絶望ノ淵デ慟哭ヲ謳ウ   作:玉響@彼方

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活路

何も見えない暗闇。

 

自分の足が地についているかも分からない。

 

変な浮遊感だけが我が身を包み込んでいる。

 

急に寒気がして、鳥肌が立つ。

 

無意識の内に奥歯がカタカタと震えている。

 

震えはやがて、全身に広がった。

 

呼吸もままならないくらい、心細かった。

 

しかし、四方八方を暗黒に閉ざされた空虚な世界に、救いなど無い。

 

震える体に鞭を打ち、どこかへ駆け出した。

 

でも、どこへ?

 

虚無の世界に、果てがあるはずが無い。

 

結局は闇に還る。

 

光はない。

 

希望もない。

 

そこにあるのは黒だけである。

 

生きる意味は消え去った。

 

ならばどうするか。

 

自堕落に生きていても、価値はない。

 

だったら、死ねばいいじゃないか。

 

立ち止まってしまっても、誰も何も言わないだろう。

 

黒い地面に膝をつけると、そこからゆっくりと黒い手が這い出してきた。

 

手は無抵抗のアレンの四肢に絡み付き、ズブズブと中へ引き摺り込む。

 

足首を掴み、這い上がるように、なにかも分からない液状の腕は、胴までも食らいついてきた。

 

首に纏わり、顔まで覆い尽くす。

 

しかし、泥の隙間からは、一筋の光が見えていた。

 

縋る思いで、手を伸ばす。

 

泥の中から無理やり引っ張り出した腕は、黒く染まっていた。

 

光はふわふわと浮かんでいた。

 

助けて。

 

誰でもいい。

 

もう、ひとりぼっちはたくさんだ。

 

やっとの思いで、光を掴み取る。

 

大丈夫。

 

心配ない。

 

だが、手元に引き寄せた光は、手に付着した泥によって、黒が侵食していた。

 

やめろ。

 

泥を振り払って、光を守る。

 

しかし 、振り払った飛沫が光に襲いかかる。

 

触れた箇所は、黒くなり、闇に染め上げる。

 

光はだんだんその輝きを失っていく。

 

やめてくれ。

 

止まれ。止まれ。

 

その願いも虚しく、光は結局、闇に還った。

 

どこからともなく吹いてきた風が、黒化した光をパラパラと削り取っていく。

 

そして最期は、霧散した。

 

光と闇はいつ、どの世界でも存在する。

 

光に満ちた世界はない。

 

同時に、闇だけの世界もありえない。

 

どちらが欠けても、世界は成り立たない。

 

強すぎる光は強すぎる闇を生む。

 

濃すぎる闇もまた、明るすぎる光を生む。

 

どこまで行っても、変わらない。

 

それなら、俺は…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

漆黒に覆われた世界に沈んだ瞬間、目が覚めた。

 

首や背中に服が張り付いていて、気持ち悪い。

 

どうやらひどく寝汗をかいていたようだ。

 

見計らったようにドアが開き、胡散臭い探偵がやってきた。

 

「時間通りだな、君がこの時間に起きるのは」

 

人の起床時間まで予測してくるのだから、この探偵も相当な化け物である。

 

アレンはホームズの気色悪さに、顔を顰めた。

 

「…何か用か」

 

なるべく冷ややかな声で、威圧するようにホームズを睨みつけた。

 

それに対し、ホームズはやれやれといった様子で、ため息をついていた。

 

壁の掛け時計が示すは午前3時。

 

未だ日の昇ることの無い、暗闇である。

 

「君は、これからどうするんだ?」

 

どうするか。

 

何をしようと結局行き着く先は…死のみ。

 

ノルマンディーは徹底的にこちらを排除しようとしているのだ。

 

向こうは王族で、こちらはただの貴族でしかない。

 

勝ち目もないし、打つ手もない。

 

完全な詰みというわけで。

 

「とりあえず、学校に帰る」

 

ベットから出ると、前のような倦怠感はなく、ワトソンの治療が効いたことが分かった。

 

立て掛けられていた仕込み杖を握りしめる。

 

ホームズは引き留めようとはしなかったが、懐から、金属製の何かを取り出した。

 

「これを渡しておくよ」

 

手渡された金属の物体は、注射器だった。

 

「血清を入れておいた。人に戻る覚悟が出来たら、体のどこでもいい。突き刺して、皮下に入れれば数時間で体のウィルスは鳴りをひそめるようになるだろう」

 

その場合は、二度と君の体は変化させることが出来なるなるけどね。とだけホームズは付け加えて言った。

 

「…ありがとう」

 

アレンの感謝に、再度驚いた様子で目を丸くしたホームズは何も言わず、笑っていたが、それでも今までの貼り付けたような笑みでは無かった。

 

部屋でねむりこけるワトソンを起こさないように別れを告げ、ベーカー街に降り立つ。

 

手渡された注射器を、割らないように丁寧にポケットにしまうと、背汗をかいた体に寒々とした風が吹き付ける。

 

ロンドンの深い霧は、まるで魔物のようであった。

 

見る人によって、その姿形は変貌を遂げる。

 

しかし、霧はただの霧でしかない。

 

自分の体のことを鑑みると、我が身の方が余っ程恐ろしいものである。

 

自嘲気味に鼻で笑うと、何故かほんの少しだけ、悲しくなった。

 

日も出てない深夜なら、人目に付くこともないだろう。

 

建物の出っ張りに足をかけて、屋根に立つ。

 

霧は深いが、先を見通せないほどではない。

 

一度、深呼吸をした。

 

正直に言うと、これから先のことを思うと、恐怖を感じざるを得ない。

 

自ら命を散らすのが怖くない人間は、いるのだろうか。

 

戦場に立つ兵士の気持ちが、少し分かったような気がする。

 

浅はかであるかもしれないが。

 

それでも前に進まなければならない恐怖は、きっと体験した人にしか分からないものである。

 

それでも。

 

踏み出す勇気は、必要だ。

 

右足を引き、グッと両の足に力を込める。

 

思いっきり息を吸い、吐くと同時に最初の1歩を出した。

 

曇り空だったはずの天気はいつの間にか終わりを告げて、深煙の中でも、あの月は煌々と光り輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実家編がもう少しで終わるとか言っておきながらここまで長引いてしまったこと、大変申し訳なく思っています。すみませんでした。
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