ルイズに引きずられて、サイトが連れてこられたのは、ヴェストリの広場と言う中庭だ。
塔と塔の間にあるその場所は、西側にあるため日が差しにくく、人の気配も少ない。
ルイズは人目につきにくいと言うその理由で、この場所を尋問場所に選んだのだ。
「さあ、キリキリ吐いてもらおうかしら」
広場に到着して早々、ルイズ凛とした声音でそう言った。
右手に持った杖でビシッと左掌を打つ。小気味いい音が鳴る。
サイトは土の上だろうと構うことなく、その場に正座して粛々と頭を下げた。
「何でも聞いて下さい」
「いい心がけね」
ははぁとより深く頭を下げるその様子は、まるで君主に平伏する家来のようだった。
ルイズはにんまりと笑みを深めて単刀直入に聞く。
「お兄様はどこ?」
「ルイズ様の兄上様であらせられるエリィの野郎は、実家に帰ると言って、わたくしめと分かれました」
「実家ですって?」
より強く掌を打つ音を、サイトは頭の上で聞いた。
「それは確かかしら?」
「間違いありません」
「そう」
自信一杯のサイトの言葉。
いくら聞き返そうともそれは揺るぎはしないだろう。だって虚勢だもん。
たとえエリィが嘘をついていたとしても、それはサイトには分からない。薄々感づいてはいるけども、あまり深く聞かれたくないから、余計なことは言わないでおく。
今、サイトの心にはある少女との約束があった。それを守るために、サイトはこの場をやり過ごさなくてはならない。
そして当然のことながら、エリィの嘘とかサイトの本心とか、そんなことはルイズには知る術がない。
実家に帰ったと言うサイトの言葉を、半分以上疑ってかかるのも、ある意味当然のことだった。だってあの野郎何年も帰って来ないんだもん。
今のところ、実家からエリィ帰還の一報はない。
配達途中だとも考えられるが、そもそもエリィはこの期に及んで、素直に実家に帰るタマだろうか。
考えるべくもない。答えは否だ。あいつにそんなタマはない。ルイズにもない。物理的にも。母親怖い。
サイトは嘘をついている。
ルイズはそう思った。
「ねえサイト? ちょっと顔上げなさい?」
「は」
恐る恐る顔を上げるサイト。
ルイズはニコニコと怖い笑顔を浮かべながら、誰も居ない方向に杖を向ける。
「ラナ・デル・ウィンデ」
短い呪文を口ずさみ魔力を込める。
「エア・ハンマー」
ドンッと衝撃が走る。
土の地面に落とされた呪文は土煙を巻き上げ、直径一メートル程度の範囲を円状に陥没させた。
一センチばかり凹んだ地面を見て、サイトは血の気の引く思いがした。
「さて、あれを見た今でも、自分の言葉に嘘偽りはないと誓えるかしら?」
超高速で首を振る。
必死の思いは額を伝わる汗に表れていた。
エリィが帰ってないことに感づいているから、何となく片棒を担いでいる気がして、背中全面嫌な汗を掻いている。
「始祖プリミルに誓って真実だと?」
「始祖でも神様でも、なんにでも誓って真実です」
「そ」
これだけ脅してそう言うのなら、サイトは嘘は言っていないのかもしない。
しかしエリィが実家に帰っていると言うのも考えづらい。
そもそもサイトは何も告げられずに学院に送られたのだったか……。
だとするなら、嘘を言っているのはエリィの方だ。
ルイズはそう結論した。
「いいわ。サイト・ヒラガ。あなたの言葉を信じましょう」
「ありがとうございます!」
再びサイトは平伏して感謝を告げる。
命が助かったことに安堵し、貴族の怖さを再認識した。
何あれ魔法!? 殺意高すぎ! あんなん死んじゃうじゃん!?
「面を上げなさい」
「は」
「次の質問よ」
え、まだあるの?
