翌日、眠れぬ一夜を過ごしたシエスタは、目の下の隈に殺気あふるる眼力を伴にして凄まじい威圧感をサイトへ与えていた。
その眼からは恨めしやと怨念が零れている。
サイトはシエスタの怖すぎる視線に慄きながら、決してシエスタを見ないよう細心の注意を払った。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫ですよサイトさん……。ふふふ、大丈夫でした」
大丈夫じゃない。俺何かしました?
ひょっとして旅疲れだろうか。帰ったらゆっくりしてほしい。
「まあ、ゆ……ゆっくり休めよ……」
「ありがとうございます」
などと話している所で、馬車はガタンッと段差を乗り越えて揺れる。
ん? と思って外を見ると、目的地は既に目前に迫っていた。
「おおぉっ!!」
思わず、サイトは声を上げていた。
目の前の大きな塔。その周りに小ぶり塔がいくつか立ち、全てを囲むようにして外壁がそそり立っている。
欧州のなんかの世界遺産みたいだ。
その感想がサイト精一杯の褒め言葉だった。
「すげえ……」
馬車から降りた二人。
あまりの大きさに、首が痛くなるほど見上げなければならない。
圧倒されるサイトをシエスタは微笑みで見守る。
「これ全部学校かよ。すげえ日本と大違いだ……」
サイトの呟きはシエスタに聞こえていた。
当然、日本というのがなんなのか、シエスタは分からない。
聞きたいという気持ちはあったが、これ以上の深入りは本当に命取りになりそうだ。
「それじゃあサイトさん。学院長のところまでご案内しますので――――」
その時、ようやくシエスタは気づいた。
目の端で、とんでもない威圧感を放つそれに。
「………………」
鬼が居た。
ゴゴゴゴゴゴッ!!!!
そんな効果音が聞こえてくるようだ。
目は獲物を狙うように爛々と輝き、シエスタを射抜いていた。
「ひっ……」
ついこぼれた悲鳴を手で抑える。
シエスタはその鬼を知っていた。
小さな体躯に、目つきだけは鬼の様。
桃色がかったブロンドはまさしく高貴の証。
泣く子も黙るヴァリエール家の三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとは彼女のことだった。
ルイズはたった今到着した二人を殺さんばかりの目で見ていた。
何か言いたいことがあるのか、眼だけは如実に殺意を抱いている。
さすがに、これだけガン見されては無視するわけにはいかない。
正直無視したいのは山々だが、仮に無視して因縁つけられたらなすすべがない。
今こうしている間もルイズの瞳は寸分狂わずシエスタを捉えているのだ。
シエスタは意を決してルイズに話しかけた。
「ミ、ミス・ヴァリエール……? どうかなさいましたでしょうか……?」
「は?」
不機嫌そうな声。
ああ、やっぱりやめとけばよかった。
そう思っても後悔すでに遅し。
ルイズはシエスタを上から下までじろじろと吟味した。
「あんたどっかで見たことあるわね」
「この学院でメイドをしております。シエスタと申します」
ああ、そういえば。
記憶の隅でこの顔を見た気がする。
メイド服を着せてみれば、そっくりそのまま合致するだろう。
「で」
「はい」
「そこの男は?」
「……」
当然、ルイズの追及はサイトまで及ぶ。
どう答えたものかとシエスタは一瞬沈黙した。
そのわずかな間で、ルイズの目つきは一層深刻になった。
慌ててシエスタは言った。
「この学院に通うどなたかにご用事があるそうです」
「用事?」
まさか……。
ルイズの胸中に一抹の疑念が湧いた。
こいつ……?
