ゼロから始まる俺氏の命   作:送検

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第17話 お嬢

 あだ名、というものは時に友好の証として使われることもあれば、侮蔑の証として使われることもある。

 

 例えば『ユキ』。これは、俺がよく松姉さんなどに呼ばれているあだ名であり、友好の証として使われている。まあ、あだ名を付けられるのは厄介だが悪気があってそう呼んでいる訳では無いのは周知の事実なので、別にこれはいいとする。

 

『ムネリン』も同様。俺が使うことはそうそうないが、これも政宗との友好の証として使うこともある。当の政宗は嫌がっているのであまり使わないのだが。

 

 では『豚足』や『変態紳士』、『むっちん王子』等はどうだろうか。例の残虐姫である安達垣愛姫が呼んでいるあだ名であるがこれは、明らかに侮蔑の証として使われている。

 

 故に、あだ名は良いものであると同時に、非常に恐ろしいものであり、いい意味でも悪い意味でも一生心に残るものになる可能性だってある。

 

 政宗はその代表的な例であり、『豚足』と言って罵ったらしい安達垣愛姫を恨み、復讐しようとしている。

 

 では、全ての復讐が完了した時政宗は『豚足』と呼ばれた過去を払拭できるのであろうか。政宗は過去に怯えず余生を過ごすことが出来るのだろうか────

 

 

『豚足ってありえないよね───!!』

 

「ゲホッゲホッッ!!」

 

「ま、政宗くん大丈夫!?」

 

 

 

 少なくとも『豚足』という言葉に過敏になっている間は政宗が過去を払拭出来るのは先になりそうだ。

 

 そう思い、俺は机にある牛乳を飲もうと手を伸ばす───

 

「上田くん牛乳!!牛乳パック握りつぶしてるッ!!」

 

 おっと、これは失礼。知らず知らずの間に俺は左手で牛乳パックを握りつぶしてしまっていたらしい。中身が飛び出て色々やばいことになってやがる。

 

 どうやら俺も例外ではなく『豚足』という言葉に過剰反応してしまっているらしく、これからどうするべきか、悩みに悩んでしまっていた。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 時は過ぎてお昼休み。

 

 普段なら朱里くんや政宗とメシ買って食って駄弁るだけの簡単なお仕事もとい俺の安寧の日常だった筈なのだが俺の安寧の日々は校内一のお嬢様によっていとも容易くぶち壊されてしまっていた。

 

「...貴方とこうやって話すのも久し振りね、上田」

 

 跳び箱の上段に足を組んで座りドカ弁を平らげている女、安達垣がそう言って俺を見据える。その瞳は何時もと変わらず鋭く、何ら躊躇いもない目付きで俺という存在を見据えていた。

 

 さて、そんな瞳で見つめられている俺はと言うと、それはそれは汚くもない体育倉庫の地べたに胡座をかきながら購買で買った焼きそばパンを齧っていた。

 

「あー、そうだねー。で、なに?」

 

 俺としては一刻も早くここから抜け出したいのだが。

 

「...貴方のその適当な態度は何一つ変わってないわよね」

 

「お前もその高慢ちきな態度もな」

 

 両者お互い様って奴だ。相も変わらず俺は何をしでかすか分からないと姉に酷評されつつ政宗の復讐とやらに力を貸していて。

 当の安達垣も相変わらず男嫌いという痛いキャラをこじらせて、気に入らない人間にあだ名を付ける。

 それを考えると人の根本というものは中々変わらないものであるということを改めて感じる事がある。政宗だって、体型や苦手なものこそ克服したが、根本の『他者に優しく』といった心は変わっていないからな。

 

 閑話休題───

 

 さて、何故俺が安達垣愛姫にこんな昼休みの最中誰も近づかないような体育倉庫にお呼ばれしているのかというと、それは昨日の放課後にまで遡る───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、政宗の『豚足』落書き事件の犯人を考えつつも、政宗と帰路を共にしようと下駄箱のロッカーを開けると白い封筒が俺の足元に滑り落ちてきた。

 

「...おい、幸村。何か落ちたぞ?」

 

「...あー、何だ。凄い嫌な予感がするからこのまま見ないふりっていうことにしても」

 

 後で誰かにその手紙について聞かれたら『あ、ごっめーん。考え事してたからその手紙分からないや☆』って言っておけば多分大丈夫な筈だ。

 

