絶望ノ淵デ慟哭ヲ謳ウ   作:玉響@彼方

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燃える血液

 

 

カツーン…カツーン…とブーツの音が壁に反射して、うるさいくらいに耳の奥まで響いてくる。

 

それと、鼻につく油のような匂いがする。

 

やがて、前を歩く父の足が止まり、かなり広い空間に出た。

 

スカーはおもむろに指を鳴らすと、壁や柱に付けられていた電灯が我先にと勢いよく付いていく。

 

そして、顕になった空間の正体。

 

そこには大量の新聞記事や赤いインクで罰印を付けられた顔写真が飾られていた。

 

時には勲章のようなものまで飾られてあり、その種類は多岐にわたっている。

 

「アレン、これがヴィルム家の真実だ」

 

薄暗い広間の電灯に照らされたスカーの真紅の瞳がアレンを貫いた。

 

「あ………はは……は…」

 

アレンは膝から崩れ落ちて、笑った。

 

祖先が、祖父が、父が、()()()()()()()()悟ってしまった。

 

「ヴィルム家は先祖代々、国家に仇なすモノを排除する…アサシンの命を受けていた」

 

アサシン。

 

影の中に生き、影の中でその命を終える者達。

 

しかし、何故アサシンの命を受けていたヴィルム家が()()()まで登り詰めたのか。

 

それは偏に国家さえもヴィルムの名を継ぐものの才能を恐れたからだろう。

 

「ヴィルム家が暴走したら、恐らく真っ先にに王の血族が狙われると考えて、ヴィルム家の動きを制限するために侯爵なんて大層な爵位を寄越したんだろう」

 

「まぁ、実際は殆ど意味が無かったがな」

 

スカーはそう言うと喉の奥からククッと笑った。

 

「話を戻そうか……王国が確立するまで、反王国勢力は常に存在した。その度に我々ヴィルム家は勢力を潰し、始末してきたが…絶え間なく奴らは出現を繰り返し、気づけば共和国という史上最大の勢力と化していた…そしてーー

 

「そして、王国と共和国は分断された」

 

倒れ込んだ状態から立ち上がったアレンの言葉にスカーは無言のまま静かに頷いた。

 

「教えてくれ…あんたがあの研究に至ってしまった理由を」

 

真っ直ぐにスカーを見つめ、もう片方しか見えていない瞳と真摯に視線を交わす。

 

その視線に気圧されたのか、スカーはグッと拳を握り、視線を外すように目を閉じた。

 

「ッ〜〜〜!!父さん!」

 

その言葉にハッとしたスカーは見てしまった。

 

真実を知り、なお自分を父と呼ぶ愛息子の顔を…

 

悲しみや怒りで胸が張り裂けそうな思いになっているはずなのに、それでも折れぬ不屈の精神。

 

ーーああ、やっぱりお前もまた、ヴィルム家の血を受け継いでいるんだな。

 

「…1794年にフランスのレーグルに落下した隕石、レーグル隕石の欠片をある商人が手に入れた。その欠片が屋敷に帰ったその日の内に盗まれたらしい。その後は一向に行方が分からずじまいだった…そしてある時、私はその隕石の欠片を見つけてしまった」

 

「任務中の事だった。ロンドンの下水道設備が1863年に完成し、その奥で反王国思想を持つ者達の集会が行われていると情報があり、集会を潰す任務が下された。だが、向かった先は地獄のような有様だった。ただでさえ下水道の中だというのに、そこでは人の肉が腐っていた…アレン、最近流行している病気はなにか知っているな?」

 

「…コレラか」

 

「正解だ。奴ら…言うなれば、不死者と呼ぶべき奴らが下水道内に現れていた。個体差あるが、そこまで強くない奴らを蹴散らした後、欠片を見つけた。欠片は網目の袋に入れられて、下水に浸されていた」

 

「下水に浸されていた?……っ!まさか」

 

「そう、そのまさかだ。どうやらコレラの原因菌が隕石の影響で変質したようだ」

 

「へ、変質…そのウィルスが、父さんの…」

 

「話はまだ終わりじゃないぞ。浸されていたということは何者かが意図的に図った行動ということだ」

 

意図的に生み出されたであろうウィルス。

 

リリーの死。

 

スカーの変貌。

 

そこから導き出される答えは…

 

「…ノルマンディー」

 

スカーは無言だった。

 

