絶望ノ淵デ慟哭ヲ謳ウ   作:玉響@彼方

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無力

暁の空。

 

人々が起きるよりもまだ少し早い時間。

 

そんな中、アレンは戻ってきた。

 

ベランダの窓を開け、音を立てないように静かに体を滑り込ませる。

 

傷はすっかり癒え、体調も万全だが、やはり実家からホームズの家までの記憶は戻らない。

 

あの時何があったのか、知る必要がある。

 

しかし、目下の問題は燃えた家だ。

 

貴族の家が燃えたとなれば、記者連中が黙っているはずがない。

 

燃えたと言っても調べるのはあのノルマンディー率いる保安隊公安部。

 

恐らくこの火事をきっかけに、こちらに何かふっかけてくるだろう。

 

だが、正直な話、どうすることも出来ないのが現状である。

 

必要なくなった人間や裏切りには絶対に容赦しないノルマンディーが、研究施設を燃やし、本来王国側のアレンを寝返らせたヴィルム家になんの報復措置を取らないとは考えられない。

 

この数日の内に必ず何か仕掛けてくるだろうが、研究のことを公開されれば、非を認めざるを得ない。

 

アレンの存在は、動かぬ証拠だ。

 

「…くそっ」

 

手に持っていた仕込み杖をベッドに無造作に投げる。

 

ポスッと音を立て、杖が少しベッドに沈む。

 

ーー俺は…無力だ。

 

フラフラと覚束無い足取りで壁に寄りかかる。

 

背中をつけてズルズルと座り込むと、気が抜けたせいなのか、突然猛烈な睡魔に襲われた。

 

眠らないように頭を振るが、瞼は重石を付けられたかのように閉じようとする。

 

そしてそのまま泥のように眠った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……ん…?」

 

ーーああ、少し眠ってしまったか。

 

朧気な目で時計を確認すると、時刻は午前8時を指す。

 

「……はぁっ?!」

 

想像以上に眠っていた時間が長かったのか、遅刻ギリギリの時間である。

 

急いで服を着替え直し、部屋を飛び出す。

 

廊下を駆け抜け、教室のドアを蹴破る勢いで開ける。

 

突然開けたせいか、中に入った途端、多くの視線がアレンに向けられた。

 

それらの視線を意に介さず、さっさとアレンは席に着いた。

 

席に着いたはいいが、何故かまた、睡魔がアレンに襲い掛かった。

 

出席ををとる教師の声が、だんだん離れていき、プツン…と途切れた。

 

鐘の音でアレンは目を覚ました。

 

それが最後の授業が終わったことを告げる鐘だとは露知らず。

 

半開きの瞳のまま立ち上がり、朝とは正反対の様子で教室のドアに手をかけた瞬間。

 

ひとりでにドアが開き、そこには金髪碧眼の美しい少女が立っていた。

 

「あら、お寝坊さん。今起きたようね」

 

「あ?………プリンセスッ?!待った!いっ今のはただ…!」

 

「ただ?何?言ってくれないと不敬罪にするわよ」

 

脅迫じゃすまないぞそれ。

 

「ただ…眠たかっただけ…です。はい」

 

「ふ〜ん…?まぁいいわ。行きましょう!」

 

昔と変わらず、プリンセスはアレンの手を引いて歩き出した。

 

「ちょっと待てって!引っ張らなくても自分で歩ける!」

 

アレンは掴まれた腕を無理矢理引き剥がした。

 

無理矢理引き剥がしたせいか、プリンセスは頬を少し膨らませていた。

 

「んで、どこに行くんだ?」

 

これ以上機嫌を損ねると嫌な予感しかしないため、アレンの方から話題を切り出す。

 

「あっ…そっか。アレンにはまだ伝えてなかったわ。私ね、部活に入ったの」

 

「部活?何部なんだ?」

 

「それはこれから考えるってドロシーが言ってたわ」

 

そんなんで創部していいのかと思うが、できてしまったなら仕方ない。

 

「そこで皆と()()するのよ」

 

要は作戦会議用の部屋だろう。

 

「それでね、アレンも仲間だから入部させなきゃねって」

 

必要ない。

 

