過去
なぜ追いかけたんだろうか。
別に追う理由があったわけじゃない。
ただあの未遂事件の犯人が誰か知りたかっただけだった。
自分でも驚いた。自分にこんな好奇心があったとは。
しかし『好奇心は猫を殺す』。
俺は後後、この安易な猫を本当に殺したくなった。
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父が嫌いだった。
いつも貼り付けたような笑顔を浮かべ、さらにその下にも嘘の仮面をつけて、その本性を奥底に隠すように過ごす。そんな父が大嫌いだった。
父はイカれたマッドサイエンティストだった。
夜な夜な、俺の体を弄び、書き換えられていく自分の細胞。もはや自分がなんなのか分からなくなっていた。
母さんが病で亡くなってから、父はおかしくなった。
いや、もともとおかしいのを隠していただけか。
母さんの死後、家には軍事関係や政治関係者が大量に出入りするようになった。
その頃から俺の体は異常を見せ始めた。
素手で林檎を握り潰す程の握力。
岩をも砕く四肢。
弾丸を見切る瞳。
とてもじゃないが人とは思えなかった。
しかし当時5歳の俺はそれに気が付かなかった。
ありとあらゆる世間の情報をカットされ、庭に出ようものならこっぴどく叱られた。昔、仲のよかった友人に会うことも出来ず、退屈だった。
ある日のことだった。
家の前に蒸気自動車が止まる音がして、目が覚めた。
(こんな朝から誰だろ?)
少し興味が湧いて、いつもより早く起きた。
いつもの階段をいつもよりゆっくり降りて、来訪者の顔を拝めるように階段の傍に隠れていた。
するとすぐに、家のベルが鳴って、使用人が扉を開けた。
そこに居たのは黒いシルクハットを被り、蝶ネクタイをつけ、膝まであろう長めの黒コートを羽織る。一人の男だった。
「おはようございます。ノルマンディー公」
使用人が深々と頭を下げた。
「ああ。彼はいるかね?」
多分この人のいう『彼』は父さんのことだろう。それは幼い自分にも察することができた。
「はい、例の件ですね。準備が出来ていると仰せつかっています。こちらです」
使用人がノルマンディーという人を案内する後ろを付いて行く。
少しついて行くと、倉庫まで来た。
(ここでなにをするのかな?)
物陰に隠れて、様子を伺っていた。
だがー
「さて、君はいつまで付いてくるのかな?アレン・ヴィルム君」
驚いた。絶対に気づかれないように尾行していたはずなのに。
「っ!!アレン様!いらっしゃるのですか?!」
使用人がひどく驚いた様子で声を上げた。
俺はそっと戸棚の陰から出た。
「アレン様…ここは立ち入り禁止ですよ。部屋にお戻りくださいませ」
使用人はそう告げて頭を下げた。
「…………分かった」
大人二人相手では流石に分が悪い。
そう言わざるを得ず、大人しく部屋に戻るため踵を返した。
「アレン君」
突然、ノルマンディー公に呼び止められ、少し驚いた。
「はい」
「君は、もう一度母親に会いたいかね?」
出来ることなら会いたかった。いつも暖かく抱き締め、名前を呼び、頭を撫でてくれる。そんな母が大好きだった。
だが母は死んだ。二度と会えることは無い。そんなことは分かっている。
「死んだ人には会えません」
湧き出た感情を押し殺し、幼いながらも考えて、絞り出した答えだった。
「そうかね…」
ノルマンディー公は顎に手を当て、少し仰ぎ見てこう言った。
「いつかその理論は変わる。君が望めば、母にもう一度…いや、永遠にそばにいられるようになるだろう」
言ってる意味は分からなかったけど、背筋が寒くなった。
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ノルマンディー公の来訪のあと、俺の日常に新しく出来たものがある。
剣術の時間だった。
剣を振ってる時は楽しかった。
体に溜まった嫌なものが抜けていく感じがして、とても好きだった。
閃く銀色の流れ。太陽の光を受けてチカチカと輝く刀身はどこまでも美しかった。
「はっ!」
気合を込めて振るう剣にはいつも揺らがない。
いや、揺らぐはずがない。
やがて1本では物足りず、2本振れるようになった。
我流剣術だったが、剣術はアレン・ヴィルムという『人間』を現すための唯一の方法なのかもしれない。それほど剣を信頼していた。
だが、夜になれば父の研究のための道具であることは変わりなかった。
細胞が変貌を遂げていく感覚はいつ受けても慣れることはなかったが、体に染み付いた、『剣の記憶』は絶対に消えなかった。
ある日のことだった。
夜になり、父の研究室に行くとこう告げられた。
「今日はこいつとの戦闘データを測る」
父が指さした背後のガラスケースには、体は腐敗し、爪や歯は異常なまでの伸びていて、瞳孔は限界まで開かれているが、ひどく濁っている人がたくさんいた。
「この人たちは…?」
「ふっ…コレが人だと?お前の目は節穴か?どう見たって人じゃないだろう!」
「でっでも、人の、姿をしてる…」
「コレは人の形をしたただの廃棄物だ。だが捨てるのが少し勿体なくてな…そこでお前の訓練材料しようと思い付いてな」
「訓練…材料…?」
「さぁ、殺せ我が息子よ。気の向くままにな」
「そんな…!」
「言っておくがコレに噛まれたり、引っ掻かれたりしたら、お前もコレの仲間入りだからな?死に物狂いで戦えよ」
「じゃなきゃロクなデータと取れないしな」
「まぁ、お前が仲間入りしたら所詮その程度の素体だったということだがな」