ただその瞳が怪しく光り輝いていた。

 

「リリーが結核で亡くなったあと、私は打ちひしがれていた。そこにやってきたのがノルマンディー公爵だった。奴は私にこう告げた」

 

『もう一度、リリーに会いたくないかね』

 

それは悪魔の言葉だった。

 

愛する人を失った悲しみを癒す、最悪の甘言。

 

「その後、王家からある箱が届いた」

 

「…隕石」

 

「その通り…気がついた時にはもう遅かった。全て、奴の手のひらの上で踊らされていたからな。私は研究に没頭し、リリーを生き返らせる為、お前や従者たち…それにスラムにいた人達までも犠牲にした」

 

「でも、俺や父さんは不死者化しなかった」

 

「理由はさっぱりわからないが、きっと身体に備わった抗体が対応したと考えている。祖先の全員が全員才能があった訳では無いから、捕まって飲まされたりした多数の毒によって抗体がつくられたのかもしれない。それで奴らのようにはならなかったのだろう。一部の者達だけだが、不死者にならなかったこともある」

 

「…やっぱり母さんだったのか」

 

「大体の察しはついていたんだろう?」

 

「まぁ…な。でも、どうやってあの狂った状態から元に戻ったんだ?」

 

そう、スカーは狂気的に研究に酔いしれて、全く人の話をきける状態ではなかった。

 

「これだ」

 

スカーは懐から一本の蓋をされた試験管を取り出した。

 

中では淡黄色の液体がゆらゆらと動いていた。

 

「これは私の血から作り出した血清だ。抗体を持つものの血清を打ち込むことで、私が造ったウィルスの活動を強制的に抑え込むことが出来る」

 

「それなら、俺の体も元に戻るのか?」

 

「恐らく戻せるだろうな。わかっていると思うが、このウィルスは意志を持つように所有者に合わせて成長する。私の場合は脳の成長によって記憶力や知識、可能性の発見といった研究向けの物に変わった…あとは性格の変化だな」

 

アレンもキングと死闘を繰り広げた際、キングから血液を取り込むことで、圧倒的な殺傷能力を得た。

 

それに伴って、落ち着いていたはずの自分が、一瞬で戦いの中に快楽を求める戦闘狂のようになった。

 

だからこそ、躊躇ってしまう。

 

あの能力によって窮地を救われた自身の経験から、あれは唯一無二の力を持つと確信している。

 

力を失えば、アレンはただの凡人に逆戻りだ。

 

「アレン、これ以上ヒトを辞めるつもりか?」

 

「ちっ違…」

 

別になにも間違っていない。

 

強力な力に依存し、ヒトを辞めることを受け入れようとしてしまっている。

 

「私の実験体たちを滅ぼしたところで何も変わらない。既に私の研究結果はノルマンディー公爵の手に渡っている」

 

「…それでも、誰かが戦わないと」

 

「もうお前は…十分に戦っただろう」

 

「俺じゃなきゃ、対抗できない!」

 

必死に訴えるアレンの肩にそっとスカーは手を添えた。

 

「いいんだ。きっと誰かが片付けてくれる」

 

しかし、アレンはその手を払い除けた。

 

「俺が終わらせなきゃ、俺にはその責任がある」

 

その意思は確固たるものだった。

 

復讐ではなく、贖罪のため。

 

ヴィルム家の産まれた身として。

 

イバラの道を歩く覚悟を。

 

血濡れの過去と歴史を。

 

影の中の戦争を。

 

あの美しい少女の約束を。

 

「そうか…私はーーうぐっ…うっゴフッ…」

 

「父さん!」

 

倒れ込むスカーをすかさず受け止め、床の上にゆっくりと横たわらせていく。

 

「まさか、リリーと、同じ病で…倒れることになるとは…なぁ…救おうと、した、相手の病にかかる、随分と皮肉なものだ…」

 

「喋るな!今、エリスタ達を…!」

 

駆け出そうとしたアレンの腕をスカーが咄嗟に掴んだ。

 

「もう、いいんだ…お前を、家から、出した時には…既に死んでいるような、ものだったんだ…ウィルスの力で、無理矢理寿命を…延ばしていたツケが、回ってきたな」

 

息絶えだえのまま、スカーは言葉を繋げる。

 

「二つ、伝えておく…ことがある。血清を打っても、ウィルスによる、身体能力は…失われない…ウィルスの成長の、能力は…使えなくなるが…お前ならきっと大丈夫…」

 

