ゼロ魔!   作:紺南

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第8話

ルイズに引きずられて、サイトが連れてこられたのは、ヴェストリの広場と言う中庭だ。

塔と塔の間にあるその場所は、西側にあるため日が差しにくく、人の気配も少ない。

ルイズは人目につきにくいと言うその理由で、この場所を尋問場所に選んだのだ。

 

「さあ、キリキリ吐いてもらおうかしら」

 

広場に到着して早々、ルイズ凛とした声音でそう言った。

右手に持った杖でビシッと左掌を打つ。小気味いい音が鳴る。

サイトは土の上だろうと構うことなく、その場に正座して粛々と頭を下げた。

 

「何でも聞いて下さい」

 

「いい心がけね」

 

ははぁとより深く頭を下げるその様子は、まるで君主に平伏する家来のようだった。

ルイズはにんまりと笑みを深めて単刀直入に聞く。

 

「お兄様はどこ?」

 

「ルイズ様の兄上様であらせられるエリィの野郎は、実家に帰ると言って、わたくしめと分かれました」

 

「実家ですって?」

 

より強く掌を打つ音を、サイトは頭の上で聞いた。

 

「それは確かかしら?」

 

「間違いありません」

 

「そう」

 

自信一杯のサイトの言葉。

いくら聞き返そうともそれは揺るぎはしないだろう。だって虚勢だもん。

 

たとえエリィが嘘をついていたとしても、それはサイトには分からない。薄々感づいてはいるけども、あまり深く聞かれたくないから、余計なことは言わないでおく。

今、サイトの心にはある少女との約束があった。それを守るために、サイトはこの場をやり過ごさなくてはならない。

 

そして当然のことながら、エリィの嘘とかサイトの本心とか、そんなことはルイズには知る術がない。

実家に帰ったと言うサイトの言葉を、半分以上疑ってかかるのも、ある意味当然のことだった。だってあの野郎何年も帰って来ないんだもん。

 

今のところ、実家からエリィ帰還の一報はない。

配達途中だとも考えられるが、そもそもエリィはこの期に及んで、素直に実家に帰るタマだろうか。

考えるべくもない。答えは否だ。あいつにそんなタマはない。ルイズにもない。物理的にも。母親怖い。

 

サイトは嘘をついている。

ルイズはそう思った。

 

「ねえサイト? ちょっと顔上げなさい?」

 

「は」

 

恐る恐る顔を上げるサイト。

ルイズはニコニコと怖い笑顔を浮かべながら、誰も居ない方向に杖を向ける。

 

「ラナ・デル・ウィンデ」

 

短い呪文を口ずさみ魔力を込める。

 

「エア・ハンマー」

 

ドンッと衝撃が走る。

土の地面に落とされた呪文は土煙を巻き上げ、直径一メートル程度の範囲を円状に陥没させた。

一センチばかり凹んだ地面を見て、サイトは血の気の引く思いがした。

 

「さて、あれを見た今でも、自分の言葉に嘘偽りはないと誓えるかしら?」

 

超高速で首を振る。

必死の思いは額を伝わる汗に表れていた。

エリィが帰ってないことに感づいているから、何となく片棒を担いでいる気がして、背中全面嫌な汗を掻いている。

 

「始祖プリミルに誓って真実だと?」

 

「始祖でも神様でも、なんにでも誓って真実です」

 

「そ」

 

これだけ脅してそう言うのなら、サイトは嘘は言っていないのかもしない。

しかしエリィが実家に帰っていると言うのも考えづらい。

 

そもそもサイトは何も告げられずに学院に送られたのだったか……。

だとするなら、嘘を言っているのはエリィの方だ。

ルイズはそう結論した。

 

「いいわ。サイト・ヒラガ。あなたの言葉を信じましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

再びサイトは平伏して感謝を告げる。

命が助かったことに安堵し、貴族の怖さを再認識した。

何あれ魔法!? 殺意高すぎ! あんなん死んじゃうじゃん!?

 

「面を上げなさい」

 

「は」

 

「次の質問よ」

 

え、まだあるの?

