「聞いてください、僕の声が聞こえるあなた。お願いです、僕に少しだけ力を貸してください!」
少年の声が聞こえる。
まだ変声期も迎えていない幼い声が。
頭に直接響くその懇願に、今まさに床に就こうとしていたヨシュアは思わず顔をしかめた。
「スタンド使いか?人がせっかく気持ちよく寝ようとしていたのに……」
悪態をつきながらも身体に掛けかけていた毛布をはぎ、速やかに準備を始める。
時計を見上げると、短針は9時をさしていた。
一般人ならおそらく空耳だと断じただろうこの声。
だが、ヨシュア・ジョースターはスタンド使いである。
この程度の異常には慣れているし、矢の手がかりを見つけるためでもある。
夜分遅くとも出張るのは必定であった。
玄関から出て視界いっぱいに広がってきたのは、夜の闇だった。
月明りすら差さない底冷えするほどの闇は、これから起こるであろう不吉の象徴のよう。
声の主の居場所は、不思議と頭で理解できていた。
どの道を進めばいいのか。
どの角を曲がればいいのか。
そしてその場所が、槙原動物病院のほど近くにあるということも。
ヨシュアは、その頭の地図に従って歩を進めた。
一つ目の曲がり角を右へ、二つ目を左へ、十字路は直進。
ほどなくして、手前の家屋の影から動物病院の姿が見えてきた。
「恐らく……このあたりだ。さて鬼が出るか、蛇が出るか。どちらにせよ叩きのめすのは必至だがな」
その呟きに呼応するように、
突如――右方からけたたましい爆発音が響いた。
同時に、コンクリートの破片がヨシュアに向かって勢いよく飛び散る。
「無駄無駄ァ!!」
彼は、向かってくる破片をムーンチャイルドのスピードラッシュで迎え打つ。
コンクリートのつぶては、嵐のような突きで一瞬のうちに粉々の塵となった。
爆発の原因、それは塀が圧倒的なパワーによって打ち砕かれたこと。
そして――その塀を打ち砕いたのは……
「やはり……!スタンドッ!!」
それは人型だった。されど人間ではない。
大きく膨れ上がった体に異様に長い腕を持ち、禍々しい黒い霧のようなオーラがその体を渦巻いている。
「GRUUUUAAAAA――!!」
咆哮とともに長腕のラッシュがたたき込まれる。
鈍重だが、ムーンチャイルドをも超えるパワーをもつ拳。
――単に受けるだけでは押し負けるッ
ヨシュアは直撃を避けるべく、いなし、受け流すことで防御する。
受け流すだけでも凄まじい衝撃がムーンチャイルドを介して彼自身に伝わる。
「……本体が近くにいないことから察するに自動操縦か。パワーが強いという観点から考えるに遠隔操作の線はない。だが、妙なことに気づいたぞ。こいつからは、黒い執念のオーラを感じるが、逆にそれ以外はなにも感じないのだ。純粋な執念のみ……そこが奇妙なのだ。こいつ本当にスタンドなのか?」
「そうだ、ヨシュア。そいつはスタンドのようでスタンドでないものだ……」
背後からした声。
振り返るとそこにはやはりというべきか承太郎の姿があった。
だが、ただ一つ予想していなかったことといえば、彼がフェレットを肩に乗せた少女、高町なのはをともなっていることか。
「そして、その正体はこのフェレットもどきが知っている……だが――」
「――この状況じゃあ話せない……ということだな?ならば速攻で片づけてやる」
瞬間、ヨシュアはスタンドの瞬発力を利用して、刹那のうちにスタンドもどきの間合いに入る。
「ウショオオオアア!!!」
眼前に迫るスピードラッシュ。
このままでは直撃する。
もし直撃すれば、ヨシュアの頭蓋骨はやすやすと粉砕されてしまうだろう。
しかし、ヨシュア・ジョースターはそんなことは意に介した様子もなく、超然の様相で歩き進む。
万が一にでも当たることなどないとでも言いたげな自信満々の表情を顔に貼り付けて。
「すでにオレはアンタに触れている。そのときからとっくに能力は発動していたのさ」
故に、スタンドもどきの拳は悉く空を切る。
当たらない、当たらない、まったくもって当たらない。
スタンドもどきのラッシュが意図的にヨシュアを躱しているようなそんな錯覚すら覚えてしまう。
