ヒュッと音を切る音が微かに響き、遅れるようにしてボトリと首が落ちる。
闇夜を切り裂き、満月に照らされた奇っ怪な刃は緋色を映す。
刃を振り、血を払い落とす。
一息つこうとして、腕を元に戻そうとした時、アレンの周りを複数の殺気が取り囲んだ。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙…」
とてもじゃないがこの世のものとは思えない声で現れた敵。
もとい、悪意の塊。
よくもまぁ、こんなものを造り出してくれたもんだ。
人権も生命の尊さなど、どこにも無い。
生きる屍。
今まで何度も斬り殺してきたが、未だ慣れそうにもない。
「もう…邪魔しないでくれ」
片手を掲げると、そこに纒わり付くように全身から血管が集まり、形を成していく。
ドクンッ…ドクンッ…と脈をうち、血管は強固に絡みつき、その姿を晒す。
「これが…俺の新しい武器」
その手に掲げられていたのは、無骨な大鎌だった。
だが、アレンの細胞が作り上げたものが、ただの大鎌のわけが無い。
アレンは臆することなく、感染の犠牲者たちを一瞥すると、大鎌を構え直し、その場で高速で回転した。
神速で振られる凶刃は一匹残らず、不死者を真っ二つに切り裂いた。
ここはヴィルム家前の庭。
周りは非常に高い壁に囲まれ、外からは様子が伺えないようになっている上に、住宅街やスラム、高級店街などからも遠く離れている。
まぁそれ故に
だが、その壁が今回は功を奏した。
学校から特に障害なく我が家まで辿り着けたが、庭に奴らを解き放っているとは考えなかった。
いくら夜とはいえー
そんな時、視界を遮ることが出来る壁はかなり都合がよかった。
とはいえ、庭に放たれた奴らの顔のいくつかには見覚えがある。
昔、世話をしてくれたメイドや執事たち…全員が全員覚えているわけではないし、恐らくだが、自分が勘当まがいに家から追い出されてからやって来た者もいるようだ。
ーーたった数ヶ月の間でここまで犠牲者を増やすのか…
やはり父、スカー・ヴィルムは殺さなければならない。
今はまだ、屋敷の者たちだけが犠牲になってしまっているが、いつ民衆がその毒牙にかかるかも分からない。
一刻も早く全てに決着を付けなければ、ロンドンはじめ、このイギリスそのものが崩壊してしまう。
ましてや、あの生物兵器が実装なんてされた日には、全世界で戦争が始まる。
ただでさえケイバーライトの生産や開発、研究で王国と共和国は影の戦争状態だというのに、ここに他国との戦争が始まれば、一体どれだけの戦死者、犠牲者、難民が出てしまうのか検討がつかない。
血塗れになった芝生を踏みしめて、アレンは自宅の扉に近づいた。
金色の装飾が施された絢爛なドアノブに手をかけ、下に回すと、ガチャ…とだけ鳴る。
生唾をゴクリと飲み込み、腹に力を込め、意を決してドアを開けた。
そこにはあったのは…
惨劇と腐臭。
劈くように鼻に飛び込んでくる腐臭。
腐った肉を吐瀉物と混ぜ合わせ、下水道に流し込んだような吐き気を催す匂い。
そして、辺りに血が飛び散り、壁に、床に、はたまた天井にまで血がこびりついていた。
しかも、どの血も黒く、固くなり、血がついてからかなり時間が経っているようだ。
玄関から移動して、食堂の方へと足を運ぶと、部屋の片隅に項垂れた人がいた。
「っ?!……うっぷ…」
すぐさま駆け寄ってみようとしたが、事切れてからもう長い間経っているようで、かなり腐臭がする。
それに、顔が半分無くなっていた。
身体中に歯型がつき、四肢や臓物を食い荒らされている。
「……すまない」
アレンは腐臭に耐えながらも遺体を動かし、項垂れた状態から仰向けにして、両の手を胸の前で結ばせた。
「気は済みましたか?」
突然、背後から声がとんでくる。
「ああ、問題ない」
驚く様子もなく、アレンは返事をする。
「お前こそ、その…大丈夫なの…か?」
『
その言葉が表す意味をエリスタは感覚的に察していた。
クスッと笑い、エリスタは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。
電気もついていない暗い部屋で佇むエリスタの頬は、何故か病的なまでに青白く見えた。
「ご主人様は書斎でお待ちしています」
洗練された動きでアレンに一礼し、その場から音もなく立ち去った。
ついて来いとも言われなかったので、最期にもう一度だけ見たかったものを見させてもらおう。
階段をのぼり、母、リリーの部屋に入る。
「…母さん」
母、リリーは優しい人だった。
