鶏が鳴く少し前からアレンの朝は始まる。
二度寝や寝坊などといったものはしたことは無い。
そういったものは身体によくない。常に正常で万全でなければ生存率は著しく低下する。
12年もの年月はその生活から解放されたアレンの生活をも未だに支配し続けていた。
軽く朝食を済ませ、手早く着替える。
時間はまだ5時を過ぎてすぐである。
いつもならここで登校・始業時間まである程度、学校の勉強をするのだが、
今日は情報の整理をしなければならない。
まず、ここに来てから数日で、ノルマンディー公に居場所がバレていること。
これでは学園長はアレンとの『約束』を守っていないことになる。
暗殺が起きることを予測していたかのように、タイミング良く行われた、夜会。
19世紀になり、翌年、合同法によりアイルランド全域がグレートブリテン及びアイルランド連合大国となった。
そして、クリフトン侯爵。
先日の暗殺未遂事件のターゲットであったと思われる人物。
そしてその事件を未遂に終わらせた俺という存在。
この1件でクリフトン侯爵はノルマンディー公に大きな借りができた。
更に自分を助けたのが初恋の人の息子。
多分ノルマンディー公はクリフトン侯爵に
そしてその要求は確実に外交関係によるものだろう。
クリフトン侯爵が世界でも有名で、強大な力を持つ交易商であることがそれを裏付けている。
これらのことから導き出される解は…
『この学園内にはノルマンディー公との関わりを持つ人物が必ずいる』
ということ。と…
『
今はまだだが。
さらに思案にふけようとしたところで、カーテンからの木漏れ日がアレンの頬を照らした。
どうやら日はいつの間にか十分、顔を出していた。
机から立ち上がり荷物を確認した後、部屋を出ると他の男子生徒達が、続々と登校し始めていた。
その集団に紛れ込むように学校へと確実に歩を進めて行った。
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いつでもやはり、学校の授業は退屈だった。
くだらない数式を解き、意味もなく英単語を覚え、興味もない歴史を教えられる。
どれもこれも既知である。
実験なんて結果が分かっているからつまらない。
体育だって、加減をしなければならない。
酷く退屈だ。
眠りたい衝動を何とか我慢しながらフラフラと廊下を歩いていた。
だがその眠気は次の瞬間、高速で吹き飛んだ。
過度を曲がって目の前にいた女生徒が顔つきが
「ッ!?」
一瞬、呼吸が止まるかと思うほど驚き、目を見張った。
その女生徒はこちらに気づくと、首を傾げている。
「どうしたのドロシー?」
隣にいた他の生徒から袖を引かれ、ドロシーと呼ばれた女性はそちらを向く。
「へ?あ、ああ」
好機とばかりにアレンはその場からすぐに立ち去った。
「なんでもないよ」
と微笑み、再度前を向くともうそこには誰もいなかった。
「あれ?今そこにいた人は…?」
「ドロシーがこっち向いてる間に来た道戻ったみたいだよ」
「そっか」
「え?!誰誰!知り合い?!」
「違うわよ」
「え〜でも、結構カッコイイね!」
「興味ないから」
「も〜」
ドロシーもその場からさっさと立ち去った。女生徒もそのあとについて行ったようだが、アレンについてまだ話しているみたいだ。
一方アレンは…
(あれは……いや、あの女は……!)
しかし待て。
確信を持ってそう言えるのか?
もし違ったら?
ならばすることは一つ。
確かめればいい。
幸い、名前は分かっている。
あとは呼び出して確かめる。
それだけだ。
アレンは懐から一枚の紙を取り出し、放課後会いたいことを綴った。
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知らない人に呼び出された。
ドロシーの内心は非常に不安に満ちていた。
酷く胸騒ぎがして、昼間あの男子生徒を見かけてから、妙にソワソワしている自分がいる。
自分はスパイだ。
こんな事で取り乱して、また作戦を失敗させるようなミスは許されない。
などと思いつつも、どこか淡い期待をしている自分もいる。
そう思うと少し気が紛れるし、足取りは軽くはなった。
まぁそんな期待は一瞬にして瓦解するのだが。
呼び出された場所に到着して辺りを見回すと、木陰で座る影が一つ。
「あなた?私を呼び出したのは」
その問に答えるかのように、影は立ち上がり、姿を現した。
「ああ…俺だ」
姿を現したアレンは自らの疑問を確信に変えた。
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初春とはいえ、まだ肌寒いこの季節。
吹く風も、決して暖かいものでもなかった。
だがここの空気は異常なまでに冷え込んでいるように感じる。
相対した二人。
先に動いたのはアレンだった。
「悪いが単刀直入に言わせてもらう」
「
「数日前、クリフトン侯爵の暗殺未遂事件の起きた舘にいて、その後仲間と共にその場から逃走した」
「そして、君は…クリフトン侯爵を窓際まで誘い込んだ」
全身から冷や汗が止まらない。
何故。
どうして。
今にも呼吸が止まりそうで、自分が息をすることさえも忘れてしまいそうで。
目がチカチカして、奥歯が震えて口の中でカチカチと音を鳴らしている。
目の前に立つ青年が、とても恐ろしく見える。
「動揺」
更に言葉を続ける。
「してるよな」
「ここに来た時より鼓動が早くなってる」
「あと瞬きの回数が増えた」
死の感覚。
スパイにとって身分がバレることはその者の死を意味する。
ありとあらゆる身分を詐称し、造られた経歴を持つ人間にとって自分を知られることは禁忌。例えそれが仲間であろうと、知られるに越したことは無い。
だがそれがどうした。
名前も知らない目の前の青年は、こうして自分の正体を明かしてきた。
「俺が言いたいのはそれだけ」
「それじゃ」
目の前の青年は、歩いてとっととこの場から去っていった。
ドロシーは直感的に察した。
彼を。
この世から。
また一つ…
悪意に満ち、善意を擁する歯車が回り始めた。
大変申し訳ありません。もうこの一言に尽きます。不定期更新でごめんなさい…やはり自分で執筆するのは大変で、凄く難しいですね…