「……」
ルイズは半ば睨むようにサイトを見た。
あまりの緊張感に、サイトは唾を飲み込まずにはいられなかった。
「あなた名前は?」
「え」
「な・ま・えは?」
「ひ、平賀才人。サイト・ヒラガ」
変な名前。
でも名字持ち。
もしかして貴族か。
しかしサイトの服装はそうであるとは言っていない。
明らかに平民の服装で、立ち振る舞いからも高貴さは一欠けらも感じない。
田舎もんだ。
「……学院に何の用? 平民が立ち入ることは許されないわよ」
サイトはシエスタを横目で見た。
シエスタもサイトを見る。数瞬二人は見つめあった。
どちらともなく目を離した後、サイトがポケットを探る。
「これ」
取り出したのは昨日シエスタに見せた手紙である。
これ見せれば大丈夫と言う彼の言葉を信じて、サイトはルイズに手渡した。
受け取ったそれをルイズはじろじろと見た。
裏返し差出人の名前が書かれていないことを確認する。
次に封蝋を見たとき、その表情は決定的に凍り付いた。
「………」
しばしの沈黙。
サイトとシエスタは固唾をのんで見守った。
ルイズは封蝋を凝視している。
手紙を握る手はこれ以上ないほど力が籠っていた。
やがて、手紙から目を離したルイズはうつろな目でサイトを見た。
「……ふっ」
諦めたような小笑い。
突如哀愁背負ったルイズに、二人は困惑した。
「……サイトって言ったわね」
「ああ」
「私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
「え? る?」
一息にそんなことを言われたから、サイトは困惑した。
長っ……。どこが名前?
ルイズは事務的にもう一度繰り返す。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
「えっと、ルイズでいいのか?」
「……まあいいわ」
ついてきなさい。そう言って、ルイズは学院へ踵を返す。
サイトは慌ててその背に追従した。
「いや、ついてきなさいって、俺これから学院長のところ行かなきゃいけないんだけど」
「だから、学院長のところ行くのよ」
ん?
サイトは今一ルイズが何を言っているのか分からなかった。
どうしてルイズが案内してくれるんだろう。
そのサイトの反応に、ルイズは怪訝そうに振り返る。
「あんた、これの中身知らないの?」
「いや俺字読めないからさ」
平民なら珍しいことではない。
物を買うための必要最低限の読み書きしか出来ないという平民がほとんどだ。
しかもサイトはその最低限すらできなかったりする。
決して褒められることではないが、責めることでもない。
「何も聞かされてないのね?」
サイトは頷いた。
ルイズは頭を抱えて転げまわりたくなった。
うっそ……。
「あなた、どうしてここにいるかおわかり?」
「この手紙を持って行けって……」
段々とルイズの表情はやわらかく優しくなっている。
反して、殺気と威圧感は増すばかり。
口調なんかはもうドスが効いている。
鬼の再来である。
「あぁ……?」
「ごめんなさい! 何にも知らなくてごめんなさい! よろしければ教えていただけませんか!?」
ルイズは髪を掻き上げて自分を落ち着かせた。
ゆっくりと一呼吸。
こいつは平民。私はヴァリエール家の三女。
ここで怒るのは大人げないわ。そうでしょうルイズ?
「いいわ。サイト・ヒラガ。教えてあげましょう」
腕を組んでの凛とした物言いに、サイトは思わず平伏しそうになった。
助かった……。
本気で殺されるかと思った。
貴族ってこんなに怖いの……。
その一方でルイズは頬を痙攣させ、心の底から上り来る拒絶感に抗っていた。
どうして私がこんなことを……。
これも全てあいつが悪い。
人が悪い。ほんっとうに人が悪い。
絶対に目に物見せてやる。
そうやって、来るべくカタルシス解放の時を誓って、内心臍を噛みながら続けた。
「あなたはこれからここで暮らすの」
「は?」
サイトにしても寝耳に水。
そんな話はまったくこれっぽっちも聞いていない。
「言ったでしょう。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
ルイズはサイトの目を真っ直ぐ見つめる。
呆けている。本当にまったく聞かされていなかったのか。
一体どういうつもりだ、あいつ。
手っ取り早く、ルイズはド直球をかますことにした。
「あなたをここに来させたエリィ・フェリクス・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは私の兄よ」
フランス
貴族
名前
わからない