「確かにそれもいいかもしれないけど、もし告白のお誘いとかだったらどうするんだよ。その子の想いを踏みにじることになるんだぞ?」

 

 むう。

 

 それもそうだな。

 

「...じゃあ、開けてみるか」

 

 そう独りごちた俺はその真っ白な封筒を拾い上げて、封筒を開ける。するとそこには1枚の手紙が。

 

「おおっ...それもしかして本当に告白の手紙なんじゃ!?幸村に青春来たか!?」

 

 先程まで『豚足』落書き事件で顔をどんよりさせていた政宗がこちらに身を乗り出して手紙を見ようとする。おい、それ他人相手にやったらプライバシーの侵害だからな。

 

 鬱陶しいがこのまま開かないでいるとこの状態が続くだけ。そう思った俺は意を決することはなく本当に何気なくその紙に書いてある文字を見る。

 

 

 

 

 明日、体育倉庫。来なかったら社会的にぶっ殺す

 

 安達垣愛姫

 

 

 

「なあ、政宗。ラブレターが何だって?」

 

 これは、ラブレターなんかじゃない。レターはレターでもお前さんがあの時安達垣に送られたデスレターと同義のものだぜ?

 というか社会的にって何!?安達垣さん怖い!怖いですよ!?

 

 

「...幸村、ゴメン」

 

 よせよ、謝るなよ。そしてそんな憐れみと同情をミックスさせたかのような苦い顔は止めて!?

 

「...行くしかないよな」

 

 もし、ここで俺が行かなければ安達垣愛姫にハイキックをされるだろうし、これからの政宗の復讐計画にも支障が出る可能性すらある。校内一のお嬢の『命令』だ。行くしかないだろう。

 

「幸村...マジですまん」

 

 政宗は顔を青ざめてそう言うが、別に政宗の影響だとは限らないし、仮にそうだとしても復讐を手伝うと言った以上、こうやって1人でなにかするという事もある程度は予測していたし、何より俺はこのような事で政宗に謝られたくはない。

 

「別にいいよ。お前さんは気にせず『豚足』と書いた犯人を探しとけ」

 

「...ああ、分かったよ」

 

 そうしてお互い無言のまま帰宅して、今日に至るわけだ。

 

 

 

 それにしても、安達垣愛姫が俺を呼んだ理由って何なんだろうな。考えられるのは安達垣がここでメシを食っているのを告げ口しないように監視する位しか思いつかないのだが、他に何か用でもあるのだろうか。

 

 そう思ってパックジュースをチューチュー吸っていると、安達垣がこちらを見下ろす。女の子に見下ろされるシチュエーション。普段なら萌える筈なのだが彼女相手になると何も感じなくなるのは最早馴れた。

 

 「話があってきたの」

 

 ナプキンを片手に安達垣はそう告げる。先程まで弁当片手に目を輝かせていた安達垣は一転してこちらを冷酷な視線で睨みつける。

 

「上田、あれから...アレの調子はどうなの?」

 

 アレ?

 

 ああ、アレか。

 

 そう呟き思い出されるのはあの時の忌まわしきハイキック。あの時は確か顎にモロに入ったんだっけか。今ではすっかり痛くないし、気にすら止めてなかったけどな。

 

「俺の顎なら大丈夫!何を隠そう、俺は鉄人と呼ばれていてだな...」

 

 俺がそう言って自慢げに胸をポンと叩くと安達垣がすかさず侮蔑の視線を送る。

 

「貴方の事じゃないし貴方の顎なんて気にしないわよ」

 

 それはそれで問題なんじゃないのか。

 

 大体制服とはいえスカートを履いたお嬢様がハイキックなんかするんじゃありません!スパッツだったから良かったけど下手したら色々放送コード的にヤバいのが見えてましたからね!?