喉までその言葉が込み上げて来たが、そっと飲み込んだ。

 

作戦になった時、連携を取りやすくした方がいいと考えた。

 

だが、アレンは自分の本心に気がついていなかった。

 

孤高を気取っているだけで、本当は孤独になるのが怖かった。

 

弱い自分を押し殺し、強がっているだけで、アレンもまだまだ子どもだったのだ。

 

「アレン、どうしたの?」

 

急に立ち止まったアレンを気にかけ、プリンセスが振り返っていた。

 

視線に気づき、アレンが踏み出そうとした刹那。

 

アレンの首に細い腕が巻きついた。

 

「おぐっ?!」

 

喉の奥から変な声が出たが、背後から来た刺客はお構い無しに話し出した。

 

「いや〜いいね〜!青春だね〜!」

 

「何をっ…しやが…る!こ…クッソババァ!」

 

「クソババァとは…口が悪いねクソガキ。おや?プリンセス様ではありませんか。申し訳ありませんね。私、このクソガキに用事がありまして…先に譲って貰えると大変助かるのですが…」

 

「いえ、大丈夫です。()()()()

 

「そうですか!ありがとうございます」

 

校長はわざとらしい演技で頭を下げると、アレンの首を絞めたまま、ズルズルと引き摺って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「家が燃えたんだって?」

 

校長室に入るやいなや、開幕一番で突っ込んできた。

 

「なんであんたがそんなこと知ってんだよ?」

 

アレンは絞められた首を撫でながら、睨みつけた。

 

「…先に言っておくわ。()()()()()()()()

 

「…え、は?ちょっと待てよ。なんでうちの家が燃えたことと、あんたが死ぬことに何が関係あるんだよ!」

 

「私が死んだら、全てを知れるだろうさ」

 

「意味がわからねぇよ!だったらここで!今!説明すればいいだろうがよ!」

 

「それが出来たら、もうやってるわよ!」

 

普段、声を荒らげることのない校長が、机を叩くほど激昴していた。

 

その様子に、流石のアレンも後ずさりしていた。

 

「今は…無理なのよ。()()()()()()

 

その()()()()()()は何に対するものなのか、アレンは分からなかった。

 

突然怒ったことへの謝罪なのか。

 

説明できないことへの謝罪なのか。

 

それともまた、別の意味なのか。

 

「もう…いいか?プリンセスが待ってる」

 

「急に連れてきて悪かったね」

 

アレンは何も答えずに、部屋を出た。

 

部屋の外には、プリンセスがいた。

 

「大丈夫?」

 

大丈夫。

 

その言葉すら出てこない。

 

口が、喉が、カラカラに乾いている。

 

「怒鳴り声が聞こえたけど…」

 

唾液を飲み込み、声を絞り出す。

 

「……大丈夫」

 

アレンは右手を、プリンセスの頭に載せた。

 

そのまま流れるように、手に髪を絡ませる。

 

艶やかな質感が心地よく、サラサラとしている。

 

「んっ…?どうしたの?」

 

「なんでもない。行こう」

 

アレンの様子に首を傾げていたが、プリンセスはアレンを部室まで案内してくれた。

 

「ようやく来たか」

 

椅子に座っていたドロシーがアレンの顔を見るとそう言った。

 

「姫様に迎えに来てもらうなんて…なんて羨まーーなっなんでもありません!」

 

心の声が漏れ出すベアトリス。

 

アンジェは傍目で見るだけで、何も言わなかった。

 

アレンが来たことで皆、中央近くのテーブルに腰かけた。

 

「今回は主に護衛任務よ。日本から来る外務特使、堀河公とその使節団の護衛。プリンセスが出迎えることになっているから、私達はそのメイド、アレンは執事として潜入するわ。裏では、堀河公暗殺の噂もある。各々、気を抜かないように」

 

アンジェが冷やかな声音で告げる。

 

そのせいか、余計に緊張がはしる。

 

しかし、アレンはその殆どを聞き流していた。

 

いや、聞き流さざるを得なかった。

 

校長の言葉をいつまでも頭の中で反芻していた。

 

 

 

 




いつも読んでくださっている方、ありがとうございます。そして、遅くなってしまいすみません。

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