前話の後日談のようなものです。
結局のところ、俺は安達垣愛姫について考えてみても彼女がどのような人間なのか、その事について、実際に会ったことのない俺には分からなかった。
しかし、とある社交パーティ。オレンジジュースを飲んで風情に浸っていると、後ろから棘のある声がした。その声に振り向くと、そこには一言で言ってしまえば『艶美』といったような女で、藤ノ宮とはまた違った美しさを持つ少女が俺を睨んでいた。
その女は名を安達垣愛姫といって、図らずも俺は安達垣愛姫と出会ってしまった。
そして彼女と話していく内に『変態紳士』という渾名を付けられ、その過程で俺は彼女の性格や、特徴などが分かってきた。
しかし一つだけ───
俺は何故、ここまで安達垣愛姫に対してモヤモヤした感覚を抑えられないのか。
つまるところ、俺は他者の事を分かり始めたと思った矢先、今度は自分の事が分からなくなってしまっていたのだ。
※
「...なるほど、そんな事があったのですね」
「お陰様で色々大変だったよ」
8月の中旬、俺は一人で藤ノ宮邸にお邪魔をし、寧子と7月にあったパーティの出来事について話していた。
前に藤ノ宮邸に行く、という約束をしていたという事もあるのだが、夏休みが始まりパーティに行った後、ずっと家に篭って本を読んでいたのをいたのを松華が親に告げ口したため、半ば無理やり、半ば自主的に行かされたというところだろうか。兎に角、俺は上田家の使用人が運転するベンツの後部座席に乗りながら5時間もの時間をかけて藤ノ宮邸へ辿り着き、今は藤ノ宮家のご令嬢である寧子と藤ノ宮邸自慢の庭を見ながらこの前のパーティについてお話をしていた。
「道理で幸村様がお見えにならないと思ってました。パーティが始まってから幸村様の姿をずっと探していましたのよ?」
「それはすまん」
予想以上に他家の輩が絡んできていてな。かったるいから外のバルコニーでジュース飲んでた。
「...幸村様は本当にパーティがお嫌いですのね」
俺を見つつそう言う藤ノ宮に、俺は苦笑いを浮かべる。
「お前や、政宗と話してた方が楽しいんだよ。事実お前と今こうして話しているのは俺が好きでやってる事だからな」
同年代故の気軽さ、というやつだろうか。顔色を伺いながら話しかける必要性が全くないため、俺は藤ノ宮や、政宗とわいわい談笑をするのが酷く楽しかった。事実、安達垣と話すのもそれなりに楽しかったしな。
と、そんな風に感傷に浸りつつお茶を飲むと、藤ノ宮の方から声が聞こえた。
「...私も、貴方とお話する時が一番楽しくってよ?幸村様」
そう言って、顔を背ける藤ノ宮。彼女は果たして自身の右耳が赤くなっている事を知っているのだろうか。
「そ...そりゃどうも...」
そして、内心クールな風体で心に語りかけている俺も、実のところめっさ照れていた。先程から顔が熱いし、穴があるなら潜りたい。今すぐ埋まりたい。しかし、美しい枯山水のしかも人様の庭に穴を掘るわけにもいかず、俺は頭を片手で覆い、赤くなっているであろう顔面を隠す事に全力を注いでいた。
暫く、静寂が続くがその砂糖でも吐きそうな雰囲気を払拭するかのように藤ノ宮が両手をぽん、と叩く。
「そういえば幸村様、先程政宗様と仰いましたが...もしかして、早瀬政宗様の事でしょうか?」
「ああ、そうだよ」
最も今は真壁政宗なんだがな。というか藤ノ宮は政宗を知っているのか。
「ええ、昔パーティでお会いした事がありまして、私は存じ上げておりますが恐らく政宗様は覚えてらっしゃらないと思われます」
本当に昔のことですし、と独りごちる藤ノ宮。その声と、真っ直ぐ前を向いた瞳は何かを懐かしみ、同時に今の政宗を案じているかのような、そんな表情をしていた。
「ふっくらとしたお腹に、可愛らしいお顔、金太郎さんさながらで誠に可愛らしかったですわ...」
そう言いながら物思いにふける藤ノ宮。さて、今の会話を政宗が聞いていたらどう思うんだろうな。
「...藤ノ宮は見た目だけで人に関わろうとしないんだよなぁ...」
それが藤ノ宮の偉い所だ。人を見た目のみで判断しない。これは心では分かっていても、実際に行うことは相当難しい事だ。それを出来る藤ノ宮は賞賛に値すると思っている。
「あら、見た目なんて皮一枚の問題だと幸村様にお話ししていませんでしたか?」
「...ああ、言っていたな」
だから俺とも友達になってくれているわけで、俺はそんな事を平然と言えてしまう藤ノ宮寧子を尊敬していた。
「また機会があれば是非とも政宗様にお会いしてみたいですわ」
藤ノ宮はそう言うと、お茶を啜る。