「アンタに強い催眠をかけさせてもらった。ラッシュをいなしたときのその一瞬のうちにな」
そう、ヨシュアのムーンチャイルドの能力は触れたものに催眠をかけること。
つまり、スタンドもどきは無意識のうちにヨシュアを避けてラッシュを放っていたということだ。
「今度はオレの番だ……それだけ暴れたんだ、もう満足だろう?速やかに送ってやるよ、地獄へ」
拳を固く握り力を迸らせる。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄……無駄ァ!!!」
スタンドもどきの身体にムーンチャイルドの連撃が叩きこまれる。
うねりを上げるラッシュは徐々に身体をひしゃげさせ、最後の一撃は大きくスタンドもどきをフッ飛ばした。
「よし……じゃあ話の続きをしようじゃあないか」
フッ飛ばしたヤツはすぐさま消滅し、最後には深い青の宝石があっけなく転がるだけだった。
***
「……へえー、それであのスタンドのようでスタンドではないやつは、触れた者の望みを叶えると言われているジュエルシードなる宝石によってうまれというわけか。それで、なのはは魔法少女というヤツで、フェレットのユーノは魔導師と……信じる信じないは別として、アンタは信じたのか、承太郎?」
「概ねではあるが信じることにした。実際わたしは彼女がスタンドではない特殊能力を行使したのをこの目で見ている……実際に見てみればいい。……なのは、ジュエルシードに封印を施してくれ」
「はいっ……リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアル21。封印!」
『sealing.receipt number XXI.』
なのはが呪文を唱えると、持っていた杖から翼が生えた。
同時に、上部の宝石からシュルシュルとピンク色の長いリボンのようなもの伸び、ジュエルシードを包み込む。
「これで、ジュエルシードの完全な封印ができました。やったね、なのは」
フェレットが言う。
「うん!本当によかった。それで……ヨシュアさん、信じてくれますか?」
懇願のようななのはの上目遣いがヨシュアを貫く。
「信じるしかないんだろうな……よもやスタンド使い以外でこんなに驚かされるなんて」
しかし、この後に来る、驚愕はこの比ではなかった。
「それにしても、ヨシュアさんはすごいですね。スタンド?でしたっけ?あんなに強そうなおっきな男の人をだすなんて」
「なんだって!?」
「えっ!?」
「スタンドが視えるのか!?」
驚愕に次ぐ驚愕。
それを説明するのだろう、ユーノが口を開いた。
「それについては僕から説明します。実はスタンドと呼ばれるレアスキルは僕の世界にも存在します。そして、スタンドのヴィジョンは僕ら魔導師にも視えるんです。皆さんが知らないのは管理外世界という魔法も魔導師も存在しない世界に住んでいるが故なんでしょうけれど……」
スタンドのルールの崩壊。
大前提の破棄。
けれど、承太郎はいつでも冷静である。
「スタンド使いと魔導師には何らかの共通点があるのか?」
落ち着き払った承太郎の質問にユーノが答える。
「魔力を蓄積するための器官、リンカーコアに関係があると思われます。だけど、まだ確かな照明にはなっていません」
「そうか、可能ならばSPW財団にも連絡し、調べさせておくか」
「承太郎。そろそろお開きにしないか?もう11時だ。子供の寝る時間はとっくに過ぎている」
ヨシュアのこの言葉を最後に、この場のおいての会議のようなものは一旦終了となった。
寝ぼけ眼のなのはは家族の待つ温かい住まいへ。
承太郎は海鳴市内のホテルへ。
ヨシュアはパンク気味の頭を抱えて、一人しか住む者がいなくなって久しい赤い屋根の家へ。
それぞれ、あるべき場所へ帰る。
海鳴市は依然として、闇に沈んだままだ。
スタンド名:ムーンチャイルド
本体:ヨシュア・ジョースター
破壊力:A
スピード:A
射程距離:E
持続力:E
精密動作性:A
成長性:A
能力:触れた者に強い催眠をかける