 

「...じゃあ何だよ。アレって何?しっかり言ってくんない?」

 

 呼び出されたのは俺。よって多少の狼藉は許されると思った俺は半ば逆ギレ気味にそう答える。すると安達垣が頬に1つ汗を垂らし息を呑む。

 

 そして、消え入りそうな声で一言──

 

「...真壁の手はどうだって聞いてんのよっ」

 

 ああ、政宗の手ね。政宗の手は今頃ズキズキしてんじゃないのかな。絆創膏は貼ってたけどあんなので痛みが無くなるのなら今頃絆創膏は大儲けだ。

 

 ...って、少し待てよ。

 

「...え、何?そんな事聞きに俺を呼んだのかい?」

 

 だとしたら俺を呼ぶのはお門違い。外で政宗にあった時に何気なく聞けば良い話だし、何なら今日も昼休みに来るはずだからそれとなく聞けばいい話でしょ?

 

 あ、それともこの子ったら助けてくれた手前政宗くんに直接聞くのが恥ずかしいの?やだもう!一丁前に人の心配しちゃって!!だったら少しでもいいから俺の顎も心配しろよ!!

 

 ...うえっ、自分で考えてて気持ち悪くなってきた。

 

「わ、悪い!?私だって人の心配位するわよ!!」

 

 いや、それよりも俺が聞きたいのは『何故、ここで、俺っちを、呼んだのか』なんだけどな。

 

 そう考えて、狼狽える安達垣を生暖かいであろう目付きで見ていると突如として体育倉庫横開きのドアが開く。

 

 無論、従者小岩井だ。その小岩井は俺を一瞥すると、安達垣の元へ駆け寄りパンを渡す。無論、高タンパク、高カロリーだ。そしてそれを受け取った安達垣は、そのパンにまるで飢えたライオンの如く食らいつく。

 

 「...見てて胃が痛くなんぞこれ」

 

 思わず目を背けたくなる光景だ。アンチ安達垣の代表格である政宗も安達垣が惣菜パンを食べてむせている光景なんぞあまり見たくないであろう。

 

 と、そんな事を思っていると解放されている横開きのドアから政宗が俺に向かって手を振っているのだから驚きだ。え、なんなんお前、ストーカーしてたの?それとものぞき見してたん?

 

 政宗を若干懐疑的な目線で見つめると、政宗はこちらを見つつ口パクで俺に言った。

 

『あまり見たくない光景だな!』

 

 ああ、そうだな。現在進行形でストレスが溜まってるよ。

 

 何はともあれ、1度安達垣の方を見た政宗は壁に寄りかかり安達垣に手を振り、声をかける。

 

 「大丈夫?」

 

 その一言でむせていた安達垣は、慌てて政宗の方を見やる。

 

 「な、なんで貴方が!?よ、吉乃!!」

 

 「お前さんがむせてたから飲み物を買いに行ったんだよ。感謝してやれよ暴君」

 

 「...本当、あんたは一言無駄よね」

 

 お前のその一言も充分無駄だぞ。

 

 「...で、何の用よ真壁」

 

 安達垣がハンカチで口を拭きながらそう言うと、政宗は安達垣の元へと近付く。

 

 「ご挨拶。元気にしているかなって思ってさ。幸村が来ているとも聞いたし、様子見にきたよ」

 

 「流石親友!俺をいつも気遣ってくれるな!」

 

 「おう!何せ親友だからな!」

 

 そう言って俺達は右拳を突きつけあう。無論、その際に視界の端で捉えた安達垣のまるで汚物を見るかのような視線には触れないでおく。

 

 「そういえば、親友よ。どうやら安達垣が言いたいことがあるらしいぜ?」

 

 今、ここで言いたいことがあるのなら言ってしまえばいい。復讐など関係なしに、自分に正直になることは大事だからな、ここテストに出るぞ。

 

 「ちょ、上田!!私はアンタに聞いてんのよ!!」

 

 「どのみちここに対象がいるんだから関係ないだろ。ほら、心配してやれよアッキー」

 

 「喧しいわよ変態紳士!!」

 

 俺が言おうが、安達垣が言おうが、そこに話題の対象となっている政宗がいるのならば、大して変わりはしない。それともこの安達垣の恥ずかしがり屋具合が乙女心とでもいうのか。

 

 何はともあれ、俺に向かって渾名という罵詈雑言を与えた安達垣は俺をひとしきり睨んだ後政宗の方を向き、答える。

 

 「アンタこそ...問題はないの?」

 

 「ああ、この手?ちょっと風呂入るのに染みるのと服が着替えにくいくらいかな?」

 

 嘘おっしゃい。今日も一日痛みで悶えてたでしょうが。

 

 「...別に、あんたを巻き込むつもりは無かったのよ」

 