「...政宗は良い奴だよ。だから、機会があったら会ってやってくれ。お前となら、きっと良い友達になれるだろうよ」
「...はいっ」
そう言って、笑顔で頷く藤ノ宮。それを見て、本当に良い奴だな、と心底思ったのはまた、別の話である。
「寧子様、幸村様。八ツ橋です」
と、そんな風に考えていると、藤ノ宮家の家政婦さんが京都の名物である八つ橋を上品な器に乗せて俺と藤ノ宮の間に置いてくれた。美味しいよな八つ橋。
「...一番は幸村様が政宗様と沢山関わることです事よ?現段階で政宗様に最も近いのは幸村様ですから...」
藤ノ宮がそう言って八つ橋を一つつまむ。
確かにそうだ。現在、俺は政宗と良く話しており、俺にとっては政宗が一番近い存在なのだろう。
なら、政宗はどうなのだろうか。政宗にとって、俺は近い存在でいられているのだろうか。
「...それは政宗様にしか分かりません。それでも政宗様は今、貴方の生まれ故郷である信州の地で、幸村様とお話したり戯れたりすることを心底楽しんでいらっしゃると。そして、幸村様と政宗様は親友だと幸村様の口から聞いております。ならば、貴方は政宗様を信じて然るべきかと」
だよな。その話を聞いて安心した。
俺は藤ノ宮の頭をぽんぽんと叩く。藤ノ宮は驚いたかのような顔でこちらを見上げる。
「ありがとな藤ノ宮、俺は政宗を信じるよ」
そう言って腰辺りまで伸びた栗色の髪を撫でる。...やばい、癖になりそうだ。
「...子ども扱いしないでくださいっ」
ふと、顔を見るとそこには先程からこちらを見ている藤ノ宮がジト目で、頬を膨らませていた。
果たして、その視線に少しドキッとしてしまった俺はドMなのだろうか。
※
楽しかった藤ノ宮家での会話もお暇の時間となり、俺は後部座席に座りながら、昨日の出来事を回想した
安達垣愛姫、眉目秀麗な少女。
気に入らない人間に渾名を付けたがるエキセントリックガール。
それでも、時々お腹を鳴らす人間味もさながらに持っている、まあこの世界にどこにでもいる普通の少女だ。
『知らないわ、そんな渾名』
俺はあの時、変態紳士と言うこの少女なら政宗に豚足と呼ぶのではないか、そう思っていた、否、確信していた。
しかし、それは大きな見当違いだった。ならば果たして少女Aは誰なのだろうか。俺は、それを探すために母さんに情報を頂いた。だが、その当ては外れてしまった。
事の真相が分からない以上何も行動するべきではない。今の俺に出来ることは、果たして何なのだろうか。
「分からねえ...」
分かんねえよ。少女Aはいったい誰なんだ?果たして、少女Aは何のために政宗を罵倒したんだ。
「...幸村様、松華様からお電話です」
自分の無力さに打ちひしがれつつ、嘆いていると運転手にそう告げられる。はて、何か用でもあるのだろうか。
今日はスマホを置いてきてしまったため、付き人の携帯を借りて電話に出ると、いつも通りの喧しい声が聞こえる。
『やあやあユキ!昨日ぶりだねぇ!』
「何の用だ」
「何の用だって...別にいいじゃん用がなくたって。こっちはストレス溜まってるんだよー...」
そう言うと、松姉さんは溜め息を吐く。
「お前さんは俺を何処かのストレス発散器具と勘違いしてないか?」
「え、ユキってストレス発散器具じゃなかったの?」
本気でぶっ飛ばしてやろうか、と一瞬思ったがここはぐっと堪える。
「あははっ、冗談だよ冗談!ユキだってストレス溜まってるんでしょ?ここは少しお姉さんに付き合ってよ」
松姉さんは申し訳なさそうな声で俺にそう言った。
...ふむ、確かに俺も藤ノ宮と話せたことによりストレスは軽減されたが、まだまだ消えたわけではない。ここはお言葉に甘えて俺もストレス発散させてもらおうかな。
「聞いてくれよ松姉さん」
一昨日のパーティでとんでもない奴に会ったんだ。暴言吐くし、変な渾名付けられるし、もう散々だったよ。
『因みにその渾名って?』
「変態紳士」
その瞬間ドタバタと足音が聞こえた。無論、松姉さんが大笑いの後、足でドタバタして悶えている音であろう。
『へ、変態...!変態紳士!!その子の言ってることは実に的を得ているね!!』
「怒るぞ松華」
俺がアンタに変態行為をしたことがあるか?していないだろうよ。俺は珍しく松姉さんを呼び捨てして、怒るも松姉さんは意にも介さぬ声色でまたしても笑う。
『いやあ、ユキは変態だよ!常人とはかけ離れているって意味でね!』
別の意味で傷つくよな、それ。まさか、安達垣もそういう意味で言ってたんじゃ無かろうな。
ふと、あの時の出来事を回想してみる。
『あんたさっきから外を見てブツブツ言ってたじゃない。それだけで変態よ、この変態紳士!』
...だ、誰だって独り言はするよね!?