サイトは危機がまだ去っていないことを知る。
「エリィ兄様とはどこで会ったの?」
「あ、それは……」
初めて口ごもったサイトに、ルイズの眼がキランと光る。
杖をサイトの眼前に突き立て、「隠し立てすると酷いわよ」と脅しを重ねた。
「も、森の中……」
「どこの?」
「わかんない……」
「……ラナ・デル――――」
「本当にわかんないんです!? 俺気がついたらそこにいて!」
「はあ?」とルイズは呆れてしまう。
何言ってんだこいつ。記憶喪失だとでもいうつもりか?
もっとましな嘘つけ殺すぞ。
「おれ、あの、確か……。えっと、ろ、ろば……ろばあるかりでんちの生まれで」
「ふざけてるのかしら」
「あ、違った!? ごめん間違えた?!」
あたふたとロバロバなんたら思い出そうとしているサイトに、ルイズは「はぁ」と溜息を吐く。
何を隠し立てするつもりかは知らないが、少し泳がせてやろうと思った。
「ロバ・アル・カリイエ」
「そう。それ!」
サイトはルイズのことを指さして「それそれ」と主張する。
誰に向かって指差しとんのじゃわれ。
「そう。あなた西の生まれなの」
「うん!」
「……ロバ・アル・カリイエは東だけど?」
「ごめん間違った! 東だった!」
なんだか楽しくなってきた。
サイトが必死に言い訳を重ね、そのたびに墓穴を掘る様は滑稽で道化師顔負けだった。
ここまで面白く踊ってくれるのなら、家に一匹置いといてもいいかもしれない。
「つまり、あなたがお兄様と出会った森は、ここからずっと東のどこかと言うことね?」
「あ、それは違う」
「あぁ?」
「そんなに遠くじゃないんだ! なんか宙に浮かんでた大陸の森で!!」
「……それ、アルビオンのこと?」
「そう、それだ!」
またしても指を差してきやがったので、ルイズはその指をへし折りたくて仕方がなかった。
ぎゅっと我慢して問いただす。
「お兄様はアルビオンに居たの?」
「うん」
「どうして? 内戦中よ」
アルビオンと言う国は、今現在内戦の真っただ中である。
元々王政を担っていた王党派と、反乱分子である貴族派の二つに国は二分されている。
風の噂では、貴族派が優勢らしい。
「わかんない」
「……」
使えない駄犬だ。この様では道化師は無理か。再調教が必要だ。
ルイズは考えを整理して、今度は違う質問をしてみた。
「森で会ったと言うけれど、お兄様は森で何をしていたのかしら?」
「わかんない」
「……あなたは森で何をしていたの?」
「わかんない」
「死ね」
呪文の詠唱を始めたルイズに、サイトが「わー! 待って待って!」と懇願する。
「本当にわかんないんだって! 俺気がついたらそこにいたんだ!!」
「記憶喪失だとでも言うつもり?」
「うん!」
「……」
ルイズの冷たい眼差しに、サイトは「だって事実だもん!」と強硬姿勢を貫いた。
試しに詠唱してみれば、「本当なんです信じてください!」と土下座した。
少しの間、じろっと睨みつけてもその姿勢は変わらなかった。
何を隠しているのか。吐かせなければいけないが、あれこれ言って吐くような軟弱者ではなさそうだ。
どうでもいいことは少し突っつけばいくらでも吐くのに、大事なところだけは吐きそうにない。
忌々しい。エリィが背後に居なければ、尋問なり拷問なり好きに出来たのに。
ルイズは溜息を吐いて、「分かったわ」と告げた。
その一言で、恐る恐る頭を上げたサイトは、震える声で聞き返した。
「……本当?」
「ええ。分かった。元々お兄様はアルビオンに居て、今はどこにいるのか分からないってことね」
「エリィの野郎がアルビオンって所に居たのだけは本当」
語るに落ちてるぞ駄犬。
ルイズは自分の髪を弄りながら、しばし考えにふける。
その様子をサイトはぼうっと眺めた。美少女が考え込む姿が絵になりすぎていて、見惚れてしまった。
「それにしても、どうしてエリィ兄様はあんたをここに来させたのよ」
「……わかんねえよ。俺だって騙されて来させられたんだ。……一緒に行くはずだったのに」
「どこにいくつもりだったの?」
「オレ、ヒラガサイト。コトバワカラナイ」
おいおい今更それはないだろ?