流行病のせいで死んでしまったが、それでもアレンの中に母の存在は今でも大きな役目を果たしている。
非情になりきれない最後の砦。
アレンの甘さの根源でもある。
しかし、それは同時に『優しさ』でもあった。
幼い頃に愛された記憶が、今もアレンの心を護っている。
白を基調とした静かな佇まいの部屋。
母の死後、掃除だけを行っていたらしく、埃一つ落ちていないし、脳裏に焼き付いている部屋の様子と何ら変わったところもない。
片隅に置かれた車椅子の座席の上に写真がひとつ飾られていた。
それは家の者全員で撮った写真だった。
両親含め、メイドや執事たちも写っている。
アレンは写真立てから写真を取り出して、ポケットにしまった。
空になった写真立てをそっと車椅子に戻し、部屋から出ようとした時、写真が熱を帯びているかのように感じたが、その温もりは心地よくて、どうしようもなく辛かった。
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扉。
木製の扉がある。
スカーの書斎へ繋がる扉。
ただの扉のはずなのに、恐ろしい迄に圧迫感を感じる。
ドアノブを握らせず、ドアの前に立つもの全てを威嚇し、追い返そうとする。
手をドアノブに近づけるだけで、手から腕へと、腕から肩、そして全身へと恐怖が伝わっていく。
奥歯がカタカタと震える音が異常なまでに耳の中で響いてくる。
「はぁっ…はぁっ…はぁ…」
顔が緊張で強ばって青ざめ、呼吸が速くなる。
ガタガタと震える手に力を込めて、無理矢理押さえ込み、ドアノブを握る。
瞬間、身の毛もよだつ殺気がアレンに襲いかかった。
咄嗟に舌を噛み、どうにか堪えきったが、あれほどの殺気を出せる父の強さをまざまざと感じた。
意を決し、ドアを開ける。
暗かった廊下とは打って変わって、パッと視界が明るく開ける。
「…………来たか」
机に肘を載せて、もう片方の手には美しい羽根ペンを握り、絢爛な椅子に腰掛けるスカーは緋色の瞳からモノクルを通してアレンを一瞥した。
書類から目を離し、訪問者を眺める。
その左目には全く光がなく、右目もかつて見たような黒色から、変化するはずのない赤色へと変貌を遂げていた。
「久しいな、アレン」
貼り付けたような笑みを浮かべるスカーは、どれだけ見た目が変わっても、結局本質は変わっていなかった。
「ああ、死ぬ覚悟は出来てるか」
「…そうだな、死は最期を司る。何もかも、これで…終わりだ」
自嘲気味にスカーはそう告げた。
その言葉が最後の言葉と確信したのか、アレンは素早く腕を刃に変化させた。
軽く膝を曲げて、瞬きよりも速く距離を詰め、真上からブレードを振り下ろした。
「は?」
しかし、机ごと叩き切ったはずのスカーの姿は、跡形もなく消失していた。
「まぁ、待て息子よ。少しだけ話をしようか…ふむ…」
「っ?!」
消えたと思った瞬間、スカーの声は背後から聞こえてきた。
有り得ない。
人外の領域までに至ったはずの自身の力を過信するわけではないが、身体能力において自分に匹敵するものはいないと思っていた。
が、その自信をたった今、目の前で一蹴された。
動いた瞬間すら見えず、どうやって避けたのかも分からない。
自分の父がどれだけイカれた存在で、復讐が絶対に不可能であることを本能で感じた。
「どうした?…ああ、どうやって避けたのは分からなかったのか」
「今のは…なんだ」
ゆっくりと振り返りながら、なるべく感情を読まれないように、声を低く、冷淡に訊ねる。
「今のは我がヴィルム家に伝わる
「…暗…殺術?なんで、そんなものが…」
「だから言っただろう、話をしようと…な」
スカーは本棚に近づき、ある一冊の本をそのまま、
すると、ガコンッと音がして、本棚が真っ二つに分かれ始めた。
「着いてきなさい。お前はこの家の真実を知る必要がある…いや、知らなければならない」
本棚の中から現れたのは、人ひとり通れる程の穴だった。
アレンは訝しむように、後退りした。
「…エリスタとアルバスはいないのか?」
「大丈夫だ。これが終わったら二人にも会えるだろう」
と、こちらの返答を待たず、スカーはさっさと暗闇の中へと消えていった。
後に残されたアレンは仕方なく、自身も闇の中へと足を踏み入れた。
ぶっちゃけると、オリジナルの話ってこの辺だけで、あとは原作のアニメの時系列順に進めていくだけになってしまいそう…後日談とか閑話とか挟もうとは思っているんですけど、どんな内容がいいですかね?リクエストとかあると有難いです。これからもよろしくお願いします。