サイトは危機がまだ去っていないことを知る。

 

「エリィ兄様とはどこで会ったの?」

 

「あ、それは……」

 

初めて口ごもったサイトに、ルイズの眼がキランと光る。

杖をサイトの眼前に突き立て、「隠し立てすると酷いわよ」と脅しを重ねた。

 

「も、森の中……」

 

「どこの?」

 

「わかんない……」

 

「……ラナ・デル――――」

 

「本当にわかんないんです!? 俺気がついたらそこにいて!」

 

「はあ?」とルイズは呆れてしまう。

何言ってんだこいつ。記憶喪失だとでもいうつもりか?

もっとましな嘘つけ殺すぞ。

 

「おれ、あの、確か……。えっと、ろ、ろば……ろばあるかりでんちの生まれで」

 

「ふざけてるのかしら」

 

「あ、違った!? ごめん間違えた?!」

 

あたふたとロバロバなんたら思い出そうとしているサイトに、ルイズは「はぁ」と溜息を吐く。

何を隠し立てするつもりかは知らないが、少し泳がせてやろうと思った。

 

「ロバ・アル・カリイエ」

 

「そう。それ!」

 

サイトはルイズのことを指さして「それそれ」と主張する。

誰に向かって指差しとんのじゃわれ。

 

「そう。あなた西の生まれなの」

 

「うん!」

 

「……ロバ・アル・カリイエは東だけど?」

 

「ごめん間違った! 東だった!」

 

なんだか楽しくなってきた。

サイトが必死に言い訳を重ね、そのたびに墓穴を掘る様は滑稽で道化師顔負けだった。

ここまで面白く踊ってくれるのなら、家に一匹置いといてもいいかもしれない。

 

「つまり、あなたがお兄様と出会った森は、ここからずっと東のどこかと言うことね?」

 

「あ、それは違う」

 

「あぁ?」

 

「そんなに遠くじゃないんだ! なんか宙に浮かんでた大陸の森で!!」

 

「……それ、アルビオンのこと?」

 

「そう、それだ!」

 

またしても指を差してきやがったので、ルイズはその指をへし折りたくて仕方がなかった。

ぎゅっと我慢して問いただす。

 

「お兄様はアルビオンに居たの?」

 

「うん」

 

「どうして? 内戦中よ」

 

アルビオンと言う国は、今現在内戦の真っただ中である。

元々王政を担っていた王党派と、反乱分子である貴族派の二つに国は二分されている。

風の噂では、貴族派が優勢らしい。

 

「わかんない」

 

「……」

 

使えない駄犬だ。この様では道化師は無理か。再調教が必要だ。

ルイズは考えを整理して、今度は違う質問をしてみた。

 

「森で会ったと言うけれど、お兄様は森で何をしていたのかしら?」

 

「わかんない」

 

「……あなたは森で何をしていたの?」

 

「わかんない」

 

「死ね」

 

呪文の詠唱を始めたルイズに、サイトが「わー! 待って待って!」と懇願する。

 

「本当にわかんないんだって! 俺気がついたらそこにいたんだ!!」

 

「記憶喪失だとでも言うつもり?」

 

「うん!」

 

「……」

 

ルイズの冷たい眼差しに、サイトは「だって事実だもん!」と強硬姿勢を貫いた。

試しに詠唱してみれば、「本当なんです信じてください!」と土下座した。

少しの間、じろっと睨みつけてもその姿勢は変わらなかった。

 

何を隠しているのか。吐かせなければいけないが、あれこれ言って吐くような軟弱者ではなさそうだ。

どうでもいいことは少し突っつけばいくらでも吐くのに、大事なところだけは吐きそうにない。

忌々しい。エリィが背後に居なければ、尋問なり拷問なり好きに出来たのに。

 

ルイズは溜息を吐いて、「分かったわ」と告げた。

その一言で、恐る恐る頭を上げたサイトは、震える声で聞き返した。

 

「……本当?」

 

「ええ。分かった。元々お兄様はアルビオンに居て、今はどこにいるのか分からないってことね」

 

「エリィの野郎がアルビオンって所に居たのだけは本当」

 

語るに落ちてるぞ駄犬。

 

ルイズは自分の髪を弄りながら、しばし考えにふける。

その様子をサイトはぼうっと眺めた。美少女が考え込む姿が絵になりすぎていて、見惚れてしまった。

 

「それにしても、どうしてエリィ兄様はあんたをここに来させたのよ」

 

「……わかんねえよ。俺だって騙されて来させられたんだ。……一緒に行くはずだったのに」

 

「どこにいくつもりだったの?」

 

「オレ、ヒラガサイト。コトバワカラナイ」

 

おいおい今更それはないだろ?