吐けよおい、吐いちまえよ。吐くつもりないなら、ボロを出すんじゃない。
ったくよぉとルイズはサイトをまじまじ見る。
サイトは突然ルイズが見つめてきたものだから、顔を赤くした。女の子に見つめられた経験はあまりない。母ちゃんぐらいだ。
「な、なんだよ」
「あなた貴族じゃないでしょう?」
「そうだけど……」
「お兄様は貴族なのよ。出来損ないだけど」
出来損ない? とサイトが聞き返したが、ルイズは取り合わなかった。
「どうして、公爵家の長男たるお兄様が、あんたみたいな平民と仲良くしてるのか、不思議でしょうがないいわ」
「なんだよ……。貴族がそんなに偉いのかよ」
見下されたことに気づいたサイトの声には、隠しようのない怒気が籠っていた。
それを受けたルイズは片方の眉を吊り上げる。
「当然でしょ。平民が不自由なく生きていけるのは、私たちメイジがいるからなのよ? 魔法一つ使えない平民風情が、対等に付き合えるわけないでしょ」
「そんなん貴族だって同じだろうが。俺たちみたいな平民が大勢いるから、食っていけんだろ」
しばし二人はにらみ合う。
この世間知らずの平民に、どのように言って聞かせようかとルイズは考えた。
杖を向け、出来る限り低い声を出そうと頑張って口を開く。
「口に気を付けなさい。サイト・ヒラガ。私は公爵家の三女。王家に連なるヴァリエール家の人間よ。エリィ兄様のよしみで、多少の無礼は見逃してあげるけど、それ以上の暴言は許さないわ」
「……」
サイトは向けられた杖とルイズの顔を交互に見る。
ルイズの顔立ちとその髪色が、見れば見るほどエリィにそっくりで、サイトはエリィのことを思い出していた。
あれは、召喚されて数日後の出来事だった――――。
『サイトくん。申し訳ないが、これから少しの間眠ってもらう』
『え、なんでよ?』
『ティファが風呂に入るらしい』
『――――覗かなきゃ』
『頭湧いてんのかてめえ』
『でもでも、あんなメロン……ドデカメロンを前にじっとしてられる訳がねえ!』
『まったく、サイトくんは分かってねえな。……覗いていいのは俺だけだって言ってんだよ。湯上りティファを拝むことすら許さねえ』
『ふざけんな。独り占めするつもりか。なら俺にも考えが――――』
『はい、エクスプロージョン』
……そうして、サイトは気絶したのだった。
あ、思い出したらむかむかしてきたわ。
目を覚ました時のドヤ顔が未だに脳みそにこびり付いている。
あいつは絶対罰当たる。その内俺が浴びせてやる。男の恨みって言う神罰を。この世のすべての男に代わって。
「お前の兄貴ほんと最悪だった」
「いきなり何よ。それは知ってるけども」
「貴族とか平民とかくだらねえ。そんなもんにこだわったって、元は同じ人間じゃねえか。もっとましな生き方出来ねえのかよ」
ルイズは顔をしかめてサイトを見る。
折檻しようか迷っている様子だった。
サイトが喉を鳴らす目の前で、杖に視線を落とした。来るなら来いと覚悟を決めたが、結局魔法が飛んでくることはなかった。
「あなたには、分からないわよ。分かろうともしないでしょうけど」
杖をマントの下にしまって、ルイズは背を向ける。
「仕事に戻りなさい」と背中越しに言い捨てて、その場を去っていく。
サイトはルイズの背中を見送って、その姿が見えなくなってほっと息を吐いた。
「貴族って、なんなんだよ……」
心の底から、そう呟いた。