフツフツと煮えたぎってきた。

 

「ならお前に俺の何が分かる…俺の、辛さの、何が、分かるって聞いてんだよ!生きることが当たり前じゃないんだ!もうこれ以上、犠牲となる人を増やさないために終わらせるんだ!その覚悟を『勝手』なんて簡単な言葉で片付けるな!」

 

「ちょっと!人が心配になって来てあげたのに、逆ギレするの!?心配して損した!もう()()()何処へでも行けばいいじゃない!」

 

「あぁ?!また勝手にって言いやがったな!……よぉ〜く分かった!絶対死なねぇ!

生きて帰ってきてやる!」

 

「あら、本当かしら?アレンは気が弱いからすぐ決心なんて変えそうね」

 

「じゃあ勝負だ。生きて帰って来れたら、俺の勝ち、死んだらプリンセスの勝ち、いいな?」

 

「勿論。勝負なら勝った方に何か景品が必要ね…」

 

ーー景品か。

 

少し考えた後、アレンはサッと自分の髪から一つのヘアピンを抜いた。

 

そのヘアピンはかつて母、リリーが付けていたスワロフスキーが散りばめられた美しいヘアピンであった。

 

「君が勝ったらこれを譲る」

 

ヘアピンをプリンセスに手渡すと、訝しそうな目でアレンを見た。

 

「それ、大事なものでしょう?」

 

「大丈夫、絶対負けないし。帰ってきたら返してもらうからな」

 

「そこまで覚悟してるなら、いいわ。私も大事なものを賭けてあげる」

 

「大事なもの?」

 

「乙女にとってかなり大事なもの」

 

プリンセスは唇に指を当てながらこう言った。

 

「私のファーストキス」

 

ヒュゥゥゥ…と春先の冷えた風が流れた。

 

「え?」

 

「だから私の」

 

「聞 こ え て る よ !」

 

とアレンはプリンセスの言葉を途中で遮る。

 

売り言葉に買い言葉でまさかこんなことになるとは思わなかった。

 

しかもプリンセスの顔は何一つ赤くなって…いや、涙で目元が赤くはなっているが、先程までの恥ずかしがっている様子はない。

 

「それ、本気で言ってる?」

 

「本気よ。貴方は意志が弱いからきっとすぐ諦めちゃうでしょ?だからそれくらい賭けてあげるわ」

 

ニコニコと微笑むプリンセスは絶対に引く気は無いようだ。

 

「…反応に困る」

 

「喜ぶところじゃないかしら」

 

「嬉しくないわけではないんだけどな」

 

と、喧嘩しているうちに時計は9時30分を指していた。

 

「そろそろ時間だ」

 

「そう…賭けのこと、忘れないでね。あ、忘れても私は構わないけれど」

 

「どっちだよ…まぁいいや、そっちも覚悟しておけよ」

 

アレンは屋上から飛び降り、夜の街に向かって走りだした。

 

「…アレンのバーカ」

 

満月に照らされたプリンセスの顔からは火が出そうなほど深紅に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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