 「...にしても、今回は流石に不用心過ぎるぞ安達垣。人に恨みを買う行為を常日頃から行ってるんだからそこら辺は用心しないと」

 

 「...悪かったわよ変態紳士」

 

 「人が久々にまともなことを言っているのに変態紳士とは何事だコラ。政宗もさっきから笑ってんなよ!?」

 

 「...すまん、こればかりは...く、くく」

 

 ...俺、渾名に苦労してるなぁ。

 

 まあ、何はともあれこれで政宗の『豚足事件』の犯人は絞られた。

 政宗といつも通りのやり取り、そしてその親友である俺と普通のやり取りを安達垣はしている。

 それ即ち、安達垣は少なくとも『真壁政宗』を『早瀬政宗』だとは気付いていない。

 

 なら、豚足と呼んだ犯人は誰だ?

 昔のいじめっ子か?...否、いじめていた事しか接点のないアイツらに今の政宗が分かるはずもない。

 そして、今回の復讐対象安達垣にも『犯行の兆し』は見えない。

 

 幼少期の政宗の発言と記憶、それに基づいた交友関係から察するに───。

 

 

 

 

 

 

 まさか、な。

 

 だけど、そのまさかも有り得るのがこの世界だ。人間、生きているうちは何があるか分からない。そう言われているのは他人が生きてから死ぬまで何を考えてるのか分からないからだ。突拍子もないことを考えるかもしれない。何か意外性のある行動を起こすかもしれない。人間は他者のそういった考えを完璧に見通すことは出来ない。

 

 だからこそ、人間は細心の注意を払わなければならない。そして、あらゆる可能性を探らなければならない。

 

 「...用は済んだよな安達垣。俺は行くぞ」

 

 そう言って踵を返し、外に出ようとすると政宗がこちらを驚いたかのような眼差しで見つめる。

 

 「幸村、行くのか?」

 

 「ああ、この先は俺がいてもお邪魔だろ?だから、俺はここでおさらばだ。じゃあ、アッキー上手くやれよー」

 

 「ちょ、上田!!」

 

 後ろで安達垣が何か言っているが、そんな事はどこ吹く風。俺は手をヒラヒラと振り、体育倉庫を出ていった。

 

 安達垣愛姫、彼女は犯人ではない。彼女のいつも通りの対応から俺はそう見た。

 

 いじめっ子がやった可能性?

 外見があれだけ変わって知りうる限りじゃボロすら見せてない政宗の正体が分かるか?

 そもそも小学生のいじめっ子達の思考なんて『その場にいるいじめがいのある奴を嬲る』程度にしか考えていない。ターゲットが逃げればまた次の弱い奴を見つけ、嬲る。その繰り返しだ。故に、あの時のいじめっ子が政宗のことを覚えており、尚且つ今の政宗を見て、『早瀬政宗』と断定する事には無理があるだろう。

 

 なら、誰がやったのか。

 

 それは、早瀬政宗の仲を知りうるであろう人間で、安達垣愛姫に復讐の念を燃やす『真壁政宗』ではない『早瀬政宗』を知っている少女。

 そして、あの時の政宗と安達垣の間柄を知っていた人間。

 

 お前しかいないよな。

 

 1人の少女が俺の横を小走りで通り過ぎる。その後ろ姿を振り向き、俺はその少女を見る。

 

 「小岩井吉乃」

 

 俺は、ただ一言そう呟き今後の彼女に対する対応について思考の海に潜っていった。




ふ っ か つ の と き が き た

さて、冗談にもならない10文字は置いておいて、遅くなってしまい誠に申し訳ありませんでした。
前までは1ヶ月投稿していこう!俺のやる気は100%だ!なんて柄にもないほどのモチベーションで書いていましたが見返してみると呆れるほどの誤字脱字。その他様々な問題がありまして更新がここまで遅れてしまいました。
この先、作者の都合につき期間が空いてしまう場合がありますがエタらずに何らかの形で更新していきたいので、これからもこの小説を応援頂ければ幸いです。嬉しいです。感動です。
新刊が発売される前に原作1話分を、何とか終わらせたい。
当面はそれを目標に頑張ります!

因みに、登場人物設定及び人物プロットを活動報告に書かせて頂きました。ネタバレなどは自己責任でお願いします。
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