独り言はステータスだよね!?
「ユキ...流石に外見ながらブツブツ呟くのは変態だよ」
おっと、どうやら声に出てたらしい。松姉さんから止めの一言を貰った俺はがっくりと項垂れる。
「マジかよ...第一印象最悪だ...」
もしかしたら、これから関わるかもしれないであろう女に変態紳士と呼ばれ、あまつさえ周囲から変態行為と見なされてもおかしくないらしい行為をその少女に見せてしまった事により、俺のテンションは一気に地に落ちてしまった。今なら軽く欝になれるかもしれない。第二の人生は鬱エンドってか。そんなの嫌だ。
これだから、パーティは嫌いなのだ。2度とパーティになんぞ行くかってんだ。
『ま、ユキの第一印象とか心底どうでもいいことは置いといて、その少女ちゃんと話せて楽しかったの?』
俺の第一印象はどうでもいいのかよ。というツッコミはせずに、真面目に俺は答える。
「楽しいっつーか...余計な気を遣わないで良い分、疲れなかった」
『世間じゃそれを楽しいって言うんだよユキ。ユキは自分が楽しいと思う事をしている時疲れと時間なんて忘れるくらいに没頭するでしょ?そうだね...例えば寧子ちゃんと話すとか!』
「ああ、楽しかったぞ」
藤ノ宮と話しているのと時間をついつい忘れてしまう。てか、藤ノ宮可愛い。アイツがする表情一つ一つがいじらしくて、とにかくめがっさ可愛い。
『ま、話を纏めるとさ。ユキは一昨日のパーティで充実した時間を過ごす事が出来たんだ。良かったねぇユキ...私なんて散々だったよ?色んな人に絡まれてさぁ...あ、でもでも。安達垣家とかいう家の秘書さんは面白い人だったなー。たまたま趣味が合ってね、意気投合しちゃったんだよ!』
「ウッソだろお前」
まさか松姉さんのあの趣味に意気投合出来るやつがいるとは...今度パーティ以外の席で顔を見てみたいものだ。
てか、安達垣家の秘書さんだと?秘書さんもパーティに行けるのか。
『まあ、そこら辺は自由なんじゃない?あのパーティに参加する家の関係者なら誰でも良いとかさ』
ああ、成程な。そういう事か。
「奇遇だな。俺が会った少女も安達垣愛姫とかいう少女だったんだ」
俺がそう言うと、またしてもドタバタと地団駄を踏む音が聞こえる。うるせえよ。
『え、ウソ!てことはユキは『残虐姫』ちゃんに会ったんだ!』
「残虐姫?」
なんだその痛いネーミングは。やだもう、松姉さんこの歳で厨二病ですか?と、心の中で悪態をつく。
『そうそう!告白してくる男子を渾名を付けてバッサバッサ切り倒していく残虐界の王女!残虐姫ちゃん!!って秘書さんが言ってたんだよ!』
松姉さんのその話を聞いて、俺は改めて凄い女に渾名を付けられたんだな、と心から思った。
やがて、車は信州へ向かい、上田家へと向かう。もう夕方なだけあって、空はオレンジ色で、少しだが外も涼しくなり始めていることだろう。
少女Aに対する今までの手がかりはゼロ、その状況下で俺が出来ることは酷く限られてしまっていた。
その中で、俺が政宗に出来る事って何だ?信じることもそうだけど、それよりも先ず出来ることはないか?政宗の心の傷を知って、その傷を癒す為にはどうしたらいいんだ?何をしたら良いんだ?結局、俺はそれについての答えを出しあぐねていた。
「なあ、松姉さん」
仮に、松姉さんの友達の中に酷く傷ついている親友がいたとする。松姉さんはそんな親友を見て、何を思って、何を行動する?
