「へー、あの安達垣愛姫さんがねぇ...?」
時は過ぎて、昼休み。俺はこの学校に編入してから出来た、初めてのお友達と昼食を買いに購買部へと向かっていた。政宗はどうやらおねむのようなので、低カロリーのパンでも買ってけたらな、とも思いつつ俺は友達である朱里くんと共に購買部への道を歩いていた。
朱里くんの愚痴から始まった話はまさかのお話だった。この高校には残虐姫と呼ばれる女がいて、その名を安達垣愛姫という。そして告白してくる男、近づいてくる男には容赦ない渾名という一発を送る。そして、朱里くん自身も『オカマボクちゃん』なんて不名誉な渾名を付けられてしまったらしい。
...おいおい、残虐姫さんよ。あんた何時までその男嫌いって痛いステータス抱えてんだよ。
「大変だったんだな、てかそれしか言えない」
「本当だよ!!それで暫くからかわれたんだからね!?」
そう言ってヒートアップする朱里くんを見ても全く怖く思えないのは俺だけではない筈だ。
「...巷では総受けの小十郎きゅんとか言われていると聞いたんだが」
「は、はは...」
そう言うと、朱里くんは引き攣った笑みを見せつつため息を吐いて続ける。
「それに比べて、上田くんと真壁くんって凄いよね。成績良いのに偉ぶらないし、凄い優しいし」
「政宗については兎も角俺までそう思われているのに驚きを隠しきれないのだが」
「上田くんは凄いかっこいいよ。正直、ボクも見習いたい位だし...」
そう呟いて肩をがっくし落とすと突然背後から押されるような感覚と、肩を組まれる感覚に陥る。
「おはよっ!小十郎くん!幸村くん!」
そう言って、にこやかに笑う女の子。確か...
「双葉さんだっけか?」
「そうそう!双葉妙だよ!よろしくね幸村くん!」
そう言うと、双葉さんは俺の左隣を歩く。
「この学校には慣れた?」
「ああ、朱里くんや双葉さんが優しく学校の事とか教えてくれたから俺も政宗もそれなりには慣れたかな」
「そりゃ良かったよ!そういえば、幸村くんと政宗くんは仲良さそうだけど君たちって昔からの友達なの?」
その双葉さんの声に俺は振り向き、笑顔で答える。
「ああ、昔からの親友だ」
なんてったってアイツのお陰で、俺のやりたいことが見つかったんだからな。
「そ、そうなんだ...」
そう言って、顔を赤らめる双葉委員長。はて、何故だろうか...
あ、もしかして───
「俺と政宗は断じてBLなんかではないからな!?」
「え!?なんの話!?」
「上田くん急にどうしたの!?」
俺の予想は見事に外れ、俺は双葉さんに余計な誤解を与えてしまったのだった。
※
さて、先程招いてしまった誤解を一生懸命解きつつも、美味しそうな食パンを買ってきた俺は朱里くんと共に教室へと戻っていた。
因みに、双葉さんは学級委員の仕事があるとかで先に行ってしまった。学級委員ってものも中々に忙しいんだな...。改めて、学生時代に学級委員と生徒会を兼任してた松姉さんの苦労が分かるぜ。
「相変わらず起きねえな...」
政宗は依然として惰眠を貪っている。というか政宗くん半分うなされてませんか?久しぶりに悪夢でも見ているのだろうか。起こそうとも考えたが取り立てて急ぐ用事もなし、単にめんどくさいというのもあるがもしかしたら熟睡しているであろう可能性も考慮して俺は起こすことを断念した。
「真壁くん起きないねぇ...折角コロッケパンと焼きそばパン買ってきたのに...」
そう言って心配しつつも、椅子に座った朱里くんはケーキを貪る。そして朱里くん。恐らく政宗にとってその惣菜パンは敵そのものだからおそらく食べないぞ。
そう思って、暫く朱里くんと雑談していると突如として政宗が起き上がる。
...この寝起き具合からしてやっぱりうなされていたんだな。涎を垂らして寝ていた政宗はしまった、といった感じで袖でよだれを拭うが、それを見ている生徒達の目は暖かい。どうやらイケメンだと涎を垂らして寝ていてもいいらしい。
「真壁くん、起きたんだね」
「あ、朱里くん...」
「小十郎でいいよ。はいこれ」
そう言って朱里くんは先程買ってきた焼きそばパンとコロッケパンを政宗に送る。そのカロリー量はおよそ一食分の摂取カロリーである。
「わ、わあい...ありがとう。助かったよ」
政宗は苦い顔をして、何やら決意を固めたような表情をする。ドンマイ政宗。
「それにしても...真壁くんと上田くんがこうやって並んでいると本当にイケメン同士って感じでいいよね。オマケに性格いいし」
「よせよ朱里くん」
全くもって同感だ。政宗ならともかく俺までセットにされているのは少しおかしいだろう。お世辞はよしこさんって奴だ。
そう思って強く頷くも、朱里くんは笑みを崩さない。
「お世辞じゃないって。だってこの学校には真壁くんと上田くんと同じような高スペックな人がいるけどさぁ、もうあの人と真壁くん達じゃ全然性格が違うんだよ?」
