ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
トリステイン魔法学院に通う一学生である。
ヴァリエール公爵家の三女として生を受けた彼女は、幼い頃より名門貴族の名に違わぬ才能を発揮し、学園にその名を轟かせていた。
先日、使い魔召喚の儀式で英知の象徴と言われる梟を呼び出し、それにミネルヴァと言う名を付けた。
最初は「フクロウか……」と複雑な気持ちを抱いた彼女だが、一日もともに過ごせばミネルヴァこそ私に相応しい立派な使い魔であると言う自負を確固たるものにした。
すなわち、彼女は案外可愛いものが好きだったのだ。
そんな風に学園生活を満喫していた彼女だが、ある日自らの元へ手紙が届いた。
ヴァリエール家の封がなされたそれをルイズは神妙な表情で受け取った。
授業終わりにわざわざ学院長が届けてくれたこともあって、学友たちは興味津々にルイズを見ている。
ほとんどが遠巻きに憶測をぶちまけるだけだったが、その内の一人、キュルケがからかうようにルイズに声をかけた。
「ルイズなによそれ。愛しい人からの恋文?」
「実家からのファンレターよ」
「あなたにもファンなんていたのねぇ……。まあでも私ほどじゃないでしょう?」
髪を掻き上げ、うなじをさらけ出す。
それだけで周囲の男子たちの視線は彼女の蠱惑的な身体に釘つけになった。
ルイズは目つき悪くそれを見て、自分の身体を見下ろす。
ストーンと崖下まで見下ろすことの出来る平野。
身長はない。胸もない。あるのは才能だけ。
それで十分。十分よルイズ。
ルイズは己に重々言い聞かせて自分の席に戻る。
背後から聞こえる「あらー? 嫉妬しちゃったー?」と言う声はきっとまやかしだ。
そうでなければサキュバスの挑発に他ならない。
なんということか。ツェルプストーは悪魔を飼っているのだ。
いや、ツェルプストーこそが悪魔なのだ。
悪魔は滅ぼさねばならない。
信仰心厚きヴァリエールは、悪魔にのっとられしツェルプストーを救う義務がある。
救わねばならない。それこそが偉大なるブリミルさまの教えなのだ。
ルイズは机の上の教材を鞄にしまい、杖を握りしめた。
他人に見られぬよう、万が一見られても大丈夫なよう無言で神速が如き速度で杖を振るった。
とたん、キュルケを中心に強風が吹きすさび、足元で発生した上昇気流により彼女のスカートはめくれ上がった。
「……」
事態を認識するまでの数秒。
男子の目は肉食獣が如く、目の前の光景を目に焼き付け、事態に気が付いたキュルケがようやくスカートを抑える。
羞恥心に頬を真っ赤に染め、震えながらおそらく下手人と見られる少女へ低く低く問いかけた。
「……ルイズ?」
「あら、サービス精神旺盛なキュルケさん。どうかいたしましたかしら?」
「これやったのあなたでしょう」
「いやだわ。一体何のことでしょう。私、身に覚えがないですわ」
「あんたのそのふざけた口調が全て語ってくれてるのよ!」
キュルケは杖を取り出した。
ルイズも杖を握りしめる。
お互いに魔力を高め合い、さあ開戦という刹那。
またもや教室に強風が吹いた。
あまりの強風に吹き飛ばされる者まで出る始末。
「マリコルヌー!!」叫びを背後に、二人の杖は風にあおられ吹き飛んだ。
風はあらぬ方向に飛ばされ、教室をぐるっと一周したかと思うと窓際に座っていた少女の足元に転がる。
少女は本を片手に杖を拾った。
「タバサっ! あなた――――」
「教室で魔法戦はダメ」
静かに説かれる。
ルイズとキュルケは顔を見合わせ、やがてどちらともなく「ふんっ」と顔を逸らした。
ルイズはそのまま大股にタバサに近づく。
「杖を返してもらえる?」
「魔法は……」
「使わない。約束するから、返して」
タバサは杖を手渡した。
ルイズは踵を返し、カバンを引っ掴んで足早に教室を後にする。
去り際「一つご忠告。過剰なサービスはファンにもあなたにも毒よ」と言い捨てていくのは忘れない。
唇を引き結んだキュルケに、ルイズは勝者の余裕を見せて教室を後にした。
背後で響く負け犬の遠吠えに、ルイズの口角はにんまりと上がった。
自室に戻り、鞄はベッドの上に放り投げた。
ばんっと重い音がなる。
その音に驚いて、窓際の止まり木で微睡んでいた梟が「ほー」と抗議に鳴いた。
静かな声だ。
ルイズは勝利に沸き立つ心が静まっていくのを感じた。
「ごめんねミネルヴァ」と一言謝る。
「ほー」と言う応えは「許す」と言っているような気がして、ルイズは口元をほころばせた。
さて、勝者の余裕を取り戻したところで事の本題である手紙だ。
実家から届いたそれには家紋が封蝋で施されている。
ルイズは自分の心臓がバクバクと早鐘を打ち始めたのを感じる。
中にどんなことが書いているのか。
今まで半ば放任主義だった父母が今こうして手紙を送る理由とは何なのか。
ルイズはてんで想像できなかった。
何……? なんなのこれ……? 何が書いてあるの……?
オールドオスマンに手渡された時から、内心そんな感じに狼狽していた。
先ほどの教室での短気は、余裕がないからこそ引き起こされた悲劇である。
しかし憎きツェルプストーに痛打を食らわせることができたのだから、不幸中の幸いというところだ。
震える手で手紙を開封する。
見るところ、便箋は一枚だけの様だ。
カサカサと紙の擦れ合う音が顕著に耳に響く。
しかしいつまでも臆していてはいられない。
いざ意を決して手紙を開いた。
そこに書かれている文字を読むにつれ、不安に震えていた瞳は平坦に、かつ物騒な色に染まっていく。
無意識に紙を掴む手に力が籠ってしまった。
ぐしゃっと深い皺が刻まれる。
「ふっ、ふふ……。ふふふふふ……」
ついに、ルイズは怒りのままに手紙を引き裂いた。
その表情は赤く染まり、眼は吊り上がって、犬歯がキラリと光を反射する。
紛うことなき殺気を身に纏い、ルイズは喉の許す限りあらん限りの力で叫んだ。
「あんのばかぁあああああああああっ!!!!!」
窓を揺らし、遠く離れた食器すら微振動させたという大咆哮は、その後結構な期間語り継がれたという。