「でも、奴らに対抗するなら…!」

 

「お前には…沢山の、仲間たちが、いるだろう。必ず、お前の力になって…くれるはずだ。もう一つ…祭壇に、先祖代々伝わる武器がある…持っていけ」

 

震える指先が指した方向には一際目立つ、煌びやかな台の上に、一本の杖が据えられていた。

 

T字型で持ち手の部分に見事なまでの銀細工が施されている。

 

しかし、銀細工は上部だけでなく、拳一つ分まで広がっていた。

 

「ソードケイン…俗に言う仕込み杖だ…私の子だ…必ず使いこなせるだろう…」

 

そっと祭壇に近づき、銀細工の杖に触れる。

 

ひんやりとした銀細工は、長年ここに置かれていたことを物語っているようだった。

 

銀細工の持ち手を引くと、中からこれまた銀色に輝く刃が現れた。

 

刃はサーベルのように湾曲していない上に、両刃。

 

長さは90cm弱。

 

刃渡りとしては70cm程度であろうか。

 

アレンがその伝統の仕込み杖を手にした瞬間だった。

 

「…アレン、お別れだ」

 

その言葉を皮切りに、電灯が一斉に落下した。

 

パリンパリンッ!と軽快な音を立てて次々と電灯が割れていく。

 

しかし、電灯は割れるだけでは終わらなかった。

 

「っ?!」

 

割れた電灯から床に火が回り始めた。

 

ーー油臭かったのはこれが理由か!

 

「父さん!」

 

床に倒れている父を呼ぶが、返事はない。

 

「くそっ!」

 

父の所へ向かおうとしたが、想像以上に火の手が回るのが速い。

 

気づけば、火は炎へと姿を変え、屋敷の全てを焼き付くそうと煌々と燃え盛る。

 

「まったく…何を尻込みしているのですか」

 

背後から聞こえてきた声。

 

「アルバス…」

 

「早く逃げないと、焼け死ぬことになりますよ。それとも、ここで死にたいのですか?」

 

いつになく挑発的な態度をとるアルバスと、その傍らにはエリスタが佇んでいた。

 

「さっきぶりですね、アレン様」

 

「なっ!?なんでこんなに悠長ことしてるんだ!屋敷が燃えてるんだぞ!」

 

「これは旦那様自ら望んだこと。従者の我々は、それに従うだけです」

 

エリスタを残し、アルバスは炎の中へと消えていった。

 

「…申し訳ございません。アレン様、プリンセスのことよろしくお願いします。もし、また会うことがありましたら、どうか…私のことを『エリス』と、呼んでくださいね」

 

アレンは黙ったままエリスタの腕を掴もうと手を伸ばした。

 

しかし、エリスタの方が一瞬速かった。

 

アレンの手を躱し、薄く微笑んでから、エリスタもアルバスの後を追うように炎の中へ。

 

「なんで…なんでだよ!」

 

知った真実。

 

「どうしてこうなるんだ…俺が…俺が何をしたって言うんだ!」

 

失った家族。

 

「俺は、何を間違えたんだ!誰か教えてくれよ!なぁ!」

 

怒りを抑えきれず、力任せに床を叩く。

 

その衝撃に耐えきれるはずのない床はビキビキと割れていく。

 

何度も何度も。

 

何度も、何度も。

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

その手に血が滲み、腕の骨が複雑骨折ではすまないくらい、有り得ない方向に曲がってしまっていても、それでもアレンは拳を叩きつけ続けた。

 

炎が這い、屋敷全体に火の手が回ったころ、漸くアレンは正気に戻った。

 

「はぁ…はぁ…はぁ」

 

火の発生源近くにいても、一酸化炭素中毒にならず動けるのは、未だ父からもらった血清を使っていないためであろうが、それでもかなり消耗している。

 

耳を澄ませると、外からはザワザワと声がする。

 

おそらく近隣住民やロンドン消防隊が集まってきたのであろう。

 

アレンは歪む視界の中、フラフラと拙い足取りで炎の中を歩き出した。

 

虚空に浮かんでいたはずの月は、曇天が覆い尽くしていた。

 




まず一言謝らせてください。長くなってしまって申し訳ないです…あと、次でこの実家編?は終わると思います。本音を言うとずっとちせを出したくて出したくてたまらなかったんです。
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