『...珍しいね、ユキがそんな哲学的な事を言うなんて』
「...まあ、気分転換にそんな事考えてみるのもいいだろ?」
俺がそう言うと、松姉さんはクスッと笑みを零す。
『...うん、いいよ。答えてあげる。私なら、その困っている子が何か私に言ってくれるのを待つ。それが『信じる』って事だと私は思うから。それ以外は普通に接して、普通に遊んで、普通に青春する。それが私のやり方だよ...ま、賛否両論あるかもしれないけどね』
そうか。やはり、待つしかないのか。
『あくまで、私はね。ほら、ユキが何時も私に言うように、私はマイペースでしょ?だから、私には私なりの答えがあって、ゴルフジャンキーのお父さんにはお父さんなりの答えがあるし、お母さんにはお母さんなりの答えがある。それはユキも同様だよ?』
「俺には俺なりの答えがある...ってか」
『しょゆこと、だからユキはユキらしい答えを出せばいいの。短気だけど、何時も他者のことを考えてて、時々突拍子もない事をしでかす変態紳士のユキなりの答えをね』
「変態紳士は取り消せ松姉さん」
それはやっぱし認められない。今すぐ取り消しなさい。
『それもユキの立派な持ち味なんだよ?意外性に富んだ行動をいとも躊躇うことなく起こせちゃう所はユキの1番のそれだし』
うん、それは正直に嬉しいが如何せんネーミングに問題があると思うんだ。他の奴らが変態紳士と聞いて、何を想像すると思う?きっとあられもないことを考えているに違いない。
それに、元を辿れば変態紳士って安達垣が付けた名前ですからね?浸透させないで下さいマジで。
『だから、ユキ。何の事で悩んでるかは知らないけど、貴方が出来ることは、自分の気持ちに正直になる事だよ。...悩みがあるなら聞くからね?もっとお姉ちゃんを信頼してよ』
諭すような松姉さんの声に、俺はドキリとする。ここでさっきまでのことを話してしまったら大爆笑の松姉さんが完成してしまう事だろう。そう思った俺は携帯を切る準備をする。
「さ、さあ?なんのことだか。お、そろそろ時間なので切るな」
『え、ちょっと!!まだ私の愚痴が──』
おっと、その前に一言言わなきゃな。
「松姉さん、本当にありがとう」
そう言って、電話を切る。後で激おこぷんぷん丸の松姉さんが完成しているだろうが、それはもう仕方ない事だ。てか、電話切っても切らなくても面倒くさい松姉さん完成しちゃうよね。どっちに転んでも面倒くさい松姉さんが完成しちゃうとか、何その鬼畜ゲー。
頭の中で松姉さんの怒った形相を考え、その恐ろしさに震えながらながら背もたれに寄りかかる。
普段なら、馬鹿話で終わる松姉さんとの電話だったが、今回ばかりは電話をしてくれて、相談に乗ってくれた松姉さんに感謝しなければならない。
俺は、俺の考えたことに、やりたい事に貪欲になるべきなのかもしれない。
俺は何処かで怖がっていたのかもしれない。今の関係性が崩れてしまうのが恐ろしく怖くて、政宗にその事を聞けなかった。だけど、今俺は思う。
『何を怖がっているんだ』
政宗は親友だ。その親友を、俺は助けたい。
その為には、いち早く真相を知ることだ。こんなところで立ち往生している暇なんて無い。俺自身が受け身になってどうするんだ。この現状を何とかしたいと思っていた俺が立ち止まってどうするのだ。
俺、上田幸村は短気な人間だ。だからこそ、短気の幸村には短気の幸村なりの考えがある、答えがある、俺は松姉さんの話を聞いてそう思えた。
新学期に、聞いてみよう。
それが、きっと最善手だと信じて、俺は静かに目を閉じる。
「...後で松姉さんに謝らなくちゃな」
それが最後。そう独りごちた後、俺は意識を落とした。
物語がなかなか進みません。本編を楽しみにしている方、誠に申し訳ありませんがもう暫しの間お付き合い下さい。
出来れば次話から、1話の物語の進行度を早めていきたいと思っています。
尚、投稿ペースは遅くなるかも知れません。