翌日の昼、病院に承太郎が見舞いに来た。
お見舞い品は持って来なかったが、その代わり重要な情報を仕入れてきたようだった。
「あの老人を尋問した結果、わかったことがある。老人の名前はデヴィッド・クレイトン・トーマス。スタンド名『ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ』。ヤツはヤツ自身が答えた通り管理世界のスタンド使いだった。目的はロストロギア――ジュエルシードの回収。依頼主は……残念ながら、自白剤を用いても口を割らせることはできなかった。おそらく、何らかの能力または魔法を使われて記憶ごと消されたのだろう。一か月前、雇われたヤツは数名のスタンド使いと海鳴市に入り、活動を開始……」
承太郎の言葉に引っ掛かりを覚えヨシュアはベッドから身体を起こした。
「ちょっと待て。一か月前……?ユーノが念話を飛ばしたのはつい一週間前のはずだ」
話の腰を折ったヨシュアに対して、承太郎は特に文句を言わず続けた。
「そう……。スタンド使い達の最初の目的はジュエルシードではなかった。『矢』だったのだ。ヤツらはお前の家から『矢』を奪った後、その『矢』を管理世界へ転送し、追加の指令を受けた。それがジュエルシードの回収というわけだ」
「それじゃあどれだけ探しても見つからないわけだ。すでにこの世界にはないんだからな」
「……ああ。そして、ヤツのおかげで分かったことがある。この街は危険であることだ。スタンド使いがそこら中に潜んでいる。杜王町のように」
それに頷くヨシュア。
「どこだろうと安心できない。……たとえ病院だろうと。気づいているか?空条承太郎」
病院はしんと静まり返っていた。
病院が静かなことは当たり前のことといえるが、静寂にしては冷たすぎた。
「ああ。この張り詰めた空気。まるでユーノの封時結界だ。すでに私たちはスタンド攻撃を受けているッ」
ヨシュアには病院の天井や壁や床が敵意を持っているように感じられた。
事実、その感覚に誤りはなかった。
――なんの前触れもなく、ヨシュアの頭上の天井が落ちる。
まるで押しつぶすかのように。
「上だッ!!ヨシュアッ!!」
咄嗟にベッドから転がり落ちて身を躱す。
「ぐッうぅッ」
衝撃が老人との戦いによって受けた傷に響いた。
続けざまに今度は壁がヨシュアと承太郎に向かって迫る。
病室のベッドもイスもお構いなしに押しのけながら、まるで病室という空間が閉じるように迫りくる壁を見て承太郎が叫ぶ。
「窓だッ!病室の窓から飛ぶぞッ!立てるか、ヨシュア!」
「問題ない。痛みはもう感じない。このムーンチャイルドの能力でッ」
すでに自分自身に催眠をかけていた。痛覚を封じる催眠を。
そしてすかさず窓から飛んだ。
ヨシュアの病室は二階にあったが、承太郎もヨシュアもパワー型のスタンドを持っているため怪我をすることはない。
だが、敵スタンドは逃走を許すほど甘くはなかった。
まず白い床が見えてきた。
次いで連続してならぶたくさんのイス。
ヨシュアが落ちた先は病院の内部。
受付ロビーだったのだ。
「承太郎はッ!?」
彼は忽然と姿を消していた。
彼らは敵スタンド使いにまんまと分断させられてしまったのだ。
「まずいな、この状況。これでは四方を敵に囲まれているも同じだ」
「その通りよ。管理外世界のスタンド使いさん」
女の声が受付ロビーに響く。
続いてコツコツとヒールで階段を下る音が聞こえた。
「本体自ら姿を現すとは良い度胸だな」
階段から現れたのはやはり女だった。
だが、ヨシュアには奇妙に思えた。
この手のスタンド使いは能力の維持にスタンドパワーを使うため、近距離は不得手のはずだ。
この女はその弱点を自ら弱点を晒していることになる。
「度胸じゃあないわ。必要だからするの。アタシ、勝算のない戦いはしないシュギなのよ」
「オレを甘くみたな」
奇妙だが、本体を倒せば能力は解除される。
今、叩かなければならない。
弱点をみせた今が好機だ。
「無駄無駄無駄ッ!!」
すかさずラッシュを打ち込む。
――『protection.』
紅色の障壁がヨシュアのラッシュを阻んだ。
「な、にッ!?オマエはまさかッ!?」
女は不敵に微笑んだ。
「アタシはスタンド使いであり、魔導師でもあるの。そして、驚愕とともに死になさいッ!!」
驚きによる一瞬の隙を逃さずに、魔力弾がヨシュアへ殺到する。
「ぐッあああ!」
痛みはない。
だが、このまま撃たれ続ければいずれ肉体は破壊される。
「あらあら。尻尾を巻いて逃げちゃうの?」
そう、ヨシュアは逃走という選択肢を選んだ。
だが、戦意を喪失したわけではない。
ヨシュアはある一つの仮説を証明するために走るのだ。
――空間を閉じられるのなら、ヤツは姿を見せなくともよかったはずだ。必要だから見せたんだ!