ああ、こいつは俺を愛してなどいない。初めからそんなことは分かっていた。分かっていたはずなのに…その事実を突きつけられただけで…どうしてこんなに…
『悲しくなるのだろう』
アレンはゆっくりとその眼を開いた。
俺が生きるのに邪魔者は要らない。
要らないものは捨てるだけ。
小さな少年はそのガラス部屋の扉を開けた。
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ガラス部屋の中のゴミは5つだった。
奴らはこちらを見た瞬間から、襲いかかってきた。
アレンはその一体の膝に足を掛け、顎に膝を叩き込んだ。
腐った肉の感触が膝に響いた。
「まず、1匹」
そのまま蹴った勢いで前方に飛び、振り向きざまに抜刀。
「邪魔…しないで」
言うと同時に、アレンは駆け出した。
すれ違いざまに、足下を切り裂く。
奴らはバランスを崩し、頭から床に突っ伏した。
その上から容赦なく刃を突き立てる。
「2匹」
サーベルを引き抜き、さらに踏み込む。
肩まで上げた剣を一気に振り下ろし、首を切り落とす。
「3匹」
もう人じゃない。ならば死ね。
脚に最大限の力を込め、一気に駆け出す。
躊躇う必要はない。
奴らの体にサーベルを叩き込む。案の定、腐って柔らかくなった体は刃を止めること無く貫通し、壁まで突き刺さる。
「4匹」
最後の1匹が近づいてくる。
しかしサーベルは壁に突き刺さったまま抜ける様子はない。
そんなことはつゆ知らず、どんどん距離を詰めてくる奴ら。
だがアレンの思考は至極落ち着いていた。
奴らの凶刃が小さな少年を傷つけた。
と思った瞬間、アレンの姿は消えていた。
次にアレンの姿を視認した時にはすべてが終わっていた。
最後の一体は膝から崩れ落ち、その頭部は逆さまになって、口からはとめどなく黒血が溢れ出ていた。
アレンは虚ろな眼で父を見つめていた。
体は返り血を浴びたせいか、頭から赤黒く染まっていた。
「よし、終わったな。あとの処理はやっておく。部屋に戻っていいぞ」
アレンはその言葉を聞き、軽く頷くと、ガラスケースを開けて、風呂場へ向かった。
その手は体よりも赤く染まっていた。
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奴らのと戦闘が始まって12年もの年月が流れた。
その間、何人殺したか覚えてない。
いつからだったろうか。父の頼みで人を殺し始めた。
『邪魔者は消せ』。父はそれだけを求め続けた。
だから俺もそれに応えるように消した。
ただただ生きるのに必死で、自分の心を押し殺し、親父の道具であり続けた。
自分は道具だ。そう言い聞かせ、感情なんて不要な物は要らない。
慈悲なんて以ての外だ。そんなものは偽善と何の変哲もない。弱者が己を守りたいがために、体のいい言い訳をしているだけだ。
だから殺して殺して殺しまくった。
人だろうが、人じゃなかろうが関係ない。
頼まれれば殺す。実験でも殺す。
それだけが俺の生きる理由だった。
だが俺の日常は突然崩壊を迎えた。
「アレン、お前は用済みだ」
「………は?」
「入学手続は済んでいる。今すぐ荷物をまとめて、ここから出ていきなさい」
「どういうつもりだ」
「聞こえなかったのか?用済みだと言ったんだ」
「お前の実験に俺という道具は欠かせない物のはずだ。俺を捨てることがどれだけの損害になると思っている?あんたの頭じゃ分からないはずがない」
「金はについては心配するな。不自由はさせない」
「おい、話を聞けよ!」
「黙れ!時間が無いんだ。今は言う事を聞きなさい」
訳が分からなかった。昨日はいつもと同じように邪魔者を消し、帰って来て眠っただけ。
それが目を覚ましてみればいきなり用済み?ふざけるな。
「アレン様、こちらに」
傍にいた使用人が話しかけてくるが、悪いが今は聞いている暇はない、
「おい、待てよ」
あいつはいつの間にか背を向けていた。
「早く連れていけ」
その言葉を皮切りに一斉に使用人に取り囲まれた。
「グッ?!どけ!邪魔だ!」
「申し訳ございません。それはできない命令です」
目の前に立ったのは執事長のアルバスだった。
今の俺は使用人に両脇を固められて、まったくと言っていいほど動けない。
そんな俺を尻目にアルバスは腰を低くし、拳を構えた。
「アレン様、申し訳ございません。ですがこれが、旦那様のご意思です」
少し微笑みながらこう言った瞬間ーー
腹部に強烈な衝撃が走った。
「あがっ…!」
殴られた勢いは凄まじいものだった。
一撃でドアまで吹っ飛ばされ、そのまま外に叩き出された。
「ク…ソが!」
勢いを殺さず、そのまま地を蹴り、宙返りをしながら立ち上がる。
アレンが吹っ飛ばされた後、ゆっくりともう一度ドアが開いた。
「アレン様…これを」
使用人の1人が、アレンの荷物を両手で持って立っていた。
「エリスタ…」
「どうか…お気をつけて」
そう言うとエリスタはゆっくりとお辞儀をした。
アレンはなにも言わなかった。
だが今のアレンに言葉は不要だった。
必ず今日の真実を知る。
それが、それこそがアレンの新たな生きる理由になった。
皆さん、初めまして。玉響といいます。初めて二次創作の小説を書かせていただきました。拙い文章で大変申し訳ないです。私事ですいませんが、更新ペースは未定なっています。1度に2話更新する時とあるかもしれませんし、2、3ヵ月更新出来なくなることもあるかもしれません。申し訳ないですが把握よろしくお願いします。