そう言って、朱里くんは顔を顰める。
「そういえば政宗。どうやら朱里くんによると『し毛ぼ〜ん』ってあだ名を付けたあの女が────」
俺が政宗に安達垣の情報を送ろうとそこまで言った瞬間
不意に教室のドアが開いた。
※
その少女は、何時ぞやで見たようなツインテールと、高慢ちきそうな雰囲気を嫌という程醸し出している女であった。
その女こそ、安達垣愛姫。政宗に『豚足』という渾名を付けたと言われている女だ。
「タナベアキオはいる?」
その女はそう一言だけ言うとこちらへ近づいていき、真壁の席へと向かう。
「あなたでもいいわ、答えて」
そう言うと、彼女は机に座り真壁のネクタイを引っ張り尋ねるも、突然の事で回答がはっきりしない政宗を見限ると今度は、政宗の前の席にいる俺のネクタイを背後から引っ張り、耳元で囁く。
「あなたで妥協してあげるわ、タナベアキオはいるの?いないの?答えて」
こ、こら!耳元に息を吹きかけないで!くすぐったいから!!とかネクタイ引っ張られて苦しい!かゆ...うま、とかそんな邪念を他所に俺は彼女の方を見ずに答える。
「それが人に物を頼む態度か?」
「...へえ、貴方。今のこの状況が理解出来ていないみたいね──」
彼女はそう言うと、頭を手で掴み俺の視線を無理やり自分自身のの方向に向かせる。
「私は貴方にお願いしてあげてるのよ...?光栄な事じゃない」
「誰が光栄な事だ暴力女。俺はもっとお淑やかな女の子がタイプなんだ。お前みたいな攻撃的な女に話しかけられても全然光栄じゃないんだよ」
例えば藤ノ宮とか藤ノ宮とか!!
そう思っていると、安達垣のネクタイを引っ張る力が更に強くなる。それと同時に俺の視界は安達垣氏の整った顔で一杯になった。
...全くときめかないけどね!
「アンタ...何処かで見た気が」
「他人の空似って怖いよね」
「黙りなさい」
うへえ、容赦のない侮蔑の目線を送る安達垣さん怖いっす。そう思って依然としてネクタイを引っ張られていると漸く勇気が出たのか誰かが右手を大きく上げる。
「はいっ!!」
ほう、彼がタナベアキオくんか。はいと言うタイミングが遅い、俺が窒息死したらどうすんだとか告白するなら直接言って玉砕してこいとか言いたいことはあるが、このまま暴君安達垣のお話が続いてたら自身のネクタイによって俺の息が止まっていた為、ここはナイスタイミングとだけ言っておく。
すると、タナベくんの声を聞いた安達垣がタナベくんの元へ近付く。そして、一言────
「今日から、貴方をむっちん
むっちんプリンス...?
「ちょ、お前さんネーミングセンス...!!」
すると、安達垣はこちらを物凄い形相で睨みつける。うへぇ、安達垣さんマジで怖いっす。
「吉乃、あの馬鹿を黙らせておいて」
安達垣が先程まで連れていた使用人にそう告げるとその吉乃と呼ばれた使用人はこくりと頷き俺の方へ向かう。
そして、誰にも聞こえないような声色で一言───
「そこの人、少し黙ってて」
「いや、でも───」
「黙ってて」
...ここまで言われてしまったら、俺はどうすることも出来ない。俺は両手を上げて降参の意を示した。てか、あの使用人の子どっかで見たような気が...ダメだ。頭に血が回ってこなくて思い出せない。
どうやら、あちら側でも安達垣のお話という名の虐殺タイムが終わったのか、安達垣は身を翻してこちらへ向かいタナベくんはラブレターらしき紙をバラバラにちぎられ、がくりと膝をついていた。
「吉乃、早く行くわよ!」
そう言うと、吉乃と呼ばれた少女は俺を一瞬何か見定めるかのような表情で見て、そのまま安達垣共々去っていった。
「...ほら、彼女がそうだよ。『安達垣愛姫』さん」
「あだ...がき...?」
「入試トップで家は安達垣グループの筆頭ですっごい美人さんだけど、ちょっとその...性格がね。物凄い男嫌いでさ、告白してくる男子には、容赦ナシにあだ名を付けて撃退。通称『残虐姫』」
購買部へ向かっていた時に朱里くんが言っていた通りだったな。相も変わらず、あだ名を付けて、男を容赦なく切り捨てる。あの時の性格も、あの時の高慢ちきそうな雰囲気も、あのツインテールも何一つ変わっちゃいない。
「...幸村ッ!」
政宗が突如としてそう叫ぶと、廊下へと走り出す。その後ろ姿を追いかけると、廊下右側には安達垣と吉乃が歩いていた。
「アイツが...安達垣愛姫なんだな...!」
「ああ、この高校に入学しても尚あの性格は変わってないみたいだな」
俺が独りでにそう呟くと、真壁は右拳を握り締め安達垣の方を向く。
「もう、恐れる必要はないよな」
そうだな。安達垣愛姫という女の存在をものの見事に特定した。
そして、何よりお前は変わった。
だからもう、恐れることは無い。
「後は、こちらから仕掛けるだけだ」
そう言って、俺達はお互いの左拳をコツンと当て───
『宴の始まりだ』
そう静かに2人で、声を合わせた。