吐けよおい、吐いちまえよ。吐くつもりないなら、ボロを出すんじゃない。

 

ったくよぉとルイズはサイトをまじまじ見る。

サイトは突然ルイズが見つめてきたものだから、顔を赤くした。女の子に見つめられた経験はあまりない。母ちゃんぐらいだ。

 

「な、なんだよ」

 

「あなた貴族じゃないでしょう?」

 

「そうだけど……」

 

「お兄様は貴族なのよ。出来損ないだけど」

 

出来損ない? とサイトが聞き返したが、ルイズは取り合わなかった。

 

「どうして、公爵家の長男たるお兄様が、あんたみたいな平民と仲良くしてるのか、不思議でしょうがないいわ」

 

「なんだよ……。貴族がそんなに偉いのかよ」

 

見下されたことに気づいたサイトの声には、隠しようのない怒気が籠っていた。

それを受けたルイズは片方の眉を吊り上げる。

 

「当然でしょ。平民が不自由なく生きていけるのは、私たちメイジがいるからなのよ? 魔法一つ使えない平民風情が、対等に付き合えるわけないでしょ」

 

「そんなん貴族だって同じだろうが。俺たちみたいな平民が大勢いるから、食っていけんだろ」

 

しばし二人はにらみ合う。

この世間知らずの平民に、どのように言って聞かせようかとルイズは考えた。

杖を向け、出来る限り低い声を出そうと頑張って口を開く。

 

「口に気を付けなさい。サイト・ヒラガ。私は公爵家の三女。王家に連なるヴァリエール家の人間よ。エリィ兄様のよしみで、多少の無礼は見逃してあげるけど、それ以上の暴言は許さないわ」

 

「……」

 

サイトは向けられた杖とルイズの顔を交互に見る。

ルイズの顔立ちとその髪色が、見れば見るほどエリィにそっくりで、サイトはエリィのことを思い出していた。

 

あれは、召喚されて数日後の出来事だった――――。

 

『サイトくん。申し訳ないが、これから少しの間眠ってもらう』

 

『え、なんでよ?』

 

『ティファが風呂に入るらしい』

 

『――――覗かなきゃ』

 

『頭湧いてんのかてめえ』

 

『でもでも、あんなメロン……ドデカメロンを前にじっとしてられる訳がねえ!』

 

『まったく、サイトくんは分かってねえな。……覗いていいのは俺だけだって言ってんだよ。湯上りティファを拝むことすら許さねえ』

 

『ふざけんな。独り占めするつもりか。なら俺にも考えが――――』

 

『はい、エクスプロージョン』

 

……そうして、サイトは気絶したのだった。

あ、思い出したらむかむかしてきたわ。

目を覚ました時のドヤ顔が未だに脳みそにこびり付いている。

あいつは絶対罰当たる。その内俺が浴びせてやる。男の恨みって言う神罰を。この世のすべての男に代わって。

 

「お前の兄貴ほんと最悪だった」

 

「いきなり何よ。それは知ってるけども」

 

「貴族とか平民とかくだらねえ。そんなもんにこだわったって、元は同じ人間じゃねえか。もっとましな生き方出来ねえのかよ」

 

ルイズは顔をしかめてサイトを見る。

折檻しようか迷っている様子だった。

サイトが喉を鳴らす目の前で、杖に視線を落とした。来るなら来いと覚悟を決めたが、結局魔法が飛んでくることはなかった。

 

「あなたには、分からないわよ。分かろうともしないでしょうけど」

 

杖をマントの下にしまって、ルイズは背を向ける。

「仕事に戻りなさい」と背中越しに言い捨てて、その場を去っていく。

 

サイトはルイズの背中を見送って、その姿が見えなくなってほっと息を吐いた。

 

「貴族って、なんなんだよ……」

 

心の底から、そう呟いた。

 

 


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