予想通り天井が迫る。
女が空間を閉じようとしている。
「間に合えッ!!」
空間が完全に閉じる瞬間、ヨシュアは扉が開け放たれた診療室に飛び込んだ。
ドスンッ!と背後で閉じる音がする。
かつて受付ロビーだった場所はもう何もない黒い空間と化していた。
診療室はしんと静まった。
「やはりだ……。ヤツは一度に一部屋しか閉じられないんだッ!加えて、ヤツはヤツ自身がいる部屋しか閉じられないッ。次に閉じるのはあの女が現れたときだッ!!」
――その瞬間に!『ムーンチャイルド』を叩き込んでやるッ!
……長い静寂があった。
一生続くかとも思われたそれは、
ガラスが砕ける音によって破られた。
病院の外につながる窓から五発の魔力弾が飛来する。
よく見れば、外の黒い空間にあの女の姿が薄く見えた。
「臆したな。ムーンチャイルドッ!!無駄無駄無駄ッ!」
『ムーンチャイルド』は紅色の魔力弾を蹴り返した。
まるでサッカーのシュートのように。
五発の魔力弾は全て女に向かって反射され、その全てを女は被弾した。
「その選択を選んだ時点でアンタは負けていたのさ。オレとの決闘を拒んだ時点で。ビビった精神にオレのスタンドが負けるはずがない」
女は為す術なく黒い空間へ堕ちていった。
***
それから数日間は、ジュエルシードの発動もなく、スタンド使いの襲撃もなく、ヨシュアは怪我の治療に専念できた。
海鳴市の病院では、どこにスタンド使いが潜んでいるかわからないため、SPW財団の治療を受けることにした彼だったが、SPW財団の技術力には驚かされた。
傷はほとんど見えなくなり、内臓もほとんど元通りになった。
むしろ前よりも調子が良いくらいだった。
「ウン?あれはなんだ?人か?」
時刻は9:47。
襲撃はしばらく無さそうなので、久しぶりの夜歩きをしていたヨシュアだったが、途中に奇妙なものが目に入った。
距離50mほど先の建物の鉄塔の上に少女が立っていた。
その少女は黒い衣装を身に纏い、今にも闇に消え入りそうだったが、月明かりに照らされた黄金色の髪は、それを打ち消すほどの存在感を放っていた。
表情は見えなかったが、どこか寂しそうなその様相にヨシュアはしばらくの間、見とれてしまっていた。
もっと近くで見たくなって、一歩進む。
しかし、その間少し目を離した隙に少女はどこかへ消えてしまった。
彼女は何者なのだろうか。
時刻はもう10:00を回っている。
あんな少女がこんな時間に、あろうことか鉄塔の上に立つなんて普通じゃあない。
少なくともジュエルシード騒動の関係者かもしくはこれから関係する者だろうと、ヨシュアは考えた。
あの少女は予告なのだろうか。
この事件がこれからどんどん危険になっていくという。
ヨシュアだけでなくなのはまで命の危機にさらされてしまうのだろうか。
――胸騒ぎがする。
ヨシュアの胸中には一抹の不安があった。
スタンド名:オン・ザ・ラン
本体:リザ・ストライク
破壊力:なし
スピード:なし
射程距離:A
持続力:A
精密動作性:なし
成長性:A
能力:建物の空間を支配できる能力。
建物内を自由に転移できる。
空間を閉じる際は、一部屋ずつしか閉じることができない。
また、本体がその部屋にいなければ閉じる能力は発動しない。