ルイズは寒々しい石の廊下を歩いて行く。
カツンカツンと足音が響く廊下は、ひと気のなさと合わさって余計に寒々しく感じる。
これからのことを思うルイズの内心を現しているようでもあった。
すぐ後ろには、サイトと何故かシエスタがついてきている。
ルイズはシエスタの存在を怪訝に思いながら、特に何か言うことはなかった。
それよりもまず先にオールドオスマンの元へ。
他のことは後でゆっくり問い詰めればいい。
その考えからルイズは二人の存在を半ば無視して早足に動かす。
そのうしろで、ちょっとした衝撃の事実を聞かされたサイトは、「まさか貴族だったとは……」と抜けきらないショックにふらふらと足取りがおぼつかない。
貴族は怖い。貴族はやばい。
シエスタの言葉と、実際にルイズの怖さを目の当たりにして、今までの自身の態度を鑑みたとき、あまりに不敬な言動が多かった。
言い争いはもちろん、なんなら殴り合いにまで発展したこともある。
まさか、まさか……。
理性は否定している。しかし本能の一部はやっべえと冷や汗をかいている。
万に一つないとは分かっていながら、もしかしたらの可能性は捨てきれない。
次に会った時「お前、処刑」と無慈悲に宣告されるのではと。
うおおおっ!! 信じてるからなエリィ!!
遠くへいるだろうエリィへとそんな咆哮をあげる。
むろんのこと、届くはずはない。
むなしい遠吠えである。
そんな二人の内心を、一歩控えたところからシエスタは面白おかしく眺めていた。
昨日から抱かされていた危機感はまるっきり杞憂であった。
散々心配させられたのだから、少しぐらい見返りを求めてもいいのではないか。
シエスタがここにいる理由はそんな気持ちからだ。
「着いたわ」
一つの扉を前にして、ルイズは足を止めた。
小さく深呼吸をする。
それから力強く戸を叩いてから入室する。
「失礼します」
「む……。おぉ、ミス・ヴァリエール。これはこれは一体何の用事で……」
ルイズに続くサイトの姿を見て言葉を途切れさせたのは、白い立派な鬚を携えた古老。
学院長のオールド・オスマンである。
そこから少し離れた本棚の前には、両手に書物を持った女性。眼鏡のよく似合う秘書、ミス・ロングビルが居た。
彼女は当初はオスマンに絶対零度が如き視線を送っていたが、突然入ってきたルイズたちに目を白黒させた。
「ふむ……。そこの彼が先日の話の人物かね?」
「どうもそのようですわ」
苦虫をかみつぶしたような表情で、ルイズは首肯する。
オスマンはサイトを下から上まで眺めて、なるほどなるほどと頷いた。
「ミス・ヴァリエールたっての望みとあらば、叶えてやらんこともないと思っていたが……まさか平民とはのう」
「……申し訳ありません」
「いや、君が謝ることではない」
しかし……。
とオスマンはもう一度サイトを見た。
そこには一片の悪感情もなく、どこか労わる様なものが感じられた。
しかし次の瞬間には断固となる意思を孕ませて、オスマンはルイズに視線を戻す。
「ミス・ヴァリエール。君にこの様な話は無用であるとは重々承知だが、今一度確認の意味もかねて話しておきたい」
その前置きを挟んでオスマンは滔々と話しだした。
「知っての通り、ここはトリステイン魔法学院。魔法を学び、研究する。そのための卵を育成する学校じゃ」
ルイズは頷く。
「魔法を扱える者だけが入学を許されると言う建前の元、古からの習慣に従って、貴族にしか入学は許されておらぬ」
苦々しい表情のルイズの横で「え?」とサイトが呟いた。
オスマンは横目にサイトを見て、すぐにルイズに視線を戻した。
「むろん、貴族しか魔法が使えないというわけではない。没落した家々、あるいは貴族が無責任に孕ませた子供。時代を経て、平民の中にも魔法が扱える者は増えておる」
「しかし」と重々しい声音。
ルイズには、サイトすらも、もはやその先を聞く必要はなかった。
ルイズはオスマンの話を遮って身を乗り出す。
「私は何も彼を入学させるつもりはないんです。ただ、少しの間学院に置いておければと……」
しかしオスマンは厳かに首を振った。
「この学院に通う子らは皆貴族。そこに平民の子を客として招くということは争いの種じゃ。これは彼のためでもある」
貴族の中に平民一人放りだせば、方々からの嫉妬ややっかみを受け、酷いいじめにあうことは眼に見えている。
もしそれに抵抗したり反撃すれば最悪殺されてしまうかもしれない。
オスマンもルイズも、もしそうなってしまえばいくら教師の権力や家の力を用いても守ってやることはできないだろう。
なにせサイトは平民なのだ。
「もし、それでもなお、そうせねばならぬ事情があるというのであれば儂も考えたじゃろうが、この子をここに寄こした本人は居らんようじゃの」
初めて、オスマンはサイトとルイズの後ろに控えているシエスタを見た。
見られたシエスタは視線をあらぬ方向に向けたまま、すすすっとサイトの影に移動し空気と化した。
オスマンは眼を伏して自身の骨ばった手を見ながら、なおもはっきりとした口調で断言した。
「残念じゃが、彼を学院に受け入れることは出来ん」
それからしばしの沈黙が流れた。
ルイズは顔を伏せたまま何も言わない。
サイトはその空気にあてられて口を開くことができなかった。
あと、ぴったりと貼り付いてくるシエスタの胸に気を削がれていたというのもある。
刹那の沈黙の後、溜息のように大きく息を吐いたルイズは、顔を附せたまま暗い調子で口を開いた。
「……わかりましたわ。オールド・オスマン」
「すまんのう」
それから一拍間をあけて、
「儂が言うのもなんじゃが、君の実家に預けるという手もあるじゃろう。……ミスタ・ヴァリエールと御父母殿に多少わだかまりはあるのかもしれんが」
「そうですね。それが最善かと思います。無理なお願いをして申し訳ありませんでした」
踵を返したルイズはサイトの手を取って「行くわよ」と促した。
サイトは成すがまま引き摺られるようにして歩き出す。
傍観していたミス・ロングビルの横を抜けて扉を開く。
吹き付ける風に構わず、ルイズはずんずんと敷居をまたいだ。
その背に向けてロングビルが何かを言いかけたとき、
「だったら使用人として働いていただくというのはどうでしょう?」
一瞬早くそれを言ったのは、the・空気あらためシエスタだった。